4-24.
前話あらすじ
森と森との間を通る街道を抜けるまで後少しというところで、オークからの襲撃を受けそうになるファムクリツへの移住者たち。
しかしオークの襲撃は、今回の移住に同行し協力を示した彰弘たちのような冒険者により防がれたのであった。
戦闘後の現場と周囲を見回した彰弘は、こっそりと安堵の息を吐き出した。オークとの戦闘において味方の冒険者に被害がほとんどなかったことや、新たに襲ってきそうな魔物の姿が見えないことがその理由である。だが何よりも彼を安心させたのは、六花、紫苑、瑞穂、香澄の四人が無傷ということであった。
◇
「じゃれているところを悪いのだけど、この後はどうするのかしら?」
そこかしこにオークの死体が転がる中で、何事もなかったように笑顔で言葉を交わし合う彰弘と六花たち四人へと、ミレイヌが声をかける。
随分と緩んでいる様子の五人ではあるが、見た目とは裏腹に実際はしっかりと周囲を警戒していた。グラスウェル魔法学園が夏の長期休みに入り、何度か依頼を一緒にこなしてきたミレイヌは、そのことを知っていたので注意の言葉はない。
「どうする、と言われてもな。待つしかないんじゃないか?」
「それはそうなのだけど、このまま何もしないのは時間の無駄ではなくて? それに、他の人たちはあなたが何か言うのを待っているみたいよ」
何故自分の言葉を? との疑問を顔に浮かべた彰弘であったが、オークの迎撃に出てきていた冒険者の視線が、いつの間にか自分に集中していることが分かり、ミレイヌの言葉に嘘はないと納得する。
そんな状態に彰弘がどうするかを考えていると一人の冒険者が声をかけてきた。彼は彰弘の提案により移住者の右側からオーク迎撃に出てきた冒険者たちの加勢に向かった冒険者たちのリーダーらしき人物である。
「補足しようか? っと、その前に自己紹介をしておこうか。俺はベントという。ランクDで、草原の爪痕というパーティーのリーダーをしている」
「俺は彰弘。断罪の黒き刃のリーダーでランクEだ」
「あれでランクEとか違和感しかないな。ま、それはいいとして、補足をしよう。彼女の言うとおりだ。ただ待つのも一つの手ではあるが、誰かが様子を確認に来るとしても、それは移住者の安全を確保できる状態になってからだと思う。だったら、その間にできることをやっておくのは悪いことではないだろう。で、あなたの言葉を待っているのは、この場で一番力があるのが、あなたのパーティーだからだ。こういった指揮系統がはっきりしていない場合は、通常一番実力のあるパーティーのリーダーが指揮を執る。それが最も軋轢を生まないからな」
オークとの戦闘前に比べて、ベントの口調が多少改まったものとなっているのは、彰弘のパーティーの実力と彰弘自身の実力を見たが故である。
なお、今のような状況での指揮について、彰弘は知識としては知っていた。しかし、彼は冒険者となって、まだ一年にも満たない経験しかない。自分が指揮を執る立場であることに気が付けなかったのである。
「どうしたもんかな……」
呟き、周囲を改めて見回した彰弘は少しの間、考えを巡らす。
倒された二十三体のオークの上には既に生成された魔石が浮かんでいる。今はまだ周囲に魔物の姿はなく気配も感じないが、このまま放置しておいては、いずれ魔石を狙った魔物が現れる可能性がある。何はなくとも、魔石からオークの死体を分離させた方がいいだろう。
また、離れたところで横倒しになっている二台の獣車も調べておくべきかもしれない。オーク迎撃時には気付かなかったが、よく見ると横倒しの獣車の側に人が倒れているのが見て取れる。これも放置すべきではないことであった。
やがて、彰弘は自分に注目する冒険者たちに向き直る。
「まずオークの方だが、魔石から死体を離して血抜きをしておいてくれ。内臓については任せる。そのままでもいいし、取り出して処理しても処分してもいい。最終的な剥ぎ取りやら解体やらは、ファムクリツへ着いてからでいいだろう。ああ、どう運ぶかについては俺がやる。ともかく、魔石から離して血抜きだけしといてくれればいい」
