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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
116/265

4-28.

 前話あらすじ

 冒険者ギルドのファムクリツ・ヒーガ支部支部長に事の説明を終えた彰弘たちは、ギルド建物の一階で所在報告を行う。

 その後、皮の剥ぎ取りは面倒だという理由から、血抜きと内臓の洗浄までを行った状態のオークをそのまま換金するのであった。




 ファムクリツ・ヒーガへと到着した日の翌日。彰弘たちはファムクリツの中心部に位置するファムクリツ・セトラへと続く道を歩いていた。たち、とはいっても今一緒に行動しているのは自身のパーティーメンバーではなく、二人の兵士と三台の獣車、そして知り合いとなった冒険者であるベントである。

 彰弘のパーティーメンバーは、六花の親友である美弥やその家族、それに誠司や康人が移住する集落――地理学的な概念である集落――へと向かっていた。そう遅くなることはないからという理由で、彰弘は一人だけ別行動を取っているのである。

 なお、彰弘たちの目的はグラスウェルからファムクリツへの行程の二日目に手に入れた積荷を、その取引先である者へと渡すためだ。あの状況であり自業自得で死した商人の荷物であるから、わざわざそのようなことをせずに、そこらの商人などに売りつけても違法ではないのだが、諸々を穏便に済ますために本来の受け取り先であろう者へと引き渡そうと考えたのであった。

 余談だが、ファムクリツ・セトラというのは、この地域の行政や司法などの本部機関がある要の場所である。また、ファムクリツの耕作を管理する機関もここに存在していた。そのため耕作従事者の比率は、広大な耕作地に点在する他の集落よりも若干低めである。とはいえ、耕作が主産業であることに変わりはない。ファムクリツ・セトラでも実に住民の六割が耕作に従事しているのであった。

 ともかく、彰弘は死した商人が運んでいた積荷を、本来手にするはずの者へと引き渡すために、ファムクリツ・セトラへと向かっている最中なのである。









 ファムクリツ・セトラへ入り真っ直ぐに伸びる大通りを暫く進むと、カイ商会という名の商会本部が見えてくる。

 カイ商会はファムクリツの耕作を管理する機関からの委託により、採れた生産物を周辺の街へと運送することを主業務とした、この地に複数ある商会の一つである。勿論、それだけでは大きな利益とはならないため、運送の帰りに様々な物品を仕入れたり、ファムクリツへ訪れた商人から大量に物を買い取り、各集落に売るということもしていた。

 なお、このカイ商会の評判は悪くない。運送の不備はこれまでなく、また物品の販売価格も適正価格の範囲内であるが比較的安価なためだ。同業他社からしたら迷惑となりえるのだが、そこは販売量などを調整したりして上手く立ち回っているのである。

「さてと、ちょっと話してくる。ショウヤさんは一緒に来てくれるか?」

「ええ。分かりました」

 冒険者の自分だけでは信用されない恐れがあると、彰弘はファムクリツ移住者の護衛隊長であるアキラが付けてくれた二人の兵士の内の一人であるショウヤを伴ってカイ商会本部へと入っていった。

 今回の件はカイ商会自体には直接関係ないことであったが、優良といえる商会へ今後のことも含めて事実を知ってもらう必要があるため、アキラは兵士二人を彰弘たちへと同行させたのである。

「いらっしゃいませ。カイ商会へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 彰弘とショウヤが建物に入ると、二人いる受付嬢が丁寧にお辞儀をしてから笑顔を見せた。

 柔和な笑みで声を出したのは二十代半ばに見える受付嬢の方である。

 もう一人いる十代半ばあたりの受付嬢は笑みを貼り付けたような顔で固まっていた。

 これは二人の受付嬢のお辞儀後の対応は経験の差が如実に現れた結果といえる。経験の乏しい十代半ばの受付嬢は、いつもとは違う種の人の訪問で一種の混乱状態に陥ってしまったのである。

 商会によっては本部でも商品を陳列し販売を行っているところもあり、そのような商会であれば若い受付嬢も今のような反応となることはなかったかもしれない。しかし、カイ商会の本部であるこの建物の役割は、実際に商品を売るのではなく商品を売るための交渉やら何やらを行うためのものだ。そのため、冒険者やら兵士やらが訪れることは皆無であり、まだ若い受付嬢は咄嗟にいつもの対応ができなかったのである。

