4-34.【ケルネオン】
前話あらすじ
何事もなくグラスウェルへ戻った彰弘たちは暫くの間、魔物を狩ったり、まったりしながらいつも通りの生活をして過ごす。
そして、八月三十五日。彰弘たちはガイエル伯爵家の次女であるクリスティーヌの誕生会に出席するために、貴族街と呼ばれる場所を進むのであった。
ちなみに、当然ながら彰弘は出席しない。今年は。
皇暦元年の後半は何事もなく過ぎていった。そしてそれは皇暦の二年目の四月中旬までも同様だ。
一応、皇暦二年の年始こそは普段とは違って騒がしかったりしたが、それは元日本人たちに多少の余裕ができたためで、良い意味での騒がしさであった。
そんな平穏といえる日々から繋がる麗らかな昼下がり。
央常神社にある社の裏側に造られた、特定の者だけが立ち入ることができる空間で、彰弘たちは談笑していた。
彰弘と言葉を交わしているのは、央常神社の神主である影虎とその妻である瑠璃の二人。そしてこの夫婦の養子という立場に身を置く、穏姫こと国之穏姫命の一柱だ。
なお、国之穏姫命本体が現界に在り続けるのは周囲への影響が大きすぎる。そのために今現在この場にあるのは本体の一欠けら程度の力で造られた分身体であった。
ちなみに輝亀竜であるガルドもその場にいるが、彼は延々と彰弘が与えた石や鉄骨を食している。
「そういえば、息子さんに会ったんだって?」
暫くの間、普段の生活のことや街での噂話などで談笑していたのだが、ふいに彰弘の口からそんな言葉が出た。
そのことに対する影虎の反応は気まずそうな表情である。彼の妻である瑠璃も同じような顔をしていた。
彰弘の家族がまだ生きているのか死んでいるのかさえ分からないという状況であるために、このような表情を見せたのである。
なお、穏姫は彰弘の家族が現在無事であるということを、神界の伝手で知ってはいた。しかし、そのことは彰弘やアンヌから他言無用と言われていたために影虎夫妻に事実を告げるわけにもいかず、結果事実を知らない二人と同じような表情となっていた。
「(のう。言ってはいかんか?)」
「(駄目だ。影虎さんたちが口を滑らすとは思わないが、旅に出るまでは六花たちに知られる確率はできる限り減らしたい。あの子たちに余計な焦りを与えたくはない)」
「(口には出さずとも、雰囲気で露見しまう可能性がある。ワレも主の意見に賛成する)」
情報は知る者が少なければ少ないほど外に漏れる確率は下がるのだ。
余程のことでもなければ、彰弘は自分の家族が無事であるという情報を外に出すつもりはなかった。
穏姫とガルドとの念話を終えた彰弘は影虎夫妻に向き直り、気まずそうにしている二人に内心で謝罪しつつも笑みを返す。
「そう気にせずとも。俺としては影虎さんたちの息子が無事で良かったな、という思いしかない」
その言葉とそれを口にした表情。そこから影虎は、彰弘が本当にそう思っているのだと見て取る。だから、彼は隣の妻と顔を見合わせた後で、「ありがとうございます」と一度頭を下げたのであった。
なお、余談だが影虎夫妻が自分たちの息子に会ったという情報を彰弘に伝えたのは、以前彰弘が竜の翼パーティーの依頼に同行したときに知り合いとなった総合管理庁職員のレンである。国之穏姫命のことやら何やらがあり、彰弘とレンは街中で顔を合わせれば軽く雑談をする程度の仲になっていたのであった。
「で、今、息子さんはどこに?」
折角、無事だということが分かり再会したにも関わらず現在一緒に暮らしていないのだから、彰弘が影虎夫妻の息子のことを聞くのは当然の流れなのかもしれない。
そんな彰弘に影虎は苦笑とともに口を開いた。
「クラツで暮らしています。何でも今はそこの商家に婿入りして農産物専門の行商をしているらしいです。息子と会えてのは偶然でした。偶々グラスウェルに来ていたところで会ったのです」
「婿入り? ってことは、融合後に結婚したってことか」
