4-30.
彰弘は従魔を手に入れた!
ベントたち三人は天元突破しそうな装備を手に入れるフラグを立てた!
カイ商会を出た彰弘は、ファムクリツ・セトラに建つメアルリアの神殿前まで来ていた。
その神殿は、ファムクリツの人口や人種が居住する土地の広さが関係しておりグラスウェルに建つものと比べると大分小さい。だが、正面出入り口の上にある杖と剣が交差した紋章が唯一の装飾であるその建物は、間違いなくメアルリアの神殿だという雰囲気がある。
「あまり時間はないし、さらっと終わらせるか」
神殿が建つ敷地に入り紋章を見上げた彰弘は、そう独りごちた。
なかなかにありえない言葉である。神託であっても稀であるのに、人種からの意で神と話を交わすのは普通は誰も考えないし、考えても実現できるものではない。
(主よ。そう簡単にできるものなのか?)
(他の神様ならともかく……多分な。駄目だったら諦めて自分の頭を悩ますさ)
肩に乗り、そこから顔を向けてきた輝亀竜に、彰弘は視線を向ける。そして笑みを浮かべると、ゆっくりと神殿の中へと入っていくのであった。
なお、ファムクリツ・セトラにあるメアルリアの神殿に来たのは、彰弘一人と輝亀竜の一体だけである。
輝亀竜の甲羅で長剣を破損させてしまったベントは、カイ商会代表であるケイミングから紹介された武器屋へと行っている。予備としての小剣を持ってはいたが、彼はこの後も依頼主の商人を護衛してファムクリツから更に西の街へと行かなければならないため、主武器を調達する必要があった。
ファムクリツ移住者の護衛隊の一員で、今回の事を知らせる説得力として彰弘たちに同行したショウヤともう一人の兵士は、カイ商会に残ったまま彰弘とベントの帰りを待っている。二人とも護衛隊であった者たちが一時留まるファムクリツ・ヒーガへと、監視対象である商人と御者の三人と戻っても問題はなかったのであるが、輝亀竜の殻の欠片のこともありカイ商会で待つことを選択していた。
ちなみに、当然三人の監視対象もカイ商会で待機である。
昨日再会したゴスペル司教から話を聞いていたのか、信徒から歓迎で迎え入れられた彰弘は、その場にいた信徒たちとの雑談の後で五柱の女神像の前まで進む。
そして、おもむろに手を合わせると目を閉じ、目的の女神であるアンヌへと呼びかけの念を送り始めた。
(もう少し自分で考えてもいいんじゃない?)
そんな些か呆れ混じりの声が聞こえてきたのは、彰弘が念を送り始めてすぐのことである。
(一応考えはしたぞ。ただ時間がなかった。それに、俺はまだこの世界がよく分からないし、迂闊に誰かに相談できることでもない。となると……)
(まあ、そうね。あれで武器防具を造ったら一級品どころの話じゃないし。で、分かってはいるけど、一応何が聞きたいのかを聞こうかしら)
(ああ。まずは、口が堅くあれの圧縮を解除できる人材の居場所と加工が可能な職人がいる場所を知りたい)
輝亀竜の殻の欠片を加工などせずにお守り代わりとして持たせておく、そんなことを彰弘は考えもしたのだが、圧縮が解除できるものであるならば、意図しない場所で不意に元に戻ってしまう可能性も否定できない。
殻の欠片は今現在彰弘の肩に乗る程度でしかない輝亀竜が、一口で食べることができるまでの大きさになっている。しかしそれは、超高密度に圧縮されているだけだ。実のところ重量までもがないに等しくなっており、もしそんなものが意図しない場所で元に戻ったら災害を起こしかねない。可及的速やかに対処するに越したことはないのである。
(うーん、近くだと……グラスウェルの東にあるケルネオンね。そこにカイエンデという魔法使いがいるから元に戻すには彼に頼みなさい。加工に関してもケルネオンね。こっちはケインドルフって鍛冶職人よ。二人ともうちの関係者だから問題ないわ。案内はサティリアーヌに言っておく。あの娘、武器に無頓着だから、ちょうどいいわね)
(申し訳ない気がする。それに彼女は来年の春にアルフィスへと戻る予定だったはずだが?)
サティリアーヌというのは彰弘が運び込まれた治療院の雇われ院長であったエルフで、メアルリアの高位司祭だ。そして、アルフィスというのはメアルリアの本神殿がある地の名前である。
(単身赴任のあの娘には悪いけど、こっちでいろいろ決定したから、そこは気にしないで)
(分かった、と一応納得しておく。にしても結婚してたんだな)
(そうなのよ)
余談だが、サティリアーヌの夫となる人物はメアルリアの信徒であるが、階位を有しているわけではない。今現在は一般信徒としてアルフィスに居を構え、二人の子供とともに妻の帰りを首を長くして待っている。
(それはそうと、残りの相談事は?)
