表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
117/265

4-29.

 前話あらすじ

 ファムクリツ移住行程の途中で回収した積荷を取引先へと持っていく彰弘たち。

 その場で、ナシ好きのベントと卵から孵った? 亀と遭遇する。





 獣車の荷車後部まで移動した亀に似た何かは、彰弘へと向けた頭を上下に一往復させる。どうやら、お辞儀をしたようだ。

「襲い掛かって来ないだろうことは分かったが」

 即攻撃できる体勢のまま亀に似た何かを見据えるベントは、先ほどの彰弘の行動に危機感を覚えた。

 魔物はどの種であろうとも、孵り産まれたばかりであっても危険だ。だからこそ、誕生の瞬間に調教師がいない場合は殺すしかないのである。

 それなのに、彰弘は声が聞こえたという一点だけで攻撃を止めた。ベントにとって、その判断はとても危険なものに思えたのである。

「言いたいことは分かる。気を抜くつもりもない」

 言葉のとおり彰弘に油断をしている様子はない。

 その証拠に抜き放った血喰い(ブラッディイート)は鈍い光を放ったままであるし、視線も注意すべき存在へと向けられたままである。

 しかし、そんな彰弘だったが次の瞬間には攻撃体勢と解き、魔力を流すのを止めた血喰い(ブラッディイート)を鞘に収めた。

「おい!?」

 視界の横で彰弘の動きに驚きの声を上げたベントであったが視線と体勢は元のままだ。彼は伊達や酔狂で冒険者をやってきたわけでない。

 念のために後ろに下がっていたケイミングも、そしてそこで護衛に付いていたショウヤも声こそは出さないが驚きを顔に表している。こちらはベントほど徹底しているわけではないが、それでも今の状況に警戒を完全に解除している様子はない。

 そんな驚きを表す三人に彰弘が返した言葉は……。

「ただ、こいつの声が聞こえたとき、裏で『大丈夫』と言われたんだ。女神様にな」

 というものであった。









 カイ商会の倉庫の床に腰を落ち着けた彰弘たち四人と一体は会話をしていた。その内容は、先ほど卵から現れた亀に似た何かがどのような存在なのか、何故彰弘に話しかけたのか、などだ。

 とはいえ、亀に似た何かの声である念を聞くことができるのは彰弘のみである。傍から見ると亀相手に独り言を呟く危ない男がいるようにしか見えなかった。

(このようなところじゃ。ところで主よ。主とワレであれば、ある程度の距離ならば声を出さずに念で意思疎通を図ることが可能であるぞ)

「そういうことは早く言ってくれ。まあいい。今後は注意してくれ」

(すまぬ)

(分かればいい。さて、それはそうと説明をしないとな。間違っていたら指摘してくれ)

(心得た)

 亀に似た何かとの会話を終えた彰弘は、ベントたち三人に向き直る。

 ちなみに全くの余談ではあるが、念話というものは一般的なものではない。この世界でも神とその信徒が神託という形で行う以外では、極々限られた能力者たちが必要に応じて行うのみである。

 ともかく、彰弘と亀に似た何かが一通りの話を終えたのだと察したケイミングが遠慮を含んだ声をかけた。

 遠慮がちであったのは、先にも述べたように亀相手に独り言を呟く少しおかしな男の姿が、つい先ほどまでの彰弘だったからである。

「ああ。もういい」

 亀に似た何かとの会話に入る前に、ケイミングから敬語は不要と言われていたからか、彰弘の返答は素のままだ。

「まずこいつの種だが、輝亀竜(ききりゅう)というらしい。輝く亀の龍で輝亀竜だ。で、こいつは何千年か前に一緒にいた主がこの世の存在でなくなり、それから暫くは単独で動いていたんだが、ふと眠くなり殻を作り休眠をしていたようだ。今目覚めたのは懐かしい雰囲気に気付いたからだと言っている」