オークの運搬方法が明確にされなかったことで、何人かの冒険者は首を傾げる。しかし無理難題を言われたわけではない。加えて自分たちが指示を仰いだのだからと、彰弘の言葉に了承の意を冒険者たちは返したのである。
なお、このとき六花たち四人とミレイヌとバラサが幾分驚いた顔で彰弘を見た。その理由は魔法の物入れであるマジックバングルの使用をできるだけ控えていた彼が、それ使うと同義のことを言ったからである。
彰弘としても面倒なことになる可能性があるために積極的に使う気はなかった。しかし、既にランクE昇格試験のときに使ってしまっていることから、ここで出し惜しみをすると碌なことにならないのではないかと考えたのである。
ちなみに、彰弘は驚く自分のパーティーメンバーへと「これからは適度に使うことにする」と笑みを返していた。
ともかく、自分の言葉を受け入れた冒険者たちの様子を見て彰弘は言葉を続ける。
「で、向こうで横転している獣車だが、これから様子を見に行く。誰か一人付いて来てくれ。ああ、できれば冒険者経験の長い人がいい。後……そこで御者と話している二人の内どちらかでいい、一緒に来てくれ。状況の説明が聞きたい」
彰弘の顔が向いた先には、中年の御者と負傷した片手の応急処置を終えた熟練と思しき冒険者、それとまだ若い冒険者の姿があった。
「さてと、素直に来るかな?」
「来ないという選択はないな。ここであなたの言葉を無視したら、完全にこの後を自分たちだけで動かなければならなくなる。いくら危険が少ない街道を行くとはいえ、荷を満載の獣車に怪我人もいるんだ。少しでも印象を良くしておきたいはず。協力を拒むことはないと思うね」
「なるほどね。それはそうと、あんたが来るのか?」
「ああ。俺が一番長く冒険者をやっているからな。残ったあいつらでも血抜きくらいはできるし、ある程度の魔物にも対応できる。まあ、またオークが大量に襲ってきたら急いで戻るさ。もっとも、あなたのところの魔法使いはここに残るんだろ? さっきと同じくらいの量だったら俺が戻る前に終わってそうだけどな」
ベントの顔が少しだけ悔しそう色を見せる。それでもその表情の奥に闘志があるのは、彼が強くなることを諦めていない証拠だ。
「ところで、あなたのパーティーは血抜きとかは大丈夫なのか? 結構グロいことになるんだが」
「上手くできるかは別だが、そっち方面は問題ないさ」
「はあ。氷姫とかの名は伊達じゃないんだな」
「いろいろあったんだよ。ああ、一応警告しておくが、氷姫とかはあの子たちの前で言わない方がいい。今はそう呼ばれるのが嫌なようだから、限界超えたら四種類の魔法が飛んでくるぞ」
「冗談だろ? 冗談じゃないのか。肝に銘じておくよ」
そんな感じで彰弘とベントが話をしていると、若い冒険者が二人に近付いてきた。
その冒険者は先ほど彰弘が声をかけた先にいた男だ。
「今回はすみませんでした」
若い冒険者は彰弘とベントの前まで来ると、いきなり頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
自分たちがやったことがどのような事態を起こす可能性があったのかが分かっているのだろう。若い冒険者は下げた頭をなかなか上げようとはしない。
「いい加減、頭を上げろ。そんなことのためにお前を呼んだんじゃない」
時間にしたら数十秒程度のものであったが、ベントは意味がない謝罪を苛立たしげに止めさせた。
「悪いが彼の言うとおりだ。今必要なのは何故戦う力のない人がいる方向へと逃げて来たのか。あそこで倒れている獣車をどうするか。つまりは状況の確認だ。謝罪をしたいのなら、後で今回の移住を取り仕切る責任者と話してから然るべき人たちへとするんだな」
彰弘の口調はベントとは対照的で落ち着いている。しかしこれは、彼が努めて平静を装っているからだ。
現状、差し迫った危機はないとはいえ、意味のない謝罪を受け続けるのは無駄な時間でしかないのである。
「とりあえず、名前を教えてもらおうか。俺は彰弘、こっちはベントだ」
「マーク……です」
消え入りそうな声で自分の名前を口にする若い冒険者から視線を外した彰弘は、早速と作業を始めている六花たちに顔を向ける。
「ちょっと行ってくる。何かあったら呼んでくれ」
「りょーかーい!」