「カザル商会との取引のことで少々お話をさせていただきたい。できれば、ある程度責任のある方と話ができればと考えているのですが」

 見た目との相違が原因だろうか、彰弘の口から出た言葉遣いに二人の受付嬢は軽く目を丸くした。

 それでも年上の受付嬢はすぐに気を取り直す。

「カザル商会ですね。少々お待ちください」

 年上の受付嬢はそう断ると手元の資料を確認し、すぐさま先ほどとは別理由で再度固まったもう一人の受付嬢へと指示を出した。

「今、当商会の代表を呼んで参りますので、あちらのソファーにおかけになりお待ちください」

 立ち上がり受付から出た年上の受付嬢は、受付の奥へ何事か声をかけると彰弘とショウヤを簡単な商談などを行うための席へと案内する。そして、二人が座るのを見届けてから受付へと戻っていった。

 それと同時に今度は受付の奥からトレーに二つのカップを乗せた年上の受付嬢より年嵩の女が現れ、「暑かったでしょう? どうぞ」と氷の浮かんだ緑茶をテーブルの上に置き、お辞儀をしてから楚々とその場を後にする。

「外で待っているベントたちには悪いがいただこうか」

 夏本番である今の季節にはありがたいと、彰弘はさっそく冷たい緑茶を喉の奥に流し込む。

 それを見ていたショウヤも、少しの逡巡の後にカップを手に取った。









 魔導具のお蔭で適度な温度が保たれているカイ商会本部のソファーで、取り留めのない話をしていた彰弘とショウヤは、人が近付いてくる気配を感じその方向に顔を向けた。

 そこにいたのは、六十間近に見える白髪の男である。

「ああ、そのままで結構です。私は当商会の代表を務めるケイミングと申します。なんでも、カザル商会の件でお越しいただいたとか」

「私は冒険者の彰弘。こちらはグラスウェルの兵士でショウヤといいます。それはいいとしまして、その様子ですと何があったかはもうご存知ですねらしい」

 ケイミングは頷きながら、彰弘とショウヤの対面となる位置に座り口を開いた。

「ええ、今朝方、知り合いが教えてくれましてね。どうするかを考えていたところなのですよ。まったく、わけがあったとしてもありえない馬鹿をしたものです」

 この知り合いというのはケイミングが独自で雇っている情報屋である。商会としては中規模程度のカイ商会は、同業とのいらぬ衝突を避けるためにも独自で情報を得る努力をしているのであった。

 ちなみに、あのとき死んでしまったログスという商人と唯一生き残った商人は、スゲウスの仲間といえる商人たちであった。

「わけ、というのに少々興味はありますが、とりあえず私どもが来た用件をまず話しましょう。私たちはあのスゲウスとログスいう商人が乗っていた獣車に積まれていた荷を可能な限り回収しています。勿論、今外にはそのときに一緒であった無事な三台の獣車を連れてきています。話というのは、それをあなたの商会に引き取っていただきたい」

 見た目と言動がどうにも一致しない彰弘に、「ほう」と声を出したケイミングの目が僅かに細くなる。

 それに対して、今度はショウヤが口を開く。

「話は最後まで聞いていただきたい」

「失礼。続きをお願いします」

「無事であった獣車三台の分は、私どもが関与するべきではないと考えています。今回、引き取っていただきたいのは獣車として機能しなくなったものに積まれていた荷の分です。正直、あの量の果物を自分たちで処分するのも、グラスウェルに戻ってからカザル商会と取引するのも面倒でしかありません。ならば元々の取引先である、あなた方へと引き渡すのが手っ取り早いのです。どうですか?」

 彰弘のマジックバングルであれば、あの程度の量は保管していても邪魔になるわけではない。しかし、元々多量に食料関係は入っていたので、今回の果物は意味もなく死蔵される可能性がある。それならば真っ当な商人に引き取ってもらい市場に流してもらった方が、後腐れなくてよい。