 彰弘の説明は、元リルヴァーナで生活をしていたベントとケイミングには衝撃的な内容だったようである。二人は目を丸くし輝亀竜に視線を注いでいた。

 ちなみにショウヤはよく分からないと首を傾げている。

「輝亀竜……ですか。噂より随分と小さいですが」

「話には聞いていたがこのサイズであの堅さ。あ、後で武器屋いかねぇと」

 実のところ、輝亀竜と呼ばれるこの竜は噂や文献などでその存在を知られていても、実際にその姿を見た者はほとんどいない。いや、正確に言うと見たことがある者はいるが、それを輝亀竜だと認識している者がいないのである。

 幼かったり休眠明けの輝亀竜は、今彰弘たちの目の前にいるような陸を生息地とする亀と違いがないため、それを見かけても誰も竜とは思わない。逆に成体であった場合は、数十数百年単位で身動ぎすらせずにいることに加え、体長体高ともに数百メートルを超える巨体なため、竜どころか生物としてその姿を捉えることができないのである。

 なお、この世界で竜と呼ばれる存在は、外皮が鱗で覆われ、数千年以上の時を生きることが可能で、成長すれば相性の良い人種(ひとしゅ)と意思疎通を行える魔物のことをいう。

 ちなみに、龍と呼ばれる魔物もいるが、竜との違いは体長の長さのみで、強さや性質に違いはない。

「大きさは休眠していたかららしい。甲羅や外皮も休眠明け直後だから柔らかいと言っていた。ただ大きさは多量に食料を摂取しなけりゃならないが、甲羅とかの堅さについては休眠用に纏っていた殻を全て食べれば成体とそれほど変わらないまでになるらしい」

 休眠中の輝亀竜を守る殻は、休眠前の自身の甲羅を素材としている。甲羅を自身の魔力で少しずつ削り固め圧縮しながら殻を作っていく。そして、ある程度殻ができたら身体を小さくして殻の中に入り、中と外を塞ぐように再度殻を作っていくのである。

 彰弘たちの目の前に現れた輝亀竜は成体であったが、このようにして休眠状態に入り、そして今その休眠から目覚めたのであった。

 元の地球の常識では考えられない生態ではあるが、元リルヴァーナのあった世界の性質を受け継ぐ今では、これもあり得ないことではないのである。

「さて、ここまで話をしたが、問題はこいつをどうするかなんだが」

「うちでは引き取れません。あなたに懐いているようですから、遠慮なく従魔にでもしたらいかがでしょうか? 卵だったら伝手があるんですけどね」

「同じく。俺は普通の冒険者だから、噂にしか聞かない……しかも竜種を引き取ることなんて無理だ。そもそもケイミングさんが言うとおり、アキヒロさんに懐いてるからな。それを引き離すのは可哀想だろ」

「こちらを見られても困ります。私はただの兵士ですので」

 当然のように返ってくる三者の言葉に、彰弘は胡坐をかいた自分の脚に前足を置いて懇願するような顔を向けてくる輝亀竜を見た。

(主よ。邪魔はしないので一緒にいさせてもらえんか? まだ小さいし弱いから主が出かけるときは大人しく待っておる。じゃが、一年もせずにあれを引けるくらいにはなれるし、そこまでになれば並大抵の攻撃でワレは傷付かん。身体の大きさもある程度調整できるので心配無用じゃ。まあ、可能ならあれが置けるくらいの広さの場所が欲しいが、そこは我慢する。食事についても、そこらにある石で十分じゃ。たまには魔石も食いたいが……いやいや、贅沢は言わぬ。だから連れて行ってくれ)

 必死の懇願をする輝亀竜に彰弘は軽く息を吐き出した。

 彰弘が断る理由はほとんどない。あるとすれば、死んだとはいえ商人である者の獣車に載せられていて、その荷は取引先へと渡す方が面倒がなかったことくらいだ。だが、それはケイミングの言葉で解決している。後は大きさやら食事やらの飼うためのことについてだが、話を聞く限りでは心配はいらなさそうだ。

