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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
127/265

4-38.

 ケルネオン到着四日目。彰弘たちは、ようやく輝亀竜の甲羅を元に戻せるカイエンデと、その素材を武具へと加工できるケインドルフと対面するのであった。





 鈍色(にびいろ)をした巨大な塊であった。縦横が五十メートル、高さが十メートル、比重は五。重量を考え補強されていた地面を凹ませているそれに、彰弘たちはただ驚愕していた。

 大きさを事前に聞き、それを信じていたとしても、想像するのと実際に目にするのとでは雲泥の差があったということだ。

 そのため、陣魔法を使って殻の欠片の魔力を散らし元の甲羅に戻すことを成功させたカイエンデも、希少で有用な素材ということで心待ちにしていたケインドルフも、そして巨大な塊となった基の物を持ち込んだ彰弘たちも、暫くの間は無言で輝亀竜の甲羅を眺めるという状態になってしまったのである。

 ちなみに輝亀竜であるガルドは自分の甲羅のことであるから驚きはなく、「(やはり美味しそうには見えぬ)」と、甲羅を見続ける十七人とは全く別のことを考えていた。









 どのくらいの時間をそうしていただろうか。

 我に返った彰弘は後頭部を手で掻きながらカイエンデにお礼を言った後で、その場にいる面々の顔を見回し「さて、これはどうする?」と話しかけた。

 最初に反応したのはケインドルフである。依頼を受けてから心待ちにしていた素材の異様に呆けていた自分に苦笑を浮かべてから声を出す。

「オレの仕事は武具を作ることだが、まずは最適な配合を知ることだ。とりあえず、その出っ張っているところを切り離してもらおう」

 輝亀竜の甲羅はどこを見ても真っ平ら(まったいら)というわけではない。特に彰弘たちが今の位置から見ることができる部分は登ることが可能なくらいの凹凸があった。

「それはアキヒロさんに任せましょうか。これを切り分けるには、間違いなくその剣を使うのが一番早いだろうし」

 ケインドルフの次に復活したサティリアーヌが、彰弘の腰にある血喰い(ブラッディイート)に目を向ける。

 そのまま運ぶには現在目の前にある輝亀竜の甲羅は大きすぎた。そのため、どうにかして持ち運び可能な大きさ――大きくても彰弘のマジックバングルに収納できる程度に――にする必要がある。

 輝亀竜の魔力が通っていない甲羅は鋳鉄程度の硬さだと、サティリアーヌもアンヌから神託で聞いていた。とはいえ、普通の方法では中々に切り分けが難しいことは事実だ。まずは彰弘の血喰い(ブラッディイート)が、どの程度有効なのかを確認すべきと考えたのである。

「鉄を斬るか。どの程度の魔力が必要なんだか……」

 彰弘は一年ほど前に剣を持ったゴブリン・ジェネラルを剣ごと斬った経験はあるが、それはできの悪いものであった。世界の融合前に日本刀で鉄板を斬るという番組をテレビで見たこともある。しかし、その鉄板は厚さが数ミリメートルしかなかった。彼が硬いものを斬った経験、見た経験はその程度である。

「試すより他はないか」

 次々と我に返るその場の面々の視線を受けつつ、彰弘は輝亀竜の甲羅に近寄った。そして、適度な高さにある出っ張りの前に立つと血喰い(ブラッディイート)を抜き上段に構える。

