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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
129/265

4-40.

 前話あらすじ

 切り分け作業の最大功労者は輝亀竜のガルドである。

 それはそれとして、初日以降も彰弘たちは黙々と甲羅の切り分けを行うのであった。





 輝亀竜の甲羅の切り分けは完了した。

 切り分けられた後の輝亀竜の甲羅は、一辺が一メートルほどの立方体に近い塊でおよそ二十万個の数となっていた。とんでもない数に思えるが、殻の欠片から元に戻した輝亀竜の甲羅が縦横が五十メートルに高さが十メートル、しかもそれが八つもあったので不思議な個数ではない。

 作業期間は十日間ほどである。これは大きさと硬さを考えたら、随分と短い期間と言えた。理由としては切り分けをしていた者のほとんどが熟練以上の実力を持つ冒険者であったこともあるが、それよりも食べることで作業を手伝っていた輝亀竜であるガルドの貢献が大きい。

 数千年を生きてきたガルドは元の大きさに戻るまで、食べたら食べた分だけ急速に身体を成長させることができる。それはつまり、切り分けが進むにつれて食べる量も速度も向上するということに他ならない。結果、切り分け作業の大幅短縮に繋がったのである。

 なお、作業期間の短縮にはケインドルフとカイエンデも貢献していた。ケインドルフは一通り素材の相性を確認し終えた中盤から作業に加わり、カイエンデは殻の欠片から輝亀竜の甲羅を元に戻す陣魔性で消費した魔力を回復させると、次に陣魔法を使うまでの間、切り分けを手伝ったのである。

 ちなみに現在のガルドの身体は全長二メートル弱、全高一メートルほどだ。幸い肩乗りサイズへの変化は体重を含め可能であった。









 彰弘たち一行はサティリアーヌの案内でケインドルフの鍛冶場へと向かっていた。目的は二日前に切り分けが終わった輝亀竜の甲羅を届けることと、それを使った武器や防具を作ってもらうためである。

「一日中ベッドの上でごろごろしていたわけだが……まだ、怠いな」

「同じく。私の場合はそれに加えて筋肉痛も継続中ですが」

 些か動きが鈍い彰弘が自分の状態を告白すると、それにケイミングが苦笑で応えた。

 十日間も動き続けたため、彰弘たちはケルネオンに帰った次の一日を完全な休暇に充てたのだが、疲労が抜けきるには少々時間が足りなかったようである。

 ちなみに、他の面々も同様のようで、一様に疲れの残る表情で頷いていた。

「あんだけ働いた後だし、しょうがないんじゃない? それより、ここを曲がるともうすぐよ」

 一行の先頭を歩くサティリアーヌは大通りから延びる横道に入りながら、後ろを歩く面々にそう声をかける。そしてそれからも少し歩き立ち止まると目的の建物を指差した。

「どう見ても普通の家……だよな?」

 ベントが訝しげな顔を見せる。

 特に看板が出ているわけでもなく、槌で何かを叩く音が聞こえてくるわけでもない。唯一周囲の民家と違うのは玄関扉以外にも通りに面した部分に扉があることだ。とはいえ、それ以外に違いはなくやはり一見普通の民家にしか見えないのであった。

「確かに見事なまでに周囲に溶け込んでるけどね。まあ、待ってなさい。今、呼ぶから」

 分からなくもないと返してから、サティリアーヌはおもむろに玄関扉に付いているドアノッカーに手を伸し、四回ほど音を立ててから一歩後ろに下がる。

 そして待つこと少し、玄関扉が開き背の低い一人の女が出てきた。

「おはようございますゼンさん。ケインドルフさんはいますか?」

 サティリアーヌがそう声をかけたのは、ケインドルフの妻であるゼンだ。

 ゼンはケインドルフと同じドワーフで、見た目は五十歳前後でありながら実年齢は夫と同じ九十歳。この世界のドワーフの女は背が低く変わりに少しだけがっしりとした身体をしているのが特徴である。

