4-37.
前話あらすじ
何事もなくケルネオンに到着した彰弘たち一行。
宿にも無事に泊まるとこができた。
唯一あれだったのは、ガルドを巡る一件が一部を除いた一行のメンバーに疲れを与えたことであった。
ケルネオンは鍛冶と鉄工を主産業とする街である。
元々は街道を通るための要所として起こした街であったが、あるとき南側の山脈に大規模な鉱脈があることが分かり、また水源も比較的近くにあることから鍛冶や鉄工の方向へと発展していったのである。
さて、そんな今も昔も変わらずケルネオンを支えていると言っても過言ではない山脈ではあるが、世界が融合した影響でその姿は様変わりしていた。百キロメートル以上の連なりであった山脈が、日本の土地を挟むことになり真っ二つに分断されたのである。
とはいえ、そのために何か悪影響があったわけではない。
何故かと言うと、鉱物自体はそれまでと同様に採掘でき、尚且つ南方への道ができたからだ。世界の融合前まではケルネオンから南方にある街へ行くためには標高が二千メートルを超え百キロメートル以上も続く山脈を越えるか迂回しなければならなかった。だが、山脈が分断されたお蔭で越えも迂回もせずに南方へと行くことができるようになり、大幅な日程短縮ができるようになったからである。
世界が融合した影響が良い方向へと繋がった一つの結果であった。
さて、それはそれとして、今現在山脈を割った日本の土地だった場所の一角で何かの作業をする二人の姿があった。
屋外で作業をしているのは、細身で背が高いエルフの男で名をカイエンデ・ルーンバーンという。
一方、急造で建てられたと見える小屋で作業をしてたのは、背はそれほどでもないがガッチリした体格のドワーフでケインドルフ・ウルグラという名であった。
この二人は彰弘から輝亀竜の殻の欠片の相談を持ちかけられたメアルリア教の一柱であるアンヌが示した魔法使いと鍛冶職人である。
それはさておき、暫く二人の作業は続く。しかしそれも終わったようで、ケインドルフがその手を止め作業をしていた小屋から出てきた。そして、もう一人の作業者であるカイエンデへと近付き、気を見計らって声をかける。
「おう、終わったようだな」
「ちょっと疲れたけどね。後は実際にやりながら調整」
無愛想な顔で声をかけてきたケインドルフに、笑みを浮かべたカイエンデはそう返す。傍目では分からないが、二人は仲の良い友人であった。
「ここまでデカイと調整もひと苦労じゃないのか?」
額の汗を拭う仕草をするカイエンデに、ケインドルフが問いかけた。
二人の目の前には半径が三十メートルほどの魔石と魔石の粉で描かれた円がある。これは輝亀竜の殻の欠片を甲羅という素材に戻す依頼を受けたカイエンデが、その依頼を成すために用意した陣魔法使用の下準備で描いたものだ。
この描かれた円に目的の構成を載せた魔力を流し魔法と成すことで、輝亀竜の殻の欠片を元の甲羅へと戻すことができるのである。
ケインドルフの問いは、単なる円にしか見えないが大きさが大きさだけに調整は大変なのではないか、というものであった。
しかしそれは、いつの間にか取り出した水筒の中身で、喉を潤していたカイエンデの表情で心配は無用と分かった。
「ああ、言葉が足りなかったね。陣魔法に使う形はこれで完成、変わらないよ。調整というのは実際に魔法を使うときに流す魔力の強弱や、その構成のことさ。もっとも、その調整も必要ないかもしれないけどね」
「なるほどな。なら、後は依頼人が来るのを待つだけか」
「と言うことは、そっちも準備はできたんだね?」
「ああ」
カイエンデの準備とは陣魔法の下準備である。
では、ケインドルフの準備とは何なのかだが、それは輝亀竜の甲羅をどのように加工したら良いのかを確かめるためのものであった。
輝亀竜の甲羅という素材は長い間、世に出回らなかったものだ。そのため、加工方法は廃れていて手探りで方法を探すしかない。そのための準備をケインドルフの方は先ほどまで行っていたのである。
「じゃあ、休憩しようか。依頼人が来るまでもう少しかかると思うし」
「うむ。異論はない」
そう言い合うと、カイエンデとケインドルフは休憩用に建てられた小屋へと歩いていくのであった。
◇
ケルネオンについてから四日目の昼過ぎ。
