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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
113/265

4-25.

 前話あらすじ

 オークを殲滅した彰弘たちは、後始末を開始した。




 横転した獣車へ彰弘たちが向かった後、その場では倒した二十三体のオークの処理がミレイヌ主導の下で行われていた。

「まず、魔石からオークを離してちょうだい!」

 魔物を倒した後で、まずやらなければならないことは、魔石から倒した魔物を分離する作業だ。

 魔物は死ぬと身体の上に魔石を作り出すのだが、この魔物と魔石の組み合わせは、近くにいる生きた魔物を引き寄せる効果が高い。そのため、オークのように動かせる大きさの魔物を倒した場合には、まず魔石からその死体を遠ざける作業を行う。

 仮に、もし倒したそのままでは移動させることが困難な大型の魔物の場合は、移動可能な大きさまで切り分けてから、この作業を行うこととなる。

 なお、魔物の死体から魔石を取るという行為をしてしまうと、その後の魔物の身体は何の素材にも使えないまでに劣化してしまう。そのため、魔物の死体から魔石を取り除くのではなく、魔石から魔物の死体を離すという作業を行うのである。

 ちなみに、この作業は慣れない人が行うと世界融合直後に彰弘が動かしたゴブリンのときのように、身体とともに魔石までも動かしてしまう。原理は定かではないが、それを行う人の意思が魔石から魔物の死体を離すことを可能としていた。

「全部離したわね? 次は仰向けにしたオークを二体一組で足の裏を向かい合わせ、それぞれの足と足をロープで結びなさい!」

 冒険者や逃げて来た獣車の御者は、特に文句も言わずにミレイヌの言葉に従う。これは彼女の立ち居振る舞いとその雰囲気ゆえである。勿論、オーク相手に使った魔法の影響が大きかったことは言うまでもない。

 と、そんな感じで順調に作業が進む中、少々イヤラシイ笑みを浮かべている四人がいた。それは香澄を筆頭とした断罪の黒き刃パーティー所属の少女たちである。

「ふふ、予想以上の結果が出てる」

「香澄の笑顔が黒いのも予想以上だけどね」

「瑞穂さん瑞穂さん。目の前にあるのは多分鏡」

「多分じゃなくて、そのままですね」

 作業の手を止めることなく黒い笑みを浮かべる香澄と瑞穂。

 そんな二人に対して冷静に突っ込みを入れる六花と紫苑だが、この二人の顔に浮かんでいるのは、自分たちが突っ込んだ二人と同種の笑みである。

 四人の少女によるミレイヌ有名人化計画はまだ始まったばかり。

 ミレイヌの不幸――ある意味幸運――は、今の段階で四人の少女を「有名人」と言ってしまったことと、現次点でも魔法の実力が相応にあることであった。

 ともかく、水面下で動く四人の少女たちの思惑とともに、このような感じでオークの処理は順調に進んでいくのである。









 アースウォールの魔法により作られた壁の両側に、足首を縛られたオークが頭を下にして吊り下げられていた。片側に十体ずつ吊り下げられているオークの死体は、足首を縛った縄により反対側の対となる個体が落ちないように均衡がとられている。

 なお、既にオークの死体からは血が流れ出ておらず、身体の前面が切り開かれ内臓は取り出されていた。この場で行うべきオークの処理は内臓の洗浄のみとなっている。

 そんな様子の現場に三人の男女が姿を見せた。ファムクリツ移住者の安全を確保したため、今回の移住の護衛を取り仕切るアキラから指示を受け、戦いとなったこの場を確認するためにきたのである。

「うぷ。なにこれ」

「なかなかの力技ね」

 目の前に広がる光景に、シズクは手を口に当て半ば嘔吐き、グレイスが感心したように声を漏らす。二人と一緒にきた兵士は目を丸くし驚きを表した。

 なお、シズクは本来この場の確認を指示されたわけではないが、これも経験とグレイスに連れられてきたのである。

「おー、援軍きたー。グレイスさんきたー!」

 オークの小腸を片手に持ったまま立ち上がった六花が、空いている方の手を元気良く振るう。

 その様子にグレイスは笑みを浮かべると、普通に会話できる距離まで近付くために歩みを進めた。

「怪我もなさそうで何よりね。何してるの?」

「んと、小腸から直腸までの中の掃除」

 六花は握ったオークの小腸をぷるぷると揺らす。

「ある意味で一番キツイことしてるのね」

 周囲の様子を見回した後でグレイスは素直な感想を口にした。

 オークの小腸から直腸というのは、人種(ひとしゅ)のそれとさほど変わらない。栄養として吸収されている途中のものから、後は肛門から排泄されるだけのものまでと、可能ならば触りたくはないものが残留している確率が高いのである。

