4-27.
前話あらすじ
ファムクリツ移住行程の三日目。彰弘たちは移住者たちと一緒にファムクリツへ到着する。
街へ到着後、彰弘と彼のパーティーメンバーは、他の冒険者と同じく所在報告のため冒険者ギルドへ向かう。
しかしギルドは混みこみ。そのため、彰弘は所在報告を後にして、移住者の護衛隊長であるアキラと清浄の風のグレイスとともに、行程二日目に事を起こした者たちのことを冒険者ギルド支部長に報告することにしたのであった。
冒険者ギルドのファムクリツ・ヒーガ支部の会議室で、支部長であるグランソンは一連の話を聞き終えると目を閉じ眉間に皺を寄せた。
借金を材料に脅され少人数での護衛を引き受けさせられ、その上で二十を超える数のオークに襲われたことは同情できないわけでもない。戦っても生き残れないと判断し逃げるのも分かる。しかし、今回の事を起こした彼らの話は、正直にいって理解できない部分が多い。
ファムクリツとグラスウェルを繋ぐ主要街道は、最も見通しが悪いとされる森と森との間を通る街道でも、左右最低百メートルは視界が確保されている。相手がオーク程度であれば、移住者を危険に晒す可能性のある行動を取る必要はないのだ。
一応、理由らしきものは察することはできた。それは状況の説明をする彼らの言葉の端々にスゲウスという商人に対する憎しみが感じられたことだ。恐らくは、それが原因となり今回の事となったのだろうと考えられる。だが、証拠は何もなかった。ただ話を聞いた自分が、そう感じただけに過ぎない。
どちらにせよ、自分ができることは今後このようなことを、彼らが起こさないようにするだけである。
グランソンは目を開き、俯く冒険者に向かい口を開く。
「とりあえず、君たちは移住者の護衛隊だった人たちと一緒にグラスウェルへ戻るまでの間は、こちらが指定したヒーガの宿で謹慎していてもらう。処罰については、君たちがグラスウェルに戻った後、それぞれが所属する支部から出されることになる。幸いにもここへの移住者に被害はなかった。だが、理由はどうであれ君たちは人種としてやってはいけないことをした。それを忘れるな。二度目はない」
八名の冒険者は一度顔を上げた後、再び頭を下げた。
その様子にグランソンは、一応は大丈夫そうだと内心で呟く。彼らの表情や態度、そして雰囲気からそう判断したのである。
それから少しの間を置いたグランソンは、彰弘へと顔を向けた。
「後は彼らの失態を防いでくれた君らへの報酬だが……そうだな、一つ私からの依頼を受けてくれないか? 依頼の内容は今回の事を彼らが所属する支部へ伝える内容を記した書類を届けること。その中へ報酬に関しての手紙を同封しよう。依頼料は銀貨二枚でどうかな?」
「依頼を受けない理由はありませんが、他はともかくとして私がグラスウェルへ戻るのは、移住者の護衛隊だった方々と一緒です。すぐに届けることはできませんが、それでも構わないので?」
「それは問題ない。移住者に被害が出ていたら話は違うが、今回はそうではない。十日やそこらの間が空いても構わんよ」
「それならばお受けしましょう」
「助かる。明日の朝には依頼を用意しておくから、ファムクリツを立つまでに受領してもらいたい」
「分かりました」
グランソンの提案も、それを受けた彰弘の対応も別におかしなものではない。街の中であれば、ギルド職員を運び手に使うなり、費用はかさむが魔石線――魔石を砕き練りこんだ金属線――を用いた通信手段で情報を伝えることができる。しかし、街と街という魔物の脅威が存在する場所を挟む場合は、それらが使えない。ギルド職員を使うにしても、魔物の脅威があるため護衛の存在が必要となる。なら魔石線はというと、その維持に莫大な費用がかかる関係上、そもそも設置すらされていない。
今の世界で街と街の間でのやり取りは、基本的に冒険者やそれを専門に扱う業者が行うのが常であった。
ちなみに、グランソンが示した銀貨二枚という依頼報酬は、普通の書類を運ぶ金額としては割高であったが、冒険者ギルドの支部長からの依頼としては若干安い。
「では、彼らを護衛に雇った商人たちは、こちらで対応しますので、この八人のことはお任せします」
「心得た。ヒーガ支部が責任を持って行おう」
ファムクリツへの移住者護衛隊を率いるアキラは、最後に今回の事を起こした八名の冒険者を、ファムクリツ・ヒーガの支部長であるグランソンに任せると立ち上がった。
それから両隣に座っていた彰弘とグレイスに目で合図を送り会議室を後にする。
そんな三人を見送ったグランソンは、改めて席に座ったままの八名に向き直った。
「まったく。どのような事情があるにせよ、君らのやったことは一歩間違えば犯罪奴隷落ち確定だ。やるなら、後のことを考えてやるんだな。ともかく、君らはこちらが用意した宿で謹慎だ。一歩たりとも外へと出ることは許さん」