「ええ。避難したときにお世話になって、そこからあれよあれよと言う間に、ということらしいです。できれば街の中で安全に暮らしていてもらいたいところですが、まあ、元気そうで安心しました。それにしても、機械弄りが好きだった息子が行商人になっているとは思いもしませんでしたが」
クラツはグラスウェルの北東にある、果樹の栽培を主産業とする街である。
影虎夫妻の息子は、そこで恋仲となった女と結婚し健やかに暮らしていた。
なお、影虎が自分の息子が就いた職業に驚いた以上に、息子の方も今の影虎の職業に驚いていた。学習所の方はともかくとして、まさか神主として一宗教の最上位にいるとは思わなかったからだ。
このことは息子の職業に驚いたと言う影虎も自覚しているようで、「どちらもどちらですかね」と笑っていた。
そんな影虎だったが、息子と会話していたときに聞いたある情報を思い出し、一旦笑みを抑える。そうしてから明日彰弘が向かう予定を確認した。
「そうそう、彰弘さんは明日ケルネオンに向かうのですよね?」
「ん? ああ、少し前にも言ったが、その予定だが……何かあるのか?」
ケルネオン行きは危険がないわけではないが、街道を通ることに加え、そこを通るに十分な戦力で行くことになっている。そのため、わざわざ確認を取る影虎に彰弘は疑問を浮かべた。
その彰弘に、「たいしたことではないのですが」と影虎は前置きを入れ言葉を続ける。
「いや、息子との会話で思い出したことがありまして。何でもクラツから西方面に徒歩で一日、ケルネオンからでも西に一日の距離に例の結界があるそうで、その付近では普段は見かけることのないものが見つかるそうですよ」
影虎の言葉の中になる例の結界とは、世界が融合した直後に顕現した邪神の影響によるあれこれを正常化するために張られた神域結界のことである。その範囲は半径にして二百キロメートル弱にも及び、邪神が滅した日より一年以上の月日が流れているにも関わらず未だ解かれていなかった。
なお、この神域結界の範囲は冒険者ギルドや総合管理庁などで尋ねれば普通に教えてくれる。彰弘がこのことを知らなかったのは、単純に自分が強くなることを第一に考えていたからだ。
「一日か。日数に余裕があったら結界は見てみたいな。にしても、ものってのは何なんだ?」
「聞くところによると、そこにある石や、そこに生えている植物は元の状態よりも多くの魔力が含まれているらしいのです。もっとも、そこから離すと魔力は抜けてしまうものがほとんどで、魔力を保有したままで持ち帰れるものは極稀ということらしいですが」
「宝探し要素付きの結界見学か。そそられるな」
「アキヒロー。自重するのじゃぞー」
念話以降、輝亀竜のガルドと一緒に食に精を出していた穏姫に話をしていた彰弘たちの目が向かう。
ちなみに穏姫が食べていたのは当然鉄骨などの類ではなく、瑠璃お手製のクッキーである。
「見つかるのは極稀なんだろ。自重も何もないだろうに」
「いや、絶対に何か見つけるとわらわの勘が言ってるのじゃ」
「神様の勘とか怖いこと言うなよ」
穏姫の勘はともかくとして、今までの彰弘を考えれば何かを見つける確率が高い。
世界が融合してすぐに血喰いという魔剣でも上位に位置する長剣を手に入れた。本来地中からしか採れない魔石を見つける。国之穏姫命が神と成る場面に居合わせた。数千年の時を生きた輝亀竜を従魔にする。これらどれか一つだけなら、辛うじて偶然と言えなくもない。だが、複数ともなるとそれはもう必然だ。
だからなのか、影虎は至極真面目な顔で彰弘へと告げる。
「何か見つけてもこちらに変な還元しなくて結構ですからね。折角、あなたが土地の使用権利を買い、そこに家を建てることに決めたお蔭で、こちらが何もしていないのに所持金が増えるということがなくなって心が安らかになっているのですから」
「そうですね。流石に貰いすぎですもの」
なかなかに酷い言い方の影虎と瑠璃の言葉であったが、根が真面目な二人からしたら、こうなるのも仕方がない。
