4-39.
前話あらすじ
本来の姿を現した輝亀竜の甲羅に驚愕する彰弘たち。
ともあれ、殻の欠片から甲羅へと戻すことには成功した。
彰弘たちは用意された道具を持って、輝亀竜の甲羅を適度な大きさにするための作業を始めるのであった。
魔鋼製の鶴嘴が振り下ろされ、その度に細かな欠片が飛び散る。生きた魔力の通っていない輝亀竜の甲羅は鋳鉄程度の硬さであるが、それでも少しずつ削られていった。
ただ、ものが巨大であるために切り分けを始めてから一時間が経った今でも、見た目は元の大きさと変わらないように見える。
「少し休みましょう」
「あー、これは腰が死ぬ」
ようやく一段落……とは言い難いが、それでも一辺が一メートルほどの塊を十個切り分けたベントたちは、一度休憩を入れることにした。
「アキヒロさんが持っている剣が人数分欲しいところではあるわね」
立ったままで額の汗を拭ったサティリアーヌは数十メートル先へと目を向ける。
そこには赤黒い魔力を放つ血喰いを、黙々と自分の足元へと振るう彰弘の姿があった。
「同感。俺の剣でもできなくはないけど……魔力がなぁ」
腰のバッグから水筒を取り出し、その中身で喉を潤したベントが頷く。
昨年の夏、できの良い青魔鋼製の魔剣を手に入れたベントは、試しにと彰弘と同じように魔剣に魔力を通して輝亀竜の甲羅を斬りつけ、鶴嘴よりは大きな傷を甲羅に付けることに成功している。しかし輝亀竜の甲羅を斬る場合、実に彼の保有する魔力を半分以上も魔剣に注ぎこむ必要があり、結果的に鶴嘴を使った方が時間効率が良かったのであった。
「魔力は置いといて、魔剣の性質の違いが大きいわね。アキヒロさんの血喰いは頑丈さと斬ることに特化しているけど、あなたのそれは属性による攻撃力に重きを置いているもの。むしろ、その剣で甲羅をあれだけ切れたことは誇ってもいいんじゃない? それだけあなたの技量があるってことなんだから」
「まあ、切り札になりそうなことが分かっただけ良しとするか」
「前向きなのはいいことよね。さ、そろそろ再開しましょうか。まだ一個目なんだし」
十分な休憩であったかはともかく、輝亀竜の甲羅の切り分けは先が長いどころかまだ始まったばかりである。
サティリアーヌやベントたちは、休憩を切り上げ鶴嘴を持って作業に戻るのであった。
結局、この日は一つ目の輝亀竜の甲羅を三割ほど切り分けたところで作業を切り上げることになった。
今回作業が初めてで勝手が分からなかったこともあるが、まだ先は長いために早めに作業を終わらせたのである。
「ま、でも、あれだな。ひと月もふた月もかからなさそうで良かったよ」
自身の夕食を終わらせた彰弘はそう呟きつつ、焚き火にあたりながら今日の最大功労者である輝亀竜のガルドへとご褒美の金属球を与えていた。
さて、一仕事を終えて寛ぐ彰弘たちは置いといて、本日の各作業量であるが、それは大体次のようなものである。
まず鶴嘴で作業を行っていたサティリアーヌやベントたちであるが、まずますという感じであった。最初のころは一振りの削り具合は微々たるものであったが、そこは一般人とは桁が違う力を持った者たちだ。終わりのころには鶴嘴を扱うコツを掴み、鋳鉄程度の硬さを持つ輝亀竜の甲羅を順調に切り分けていくことができていた。
次に彰弘だが、こちらもまずまずの成果であったといえる。血喰いの能力と彼自身の保有魔力の多さにより、一人であったが鶴嘴を持った全員がこの日切り分けた量と、ほぼ同程度の切り分けを行うことができていた。もっとも、いくら保有魔力が多いとは言っても、輝亀竜の甲羅を一日中休みもなしに切ることはできない。明日以降は鶴嘴組よりも幾らか劣る切り分け量となるかもしれない。
最後に今日の最大功労者であるガルドであるが、その作業量は彰弘や鶴嘴組と同程度と体格を考えたら圧巻である。そんなガルドの切り分け方は、切り取る回りを食べることであった。数千年を生きてきた竜種であるためか、ただ移動しながら食べるだけならば休憩をほとんど必要とせず、その休憩も口直しのために彰弘が与える金属球を食べるときのみ。ついでに言えば甲羅の硬さを苦にせず食べることができる。そんなガルドだからこその作業量であった。