「実際のところ、そこまでではありません。六花さんと私は、水で洗い流された後の残留物をアルケミースライムを使ってきれいにしているだけです。大抵のものはあそこで洗い流しています」

 紫苑が顔を向けた先では、瑞穂に香澄、そしてミレイヌが魔法を使って小腸の入り口から水を流し、これまた魔法で地面に空けた大きな穴へと不要な残留物を取り除いている姿があった。

「なるほど。それにしても、ミレイヌさんは随分と上達したものね。この前見たときよりも更に良くなってる」

 グレイスに気付いたミレイヌは、作業の手を止めて頭を下げていた。その近くでは、同じく香澄が頭を下げ、瑞穂が手を振っている。

 なお、グレイスが見たミレイヌは適度な威力で水を流し込んでいることもそうだが、魔力量の余裕もありそうであった。これもひとえに、真剣に修練を続けていた結果である。

「ともかく、そのようなわけで、そこまでキツイわけではないのですが……」

「中の最後の処理にぜんぜん手が足りないです!」

 ある程度以上の実力がある魔法使いがもっといれば、瑞穂や香澄を六花と紫苑が行っている作業に回せるのであるが、この場で魔法使いは六花たちとミレイヌの五人だけであった。そのため、瑞穂と香澄は、まずやらなければならない小腸から直腸を水で洗浄する作業を行っていたのである。

 もっとも、瑞穂と香澄の二人も今の作業を終えたらアルケミースライムを使った作業へと加わる予定でいた。しかし、それにはもう少し時間が必要である。

「移住者に怪我人はいないし今は休憩中だけど、早く終わらせて夜営地へ向かった方がいいのは事実だし……手伝った方がいいわね。周囲に魔物はいないようだし私たちも手伝いましょうか。兵士さん、いいですよね?」

「ええ。構いません。私は向こうの冒険者を手伝ってきます」

 兵士はグレイスにそう返すと、オークの心臓や腎臓などを洗浄している場所へと歩いていった。

「あの、わたしはどうしたら?」

「シズクは、中の洗浄が終わった小腸とかの外側を洗っているグループを手伝いなさい。これも経験よ」

「分かりました」

 素直に頷き作業場所へ向かうシズクを、グレイスは笑顔で見送ると六花と紫苑へと向き直る。そして、腰に下げた小瓶の蓋を開けると自らが契約したアルケミースライムを取り出した。

「あれが、本来のあの人なんでしょうか?」

 紫苑の呟きに、六花が「うーん」と小首を傾げる。

 二人にとっては、やはり以前自分たちに――正確には彰弘に――意見をしてきたときの印象が強いせいで、どうにも今のシズクに違和感を拭えないでいた。

「どちらも彼女というのが正解だと思うわ。キリト君に依存するような状態になっていたのも、今の状態もね。とりあえず、今の彼女なら条件付じゃなく、普通にランクEとしてやっていけると思うわ。もっとも、うちのメンバーは折角だから期限ギリギリまで鍛えてからって言ってるから、彼女の条件付が外れるのはもう少し先になりそうだけど」

 積まれていたオークの小腸部分を手に持ちアルケミースライムに魔力とともに指示を出しながらグレイスは、ふふと笑う。そして、他の冒険者に混じり作業を始めたシズクに視線を送った。