 ちなみに髭は生えていない。

 ともあれ、ゼンは雰囲気そのままの気の良いおばちゃんと言う言葉が似合う女であった。

 そんな気の良いおばちゃんであるゼンは、聞いていたとはいえ結構な人数であったサティリアーヌたちへと、出てきたときと変わらぬにこやかな笑みを向け挨拶を返す。

「あの人は地下だから、ちょっと待っててね」

 そしてそう言うとゼンは一度家の中に戻り、すぐに鍵が二つ付いたキーホルダーを手に再び外へと出てきた。

 それからゼンは玄関扉を施錠して、続いて通りに面したもう一つの扉の前に立ち、そこにある鍵穴にもう一方の鍵を差し込んだ。

「さ、付いてらっしゃいな」

 扉の鍵を解錠し、そこを開けたゼンは、一行の先頭に立つと地下への階段を下りていくのであった。









 ケルネオンのみならず、この世界の鍛冶場や工房は大抵が地下に作られている。騒音対策という面もあるが、最大の理由は利便性の高い地上に人種(ひとしゅ)の居住空間を多く設けるためであった。

「おう、きたな。早速で悪いが素材はあの隅に置いてくれ。ただし重ねるのは二段まででな。それ以上だと台を使っても手が届かん」

「分かった」

 地下の鍛冶場に入るなりかけられたケインドルフの言葉に頷いた彰弘は、素材置き場であろう場所にぽっかりと空いた空間まで歩みを進め、どれだけの量を置けるのかを思考する。

「このスペースだと前後に二つ横五つか。で、二段までと。もう少し置いていきたいところだが」

 最終的に自分の物となってしまう量を考えると、少しでも多く切り分けた輝亀竜の甲羅をこの場に置いていきたい彰弘だったが、物理的に無理なのだから仕方がない。

 とりあえずこの場に置いていく個数を決めた彰弘は、挨拶云々を言い合う夫婦の会話と、それを間近で見せられている面々から伝わる苦笑を浮かべているであろう雰囲気を背中に受けつつ、決められていた報酬よりも多くの素材をその場へ置き始めたのである。









 輝亀竜の甲羅を置き終わった彰弘が戻ると、サティリアーヌを除く女性陣が鍛冶場を出て行くところであった。

「ゼンさんとあの三人はどこへ?」

「ちゃんとした防具を作るなら身体のサイズを測る必要がある。いくらなんでも女のサイズをオレが測るわけにはいかんだろ」

「なるほどな」

 確かに異性より同性にサイズを測られる方が心情的に楽だろう。例え後でサイズを知られることになったとしても、直に即知られるより良いと思える。

 ちなみにゼンと一緒に出て行った二人とはミレイヌとベントのパーティーメンバーの二人だ。

「で、サティーは?」

「私は誰かさんのお蔭でサイズを測られて困る部分は間に合ってるからいいのよ」

 ため息とともに半眼でそう返された彰弘は、サティリアーヌが着ている高位司祭の服の出所を思い出し納得した。

 サティリアーヌが着ている服は、一見するとメアルリア教の高位司祭に支給される普通の物だ。しかしその実は神からの贈物であり、今回ケインドルフが作るであろう防具にも引けは取らないどころか上回るだけの性能を持っているものである。

「忘れないで貰いたいわね。まあ、いいわ。それじゃ、カイエンデさんのところに行きましょうか。アキヒロさんの分とか私の手甲とか靴とかは帰りに寄るから、そのときにでも」

「ああ、俺の分は必要ない。ステークさんに頼んであるからな」

 その発言に彰弘以外が驚きで目を見開く。

 誰もが彰弘もケインドルフに武具を作ってもらうものだと考えていたからだ。

「そんな顔をされてもな。まあ、俺は既にステークさんに依頼をしてあるし金も払い済だから気にしないでくれ」

 驚く面々にそう伝えた彰弘だったが、それで「はい、そうですか」といかないのはケインドルフである。武器にしろ防具にしろ、その作製には絶対の自信がある彼であるから目の前で断られたことに納得がいかなかった。