「まあ、三人が良いというなら断る理由はないか。ところで、その従魔にすることで何か問題になりそうなことってあるか?」

 主よ! という少し興奮した様子の念話を聞きながら、彰弘は輝亀竜を従魔にした際に起こるであろう問題を、この場にいる三人へと問いかける。

 余談だが、従魔というのは魔物使い(テイマー)が使役している魔物のことである。魔物使い(テイマー)は能力を使い、自分に従う魔物を従魔として戦力を充実させていた。

「問題ですか? 一番の問題は輝亀竜が珍しいということと竜種であるということでしょうか。何かと目立つことになるのではないかと思います」

「いや、それほどでもないと俺は思うな。昨日のギルドでの件でアキヒロさんが腕輪型の魔法の物入れを持っていることと、メアルリアの神の名付きの加護を持っていることは、そう遠くない内に広まるだろうから、そこに珍しい上に竜種である輝亀竜を従魔にしたところで、今更な感じになると思う」

「となると、後は従魔登録くらいでしょうか?」

「それも、会話ができているなら問題ないのでは? 本で読んだ知識ですが、ある程度使役者の言うことを聞いて、無闇に暴れるのでなければいいらしいですから」

 彰弘の問いに答える三人の意見は、結論として「問題はない」というものであった。

 確かに輝亀竜は珍しいし竜種という魔物の中でも最上位に位置する存在ではあるが、彰弘の現状に鑑みればそう騒ぎ立てるほどではない。

 従魔登録にしても現在の大きさからして脅威に思われることはないだろう。使役者と会話で意思の疎通ができるのだから、へたな魔物使い(テイマー)よりも、余程遅滞なく登録ができるはずでだ。

 そんなこんなで休眠明けの輝亀竜は彰弘が引き取ることになったのである。









 死した商人が運んでいた積荷を本来の取引先へと届け、輝亀竜の登場という珍しい事態も一応済んだ。そのため、彰弘たちの間には幾分弛緩した空気が流れていた。

 そんな中、ふいに輝亀竜が彰弘に呼びかけた。

(主よ。ワレの甲羅で武器を破損させてしまったあの者に詫びをしたい。甲羅に入った傷は既に癒えてるのに、あの者の武器は破損したままじゃ。後、驚かせた残る者にも、勿論のこと主にも何か詫びをしたい。すまないが、ワレを包んでいた殻を集めるのを手伝ってもらえないだろうか?)

(それは構わないが、殻がお詫びに何の関係がある?)

(ワレの殻は、ワレが休眠する前に背負っていた甲羅を魔力で圧縮して作ったものじゃ。ワレがそれを食せばやがて今の甲羅に戻り強度を増すことができる)

 先ほど輝亀竜は「殻を全部食べれば、甲羅は成体のときとほぼ同じになる」という意味のことを言っていたので、彰弘は無言で頷き話の先を促す。

(じゃが、殻をワレが食さずに何らかの……例えば武具の素材にすれば、それなりのものになるはずなのじゃ。もっとも、ワレの魔力で圧縮してあるので、相応の実力がある鍛冶職人でなければ扱えんじゃろうが)

 武器を破損させたのだから、その変わりとなる素材を提供する。驚かせたから、そのお詫びとして儲けになる素材を渡す。

 輝亀竜の言い分が分からないわけではない。

(いいだろう。殻を集めようか。ただ、俺は特にいらない。俺は何年かしたら、ちょっとした旅に出る予定だから、そのときに荷車を引っ張ってくれ)

(む。心得た。そのときまでには間違いなく主を乗せて楽々移動できるようになることを誓おう)

(頼むな。じゃあ、集めてこようか)

 彰弘は念話を終わらせると、興味深そうに視線を向けてきていた三人に断ってから立ち上がり、輝亀竜が載せられていた獣車に近付く。

 そして、今の輝亀竜が一口で食べれる程度の大きさとなって散乱している殻の欠片を一つ一つ拾いマジックバングルへと収納していった。

 それから少し経ち、全ての欠片を集め終わった彰弘と輝亀竜は、元いた場所へ戻り再び腰を落ち着ける。

「こいつがな、自分の甲羅はもう直ったのベントの剣が破損したままだということと、皆を驚かせたことについてのお詫びをしたいといってるんだ。遠慮せずこれを受け取ってくれ」

