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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
130/265

4-41.

 前話あらすじ

 輝亀竜の甲羅の切り分け作業は十日間という早さで終わった。

 ケルネオンに戻った彰弘たちは一日の休息日を経て、武具を作ってもらうためにケインドルフの鍛冶場へと報酬でもある輝亀竜の甲羅素材を届けに向かったのである。





「あっははは! そうか、そうなったんだね」

 心底愉快だと声を上げて笑うカイエンデに、彰弘とサティリアーヌは顔を見合わせた。

 場所はケルネオンにある貴族街の一角に建つカイエンデの邸宅である。

 今回の依頼報酬兼素材である切り分けた輝亀竜の甲羅をケインドルフへと届けた彰弘とサティリアーヌは、もう一人の依頼先であるカイエンデのところを訪れていた。勿論、ガルドも一緒である。

 目的は依頼の報酬を手渡すことと、ケインドルフからの伝言を伝えるためだ。

 邸宅に訪れた彰弘とサティリアーヌを笑顔で迎え入れたカイエンデは、まずは少し話そうとお茶に誘った。そこでケインドルフからの伝言を受け取り、今の反応となったのである。

「失礼。私はケインを幼いころから知っているけど、彼がそんな反応をするところは滅多に見たことがないんだ。剣を見たときに珍しく褒めていたし、その鎧のことも悪くないと言ってたようだから、多分息子たち以外の弟子を取ろうと思っているんじゃないかな」

「息子?」

「見たことないわね」

 再び顔を見合わせる彰弘たち二人に、カイエンデは笑みを浮かべたままの顔で口を開く。

「ケインには息子が二人いるんだ。二人とも既に独り立ちしていて、兄の方はここの南に位置するシーファルで銛やらなにやらといろいろ作っているみたいだよ。弟の方は皇都で武器屋をやっているらしい」

 ケインドルフの兄と弟は世界の融合で暫くの間、安否が分からなかったが、つい最近になって無事を知らせる手紙が両親の下に届いていた。

 ちなみにシーファルとは漁業を主産業とする海に面したガイエル領に属する街である。

「まあ、そんなわけでサティーが見たことなくても不思議じゃないよ。なんせ私も兄の方は二年、弟にいたっては五年以上も姿を見てないからね」

「それなら知らないのも無理ないわね。私もケルネオンに来るのは数年に一度だし、わざわざ人の家庭のことを聞くことはないし」

 街と街の移動には危険が伴う。街道を通るにしても魔物に襲われる確率は皆無とはならないからだ。

 それに距離の関係もあった。直線距離ではケルネオンに近いシーファルも世界が融合する前までは百キロメートル以上もの山脈を迂回せねばならず、片道でも五日ほどを要していた。最短距離となる山越えする道もないわけではないが、そちらは街道とは比べ物にならないほど道が過酷で、尚且つ魔物の脅威も格段に上がるため、ありえない選択である。

 現在の皇都であるサガとケルネオンの場合は単純にその距離が問題だ。元々片道二十日ほどであった距離は、世界の融合により更に数日分距離が延びている。当然、その分危険に遭遇する確率も上がるわけだ。

 つまり、ケインドルフの息子たちはおいそれと両親と会える距離にはいなかったのである。

「親元から離れて暮らす大変だな。ヘタしたら一生会えないか」

 彰弘は思わずそんなことを呟いた。

 世界が融合する前を考えたのである。

 元の日本であれば、親元を離れて暮らしていたとしても余程の問題でもなければ、一生会えなくなる確率は低い。それどころか国内ならどこでもその日の内に、遅くても翌日には会えるだろう。魔物の脅威がなく、交通手段が今とは段違いなのだから当然だ。

 これは地球全体で見ても、それほど変わらない。未開の地や紛争地帯などの例外はあるにしても、今の世界よりは親元を自分から離れた場合、再度会うことは容易であった。

「実際は、そこまで悲観的になることはないけどね。ちゃんと護衛を雇いさえすれば、普通に街と街の間は移動できるわけだし。護衛を雇う金が足りないって場合は、ある程度の人数でお金を出し合えばいいのよ。ま、確かに明日会いに行こうと思ってすぐに行けやしないけど、準備さえしっかりとできれば無理ってわけじゃないわ」