 彰弘が血喰い(ブラッディイート)に魔力を注ぎこむと、その剣身は見るものによっては不気味と取れる脈動する赤黒い光りを纏い、次の瞬間に振り下ろされた。

 果たして輝亀竜の甲羅は塊から切り離される。

 血喰い(ブラッディイート)を鞘に収めた彰弘は少し魔力を込め過ぎたかと考えつつ、一抱えほどの大きさに切り落とされた輝亀竜の甲羅を拾い上げた。

「とりあえずはこれでな。足りなかったら言ってくれれば持っていく」

「おう。にしても良い剣だな。後で見せてくれ」

「ああ助かってる。見せるのは後でな」

 そんなやり取りをし、ケインドルフの目の前に拾った輝亀竜の甲羅を彰弘は置く。

 そしてそれから、彰弘はサティリアーヌへと顔を向けた。

「一応、採掘用の道具は用意してもらっているから、みんなで作業ね」

「ああ、用意してある」

 サティリアーヌの言葉を受けて、ケインドルフは近くに置いてあった魔法の物入れである袋から玄翁(げんのう)(たがね)鶴嘴(つるはし)を大量に取り出す。

「無属性の魔鋼で作った。間に合わせでしかないが多少は楽になるはずだ」

 大量の採掘道具に、そしてそれの素材に一同が驚く様子を気にせずにケインドルフは足元に置かれた甲羅の一部を拾い上げる。

 そして、「じゃあ、オレは小屋で配合を調べてる」と、その場を後にした。









 地面に無造作に置かれた鶴嘴を持ち上げ観察。そして振り下ろし、手首を返して振り上げる。

「何してるのよ?」

「恐ろしくバランスがいいな」

「は?」

「試してみれば分かるさ」

 サティリアーヌの問いに彰弘は答えると、まだ地面に置かれている鶴嘴へと目を向けた。

 間に合わせとは到底思えないものである。バランスしかし、丈夫さしかり、並ではないことが今の彰弘にでも分かるほどのものであった。

 彰弘の言葉を受けて、「どれどれ」等々言いながら、その場の面々は興味深そうに鶴嘴を手に取り、思い思いに振り始める。

 やがて一通りの確認を終えたサティリアーヌがため息を漏らした。

「まあ、うちの司教以上の武器を作っている人だから驚きはしないけど……やっぱり、呆れるわね」

 言葉を表すような笑みを浮かべた顔をサティリアーヌは彰弘に向ける。

「イングベルトもこのくらいのものを作れると思うが、間に合わせレベルでは無理だろうな」

「それって、あなたの剣を作った人よね?」

「ああ。良い剣だと思わないか」

 サティリアーヌは鞘に入ったままの片手剣を受け取り、そのままの状態で観察を始めた。

 飾り気のないものではあるが、そこは実戦に使うのだから気にすることではない。鞘の長さから想像できる剣身の長さも片手剣としては普通である。柄が普通よりも倍近く長いが、それは恐らく両手でも使えるようにするためであろう。

 一通りの鞘に入ったままの長剣を観察し終えたサティリアーヌは、おもむろに鞘から剣身を引き抜く。

 まず目に入るのは、彰弘が持つ血喰い(ブラッディイート)と同じような形状をした剣身だ。全体が白色であるのは光属性の魔力を宿した白魔鋼(びゃくまこう)製であることを示している。白一色の剣身は強度が偏っていない証であり、確かに良い剣であった。

 ちなみに白魔鋼で作られて武器は黒魔鋼(こくまこう)製と同様に、同属性を宿す魔物以外には一定の効果を表すために汎用性に優れているが、決定打となりにくいために人気はそれほどでもない。

「なるほど、確かにね。返すわ」

 自称、その実は相応の剣の腕を持つサティリアーヌから受け取った剣を彰弘は腰に吊るし、未だ鶴嘴の感触を確かめている面々を見る。そして、苦笑しつつも声を張り上げる。

「そろそろやるぞ! これ一つだけじゃないからな!」

 そうなのである。休眠していた輝亀竜の殻の欠片で元に戻す予定のものは全部で八つあったのだ。現在一つを戻しただけなので、まだ後七つもある。暢気に鶴嘴を振っている場合ではなかった。

「あなたが言ったのではなくて?」

 やや呆れ気味なのはミレイヌである。

 確かに鶴嘴を最初に振ったのは彰弘であるし、試せと言ったのも彼であった。だからといって、その後延々と鶴嘴の感触を確かめる必要はない。

「そうなんだけどな。まあ、だからこそ、こう声をかけたんじゃないか」

 苦笑する彰弘に、ミレイヌは軽くため息を吐いた。

「それはそれとして、問題はどうやって切り取っていくかだが……やっぱ、上からだよな」

「そうね。幸い凸凹していて、ある程度の力があれば登れるし。まず端から崩していって、ある程度崩して足場ができたら、ちょっと大きめに切り取りましょ。大きめに切り取ったやつは、アキヒロさんのマジックバングルに入れて下に持ってって、甲羅の上にこれない人に切り分けてもらいましょうか」