彰弘たちは南門から街の外へ出て指定された位置へと向かって移動していた。目的は輝亀竜の殻の欠片を元の甲羅に戻すことと、その甲羅を加工してもらうためである。
なお、今日がケルネオンに着いてから四日目である理由は、輝亀竜の殻の欠片を甲羅に戻すために必要な検証をカイエンデがしていたためだ。それが終わったのが昨日だったのである。
「まさか、街の外になるとは思わなかった」
「大きさを考えたら、それは仕方がないのではなくて?」
「防壁の近くなら、そのスペースはありますが、やはり適してはいないでしょうね、街の中だと」
獣車の中でそんなやり取りをする彰弘とミレイヌにアキラ。
元に戻った輝亀竜の甲羅の大きさは縦横が五十メートルに高さが十メートルだと、カイエンデとケインドルフは聞かされていた。となると、それぞれが持つ研究室や工房で作業するわけにはいかない。街の中にそれほどの空間がないわけではないが、物が物だけに人目に付く場所で元に戻すわけにもいかない。そのような理由があり、作業を行う場所は現在整地が完了しており何かに使われるようになるまで放置されている、ケルネオンの南にある元日本の土地だった場所で行われることになったのである。
「ところで、本当に私も貰っちゃっていいのかしらね?」
彰弘たちのやり取りを笑みを浮かべて見ていたサティリアーヌだが、ふいにそんな言葉を漏らした。
何のことかと言うと、輝亀竜の甲羅のことだ。ベントが受け取る予定の膨大な素材で今回使わなかった残りは、ケイミングやショウヤに譲られることになっていたのだが、その量が問題であった。
ケイミングは商会の獣車の補強などに使う以外は、ファムクリツの防護柵に使うことになっているが、事前に話をしていた倍近い量となると、手続きやら何やらでいろいろと大変でよろしくないことになる。
一方のショウヤにしても、ケイミングと同じで多少の増量は問題ないだろうが、やはり倍近くとなると、面倒なことになるのは間違いない。
そして、そうなると譲る先として考えられるのが彰弘しかいないということになる。入れられる種類と数に制限はあるが、それでも今回の輝亀竜の甲羅を余裕を持って収納しておけるマジックバングルがあるのだから、ある意味最適な譲り先であった。
なお、これが普通の素材であるならば、もしくは希少であり貴重でも多少の流通があるならば、機を見て少しずつ市場に流せばいい。しかし輝亀竜の甲羅は人の記憶にも記録にも残っていないに等しい有用な素材だ。個人が流した時点で問題となる可能性があった。そのため、それはできないのである。
「遠慮せずに貰ってくれ。こっちはあげた物が戻ってくるという何ともいえない気持ちを味わってるんだ。まあ、それでもガルドが食べてくれればいいんだが……どうもあまり好きじゃないようだからな」
ガルドは基本的に何でも食べることができる。当然、自身の甲羅であっても食べることはできるのだが、これはガルドにとってあまり美味しくないものに分類された。
つまり、現状で彰弘がベントから残った輝亀竜の甲羅を譲り受けた場合、使われることなくマジックバングルで死蔵されることになるのだ。
余計な問題を起こさない信じられる人物に使ってもらえれば、少々意図からは外れるが、殻の欠片を提供したガルドにしても、それを了承した彰弘にしても助かるのであった。
「それじゃあ、メイスでも作ってもらおうかしら。アンヌ様が私を案内にご指名したのも、それが理由の一つでもあるし」
「爪じゃないんだな」
「爪? ああ、ミリアの。無理無理、私はそこまで戦闘できるわけじゃないし、器用でもないから。一応、メアルリアの高位司祭だから、一通りの武器はそこそこ使えるけど、あくまでそこそこのレベルよ」
他の宗教が特定の武器の使用を禁じている中で、メアルリア教はその制限がない。これは、『自身の平穏と安らぎを求めること』を教えとするからである。矛盾するのではないかと思うかもしれないが、武器の制限をして教えとするそれを成せないのでは意味がない。
実際、竜の翼パーティーに所属しているメアルリア教の司祭であるミリアの主武器は両腕に嵌める鉤爪であるし、その教主は身の丈を超える大剣が主武器だ。
ちなみに、サティリアーヌの言うそこそこは、冒険者でいうところのランクD上位からランクC下位程度のことである。