 少し冷めてしまった紅茶をサティリアーヌは飲み、それから心配する必要はないと笑みを浮かべた顔で彰弘を見た。

 なお、この紅茶はカイエンデがいれたものである。茶葉は平民でも手に入れることができる程度のものであるが、その技術のためかとても良い香りと味となっていた。

 ともかく、紅茶で舌を湿らせたサティリアーヌは言葉を続ける。

「最低、冒険者でいったらランクE程度の実力があれば、街道を行くことは可能よ。可能だからこそ、そこから護衛依頼を受けれるようになってるんだし。ま、アキヒロさんの実力があれば数年後じゃなくて、今すぐにでも行けるわよ」

「ならいいけどな。とりあえず六花たちが卒業するまでは精進するさ。強くなればそれだけ安全だろうし、何より野営なんかはまだまだだ」

 街道を進むだけであれば今の彰弘の力でも十分である。しかし彼の目的のために必要な力が今のままで足りているかは不明であった。

 彰弘の当面の目的は家族との再会であり、その生存はメアルリア教の神の一柱であるアンヌから聞いている。だが、その居場所までは何らかの決まり事に抵触するのか教えられていなかった。そのため、仮に街道から外れた場所に家族がいたとしても、そこへ行けるようにならなければならない。

 また、街の外で何日も過ごさなければならないのだから野営などの技術は必須であるが、彰弘のそのあたりの技術は良くてランク相当の冒険者といったところだ。今後、遠出が必要な依頼も受けて技術をものにする必要があった。

「ふーん。今後、旅にでも出るのかい?」

 彰弘とサティリアーヌのやり取りを紅茶を飲みつつ聞いていたカイエンデは何かを思いついたかのような顔で二人へと言葉をかける。

 カイエンデは自分に変化を齎してくれた今回の依頼に関わった人たちに何か作って贈ろうと考えていが、何にしたら良いのかを決められずにいた。魔導具作製にのめり込み他人との係わり合いを百年近く最低限しかしてこなかった影響である。そんな彼は彰弘とサティリアーヌの会話から何か参考になることを聞けそうだと判断し言葉を投げかけたのであった。









 カイエンデの邸宅地下にある工房に彰弘たち三人の姿はあった。

 あの会話の後、カイエンデに乞われて彰弘とサティリアーヌは切り分けた輝亀竜の甲羅を渡す必要もあったため、素直に工房まで来たのである。

「甲羅はそこの隅に置いといてもらえるかな」

 彰弘はその言葉に従い輝亀竜の甲羅をマジックバングルから取り出し置いていくが、その量はケインドルフのところよりは少ない。これは単純に置く場所が狭かったためである。

「また随分と多いね。報酬予定の倍はあるんじゃないかな?」

「そこは気にせず受け取ってもらえると助かる。誰も彼もが遠慮するもんだから、本来ゼロな俺が一番多く受け取ることになっちまったんだ」

「それじゃあ遠慮なく貰っておこうかな」

 やれやれと言いたげな彰弘にカイエンデは苦笑で応えつつ、輝亀竜の甲羅を受け取ることを了承した。

「それで、カイエンデさん。話というのは?」

 一連のやり取りを傍から見ていたサティリアーヌが頃合いを見て声を出す。

 それに応えてカイエンデが口を開いた。

「今回の君たちを見ていてね。久しぶりに凄く楽しい気持ちになれたんだ。だからそのお礼に何か魔導具でも作ってプレゼントしようと思ったんだけど何が良いのか分からなくて……それで、どうせなら相手が欲しいものがいいかと考えたんだ。で、何かないかな?」

「さらっと、とんでもないことを言うわね」

 言葉を返したサティリアーヌも、それを横で聞いていた彰弘も半ば呆れ顔をした。

 魔導具というのは高価だ。最も安い価格帯で売られているのは種火を出すものであるが、それも使いやすく持ち運びもしやすい大きさのものだと一千ゴルドもする。以前、彰弘がファムクリツへ行ったときのオークに襲われた獣車に載せられていた冷蔵の魔導具ともなれば十万ゴルドを下ることはない。

 カイエンデもケインドルフ同様に金に困るどころか余りまくっているのであった。

 ちなみに、一ゴルドは世界融合前の日本の十円程度である。

「それはそうと、楽しい気持ちってなんだ? これといって思い付くことはないんだが」

「ん? それはあれだよ。みんな結構いい歳なのに無邪気に鶴嘴(つるはし)を振ってたじゃないか。いや、あれは傑作だったね。今思い出しても何とも言えない楽しい気持ちになるね!」

