4-36.
前話あらすじ
ケルネオンに向かう道中の獣車の中で輝亀竜の甲羅の使い道を確認する彰弘。
それに返って来たのは、三者三様それぞれに適した使い方なのであった。
グラスウェルを出て二日目の昼過ぎ。彰弘たち一行の姿は、ケルネオンに入るための列の中にあった。
道中、これといった問題には遭遇していない。一度だけ魔物の襲撃を受けはしたが、彰弘たち冒険者が剣を抜くことはなかった。魔物はゴブリンで、しかも数が僅か五体だけだったこともあり、二台の獣車を引く四頭のオルホースがいとも簡単に相手に踏み潰し屠ってしまったからである。
ともかく、比較的安全といえる街道を通ったことと、獣車を引くオルホースの活躍により、彰弘たち一行は無事ケルネオン前まで辿り着いたのであった。
ケルネオンに入り、他の人の邪魔とならない場所へと移動した彰弘たち一行は、今後の予定を確認することにした。
「さて、この後の行動を改めて確認しよう。野宿はしたくないからな、まずは宿泊先だ」
彰弘たち冒険者は自分が属するギルド支部以外へ赴いた場合、原則としてそこにあるギルド支部へと所在報告をする必要がある。
また冒険者のように原則として決められているわけではないが、サティリアーヌのような特定の教団に属する信徒は神殿施設などに顔を出すし、ケイミングのような商人たちも商人ギルドへと出向く。前者にとって神への祈りや同じ信徒との語らいは大事なものだし、後者にしても同職との繋がりとその場で得られる情報は有用と成りえるからだ。
なお、彰弘が雇ったファルンに前述のようなものはない。あるとすれば、雇い主の意向に沿うだけだ。またアキラやショウヤも任務ならいざ知らず、今回は休暇中であるため、特にどこかへ報告などをする必要はない。
ともかく、野宿回避のために、まず宿泊先である宿屋を決め、そこに部屋を取ることは不思議なことでもなんでもなかった。
「宿は『鋼の槌』か『匠楽』ってとこかしらね。そこ以外にも同じくらいの宿をいくつか知ってるわ」
サティリアーヌが名を挙げた二つの宿は、一階に食堂などの共有施設があり二階に宿泊するための部屋がある一般的な造りの宿である。各部屋に風呂が付いているなどということはないが、敷地内に共同浴場が備えられていた。一泊の値段は普通のランクE冒険者には少し高いといえるが、ランクD以上であれば無理なく泊まれる程度である。
「『鋼の槌』には泊まったことがある。風呂は広いし飯も旨い。値段も手頃で良い宿だ」
ベントの言葉に頷く彼のパーティーメンバーを見るに、宿泊するに問題はないようだ。
「じゃあ、まずは『鋼の槌』に行きましょうか。近くには『匠楽』もあるし、そこから少しだけ離れるけど同じくらいの宿もいくつかある。全員分の宿は取れるでしょ。残りの話は、どこもこの時間帯なら食堂は空いているでしょうし、そこでしましょう」
サティリアーヌが先頭に立ち、彰弘たち一行は移動を開始する。
これから行う今日の予定をこの場で話してしまっても、そう時間がかかるものではないが、それよりも宿を取る方が優先順位が高いのは確かなのだ。
なお、グラスウェルからケルネオンに来るまでに使用した獣車と、それを引いていたオルホースは、門近くに建てられた専用施設に預けられている。獣車が商売のための商品を積んでいる場合は、許可を取り獣車を街中を移動させ目的の場所まで行くのだが、今回は二台の獣車ともに商品を積んでいるわけではない。なので、街に入りすぐに預けていた。
ともかく、彰弘たち一行は宿を目指してその場を立ち去ったのである。
「ここだけでは無理だったが、『匠楽』に空きがあって良かったな」
『鋼の槌』の一階にある食堂で、彰弘は注文して届けられた果実水を一口飲み喉を潤す。