「なら、私は下で待機しているわね。登れなくもないし鶴嘴を使えなくもないけど、邪魔にしかならない気がするから」

 サティリアーヌの案に異論はないと、ミレイヌは己の行動を決める。

 魔法使いであっても戦士以上の力を持つ者がいないことはないのだが、それは極一部。大抵の魔法使いはミレイヌのように力仕事には向かないのである。

 とはいえ、下で切り分けの作業をするにも力がいることは確かだ。あくまで甲羅の上で鶴嘴を振るよりは力がいらないというだけのことであった。

「んじゃ、組を分けるぞ。甲羅の上はアキラ隊長にショウヤさん、ベントのパーティーのミーミ以外、それとバラサに俺とガルド。下はベントのところのミーミとケイミングさんにルースさん。ファルンさんとミレイヌもだな。カイエンデさんは次に備えて休んでもらうとして、サティーは……どうする?」

「上に行くわ。下を手伝うのもいいけど、あなたのマジックバングルがあるから、下で捌き切れない分も邪魔にはならないし」

「確かにそうだな。よし、上組は登れ。道具は俺が運ぶ」

 彰弘は鶴嘴などの必要な物をマジックバングルに収納し、それが終えるとガルドへと声をかける。

「(さて、小さくなってもらえるか?)」

 現在、ガルドの大きさは大人が一抱えするほどの大きさであり、とても彰弘の肩に乗せて移動できるものではない。

 ガルドを十メートルの高さまで運ぶためには、一度小さくなってもらう必要があったのである。

「(もう少しワレが大きければ、このくらいは簡単に登れたものを……。すまぬ、(あるじ)よ迷惑をかける)」

「(気にするな。さて、行くぞ)」

 ガルドの頭をひと撫でしてから、彰弘は小さくなった輝亀竜の身体を自分の肩に乗せる。そして、元は指先ほどの大きさでしかなかった輝亀竜の甲羅を登り始めた。

 余談だが、本来なら作業に参加する必要のない彰弘が雇った御者であるファルンが、今回の切り取りに参加しているのは見返りを求めてのことではない。輝亀竜の甲羅がどうのようなものなのか。その甲羅がどのような物に加工されるのか。彼が参加した理由は、それらを安全に知れる好奇心からであった。

 もっとも参加した以上、彰弘から対価が支払われるわけだが、それが如何ほどのものとなるかはファルンの想像の埒外である。

 ともあれ彰弘たちは輝亀竜の甲羅を加工するための前段階である切り分けを始めた。









 輝亀竜の甲羅に登る彰弘たちを見ながら、カイエンデはゆっくりと歩き出した。

 殻の欠片を元の甲羅に戻すため、要所に配置した魔石を回収するためである。一応予備となる魔石は用意してあるが、万が一落下した甲羅が魔石に当たり破損でもしたら勿体無いからだ。

 それにしても中々に面白い若者たちだとカイエンデは考え感謝する。ケインドルフが用意した鶴嘴をはしゃいで振り回す姿には思わず失笑した。その後のことも、もっと異論やた何やらがあると思ったが、すんなりと進んだ。

 四百年近くを生き、ここ百年ほどを他者とほとんど関わらない生活をしてきたカイエンデにとって、彰弘たちの姿はあらゆる意味で良い切っ掛けとなっていた。

 カイエンデはふと自分も輝亀竜の甲羅を使って何かを作ってみようか考える。今回の報酬として素材は多く手に入るのだから、その一部を使って彼ら彼女らの装備を作ってみようと。伊達に長生きはしていないし、伊達に魔法関係に精通しているわけではない。

 笑みを浮かべたカイエンデは、早速と構想を練りつつ足早に魔石の回収を行うのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



今年最後の投稿となります。

この一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。


さて、次回の投稿ですが、次回は二〇一七年 一月 七日(土)となります。

では、良いお年をお迎えください。

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