 サティリアーヌの服とは全くの別問題である。

「初めて聞く名だが、そのステークってやつはオレより腕がいいのか?」

「どうだろうな。知り合いのランクC冒険者が納得して買ってたから、少なくともそのレベルのものであることは確かだ。ちなみに、今俺が着ているこのブラックファングの防具もそこのものだな」

「ほう。そいつらのパーティー名は?」

「魔獣の顎、清浄の風、潜む気配だな」

 実力的にはランクCである竜の翼もステークが作る防具を評価していたが、彼らは彰弘の知る限り、まだランクDだったのでこの場で口にはしなかった。

「魔獣の顎だけは知っている。なるほど、あいつらが認めるくらいには実力があるのか。確かに今お前が着ているそれは悪くない。……とはいえ、このまま引き下がるのも。いや待て、そうだ、そうだな。よし決めた。あいつも出歩きたくなったと言っておったし、そうしよう。それがいい」

 ケインドルフはいきなり難しい顔で自問自答を始めた。しかし彰弘たちが何か口を挟む前に答えを出したようだ。

「あー、何があった?」

 自分の出した答えに笑みを浮かべた顔で何度も頷くケインドルフに恐る恐る彰弘は声をかける。

 もっと別の断り方があったかもしれないと思った矢先の出来事だったのだから、彰弘の態度は当然のものであった。

「ん? お前らがグラスウェルへ帰るときに一緒に行って、そのステークってやつと、後ついでにお前の剣を作ったやつに会いに行こうと思ってな。別にお前の防具を作るのにオレが手を貸すのは構わんだろ?」

「構わ……って、それは俺が決めることじゃないな。そこはステークさん次第だ」

「ふむ。職人なら当然だな。まあ、それはグラスウェルへ着いてからか。ふふ、いろいろと楽しみになってきた。よし、とりあえずお前の防具は後回しだ」

「お、おう。じゃ、じゃあ、俺とサティーはカイエンデさんのところに行くわ。皆は、まあ、頑張ってくれ」

 妙に上機嫌となったケインドルフに若干引きつつ彰弘はサティリアーヌへと目配せを行う。

 その視線にサティリアーヌは口元を僅かにひくつかせながら頷いた。

 なお、謎の声援を受け取った、この場に残る面々は「この状況で何をどう頑張れというんだ」と、若干恨みがましい視線を彰弘に送る。が、当の本人はそれを無視するように肩に乗っているガルドへと金属球を与え、その視線を回避していた。

 彰弘としては、これ以上今のケインドルフと向かい合いたくなかったのである。

「おう。行って来い。ああ、そうだ。カイエンデに伝言してくれ。グラスウェルへ行くのはお前たちが帰るときと一緒だとな」

「了解。伝えておくよ」

 上機嫌を保ったままのケインドルフに平静を装いながら彰弘は答え、鍛冶場の出口へサティリアーヌと向かう。そして階段を上がり切り外に出て一息吐き、隣にいるエルフへと顔を向けた。

「うちの大司教が武具を依頼するくらいの人だから普通とは違うのよ。ああなるとは思わなかったけど。新しい一面を見た気がするわ」

「極まってる人間特有ってやつだな」

「そうね。とりあえず、ここの鍵を閉めてもらってからカイエンデさんのところに行きましょ」

 彰弘同様に息を吐き出したサティリアーヌは、玄関扉からゼンを呼び地下へと続く扉を施錠してもらう。

 そうしてから彰弘とサティリアーヌの二人は本日二つ目の目的地であるカイエンデの家へと向かうのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


二〇一七年 二月十九日 二十一時三十五分 誤字修正

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