 正直に言って彰弘には分からない領域であったから、彼は若干引きつつ苦笑を浮かべた。

 それ思いはサティリアーヌも同様である。

「そ、そうか。それは良かった」

「そうね。うん、良かったわね。それよりも欲しい魔導具よね?」

「ああ、そうだよ。何かない? 街を覆う結界の魔導具とかも造れるよ。まあ、それの場合は持ち運びできる大きさにはできないし、数秒の結界発生で数千万ゴルド分の魔石を消費することになっちゃうけど」

 魔導具は魔石や人の魔力を魔導回路に流すことで魔法に似た効果を顕すことができる。しかし範囲や効果を上げれば上げるほど大型化させる必要があった。

 何故そうなるのかは、魔導回路を描く導線の性質にある。

 生物が体内に持つ魔力は制御されないまま外へ出るとすぐに霧散し周囲の魔力と同化していまう。これは魔石に蓄えられた魔力も同様だ。そんな魔力を霧散させないように維持し効果を顕すために必要なのが魔導回路であり、それに用いられる導線であった。しかしこの導線も一定以上の魔力は霧散させてしまう、また導線同士が近すぎると干渉し合い一本の導線と同じ意味合いになるという性質がある。そのため、ある程度以上の強い効果を発揮させようとするならば、導線同士が干渉しないように大型化させ、魔導回路に多くの魔力を流すようにしなければならない。加えて言うと、種火を出す程度ならそれほどでもないが、効果の高い現象を起こすためには魔導回路も相応に複雑で大規模なものとする必要があり、結果大型化せざるを得ないのであった。

 ちなみに大型の魔導具を使うには膨大な魔力が必要になることは言うまでもない。

「そんな大規模なものはいらないな。あると良いと思うのは警戒系か? 野営のときに敵が来たら知らせてくれるような。相手を少しでも足止めしてくれるなら尚のこといいな」

「それだったら相手を倒したり撃退したりしてくれる方がいいんじゃない?」

「分かってて言ってるだろサティー。確かに何の憂いもなく夜眠れるならそれがいいんだろうけど……多分、それは実用的じゃないんだろ? まあ仮にそんな魔導具があったとしても、それは遠慮しておくよ。そんなのを手に入れたら最低限の警戒心までなくしそうだ」

 ジト目で自分を見る彰弘にサティリアーヌは「ごめんね」と手を合わす。

 それを穏やかな顔で見ながらカイエンデが口を開いた。

「うん、いい心がけだね。実用的じゃないっていうのも間違いじゃないよ。普通のゴブリン程度を追い返す程度ならば並の獣車くらいの大きさで作れるけど、それ以下は少なくとも短くない期間の研究と検証が必要だね。まあ、君なら獣車くらいの大きさでも持ち運びには苦労しないだろうけど、動かすための魔石もそれなりに必要だから現実的じゃない。逆に警戒と軽い足止め程度ならば子供が持ち運べる程度の大きさで、魔石も普通のオーク二体分で一晩持つから良いと思うよ。ただし範囲は半径五メートルくらいだけどね」

「十分すぎる。数人での移動のときに使いたいだけだからな」

 仮に何十もの人数で移動するならば相応の数を見張りを立てることができるので、わざわざ魔導具を使って周囲の警戒を行う必要性はないといえる。勿論、魔導具と見張りの両立ができるなら、それに越したことはないのだが、それを必要とする場面は普通ない。

「よし。君に贈るのは野営に使う警戒の魔導具にしよう。サティーは何か欲しいものはないかい?」

「うーん。難しいわね。何だかんだで私も長く生きてるし、大抵の欲しい物は手に入れてるのよね」

 胸の下で腕を組んだサティリアーヌは悩ましげな顔で考え始めた。

 そんな彼女を見てからカイエンデは彰弘に向き直り、再度何か欲しいものはないかと尋ねる。

 サティリアーヌが答えを出すまでの間をただ待っているだけなのはもったいないと思い、何か話題をと考えた末の結果であった。

「作る作らないは別として、何かないかな? 今後の参考にしたいんだ」

「俺が思いつくようなものなんて既にあると思うが……」

 カイエンデの要求に彰弘は少しだけ思考を巡らせてから、そのとき頭に浮かんだことを口に出していく。

「そうだな。今必要ってわけじゃないが、夏涼しく冬暖かい、そんなのは欲しいな」

「それは、当然外で移動時だよね?」

「勿論。暑いと動きたくなくなる。寒くても暖かくしたその場から動きたくない。あると良いと思うんだよな。後、それとは全く関係ないけど水中……いや、それだけじゃなく呼吸が難しいところでも呼吸ができる魔導具なんかもありか。まあ、今のところ全く使う予定も使いそうなところへ行く予定もないんだが」