「まっかせてー!」
「あなたが戻るまでには、血抜きくらいは終わらせておくわ」
六花と瑞穂が元気に片手を上げて答え、紫苑と香澄がこくりと無言で頷いた。
そんな四人に続いて、何故か有無を言わせぬ様子で血抜きの指揮を執るミレイヌが自信満々に胸を張る。
「何であいつら普通に従ってんだ」
ベントの言葉どおり、彼のパーティーメンバーはミレイヌの指揮に従い作業を行っていた。
なお、ベントのパーティーメンバーだけでなく、それ以外のオーク迎撃に出てきた冒険者も、更には逃げて来た者たちまでもがミレイヌの指揮に従い作業を行っている。どうも、ミレイヌの放ったフレイムバーストの魔法が多大に影響しているようである。
ちなみに、オークから逃げる最中に片腕に怪我を負った冒険者は、流石に作業へと加わっていない。
「ま、まあ、細かいことは気にするな。こっちはこっちで早いとこ終わらせよう」
「そうだな、そうしよう。おら、マーク。行くぞ」
彰弘にとってもベントにとっても予想外の光景であった。
そんな少々異様な雰囲気で血抜き作業が行われる現場を、彰弘とベントは沈んだ表情から呆気に取られた表情へと変わったマークを連れて後にしたのである。
彰弘とベント、そしてマークの三人は横転している二台の獣車のへと近付いた。
車輪周りは破損が激しく周囲には大量の荷が散乱している。
それぞれの獣車を引いていたオルホースは、双方獣車に繋がったまま頭を潰され息絶えていた。
横転した獣車近くから彰弘たちは少し離れたところに横たわる三つの人の形をしたものに目を向ける。二つは元は身奇麗であったであろう服を着ていて、一つは質素な服装をしていた。
「改めて確認するまでもなく死んでるな」
「これで生きていたら、それはもう人種じゃない」
三つの人種の死体については、頭こそは潰れていないが、胴体は激しく損傷しており内臓が飛び出していた。
「さてマーク。この三つの死体が誰だか分かるか?」
「僕たちの依頼主であるスゲウスさんと、この獣車の御者であったスロースさんです。もう一人は、確かログスさんという商人です」
彰弘の問いに、青褪めさせた顔の口元を押さえたマークは答えていく。
「他に人が乗っていたりは?」
「いえ」
「いったいどういう構成だったんだ?」
「ログスさんの方はよく分かりません。護衛らしき人の姿も見てません。僕たちの方は四人でスゲウスさんの獣車三台を護衛をしていました。獣車三台には、それぞれに御者が一人ずつです。この獣車にだけ御者とスゲウスさんが乗っていました」
ログスという商人の獣車は別にして、スゲウスが乗っていた獣車は出発前にミレイヌが「あれはない」と発言した集団のものだ。
マークたちの依頼主であるスゲウスは、ファムクリツへの移住者に付いていくことで、諸々を節約しようと無理のある行動に出たのである。
一つは護衛費の削減だ。五百を超す大人数での移動であるから、四方の警戒を行う最低限の人数だけを雇うことにした。当然、獣車三台の護衛を四人だけなどというものは、冒険者ギルドが受け付けてくれるわけがないので、スゲウスは直接マークたちへと話を持っていき依頼を受けさせたのである。
これだけならスゲウスとマークたちが阿呆であると言えるのだが、スゲウスは自分が所属している商会に、家族の病気の治療費のために借金をしているマークたちへ目を付け、彼らを脅し相場以下で無理矢理雇っていたのである。
冒険者ギルドから借りることができる金額だけでは補えない治療費を、スゲウスが所属する商会から借りることで何とかしていたマークたちは、嫌でもスゲウスの依頼を受けるほかなかったのであった。
ちなみに、スゲウスが所属する商会の金貸しは一般的に見ても良心的な設定である。
スゲウスの無理な行動は護衛費だけではない。それは、獣車に積み込んだ荷の量である。彼は移住者がファムクリツへ向かうのに徒歩であるということを知り、通常の積載量では勿体無いと、獣車に載せる積荷を通常の倍にもしていた。そのため、初日は何とか移住者の歩く速度に付いていけた獣車であったが、二日目には獣車を引くオルホースが疲れ、徐々に移住者の集団から遅れ始めたのである。勿論、過重量の獣車が遅れるだけで済むわけがない。獣車自体も荷の重さに耐え切れなくなっていった。