「ま、ともかく、これで多少は使用用途ができたってことだ。ああ、ミレイヌとバラサも遠慮せずに使ってくれ。素材は余裕で余る予定だから」
「良い素材で装備を揃えられるのはありがたいのだけれど、何か納得いかなくってよ」
「私はありがたくいただきます。お嬢様、お気持ちは分かりますが魔鋼製以上となると、どれだけ金銭があろうともそう簡単に入手できるわけではありません。良い機会かと存じます」
「そうね。もっとも、私の場合は可能な限り軽量化していただかないと、まともに動けなくだけれど。そのあたりは作成していただく方と相談かしら」
そんな感じで彰弘たちが輝亀竜の甲羅の使い道を話していると、御者台で見張りについていたショウヤが声をかけてきた。
どうやら、目的地に着いたようだ。
獣車が止まるのを待って彰弘が口を開く。
「さて、行こうか。なにはともあれ、まずは欠片が元に戻ってからだ」
取らぬ狸の皮算用。
彰弘の言うように、まずは素材としての甲羅に戻らなければ全てが意味のないこととなるのである。
獣車から降り、足を進める彰弘たちの目の前に現れたのはエルフとドワーフの二人組みであった。彼らは先ほどまで作業を行っていたカイエンデとケインドルフだ。
「そこの亀さんが輝亀竜かい? ああ、失礼。私はカイエンデ。欠片を元に戻す役をする者だ。よろしく」
ガルドをひと目見て笑みを浮かべてから、カイエンデは自己紹介を行う。
続いたのはケインドルフである。
「ケインドルフ。お主らの武具を造るのはオレだ。まあ、この場では造る際の相性を確かめるだけだがな。本格的に造るのは素材同士の相性を確認した上で街の工房で行う」
二人の自己紹介の後、彰弘たちもそれぞれ挨拶を行う。
なお、余談だが魔物の素材には二種類ある。それは、素材そのものだけで実用的であるものと、他の金属などと結合させなければ性能が発揮できないものの二つだ。前者は今現在も彰弘が身に着けている装備の素材であるブラックファングの皮などがそうで、後者はこれから元に戻るであろう輝亀竜の甲羅などである。
ともかく、双方の自己紹介が終わり早速移動をとなりそうだったが、そこに静止の声がかかった。サティリアーヌである。
「実際にやる前に、念のために確認よ。今回の依頼の報酬は、前金として三十万ゴルド。輝亀竜の甲羅へ無事に戻すことができたら、その前金は返却。代わりに輝亀竜の甲羅を一立方メートル程度二人それぞれに譲渡する。問題ない?」
サティリアーヌは最初の手紙での要請のときにもその内容を書いておいたし、ケルネオンに入りカイエンデとケインドルフへと会いにいったときにも依頼の報酬内容を伝えていた。そして、そのどちらのときでも了承を得ており、そこのこと彰弘たちに伝えてはいたが、実際に顔を合わせてのやり取りは今が初めてである。
カイエンデとケインドルフはメアルリア教としても付き合いがあるため、問題となるようなことはないのだろうが、念には念を押した形だ。
「うん、私もケインも問題ないよ」
「ああ。問題ない」
繰り返しとなったやり取りであったが、二人に不満の色は見えない。
「一応、契約書を見せようか」
カイエンデは笑みを浮かべてバッグから一枚の紙を取り出すと彰弘たちに見せた。
署名は彰弘たちから依頼要請の委託を任されたサティリアーヌ、それから依頼をされたカイエンデにケインドルフのものが記入されている。内容については先ほどサティリアーヌが口にしたものと同じであった。
「確認した。特に問題はない」
カイエンデの見せてきた契約書を確認した彰弘は、そう言うと後ろを見る。
それに返されたのは、全て問題ないというものであった。
「じゃあ、今度こそ本当に行こうか。準備はできているからすぐにでもできるよ」
契約書をバッグに仕舞うとカイエンデは来た道を戻ろうと彰弘たちに背中を見せ歩き出し、それにケインドルフが続く。
「私たちも行きましょ」
「そうだな」
サティリアーヌの言葉に彰弘は頷くと、再度後ろを見てから歩き出した。
彰弘たちやケインドルフが、いやそれを行ったカイエンデまでもが驚愕に顔を染めるのは、この後すぐのことである。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回投稿は十二月二十九日(木)の予定です。
月日が過ぎるのは早いね。うん。