なお、彰弘が購入できた使用できる土地は、縦横が四十メートルという下級貴族が住む土地よりも広い面積の土地であった。そしてそこに建てる建物も平民としてはありえないような大きさのものになる予定である。土地に関しては単純に応募するときに購入すべき番号を間違えたためだが、建物に関してはその建物の仕様を決める場にいた六花たち四人の意見が多分に含まれていた。付け加えると、何故かその場に同席していたクリスティーヌとエレオノールの意見まで反映されている。
「まあ、分不相応な買い物をしたから、前みたいに金があり余ってるわけじゃないし、お布施は常識の範囲内にするさ。後、結界の近くで何か見つけても、素直に自分の懐で温めておく。石とかならガルドの餌にするか」
「(うむ。有機物はいらぬが、無機物であるならば喜んでいただくぞ。甲羅や外皮は欠片を食したお蔭でそこそこ良い強度になったが、それを保ったまま身体を大きくするには、まだまだ全然足りぬからな)」
念話で届くガルドの声に彰弘は内心で頷く。
防壁の外でガルドが興味を示した鉄骨やらコンクリートやらを回収して彼に食べさせているのだが、未だその身体の大きさは一抱えほどでしかない。食べる量がまだまだ足りないのである。
ちなみに、今現在の彰弘の所持金だが、少なくなったといっても数年程度は自分と六花に紫苑三人で生活できる分くらいは残っていた。魔石発見の報酬や一度の狩り収入の多さ、そして消費の少なさが、この状況を作り出しているのである。
影虎夫妻の息子の話から彰弘の言う分不相応の買い物の話までが終わった後は、再び取り留めのない雑談に花を咲かせたり昼寝をしたりと、自由にゆるりと時間を過す三人と一柱。
そうこうする内に、いつの間にか随分と時間が経っていた。
「さてと、そろそろお暇するかな」
まだ夕方とはいかない時間帯ではあるが、明日ケルネオンに出発する彰弘は、そのための最終確認を行う必要がある。
「そうですね。随分と日も傾いてきましたし。では、彰弘さん気を付けてください」
「あなたがお強いのは知っていますが、いつも言うように本当に気を付けてくださいね」
「そうじゃアキヒロ。油断は禁物じゃぞ」
「勿論」
一言を返しただけの彰弘だが、当然油断するつもりはない。いくら比較的安全である街道を行くとはいえ、そこは防壁の外だ。安全には十二分に注意を払う。そうでなければ生きていけないのが外というものだからだ。
「ま、お土産を期待していてくれ」
影虎夫妻の顔に苦笑しつつ立ち上がる彰弘。
「変な物や無駄に高価な物を土産にするつもりはないから安心してくれ」
そんな言葉をかけてくる彰弘に、やれやれという表情を見せてから影虎と瑠璃、そして穏姫も腰を上げた。
「さてガルド。食事は一時中断だ。残りは宿に行ってからな」
「(承知した主よ)」
ガルドが口に入れていたものを飲み込むのを確認し、まだ食べ途中であった鉄骨などをマジックバングルに彰弘は仕舞う。そして影虎夫妻と穏姫に向き直ると、「行ってきます」と告げたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
念話中の会話を(~~~~)から「(~~~~)」にしました。
過去投降分は時間があったら変える……かも? 多分、時間ない。
二〇一七年 二月二十六日 十三時五十二分 誤字とか修正
本文中の”障壁”を”結界”へ変更
下記台詞を修正(話の流れには関係ありません)
修正前
「よく分かりませんが、そこにある石や、そこに生えている植物には微量ながら神属性の魔力が含まれているらしいのです。もっとも、その場所から離すとなくなってしまう程度のものがほとんどで、何かの素材として使えるものは極稀ということらしいですが」
修正後
「聞くところによると、そこにある石や、そこに生えている植物は元の状態よりも多くの魔力が含まれているらしいのです。もっとも、そこから離すと魔力は抜けてしまうものがほとんどで、魔力を保有したままで持ち帰れるものは極稀ということらしいですが」