そこから先は、今の状況に繋がる。
オークの襲撃から真っ先に逃げようとしたスゲウスは、御者の制止を聞かずオルホースに鞭を入れ急激な動きを起こさせ、過負荷のかかっていた獣車の車輪周りに決定的な破壊をもたらした。その結果獣車は横転し、投げ出されたスゲウスと哀れな御者、そして獣車に繋がったまま横倒しになったオルホースは、オークに殴り殺されたのである。
残る二台の獣車もスゲウスの乗っていた獣車と同じような状態ではあった。しかしスゲウスの邪魔がなかったことにより、辛うじて横転することなく逃げることができたのである。
なお、スゲウスと同じようにファムクリツ移住者に協力しない姿勢と取っていた二つの獣車の内一つは、オークから運良く逃げ出すことができていた。だが、もう一台のログスという商人が乗っていた獣車は、スゲウスの巻き添えで横転し、その御者台にいたログスはオークに殺されたのである。
「これはどうするべきなんだ?」
「死体は浄火しちまうしかねぇな。この状態を運ぶのは流石にキツイ」
彰弘にはマジックバングルがあるため運ぼうと思えば運べるのだが、縁も所縁もなく運ぶ意義を見出せない死体を運ぶ気は彼にはなかった。
唯一御者の死体だけはと思わないでもないが、それだけを持ち運ぶのは違う気がする。
「そうだな。遺品として何か一つだけ持って行くとして浄化するか。マークもそれでいいな?」
「……はい」
青褪めた顔色のせいか無表情に見えるマークの了承を得て、彰弘とベントは遺品となりそうな物を死体から外した後、それぞれが持つ浄化の粉を死体にかけていく。
当然、二つのオルホースにもかける。
そしてそれが終わると、彰弘はオイルライター型の魔導具で順に火をつけ一歩下がり、「迷わず行ってくれ」そう呟いたのであった。
彰弘たち三人の目に映る青白い炎が徐々に小さくなり、やがて消え去る。炎の後に残るのは、金属などの火に強い物質のみで、それ以外は跡形もなくなっていた。
「ふぅ」
合わせていた手を離し、閉じていた目を開けた彰弘は息を吐き出す。
過日、野盗を焼却したときもそうだったのだが、野外で、しかも自ら死体を焼却することに、彰弘はまだ違和感を感じていた故のため息であった。
融合した今の世界の法則などは、多分にリルヴァーナ側の影響を受けている。これは死した存在についても同じだ。安全に墓地とできる土地はないため、またアンデッド化という現象があるために、死した存在に対しては基本的に完全焼却という手が取られるのである。
なお、人々が故人を偲ぶときには、身近な神殿などへ出向く。故人へのお参りに関してだけは、どの神を信仰していようとも、また無信仰であったとしても、拒否されることはなかった。
もっとも、特定の信仰を持つ人は、余程のことがない限り多少遠くても自身が信仰する教団施設でお参りを行っていることは言うまでもない。
ちなみに、元地球にあった墓は徐々にではあるが元の場所から各教団宗教施設への改葬が行われている。とはいえ、墓自体は移転させられていないし、遺骨は移された後で神職により浄化されていた。世界が融合し土地が広くなったとはいえ、墓地とできる土地が増えたわけではないので、このことは仕方がないのである。
ともかく、融合前とは違う死体の処理をした彰弘は、自分の左右に立つ二人を一瞥してから声を出した。
「さて、ここを片付けてさっさと戻ろう」
「それには賛成だが、これをどうやって?」
彰弘たちの前には、車輪どころか車軸までもが破損し横倒しとなった獣車と、それに積まれていた荷が地面に散乱した光景がある。
普通ならば持ち運べる状態ではないため、ベントが首を傾げるのは不思議なことではない。
「言ってなかったか? 俺のこれは魔法の物入れだ。このくらい余裕で運べる」
「聞いていないな。オークをどうにかするとは聞いたが……、それが方法か」
「言い忘れていたか。まあ、そういうことだ」
自分の左手首にあるマジックバングルを指差す彰弘に、驚きと疑いの目を向けるベント。
噂では知っていても実物を見たのは初めての形状であるから、彰弘のそれが魔法の物入れとは信じられないベントであった。