グランソンはそれだけ言うと会議室を出て行いく。
残された八名は、ただ頭を深く下げるのみであった。
◇
会議室を出て一階に下りた彰弘は、まばらになったギルド内で所在報告を行ってから、併設されている喫茶室へ目を向けた。
既にアキラとグレイスはこの場にはいない。
アキラは一階に下りると、彰弘とグレイスに一言お礼を述べてから、すぐに建物から出て行った。彼はグランソンに言った商人の対応と、部下への指示をこれからするのである。
グレイスは彰弘と同じように所在報告をギルドにした後、会議室へ行く前に決めた自分のパーティーの集合場所へと向かった。このまま彰弘たちと雑談に花を咲かせるのも悪くないのだが、あまりに遅くなると自分のパーティーメンバーが変な勘ぐりをしないとも限らない。暫くはファムクリツに留まるのだから、会話の機会はまたあると、その場を後にしていた。
「さてと……いたいた」
喫茶室を見回し目的の集団を見つけると彰弘はゆっくりとその場へ近付く。
当然、その姿に六花たちが気が付かないわけがない。何の遅滞もなく彰弘が座る場所を開け椅子を用意すると、満面の笑みで出迎えたのである。
彰弘は流れるような六花たちの動きに半ば感心した笑みで、六花と紫苑の間に用意された椅子へと着席する。そして、絶妙のタイミングで置かれたアイスコーヒーを一口飲み、喉を潤した。
「誠司たちは?」
「んとね。なんかやらなきゃいけないことがあるって、美弥ちゃんと一緒に仮設住宅に戻ったよ」
いるだろうと思っていた誠司たちがいなかったことを口に出した彰弘に、両手で冷えたぶどうジュースが入っているカップを持つ六花が答える。
「移住先の説明でもあるのかもな」
「そうかもしれませんね。ところで、どうなりましたか?」
そう声を出したのは、控えめなお辞儀で喫茶室のマスターとウェイトレスに感謝を表していた紫苑である。
「ああ。大方予想通りだ。アキラ隊長の護衛隊……つまり、俺たちと一緒にグラスウェルに戻るまでは、ギルドが用意した宿で謹慎らしい。後は、彼らの失態を防いだからとかで、金額は分からないがギルドからも報酬が出るらしい。ま、これはグラスウェルに戻ってからだな」
この場でなら話しても問題はない情報なので、彰弘は自分が聞いた内容を素直に伝えた。
それに対する面々の反応は、少しの驚きと納得の言葉である。
冒険者としての経験が浅い六花たちが驚きで、冒険者としてある程度の経験があるミレイヌたちが納得だ。
ミレイヌたちは冒険者ギルドの評判を落とす行為を最小限で防いだのだから、自分たちに多少なりとも報酬が出ることを知っていたのである。
「ところで、何故ここにベントたちがいるんだ? まさか今からオークの剥ぎ取りをするわけじゃないだろうな」
まだ夜とは言えないが、外は日が沈みかけている。決して剥ぎ取りに適した時間帯ではない。
「流石にそれはない。実はちょっと頼みがあって待ってたんだ」
「頼み?」
「ああ。今回倒したオークの剥ぎ取りなんだがな、それをやらずに換金しないか? 皮を剥いだりしてないから多少もらえる金額は少なくなるが、なんつーか面倒になってな」
ベントの言葉に周りの冒険者が頷く。
倒した魔物の換金額は、魔物の種類が関係してくるのは当然だが、換金時の魔物の状態によっても上下する。皮を剥ぎ取り、部位ごとに分け、そして洗浄までを行っていれば当然換金額は高くなるが、そこまでするには相応の労力が必要だ。ついでにいうと、そこまでやっても劇的に額が変わるわけではない。
今回は血抜きと内臓の洗浄まで終わっている。この後の作業は皮の剥ぎ取りなどではあるが、それを行ったとしても換金額は一割程度しか上乗せされないのだ。
ベントや他の冒険者が面倒だと言うのも頷ける話ではあった。
「分からんでもないな」
彰弘はそう呟くと自分のパーティーメンバーへと目を向ける。
「どちらでもよくってよ」
「剥ぎ取りの練習にはなるでしょうが、それは別にここでなければできないことではありませんし、彰弘さんにお任せします」
ミレイヌの言葉にバラサが頷き、続いた紫苑に六花たちが同意した。
「異論はないようだな。なら、さっさと売っちまうか。ちょっと待っててくれ。ああ、ベントは一緒に来てくれるか? 冒険者成り立ての俺があれだけのオークを出して変な疑いをかけられても面倒だからな」
ほんの少し前にランクEとなったばかりの彰弘だから、その考えは的外れではない。
しかし、指名されたベントは、そんなことにはならないだろうと確信していた。確かに経験は浅いのだろうが、その雰囲気やら何やらはヘタな冒険者よりもずっとそれらしいからだ。むしろ、そのことよりも問題なのは、左腕のマジックバングルだろうと内心で呟く。
そんなことを考えつつ、ベントは断る理由もないため、換金カウンターへ向かう彰弘を追うのであった。