「こちらとしては、少しでも損害がなくなるので助かりますが……」

「金銭の話をしないから、迂闊に頷けないと」

「いえ、そういうわけでは。ははは」

 愛想笑いを浮かべたケイミングであったが、図星であった。

 一財産とはいかなくとも、獣車二台分の果物の値段はそれなりとなる。無料というのは何か裏があるのではないかとケイミングが思っても仕方のないことであった。

 それに兵士であるショウヤはともかく、彰弘は冒険者だ。冒険者が全く金銭に興味を示さないなんてことは、通常ありえないのである。

「まあ、金銭についてはあなたの好きにしていいですよ。相場は調べれば分からないでもないですが面倒ですし。あまり多くいただいたら、わざわざここに話に来た意味がなくなります。幸い回収した積荷の量を知っているのは私を含めて三名の冒険者だけです。一名は今外で待っています。もう一名はヒーガで謹慎中のスゲウスを恨んでいたであろう者です。余程しくじらない限りは問題はないでしょう。ちなみに、外の冒険者は多少の恩が売れて後腐れがなくなればいいと言っています。ま、私も同じようなものですが」

 暫し俯き黙考するケイミングは、ややあって顔を上げた。

「分かりました。まずは現物を見てから決めさせてください。ところで、あなたが回収した分はどのくらいの量になりますか? それにより引き取るための場所を用意しなければなりません」

「獣車二台分と考えてもらえれば」

 笑みを浮かべる彰弘に、ケイミングは驚きを表すも急いで思考し段取りを頭の中で整えていく。

「無事だったという獣車三台分は通常と同じように対応しましょう。回収していただいた分は案内を寄こしますので、その者の後に付いていってください。私もすぐに向かいます」

「それでは、ここで待っています」

「はい。では、私は一旦失礼します」

 ケイミングは立ち上がると、受付嬢に声をかけてから二階へと上がっていった。

 それを見送るとショウヤだけが席を立ち、建物の外へと出て行く。そして、それほど間をおかずにベントを連れて戻ってきた。

 その後、彰弘たちは少しして案内に現れた男の後に続き、ケイミングが指定した倉庫へと足を運んだのである。

 なお、外に残された兵士と三台の獣車を操っていた三人は、カイ商会所属の商人に連れられて、獣車ごと通常の取引を行う場所へと移動している。兵士も付いていったのは、ないであろうが万が一にも獣車を操る御者役が迂闊な行動を取らないように備えてであった。

 アキラが選んで付けた兵士は――ショウヤもそうだが――、それが可能なだけの実力を持っているのである。









「これは凄いですね」

 通常の取引では使われない倉庫に案内された彰弘は、案内をしてくれた人が戻りケイミングが姿を見せると、早速とマジックバングルから回収したオルホースが繋がれていない獣車を取り出した。

 ケイミングの感嘆は、それを見てのものである。

「あー、ケイミングさん。一つ忠告しておくけど、この人の魔法の物入れは諦めた方が身のためだぜ」

「え……い、いえ、私はそのようなことは」

 あからさまに動揺するケイミングにベントは言葉を続けた。

「メアルリアのゴスペル司教って知ってるか? で、その人が言うには、この人は女神アンヌの名付きの加護持ちで、魔法の物入れもその女神から賜ったものらしい。なんかしたら、多分じゃなく間違いなく、あの教団を敵に回すことになるんじゃないかな?」

 ケイミングの目が大きく見開き、ゆっくりとその視線が彰弘の左腕にある腕輪から顔へと向けられる。

 一方でショウヤはというと、ケイミングほどの変化はなかった。元日本人であったことも影響して、神の名付きの加護がどういうものか、神から物を賜るということがどういうことかがよく分からなかったためだ。ただ、なんとなく「あの時期にゴブリン・ジェネラル倒すんだから、普通じゃなかったんだな」と、思うだけであった。

「とりあえず、私のことは置いといて査定をお願いします」

「え、ええ。そうですね。そうしましょう。大丈夫です、変な気は起こしませんから」

 ケイミングはそそくさと彰弘が出した二台の獣車へ向かい目録と積荷の確認を始めた。

 それにしても、恐ろしいほどの効果である。それほどまでに、神の名付きの加護というのは特別なものであるのであった。

 ともかく、そんな一場面があったものの、積荷の査定は順調にケイミングにより進み、その額が出る。

「跡目争いで劣勢だからといって護衛を減らして、この量を積むとか本当に何を考えていたんでしょうね、彼は」

「跡目?」

「ええ。スゲウスさんはカザル商会代表の次男坊だったんです。それで現代表が二年間の結果をもって跡継ぎを三兄弟の誰にするかを決めるということになっていました。最初の方こそ優劣はなかったそうなんですが、あるときスゲウスさんが読みを外したんですよ。そこから徐々に離されていき……そして、結果が今となるわけですね」

