4-22.
前話あらすじ
ファムクリツへ出発するまでを知り合いである誠司たちと話をして過ごす彰弘。
それから少し。出発の合図であるラッパの音が鳴るのであった。
ファムクリツへの移動一日目は何事もなく過ぎようとしていた。元サンク王国の土地であった場所は元から数キロを見通せるところを街道が通っている。元日本の土地に関しては建物などがあったりして見通しは悪かったが、街道を通すにあたり最低でも一キロメートルの範囲で邪魔となる建物などは片付けられていた。
安全のために魔法使いやゴーレム使いが必死に作業した結果である。
このように比較的安全に移動できる街道を通り、ファムクリツ移住者の集団は予定通り、その日の夕方には一日目の野営予定地へと辿り着いていた。
その野営予定地では、今現在兵士や冒険者による野営の準備が進められている。簡易的な防護柵を設置したり、今晩の食事の準備をしたりと忙しい。
一方で移住者たちは、そんな兵士や冒険者に申し訳ないと思いつつも疲れた表情で身体を休めていた。適度に休憩を取ってはいたが慣れない長距離の移動であったし、また魔物に襲われる確率がゼロではないという緊張感もある。一区切りであるこの場所に着き、安堵から一時的に気が緩んでしまったのであった。
もっとも、元々野営の準備は護衛兼世話役の兵士や冒険者が行うことになっていたので、移住者たちが気に病む必要はない。しかし、今回の移動は自分たちの移住のためだ。今この場で自分たちが休んでいることに、申し訳ないという気持ちを持つことは仕方ないのかもしれなかった。
なお、荷車などを引いていた獣車の獣や魔物は、人とは別の防護柵の中に纏めて繋がれている。普通の獣と魔物ではあるが、そこはしっかりと調教されているために、纏めておくことができるのである。
◇
「できたよー」
一般家庭では見ることがないであろう大きさの寸胴鍋からどんぶりへと、具がたっぷりの豚汁ならぬオーク汁をよそう瑞穂の顔に疲れは見えない。
ほぼ毎日十キロメートル近くを走り、その上で更に剣やら魔法やらの修練を行っているのだから、普通の人よりは動くことに慣れていたのだ。休憩を挟みつつ移動する今回の旅は瑞穂にとって苦しいものではなかった。
「こっちも、できたー」
疲れた様子がないのは、何も瑞穂だけではない。鍋での炊飯を担当していた六花や紫苑も、そしてチョダという元の地球でいうダチョウのような外見をした魔物である鳥の肉を焼いていた香澄も同様だ。
ついでに言うと、「晩御飯はあたしたちが作るから待ってて」と言われ、おとなしく待つ彰弘、それにミレイヌとバラサも顔に疲労の色はない。
なお、瑞穂と香澄の両親である正二と瑞希、それと正志は相応に疲れていた。それは御者台に座ってオルホースを操っていたファルンも同じである。
「ではでは、いただきます」
三つのちゃぶ台にそれぞれ料理が並べられ、そして全員が席に着くと瑞穂の合図で食事が始まった。
晩御飯の献立は、白御飯、豚汁のオーク肉バージョン、チョダのソテー、胡瓜と大根の浅漬けである。どれもこれも熟練の料理人並みとはいかないが、普通以上に美味しく食べられる段階には達していた。
「まさか、娘の手料理を食べることができるなんて」
目を潤ませながら食を進めるのは正二だ。
「お父さん。一応、前もお母さんたちの手伝いしてたんだよ? あたしも香澄も」
「そうよ正二さん。確かにメインで作っていたのは私たちですけど、ちゃんと瑞穂も香澄も手伝ってくれていました」
「ああ、そうだったね。ここ一年くらいほとんど外食だったからね、つい」
仮設住宅にあるのは最低限の調理器具だけだった。また食材を買い料理をするよりも、仮設住宅の近くにある大食堂で食事をする方が安かったこともある。自らの稼ぎがない段階では自炊する利点が皆無であった。
一応、正二と瑞希が働き出し金銭を稼ぐ目処がつき、避難拠点であった場所でも普通に買い物ができるようになってからは、瑞希に時間のあるときは彼女が食事を作っていたが、そのときには瑞穂と香澄は全寮制であるグラスウェル魔法学園の寮に入っていた。
これら理由があり、正二は思わず口に出してしまったのである。
さて、そんな家族の会話をする隣では、彰弘、六花、紫苑が黙々と食事を続けていた。
空腹だったこともあるが、想像以上に美味しかったために、言葉よりも食事を優先した結果である。
「ふー、ごちそさん」
彰弘たちが囲むちゃぶ台の上の料理は綺麗さっぱりなくなっていた。今は食後の緑茶が湯気を立てているだけである。