そんな彰弘に向けて、ベントは「そっちはどんな感じなんだ?」と尋ねた。
ベントのが言う「そっち」とは『匠楽』のことである。
彰弘たち一行の人数は全部で十五名。小規模な宿屋だと彼らだけで満員となる人数である。そこそこの規模である『鋼の槌』であっても、今回はそこまでの空きはなかった。だが、近くにある『匠楽』にも空きがあったため、彰弘はそちらに宿をとったのである。
なお、『匠楽』に宿を取ったのは、彰弘とミレイヌにバラサ。それからサティリアーヌにファルンである。残りは『鋼の槌』に部屋が取れていた。
ちなみに、彰弘の従魔であるガルドは、『匠楽』の女将の厚意により彰弘と同じ部屋に入ることを許可されている。
「そうだなー。こことそう変わらないと感じたが……」
「実際、どちらも変わらないわよ。値段も同じだし、サービスも同等。あえて言えば、ここは肉料理の種類が多いのに対して、あっちは魚料理の種類が多いくらいかしらね。ま、そんな感じね」
見てきた感じをそのまま言葉にして返した彰弘。
サティリアーヌは、そんな彰弘の言葉に見ただけでは分からない情報を付け加えて、そして笑みを浮かべた。彼女は、『鋼の槌』が良い宿だと知っていたベントが、別の宿に泊まることになった彰弘たちを気にしていることを見て取り、大丈夫だ問題はないと伝えたのである。
「そ、それじゃあ、これからどうするかを話そうか」
自分の意図を読み取られた恥ずかしさに、多少早口になるベント。
それを分かった上で、生暖かい笑みを浮かべたその場の面々は話を先に進める。
「とりあえず、俺ら冒険者組みはギルドだな。その後は適当にぶらつくってところか? サティー、今日は会いに行かないんだよな?」
彰弘は予定を口にしてから、サティリアーヌへと顔を向けた。
会いに行く、というのは輝亀竜の殻の欠片を元に戻してくれる魔法使いと、その元に戻したものを加工してくれる鍛冶師の二人のことだ。
「ええ。まだ日は高いけど、いきなり行って、「じゃあ、お願い」はできないわね。今日のところは私が二人に会うなりして、いつにするか決めてくるわ。一応、今日のことは前もって伝えてあるけど、急な用事とかが入っているかもしれないし。ああ、私はそれと後は神殿に顔を出してくるわね」
彰弘の問いに答えつつ、サティリアーヌは自分のこれからの行動を伝える。
それを受けて彰弘は「頼む」と一言返すと、自分以外の冒険者の顔を見渡し意見の有無を確認した。
「特に問題はなくてよ」
「お嬢様と同じく、私もありません」
ミレイヌとバラサが同意の言葉を出す。
それに続いたのはパーティーを代表して口を開いたベントである。
「問題はないな。ギルドの後にぶらつくのも賛成だ。折角ケルネオンに来たんだから武器屋に行きたい。買う買わないは別としてな」
上位の魔剣を手に入れたとしても、ベントにとって武器屋とは楽しめる場所なのであった。
「私とルースもギルドに行こうかと考えています。勿論、商人ギルドの方ですが。ここでなら、ファムクリツやグラスウェルよりも輝亀竜の……というか、その素材の情報があるかもしれませんし」
自らの拠点であるファムクリツでも、そしてグラスウェルでも輝亀竜については大した情報を得られていない。ケイミングは少しでも相場と成りうる情報をと考えたのであった。
ちなみに、ルースというのはカイ商会所属で、今回ケイミングとともに来た御者の男である。
「俺もギルド職員に聞くだけ聞いてみるかな。……襲ってきそうな奴を」
ケイミングの言葉を聞いて、彰弘がそう呟いた。
その素材の価値故に、犯罪と分かっていても従魔として登録されているガルドを襲う輩が出てくる可能性がある。幸いグラスウェルやファムクリツでは何事もなかったが、これから先もそうだとは限らないのだ。