なお、当然ガルドが食べた部分は素材としては使えないのだが、元々の素材が大量に、それこそ余るほどにあるのだから問題とはならない。多少、使える素材が減ったとしても、早く切り分けられるのならその方が良いに決まっていた。
ともかく、本日の成果は決して多い切り分け量ではなかったが、十分に許容範囲内の成果だったのである。
「そういえばさ。なんかおっきくなってない?」
お茶を飲みつつ彰弘が手に乗せた金属球を夢中で食べているガルドを見ていたサティリアーヌが、ふいにそんな声を出した。
この場所にきたときは大人が一抱えできる程度の大きさであったガルドだったが、確かに今はそのときよりも大きくなっている。
「言われて見れば、確かに」
「一回りくらいは大きくなってるような」
サティリアーヌの言葉でガルドに視線を向けた、その場の面々が次々とそんな感想を漏らした。
それに反応したのかガルドが金属球を食べるのを止めて彰弘へと念話を飛ばす。
「(うむ。甲羅はマズイがワレの身体を成長させるためには役に立ったようだ。この調子なら今回のが終わる頃には目標の半分くらいにはなってるかもしれん。主のためにマズイが頑張る所存)」
「(そうか。ご褒美を奮発しないとな。ケインドルフさんに魔鋼を売ってもらえないか交渉してみよう)」
「(おおう。期待しとるぞ、主よ!)」
元日本の土地にある建物から精錬された上質な金属類を数多く手に入れていた彰弘だったが、残念ながらそこには魔力を宿した金属はなかった。無論、それらがガルドの食べ物として劣っているわけではないが、味の種類が増えるという意味で魔力を宿した金属を食べられるというのは、ガルドにとって嬉しいものなのである。
「何を話してたの?」
「ガルドが頑張るらしいから、そのご褒美の話をな。というわけで、ケインドルフさん、そう多くなくてもいいから魔鋼を少し売ってくれないか?」
サティリアーヌの問いに答えつつ、彰弘は血喰いともう一つの別の片手剣を熱心に観察しているケインドルフへ声をかけた。
善は急げというわけだ。
ちなみにガルドは再び金属球を口に入れ、もごもごと味わい再開している。
「何が、とういうわけなのかは分からんが、構わんぞ。ただし金ではなく輝亀竜の甲羅と交換だ。正直、金は有り余っていて使い道がないからな」
「ガルドが切り分けを頑張ってくれるそうだからな、そのご褒美に魔鋼が欲しいんだ。甲羅については了解だ」
「おお、そうだ。魔鋼と言えば、この二つ剣は悪くないな。難点を言えば、黒魔鋼の方は扱えるやつが限定され過ぎる。白魔鋼の方は作り手の迷いがまだ見えることか。ただまあ、どちらも良いものであることには違いない。星の記憶産の方はどうしようもないが、もう一方は経験さえ積んでいけば更に良いものを作れるようになるだろうな」
二振りの剣を彰弘へと渡しながらケインドルフは観察の結果をそう表した。
なお、星の記憶産であるのは血喰いで、もう一方というのはグラスウェルに住む武器職人のイングベルトが鍛えた剣である。
「そこまで褒めるとは珍しいね」
「良いものを良いと言って何が悪い」
「別に悪くはないさ。何だったら会いに行ってみるかい? 私も久しぶりに出歩きたくなったし」
「そっちこそ珍しい。だが、悪くない提案だ。確かグラスウェルだったな。まあ一通りのことが終わったら考えてみよう」
機嫌が良さそうに提案するカイエンデに、ケインドルフも同様の顔で応える。
そんな二人を見る彰弘たちの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
ちなみにベントが持っている魔剣についてのケインドルフの評価は、基本に忠実すぎて面白くはないが良い剣であることは間違いない、というものであった。
翌日。
彰弘たちは朝も早くから作業に取り掛かった。昨日よりも動きに無駄がないのは、切り分けのコツを掴んだためだろう。
こうして、この日からおよそ十日間。彰弘たちは輝亀竜の甲羅を切り分ける作業に没頭するのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
もしかしたら今回は今までで一番短いかもしれません。
これが最初と最後だけを決めて書き出した弊害かもしれぬ。
ともかく、本年もよろしくお願いします。