 彰弘は目の前の三人に手を出してもらうと、一度マジックバングルに収納した輝亀竜の殻の欠片を取り出し、その上に載せた。

 驚かせた上に剣を破損させてしまったベントの手の平には殻の欠片を四つ載せる。残るケイミングとショウヤには二つだ。

 手の平に載せられた殻の欠片を見てから困惑気に三人は彰弘を見る。

「その輝亀竜の殻の欠片は、成体だったこいつの甲羅を魔力で圧縮したものだ。そのままでは異常に堅い物質でしかないが、相応の実力がある鍛冶職人ならば、いろいろな物に加工できるらしい。そうだな?」

 向けられた彰弘の顔に輝亀竜の頭が上下し、その動きを見ていたベントたち三人は一度首を傾げた後で目を見開く。

「ちょ、ちょっと待ってください。成体であった甲羅を圧縮したものですか?」

「ああ、そう言っている」

「ということは……これ、もし何も考えずに元に戻したりしたら……」

(そうじゃな、一つ一つが厚さ十メートルの五十メートル四方くらいか)

「それ一個で厚さが十メートルある五十メートル四方の大きさがあるらしいぞ」

 殻の欠片を受け取った三人が絶句したのは言うまでもなかった。

 柔らかいと言っていた甲羅でも本気で振るったベントの剣を余裕で防ぐだけの強度を持つ輝亀竜の甲羅だ。もしそれが成体のものであれば、恐ろしいほどの性能であることは想像に難くない。そんな性能の素材が大量に渡されたのであるから、当然の反応であった。

 ケイミングは自分と同じ気持ちであろう二人に目を送る。そして素早く思考し言葉を探す。

 間違いなく莫大利益を得ることができる起点のできごとだろうが、普通の分類に入る自分たちには荷が勝ち過ぎる。つまり、何とかして穏便にお詫びの申し出を断らなければならなかった。

「気持ちは嬉しいのですが、多少驚いただけですので、そこまで気にせずとも構いません。ベントさんの武器については私の方で受け持ちます。幸い武具に関しても伝手がありますので、ある程度の物なら安値で仕入れることができますから。なので、これは自分で食べてアキヒロさんの役に立ててください」

 真摯な顔で輝亀竜――見た目は陸亀――に話をするケイミングは傍から見ると異様ではあったが、それだけ必死だったのである。

 実のところ、ケイミングは現在において圧縮された輝亀竜の甲羅を元に戻す方法を知る人物はいないのではないか、もし仮にいたとしても自分が相手にしてもらえる位置に、そのような人物がいるとは考えていなかった。なので、思考の途中で一度は素直貰うという選択肢も過ぎったのだが、脅威の素材と成り得る素は持っているだけでも危険だと気付いたのである。

「気持ちは分からないでもない。だが、こいつの気持ちを無にするのも気が引ける。とりあえず俺が一時的に預かろう」

「何を考えているか聞いてもいいか?」

 ケイミングとショウヤから殻の欠片を回収した後で、自分の手の平の上からも同様に殻の欠片を取る彰弘の笑みが浮かんだ顔に、ベントは何となく嫌な予感を感じた。

 相手は女神の名付きの加護を受けており、更には同じく女神からマジックバングルを賜っている。更に更に言えば、竜種を従魔にすることに何の躊躇いもみせなかった男だ。

 そんな男が意味あり気に笑みを浮かべているのだから、ベントが気になるのも仕方がないだろう。

「大したことじゃない。この後、メアルリアの神殿に行くことは言ってただろ? 丁度いいから、いろいろ聞いてみることにする。きっと三人に負担にならないような方法を教えてくれるさ」

 ベントの予感は的中である。

 幸いなのは、彰弘が自分たちに負担とならないようにと考えてくれていることであろう。

 とはいえ、輝亀竜の甲羅という素材は問題だ。ベントは何とかならないかと思わず視線を動かしケイミングとショウヤの顔を見る。しかし、そこにあったのは何かを諦めたような二人の表情であった。

お読みいただき、ありがとうございます。



輝亀竜は梨を食べるのか?

与えれば喜んで食べます。成長するには必要ありませんが。

輝亀竜にとって、梨はいわゆる嗜好品です。


春夏秋冬いつでもおいしい梨が食べたいものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