「つまり、その離された分を今回の移住を利用して少しでも取り戻そうとしたが、取り返しのつかない失敗をしたと」

「ですね。一応でも代表を務めている私が言うのもなんですが、別に代表になんてならなくても十分稼げると思うんですけどね。実際、三男は早々に辞退して自分に任された店で着実に利益を上げていますから」

 ケイミングはため息を吐くと、自分が積荷を査定した獣車を見つめた。

 なお、カザル商会の長男はというと跡継ぎを辞退こそしなかったが、それほどその立場に興味を示していなかった。ただ、商売が好きであるから今のまま商売を続けて、その結果代表になるなら、それはそれで頑張ろうと考えていたのである。

 結局、スゲウスの独り相撲といえる状況だったのであった。

「さて、それはさておきまして、査定の結果諸々含めて三十万ゴルドほどとなります。それで、あなた方への額ですが六万ゴルドほどとさせていただけないでしょうか? 先ほど無事だったという三台の獣車の積荷を見てきたのですが、向こうも普通ならありえない量を積んでいまして……、その、売り切るまで保管代やら何やらが思った以上にかかりそうなんです」

 大規模な商会であれば五台の獣車に満載された果実であっても問題はなかったのだが、カイ商会はそこまで大きくはない。他の取引先とのこともあるために、今回運び込まれたこの量は結構ギリギリのところであった。

「俺は軽く運動をした程度だから、それでも構わない。ああ、欲を言えばナシを少し分けてくれないかな。好きなんだ俺」

「こちらも、それで問題ありません。ただ、ベントと同じように、ああいや、ナシでなくてもいいので何か分けてもらえますか? パーティーメンバーのおみやげにします」

「分かりました、ありがとうございます。ええと、そちらの兵士さんは……」

「私は結構です。私たちは隊長の指示で付いてきただけですので」

「金はともかく、ナシくらいもらっても罰は当たらないぞ。夏はナシだろ、せっかくだから貰ったらどうだ? なに、戻る前に食っちまえばばれないって。一緒にナシ食おうぜ」

 どれだけベントはナシが好きなのか。好きなもののこととなると、人が変わるのは職業に関係はないようだ。

 なお、カイ商会から支払われた六万ゴルドは、彰弘とベントのパーティーがそれぞれ二万ずつ、残りの二万はオークの迎撃に出た残る二パーティーへと一万ずつ渡ったのである。

 ともかく、こうして彰弘が回収してきた積荷の件は決着を見たと思われたが、ふいにケイミングが声を上げた。

「まだ何かありますか?」

「ええ、お茶を用意しますので茶請けにナシでも……じゃなくてですね、あの卵は何か知っていますか? 目録にはなかったのですが」

「ああ、あれですか。何かは分かりませんでしたが、一緒にあったので持ってきたんです」

「生き残った商人や御者なら何か知っているかもしれませんね。ちょっと外します。これでも食べて待っていてください」

 ケイミングは獣車の積荷からナシを三つ取り出すと、彰弘たち三人にそれぞれ手渡してから、倉庫から出て行った。

 有無を言わせぬ行動に、手に握らされたナシを思わず見つめる三人。

「まあ、これで食わないのは相手に失礼だし食べようか」

 ベントはバッグから取り出した調理に使うために所持していたナイフを使いナシの皮を剥き始めた。

 その姿に苦笑しながらも彰弘はマジックバングルから包丁を二丁取り出し、一丁をショウヤへと手渡す。

「折角の好意だからもらっておこう。このくらいは問題ないだろうさ」

「そうですね。では、遠慮なくいただきます。包丁、お借りします」

 そんな会話をして彰弘とショウヤは、既に皮を剥き終わりナシに噛り付いているベントを横目に見ながらナシの皮を剥き始めたのであった。









 ナシを食べつつ待つこと数分、ケイミングが倉庫に戻ってきた。

「美味かった。やっぱ、夏はナシだな」

 満足した顔でベントが笑みを浮かべる。

 それにケイミングも笑みを返しながら口を開いた。

「それはよかった。卵のことを聞いてきました。どうやらあれは獣車用の魔物の卵のようです。果物だけでは追いつけないと考えたスゲウスさんが、そちらにも手を出そうとしていたようです。さて、どうしたものでしょうか」