「オークの換金ですか? 見たところ何も持っていないようですが」
彰弘に声をかけられたギルド職員は、彼が手ぶらであることを確認すると、そう疑問を口にした。
「ああ、全部魔法の物入れに入れてある。二十体分くらいあるんだが、どうしたらいい?」
そう追加で言う彰弘だったが、ギルド職員の顔からは疑問の色が残ったままである。
彰弘の言うとおり、魔法の物入れに入れてあるならばと納得しかけたギルド職員であったが、その魔法の物入れ自体が見当たらないのだ。顔から疑問が消えないのは仕方がない。
それでも嘘を言っているようには見えないため、とりあえずオーク本体は別として、まず魔石の買取だけでも済ませようとギルド職員は口を開いた。
「とりあえず、まずは魔石を買わせていただきます。魔石の査定を行っている間にオーク本体を入れた魔法の物入れを持ってきていただければ、専用の場所にご案内いたします」
ギルド職員の言葉に彰弘は思わず隣に立つベントへと顔を向ける。
その目は、「どうしたらいいんだ?」と言っていた。
「あー、アキヒロさん。普通魔法の物入れってのは、俺が持つような、普通に物を入れることができる形をしているんだ。で、それは……」
「この世界の常識であるな」
彰弘とベントがその言葉に振り向くと、華美ではない白を貴重とした膝丈より長いコートのようなものを着た男がそこにいた。
着衣と体格がまるで合っていない男は彰弘を見ると笑みを深くする。
それに対して彰弘も、なかなかに忘れられない雰囲気を持つメアルリアの司教であるゴスペルへと笑みを返した。
「随分と久しぶりだな。もう少しアンヌ様への祈りを奉げても罰は当たらんと思うがな」
「別に信徒というわけではないんだが。まあ、ここにもメアルリアの神殿はあるようだから、明日あたり行ってみるさ。ところで、何故ここに?」
「メアルリアでは寄付を受け付けてないのでな。時間のある者は働くのだよ。用事でファムクリツまで来たのだが、中途半端に時間が余ってな。ちょっと狩りをしてきたので、その換金にな」
ゴスペルは背負った背嚢を外すと片手で目の前に持ち上げた。
そんな感じで談笑を始めた彰弘とゴスペルの間に、「あのー、ゴスペル様?」と遠慮した声色でギルド職員が声をかける。
「そうだったな。ところで隠すのはやめたのかな?」
横で聞いていた話の流れからして、彰弘がマジックバングルを隠すのを止めたとゴスペルは感じていた。しかし、ミリアからの報告もあったので、念のために確認を行う。
それに対して返された答えは「積極的に出そうとは思わないが、面倒になった」というものであった。
「この男が持つ魔法の物入れはな。我らが神の一柱であるアンヌ様より賜ったもので腕輪の形をしている。だから気にせず、オークを出しても大丈夫な場所に案内するのだな。ついでだから私の分も頼む」
ゴスペルの顔を見ていたギルド職員がギギギとぎこちない動きで彰弘の顔を見て、再びぎこちなくゴスペルに視線を戻す。
「む? 疲れているのか? 休息はしっかりと取らないと駄目だぞ」
「い、いえ。大丈夫です。少々驚いただけですので」
「そうか。まあ、私も今まで二人だけしかいなかった、アンヌ様の名付きの加護を受けている男がいると報告を受けたときには驚いたからな。その気持ちは分からないでもない。それはそうと、案内を頼む。私は明日の朝一でグラスウェルへ戻らねばならんのでな。早く休みたいのだ」
到底、驚いた過去があるとは思えぬゴスペルの発言に、ギルド職員のみならず、それまで黙って話を聞いていたベントまでが彰弘へと顔を向けた。
「名付き加護ですか、そうですか。多分、ここはスルーすべきところですよね、そうですよね」
「それを俺に言われても困るんだが」
自分をマジマジと見る二人へと、「こうなるのか」と内心で苦笑しつつ彰弘は言葉を返す。
何とも言えない雰囲気が暫く続きはしたが、そこは多種多様な人種、多種多様な生い立ちを持つ人たちと接触があるギルド職員だ。自分の驚きを思考の彼方に追いやり、何事もなかったように応対を再開する。
「すみません、少し外します」
隣の同僚に席を離れることを伝えた後、そのギルド職員はカウンターを出て、「付いてきてください」と、彰弘たちに声をかける。そして、淀みない足取りでギルドが持つ魔物の剥ぎ取りを行う専用の建物へと先頭に立って歩き出した。
そんなギルド職員の後を彰弘とゴスペルは談笑しながら、ベントは「何故俺もこの中にいるんだろう」と疑問に思いながら追うのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
二〇一六年 十月 九日 0時五十分 追記
誠司たちは?
仮設住宅のところへ戻った
という、彰弘と六花の会話を追加