ガルドは誕生して間もないわけではないため、大抵のことでは何ともないだろうが絶対ではない。彰弘としては、可能な限り事前に危険な芽を摘んでおきたいと考えていた。
「聞くって何を聞くのかしら。輝亀竜の生態はガルドに教えて貰えたと言っていたのではなくて?」
ミレイヌには彰弘の言葉の後半は聞こえなかったようだ。その顔には疑問符が浮かんでいた。
「ガルドを襲いそうな奴を教えてもらおうかと。事前に分かっていれば対処も可能だろうし。人の癒しを奪おうとする奴は事前に排除したいだろ?」
ミレイヌの問いに答えた彰弘は、ガルドの甲羅を撫で少しだけ顔を綻ばせた。
ケルネオンまでの道中に建っていたホームセンターで手に入れたベアリングなどに使われる金属球を食べるガルドの甲羅は程よく凹凸があり、何とも言えない心地好い感触を彰弘の手の平に伝える。無論、その感触は誰もがそう感じるものではない。ないが、彼に取っては間違いなく心地好い感触なのであった。
なお、彰弘はガルドが食事をしている姿も気に入っている。喜びの感情とともに自分が与えたものを黙々と食す、その姿に何とも言えぬ癒しを彼は感じるのである。
ともかく、彰弘にとって数か月を一緒に過ごしたガルドは、大事な存在になっていたのであった。
「しょ、正直よく分からなくてよ」
若干、引き気味のミレイヌと、その他の面々。
だが、そんな中で別の反応を表す存在が二つあった。それは甲羅を撫でられている輝亀竜のガルドと、自身の平穏と安らぎを求めることを最優先とするメアルリア教の高位司祭であるサティリアーヌである。
ガルドは食事を一旦止め、彰弘に顔を向けて、「(主よ!)」と感動していた。
一方のサティリアーヌは、笑顔でうんうんと頷いている。メアルリア教徒の彼女にとって、平穏や安らぎに通ずる行為を自分から行うことは好ましいことなのだ。
「うん。そうやって自分から動くことは良いことね。そんなアキヒロさんにアドバイスを。聞くときは身分証の称号をアンヌ様のものへと変えて、それをギルド職員に見せてから聞くといいわ。そうしておけば、迂闊に手を出す輩も減るはずよ」
「そうか、そうだな。そうしておこう。ありがとうサティー」
「いえいえ。私としても、あなたがリッカちゃんたちや、そこのガルドちゃんと幸せに過ごしてくれると嬉しいもの。ああ、旦那や子供たちとの再会が遅くなると決まったときには凹んだけど、この感じに巡り合えたことは僥倖ね」
何故かサティリアーヌもガルドの甲羅を撫で始めた。
そこには常人ではよく分からない一体感がある。
「これだからメアルリアの信徒は多くないのよね」
ため息の後に誰かが呟いたその言葉は、彰弘とサティリアーヌ、そしてガルドを除く皆の共通する思いであった。
この後、行動予定を口にする前であったアキラたちが、考えていたことを取り止め夕飯までの時間を昼寝に充てたのは仕方のないことなのかもしれない。
それだけの威力がガルドを巡る先ほどまでの光景にあったのである。
なお、行動予定を既に口にしていた彰弘たちは、当初の予定通りの行動をとっている。アキラたちと違い明確な目的があったのだから、多少疲れていても――彰弘、ガルド、サティリアーヌは疲れていないが――それを行ったのであった。
ちなみに、彰弘が雇ったファルンも昼寝組だ。彼も二人と一体のやり取りに疲れを感じてしまったのである。
そんなこんなで、彰弘たち一行のケルネオンでの初日は、よく分からないままに過ぎていくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
仕事が忙しいせいか、普段より更に変な感じの文のような気がする。
多分言い訳。失礼しました。精進します。