 ケイミングの話を聞きながら、彼の後に続いて彰弘たちは卵が乗っている獣車へと近付く。

 余談だが、彰弘が持つマジックバングルもそうだが、通常魔法の物入れというものは生きているものや動いているものを、その中に収納することはできない。その法則からいえば、当然卵の類も入れることはできないのであるが、そこは神の力を使わないと作成ができない魔法の物入れだ。何故か卵などの一部のものは、生きていたとしても収納できるのであった。

「獣車用の魔物ねえ。まあ、俺たちが何かできるわけでもないし、そっちで適当に処分してくれとしか言えないな」

「ベントに同感です。販路を持ってないのなら、それが可能な商会に売るしかないのではないですか?」

「まあ、そうですよね。うちの商会では取り扱っていませんが、幸い伝手はありますし。そうしましょうか。……って、まさか孵る!?」

 ケイミングの声に彰弘たちは獣車の中を注視する。

 するとケイミングが言うとおり、卵の一つに小さな亀裂が入っているのを見つけた。

「よく分からないから聞くが、この場で孵ったらマズイか?」

「孵ったばかりなら大した被害は出ませんが、それでも調教師がいないと制御できません。魔物の場合、普通の動物と違い刷り込みは皆無と聞きますから、もしここで孵るようならば殺さないと危険かもしれません」

 先ほどまでの口調から一変した彰弘を気にする余裕がない様子でケイミングが答える。

 実際、獣車を引くための魔獣は、卵から孵ったばかりや生まれたばかりの個体を調教師と呼ばれる者たちが独自の方法で取り押さえ大人しくさせてから、必要な教育を施していく。この幼い段階の僅かな時間に教育することにより獣車を引かせるための獣として使えるようになるのである。

 そのため、調教師がいないこの状況では、魔物は生まれたばかりであろうとも殺すしかないのであった。

「仕方ないな。ケイミングさんは離れて。ショウヤさんは彼の守りを。ベント、孵ったらすぐやるぞ」

「分かってる」

 彰弘に言われるまでもなくベントは長剣を抜き構えている。

 当然彰弘も、そしてケイミングとともに少し離れたところまで下がったショウヤも同様だ。

 卵の亀裂が大きくなるのを見て、彰弘は引き抜いた血喰い(ブラッディイート)に魔力を流す。この剣には刃というものが存在しないため、何かを斬るためには魔力を流す必要があった。

「アキヒロさん、ヒビが普通じゃない。ないが、この様子だともうすぐ出てきそうだ」

 魔物にしろ普通の動物にしろ、卵に亀裂が入ったからといってすぐに孵化するわけではない。中から自力で殻をやぶり出てこなければならないので、それなりの時間がかかるものなのだ。

 だが、今彰弘たちの目の前の卵は、ケイミングが最初の亀裂に気付いてから何分も立たない内に、その亀裂が殻全体に走っていた。

「確かに普通じゃないな。俺は殻の一点を破って出てくるのしか知らない。こんな魔物がいるのか?」

「俺も知らない。見たことも聞いたことも!?」

 彰弘の疑問にベントが答えた瞬間、全体に亀裂が入っていた殻がその場で崩れ落ちた。

 その様子に彰弘は血喰い(ブラッディイート)に更なる魔力を込め、ベントが長剣を振りかぶる。

 そして、いざ斬りかかろうとしたとき彰弘の脳内にやたらと渋い声が届く。

 しかしその声に彰弘が気付き動きを止めたときには、もうベントの長剣は振り下ろされた後であった。

 これで魔物は死んだ。と、その場の誰もが思った直後、硬質な物同士がぶつかり合う音がカイ商会の倉庫に響く。

「なに!?」

 ベントが信じられないといった声を出し二撃目を加えようと再び長剣を攻撃態勢へと持っていく。

 しかし、その次の行動は彰弘の制止により止められた。

「何故止める!?」

「いや、妙に渋い声でな、『ワレは無害じゃ(あるじ)よ』と、その亀が言っていてな」

「亀? 声?」

 ベントは自分が攻撃した場所を注意深く探り、そして気付いく。

 そこには確かに、彰弘の言うとおり甲羅に僅かな傷を負った亀にしか見えない何かがいたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。


この世界の通貨価値

現在の日本円で十円=一ゴルド



二〇一六年 十月 九日 0時五十分 前話にちょろっと追記

誠司たちは?

仮設住宅のところへ戻った

という、彰弘と六花の会話を追加

(話の流れにはこれっぽっちも影響ありません)

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