(あ、ああ。次は元に戻した物をどう扱うべきなのかと量をどうするのかだ。そうだ、随分と頑丈らしいが、そこはどうなんだ?)
一つの欠片に圧縮された甲羅の元の大きさは、厚さ十メートルの五十メートル四方という大きさだ。しかも、大きさを元に戻すと重量も元に戻る。
(問題ないわ。輝亀竜の甲羅は確かに頑丈だけど、本体から離れている生きた魔力の通ってない甲羅は鉄程度でしかないから切り分けることは可能よ。最悪ちょこっと切り分け後の量は減るけど輝亀竜に手伝ってもらうってのもいいんじゃない? あの子らなら自分たちの甲羅を食べることができるし。そうそう、重さは一立方メートルで五百キロ程度だから、適度に分ければ大丈夫でしょ)
(量が量だけに少しくらい減っても問題はないか。ただそれでも運べるようになるまでだけで、随分と時間がかりそうだ)
(ちゃんと加工すれば各種魔鋼製以上の性能になるんだから、そこくらいは苦労すべきよね)
輝亀竜の甲羅を素材とした武具はとても頑丈なものとなる。欠点はその頑丈さのため手入れが難しいことと、武器とする場合に鋭利な刃物への加工ができないことであろうか。
もっとも、鋭利にできないからといって戦うための刃物に適さないわけではない。あくまで切り裂く性質が必要な武器に加工ができないだけであって、長剣以上の大きさの物のように、鋭利さより力と速度をもって叩き切ることを目的にした武器には問題なく加工ができるからだ。
(で、量なんだけど、それはお偉いさんにでも売りつければいいんじゃない? もしくは、あなたが保管しておいて必要なときに出してあげるとか)
(前者は厄介事にしかならん気がする。後者はそのまま押し付けられそうなんだが)
(そうは言ってもねえ。まあ、元の大きさに戻して切り分けてしまえば、後は使い道をどうするかだけなんだし、のんびりと考えなさい。邪魔になるもんでもないでしょ)
確かにアンヌの言うとおりである。
彰弘には魔法の物入れであるマジックバングルがあった。彼のそれは一万種の物を三万個までスタックさせて収納することが可能である。そのため、今回の分の輝亀竜の甲羅であるなら、大きさをある程度一定にしてしまえば、格納枠一つに収めることができるのだ。
ちなみに、現在出回っている普通の魔法の物入れは、ただ見た目よりも収納量が大きい物入れ――整理が可能等の性能の違いはあるが――である。
(そうするか。使い道は本人たちに任せるとしよう。ありがとう。こんなことで呼んで悪かったな)
(今は余裕があるから、気にしないでいいわよ。またいらっしゃい)
(ああ。暇があったら、また来る)
(じゃあね。……って、そうそう。輝亀竜に伝えといて。『あのときは楽しかった』って。それと、そろそろアルケミースライムに名前を付けなさい。後、輝亀竜にもね。きっと喜ぶわよ。じゃあ、また)
最後のそう言い残しアンヌの気配が消える。
それをもって、彰弘は閉じていた目を開き、合わせていた手を離した。
「あのときは楽しかった?」
思わずアンヌの言葉を口にする彰弘。
名前を付けるということは分からなくはない。が、神であるアンヌと今一緒にいる輝亀竜が知り合いだということに彰弘は首を傾げる。
しかし、すぐに国之穏姫命の件で、アンヌが創った精神世界での会話と、カイ商会で輝亀竜が話した前の主のことを思い出した。
つまり、今彰弘の下にいる輝亀竜は人種であったときのアンヌの従魔だったことになる。
流石に作為的ではないだろうが、この奇妙な巡りあわせに彰弘は思わず息を吐き出した。
そんな彰弘の頭に随分と興奮した渋い声が届く。
(主よ! 前の主が神となっておる! 試練と言ってたのはこのことじゃったのだな。ほんの数日一緒にいただけじゃったが、あのときは本当に楽しいひと時じゃった)
五柱の女神像の内、唯一正面からは顔が見えない位置にある像の陰から出てきた輝亀竜は、興奮そのままに彰弘の身体をよじ登ると、その肩へと腰を落ち着ける。
(アンヌの従魔だったのか、お前)
(いや、ただ単に一緒にいただけじゃ。何となく気に入って一緒にいただけじゃ。だからワレは前の主の名すら知らんかった)
(となると、お前に名前はないのか?)
(ないのー。先ほども言ったが、前の主とは数日しか一緒でなかったからな。できれば名を付けてもらいたかったが、次の人に付けてもらいなさいと言われてたのじゃ)
(そうか。じゃあ、歩きながら考えるから、ちょっと待ってな)
(おお! 待ってるぞ主よ!)