勿論、この場にいるもう一人の冒険者であるマークも疑念を顔に浮かべている。
そんな二人の様子に彰弘は、「疑念はもっともかもしれない」と、おもむろに横倒しとなった獣車に近付くと破損し転がる車輪を持ち上げた。そしてそれをマジックバングルへ収納した後で再度取り出し地面の上に置く。
「とりあえず、これで信じられたか?」
「……ああ。それにしても、どこでそれを」
「メアルリアの破壊神アンヌは知ってるか? それ関係とだけ言っておくよ」
流石に全てを話すわけにはいかない彰弘は、相手が余計な気を起こさないように最低限の事実だけを、この場にいる二人に伝えた。
メアルリアだけでなく、アンヌという神の名まで出たことに、ベントは思わず「げっ」と声を漏らし、マークは目を丸くする。そして、二人はそれ以上の詮索をやめた。
真偽は定かではなくても、どうしても必要というのでなければ、触らぬ神に祟りなし。世界の一般常識として、神が関係していることに手を出すと碌なことにならないことを過去の歴史から学んでいたからの結論であった。
苦笑に似た笑みを顔に浮かべた彰弘は、先を進めることにしてベントとマークの顔を順に見る。
「魔法の物入れだと分かっただろうから、早速動こうか。まず横転した獣車を起こす。その後で散らばった荷を獣車に載せる。そうしたら、後は俺が運ぶ。ファムクリツまで運んだ先は……この荷の取引先と交渉だな」
防壁の外でのことなので、所有者のいなくなった荷は彰弘たちが自分のものとしても、今の世界では問題とはならない。しかし、今回は商会のものであると出所がはっきりしている。商会とその取引先に恩を売っておくのは悪いことではない。
「この大量の果物をもらっても処分に困るし、俺は賛成する」
「僕に意見はありません」
何事もなかったように、彰弘へと返答するベントとマーク。
本当に彰弘のマジックバングルについては、気にしないことにしたようである。
ともかく、こうして彰弘たち三人は、まず獣車を起こすための力仕事を始めたのであった。
作業開始から暫く、彰弘たちの前には、これでもかと荷を積んだ二台の元獣車があった。
元、であるのは、先ほどまではオークの襲撃が原因で横転していた二台であるため、それを引く獣などは繋がれていないし、荷を載せるのに邪魔だった車輪は全て取り外されているからである。
「二台とも、目録に違わず積荷もほとんどが果物。伊達に果物担当じゃないってわけだ。何故か卵もあったが」
果物担当というのはスゲウスとログスのことで、これは荷を積み直しながら彰弘がマークに聞いた情報である。
なお、果物以外にあった商品は卵だけだ。この厳重に梱包された状態の卵は、積荷と一緒にあった目録によると、ディサウロスという二足歩行する爬虫類系の魔物のものであるようだ。
ディサウロスは小型の獣車を引くために用いられる魔物である。食肉などのために飼育されるモーギュルに並んで、テイマーと呼ばれる魔物使い以外の人でも扱うことが可能な数少ない魔物の一種である。
ちなみに、テイマーは非常に数が少なく、街中で見かけることはほとんどない。
「それにしても、あれは勿体無かったな」
「まったくだ。あれ壊れてないのを売ったら結構いい金額になるぞ」
彰弘とベントが言うあれとは、冷蔵の魔導具のことであった。氷で代用できる場合もあるが、数日以上の運搬の場合は、重量等々の面でやはり魔導具に軍配が上がるため、護衛の雇い賃を削ったスゲウスとログスも使っていたのである。
「まあ、いい教訓だな。さて、随分と時間を食ったし、戻ろうか」
彰弘は元獣車となった二台をマジックバングルへと収納しつつ、ベントとマークへ向き直る。そして、知っていても衝撃だったのか、呆けたように獣車だったものがある場所を見て固まっている二人を促し、彼は一足先にオークを倒した場所へと歩き出したのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
二〇一六年 九月二十四日 二十時十七分 文章追加
死体の焼却を行った後で、その場に散らばる無事な荷物を回収する文章を追加。
(少々長めの文章ですが、話の大筋には関係ありません)