「個人用の暖房冷房。それに呼吸する魔導具か。なかなかに難易度が高いね。持ち歩きだから大きくできないし、仮に小さくできても常時発動だから消費される魔力も多くなる。魔石タイプじゃなくて、使用者の魔力を使うタイプにすれば多少大きさは押さえられるけど、そうすると使える人が限られてしまうから、やっぱり魔石タイプがいいかな」

 このような感じで彰弘が提案して、それにカイエンデが応えること十数分。

 ようやくサティリアーヌが組んでいた腕を解き顔を上げた。

「私は融合前の日本にあったっていう掃除機がいいわね。箒で掃くと、どうしても埃が舞っちゃうし。後、棚の上とか机の上とかでも使える小さいのも欲しいわね。そうそう洗濯機も日本にあった全自動っていうやつが家に欲しいわ」

 今の世界には掃除機が存在していない。理由はわざわざ魔導具を使って掃除をする必要を人々が感じていなかったからだ。

 もう一方の洗濯機はあるにはあるのだが、今この世界にあるのは手動の二層式洗濯機である。こちらについては需要としては間違いなくあるのだが、動かすために必要な魔石の関係で発想当初に採算が取れないと判断され、魔導具としての洗濯機は開発されていない。

「なるほど。忙しい主婦には欲しいものかもしれないね。その二つは私も話に聞いたことあるし面白そうだ。ただ全自動の洗濯機はすぐには無理だね。動かすための魔力についてはサティーなら魔石にしても自身のものを使うにしても問題はないだろうけど、汚れを効率的に落とすための動きは検証が必要だからね」

「ああ、私が使うんじゃないの。掃除機と洗濯機は旦那と子供たちのためね。私がいるときは全部アミちゃんにやってもらうから。うちの人たちは相性の問題で、まだ契約できてないのよ」

 アミちゃんとはサティリアーヌが契約しているアルケミースライムのことで、相性というのはアルケミースライムと契約したい人との相性のことである。

 ちなみにアルケミースライムならば、部屋の掃除も衣類の汚れ落としも多少時間はかかるが可能だ。

「そういうことね。じゃあ、とりあえずサティーには掃除機を贈ることにするよ。洗濯機は良い感じのができたら持っていこう。代金はいらないからね。アキヒロがそこに置いた輝亀竜の甲羅だけで十分すぎるし。そうそうアキヒロの方も、暖房冷房と呼吸の魔導具はできたら持っていくよ。こっちも代金は不要だよ」

 何とも太っ腹なカイエンデに、代金不要と言われた二人は本日何度目かになる顔見合わせを行い、それからとりあえず頷いた。

 魔導具、正確には魔導回路がどのような原理で効果を顕すのか詳しく知らない二人ではあるが、それが簡単なことではないだろうことは想像ができる。

 とはいえ、ここで上機嫌なカイエンデと問答しても無駄な時間を使うだけになると予想はできた。だから二人は、いろいろと言いたいことを飲み込み頷いたのである。









 カイエンデの邸宅からケインドルフの自宅兼鍛冶場へ向かう彰弘とサティリアーヌは少々疲れた顔をしている。

 理由はカイエンデから魔導具を貰えることになってしまったためだ。勿論、それ自体は悪いことではないのだが、問題は自分たちがそれに見合う働きをしていないということであった。

 カイエンデにしてみたら、自分にとっての良い切っ掛けとなる場を作ってくれたのだから当然なのだが、それを彰弘たちが理解できるかといえば別問題である

 そんな両者の思いの違いが今のこの状況となっていた。

「とりあえず、今日は残りの用事を済ませてさっさと休むか」

「賛成。妙に疲れたわ」

 誰も悪くないだけではなく、誰も損をしていない。疲れを感じる必要はないのに疲れている。

 そんな何とも言えない疲れを感じながら二人はケインドルフのところでの用事を済ませ、その日は言葉どおりに早々に床に就いたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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