上機嫌となる輝亀竜に彰弘は顔を綻ばせた。
それから彰弘は五柱の女神像に一礼をすると、近くで見守っていたかのような微笑みを浮かべる女司祭に「お蔭で助かった」と伝え、その神殿を後にしたのである。
カイ商会に戻った彰弘は受付嬢の案内で商会の二階にある一室へと通された。
その部屋には機嫌が良さそうなベントと、一心不乱に本を読むケイミングの姿がある。
「ショウヤさんは?」
頭を下げてから扉を閉める受付嬢の姿を見送ってから中にいた二人に声をかけた。
「彼はお仲間の兵士と倉庫です。お仲間一人に監視をさせるのは心苦しいと」
「なるほど。で、ベントはやけに機嫌が良さそうだな?」
「ああ、ケイミングさんが紹介してくれたこともあって前より良い長剣をお手頃価格で手に入れれたんだ。見てくれこれを」
ソファーから立ち上がったベントは新しく手に入れた長剣を鞘から引き抜いてみせる。
その刃は透き通るような青色をしていたが、それは決して着色で出せる色ではない。それは水の属性を宿す青魔鋼と呼ばれる魔鋼の一種を用いて造られたもの特有の色であった。
「素晴らしいな。でも、それはお手頃価格で手に入るものじゃない気がするが?」
「いやいや、このレベルのものとしてはお手軽だったさ。まあ、手持ちがほとんどなくなっちまったが、依頼中はほとんど金使わないしな。それにパーティーで分けなきゃならんが、まだケイミングさんからもらった二万ゴルドがある。余裕余裕」
長期間の依頼を受けたことがない彰弘には、それが大丈夫なのかは判別が付かなかったが、ベントがそれで良いというならこれ以上何かを言うつもりはない。
「まあ、問題がないならいいさ」
長剣を鞘に収めてから再びソファーに腰を下ろすベントを、彰弘は苦笑気味の笑みで見つつ自分もソファーへと腰掛ける。それからケイミングへと顔を向けた。
「当商会の取り扱い外だから私が知らないだけかと輝亀竜の甲羅の価格を調べていましたが、取引はここ暫くなかったようです。少なくとも商人ギルドが発行している相場表には載っていませんでした」
ケイミングが一心不乱に見ていたのは、様々な商品の相場の流れを載せている本であった。
日常的に市場に出回っている商品などは、その時々の様々な要因により価格が上下するので、年度の初めに商人ギルドが発行する相場表は参考程度にしかならないが、希少価値が高く滅多に市場に出ない物は価格の見極めが難しい。そんな場合には商人ギルド発行の相場表から過去の実績を元に価格を決めるのである。
「そう手に入るもんじゃないだろうし、それは仕方ないだろうさ。とりあえず欠片を元に戻せる人物と、それを加工できる人物の情報は手に入れた。売る売らないに関しては、個々で考えておくとしよう」
「そうですね。どちらにしろ今すぐにどうこうするわけではありませんし」
「賛成だ」
「じゃあ、俺が仕入れた情報を伝えよう」
彰弘はそう切り出し、先ほどアンヌから聞いた情報をベントとケイミングへと伝えていく。
それから必要な情報を共有した三人は、ここにいないショウヤのことも考え、今度のおおまかな方針を決めていった。
「さて、随分と長居したから、そろそろ行こうか」
「ああ、ショウヤさんたちも待たせすぎてる気もするしな」
「次に会うのは来年の春過ぎですかね。日程が決定したら連絡をください。予定を空けますので」
「分かった」
彰弘とベント、そしてケイミングの三人はソファーから腰を浮かせて立ち上がる。
昼飯時までまだ時間はあるが、彰弘は六花たちと昼食を一緒に食べる約束をしていたし、ケイミングは予定外の来客対応で今日の午前に行うべき商会の業務が残っていた。ベントに関してはこれといった予定があるわけではなかったが、早く新しく手に入れた長剣を身体に馴染ませたいという思いがある。
なお、この場にいないショウヤともう一人の兵士の予定は、今回のことをファムクリツ・ヒーガに戻り次第アキラへと報告することだ。その後は総合管理庁の職員が移住者関係の手続きを完了させるまでの数日間、休暇という自由時間を与えられるのであった。
「じゃあ、ケイミングさん。また後日な」
「ええ。お待ちしています」
カイ商会の前で軽く挨拶を済ませた彰弘たちは、ファムクリツ・ヒーガへと向かう道を歩き出した。
その背中を見送った後、ケイミングは思わずため息を吐く。しかし、今は仕事を片付けるのが先だと、気を持ち直した彼は自身が代表を務める商会内へと戻るのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。