「そうですか。まあ、私たちにへんに絡んでこないのならば、気にするものではないのですが」

「うんうん。じゃあ、お掃除再開です」

 紫苑と六花はシズクを一瞥する。

 そんな二人をグレイスは「相変わらずね」と困ったような顔で見た。

 それから暫く、三人は無言で作業を行う。しかし、そんな中ふと気が付いたというようにグレイスが声を出した。

「そういえば、アキヒロさんはどうしたの?」

 今更といえば今更だが、彰弘もアルケミースライムと契約しているのだから、この場で作業をしていてもおかしくはないのである。

「彰弘さんなら転がった獣車のところだよ」

「六花さんの言うとおりです。状況の確認と片付けに行っています。先ほど青白い炎が見えましたから、もうすぐ戻ってくると思います」

 青白い炎とは、彰弘たちが浄化の粉を使って死体を焼却した炎のことだ。

 彰弘がマジックバングルを持っていることを知っている紫苑は、横転した獣車の片付けに、そうは時間がかからないと考えていた。

「馬鹿な商人がいたものね。移住に協力しないにしても、獣車の数に見合った護衛を雇っていれば死ぬことはなかったでしょうに」

「雇われた冒険者も冒険者です。どのような事情があるのかは分かりませんが、明らかに判断ミスです」

「でも、美弥ちゃんたちが怪我しなくてよかったー。もししてたら……」

 愛らしい笑顔から一転。表情が抜け落ち半眼になった六花は、逃げて来た御者と冒険者へ殺意を宿った視線を向ける。

 実際にそういう状況ではなかったため、それほど強い殺意ではなかったが、それでも何人かは六花の視線に気付き身体を硬直させた。

「六花さん、大丈夫ですよ。あの程度の数なら、美弥さんたちが怪我することはありません。勿論、もしそんなことになったら、私も我慢はしませんが。ともかく、今はこれを片付けてしまいましょう」

「うん、そうだね。早くしないと彰弘さん戻ってきちゃうもんね」

 先ほどの表情が嘘のように、再び笑顔となった六花は作業を再開する。

 二重人格と思えてしまう変わり身の早さに、グレイスは先ほどと全く同じ感想を抱いたのであった。









 彰弘たち三人が横転した獣車のところから、オークを倒した場所まで戻ってきたのは、丁度血抜きを含めたオークの処理を終えたときであった。皮の剥ぎ取りや、各部位の切り分けなどはファムクリツへ到着後だ。

「まさか、本当に終わってるとは思わなかった。やるな、ミレイヌ」

「みんなが頑張ってくれたもの。このくらい、当然よ。もっとも、グレイスさんたちがいなかったらタッチの差で終わっていなかったかもしれないけど」

 内臓の洗浄を手伝ったグレイスとシズク、それに兵士へとミレイヌは微笑みを向ける。

「助かったよ」

「どういたしまして。ところで、このオークと壁はどうするの?」

 グレイスの顔の先には、内臓を抜かれたオークが壁に沿って未だ逆さ状態で吊り下げられていた。

「オークは俺が運ぶ。壁は……頼む」

 早速とオークをマジックバングルへと収納し出した彰弘は、六花たちへと壁を元に戻すように伝える。

 それを受けた六花たちは、彰弘がオークを収納し終わるのを待ち、魔法を使って壁としていた硬化させた土を大地に戻した。

「あ、彰弘さん、オークの内臓はあそこです」

 壁を元に戻した六花が一点を指差す。

 そこには複数の袋が並んでいた。中に入っているのは六花の言葉どおりオークの内臓だ。小腸は小腸、心臓は心臓といったように洗浄されたそれが種類ごとに袋に入れられているのである。

「分かった。六花たちもありがとうな。んじゃ、さっさと回収して合流しようか」

 感謝の言葉に六花たち四人の顔が年相応の笑みの彩られる。

 それを見て彰弘も笑みを浮かべた。

 そうこうしながら、全てのオークだったものを回収した彰弘はぐるりと顔を巡らせ目的の人物を見つけ声を出す。

「あいつらは任せても?」

 彰弘の視線の先にいたのは、一人の兵士の姿であった。

 今回、彰弘は臨時でリーダーのような役目をやっていたが、それは指示を出す人がいなかったためだ。当然、ファムクリツ移住者を護衛する部隊の責任者であるアキラから指示されて、この場の様子を見に来た兵士がいるのならば、その人物に指揮権は移される。

 その辺りは兵士も心得ていたようだ。

「ええ。もっとも、私の役目は戦闘後の状況把握と、今回の事を起こした彼らを隊長の下へ連れて行くとこまでですが。ともかく、お任せください。そして、ありがとうございます。あなた方のお蔭でファムクリツへ移住される方々に被害はありませんでした。後日、何らかの形で今回のお礼がされます。今は私の言葉だけでご勘弁願います」

 オークと戦った冒険者へと一礼した後で兵士は、今回の事を起こした者たちへ有無を言わせぬ態度で今後の行動を伝える。そして、再度彰弘含む冒険者たちへと礼をしてから、グレイスとシズク、それに沈んだ表情となった事を起こした当事者を引き連れ一足先にその場を離れた。

「さて、俺らも行こう」

 彰弘はそう声を出し、その場に残っていた冒険者の先頭に立って歩き出す。そのすぐ後を彼のパーティーメンバーが続き、更にその後ろを残る冒険者が行く。

 ファムクリツへの移住二日目。恐らく、今回の行程で最初で最後の問題は、こうして幕を閉じたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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