「どうでしたか?」
満足気な顔で緑茶を啜る彰弘に、若干上目遣いで紫苑が問いかけた。
自分的には及第点といえる味ではあったが、紫苑に野外での料理経験はほとんどない。彰弘の口に合うかが心配だったのである。
「美味しかったぞ。どれも美味かったが、御飯も炊飯器で炊くより良かった」
「良かったです。鍋で炊くのは初めてだったので心配でした。外での炊飯を細かく教えていただいたのが功を奏しました」
ほっと胸を撫で下ろす紫苑。そんな彼女の横では六花がにっこにこの笑みを浮かべていた。
「紫苑さん。いぇーい」
「はい」
満面の笑みで六花と紫苑は、両手でのハイタッチを交わした。
紫苑よりは野外での料理経験があった六花ではあるが、その回数は似たり寄ったりでしかない。上手に作れた料理を彰弘に食べさせることができて嬉しかったのである。
なお、このような二つのちゃぶ台の様子を、この場にいる残り三人は笑みを浮かべて見ていた。
晩御飯に満足していたこともそうであったが、何よりもその様子が微笑ましかったのである。
「私も料理を覚えるべきかしらね?」
「いざとなれば、私が多少はできますが……お嬢様がお作りになった料理は是非食べたいと思います」
「バラサがそう言うなら価値はあるわね。時間のあるときに試してみましょう」
「冒険者なら、最低限の調理法を知っていて損はありませんよ」
「ふふ。やるべき目標があるのは、いいことよね」
道中、ほとんど会話をすることはなかったが、ファルンの印象は悪くない。そんな彼にミレイヌは笑みを返していた。
ともかく、彰弘たち一行の食事は、このようにして和やかに行われていたのである。
余った御飯を六花たち四人がせっせとおにぎりにしている。
食器などはアルケミースライムが、こちらもせっせと洗浄中だ。
そんな感じでデザート前のひと仕事をしていた六花が、ふいに小首を傾げた。
「そういえば美弥ちゃんたちは、ごはん足りてるのかなー?」
「一応、十分な量が配給されるという話でしたが……」
六花と同じくおにぎりを作る紫苑が言葉を返す。
移住者やその護衛兼世話役として付いてきている人たちの用意した食料は、あくまでその人たちのためのものである。その中に彰弘たちのように今回の移住に便乗する形で同行する人たちの分は当然ありはしない。そのため、彰弘たちは移住者たちとは別で食事を取っていたのである。
「美弥ちゃんたちも、あたしたちと同じくらい食べるよね。何だったら呼んできたら? 豚汁……じゃなかった、オーク汁……ってなんか嫌な名前……じゃなくって、はまだあるし。あ、彰弘さん、それちょっと待った」
ファルンがオルホースの様子を確認しに行っている間に、余ったオーク汁の入った寸胴鍋をマジックバングルへと仕舞おうとする彰弘はその言葉に手を止める。
「確かに普通より少し多いくらいじゃ足りないかもしれないな。六花、呼んで来てもらえるか?」
「はーい。行ってきまーす」
魔法で水を出し手を洗った六花は、まだ食事中である自分のアルケミースライムに、そのまま食事を継続という念を送ると美弥のいる場所へと走っていく。
それから数分。片付けを続ける彰弘たちのところへ、六花に引きつられた美弥とその家族、それから誠司と康人が姿を見せた。
「足りたか?」
そんな短い彰弘の言葉に返って来たのは、「少し足りません」という、誠司の正直な言葉と苦笑気味の顔である。
移住者に配られた晩御飯は普通の人ならば十分な量であったが、魔素を吸収し、その後も修練をかかさなかった誠司たちには十分とは言えない量であった。事前の申請により多めではあったが、それでも普通の大盛りの量であり彼らには足りなかったのである。
勿論、移住を主管する総合管理庁は過不足ない対応を心がけていた。しかし、誠司たちの場合は申請時よりも食事量が上がっていたために、またそのことを彼らが申請し直すことを忘れていたために、今回のようなことが起こったのである。
ちなみに、昼食はグラスウェルで用意された弁当を持参していたために、十分満足できる量であった。
「はいはーい、お待たっせー。デザートの時間だよ!」
彰弘たち大人組――最年少の正志含む――が食後のまったりとした雰囲気の中、両手にスイカの果肉だけが入った器を持った瑞穂が現れた。
隣にいる香澄は、そんな瑞穂の様子に少々呆れ気味だ。
そんな二人の後ろでは、六花、紫苑、美弥の三人が何やら作業をしている。彼女たちはスイカの皮を漬物にして明日の朝食で食べるための準備を行っていた。
ちなみに、一番外側の固い部分と種は、今もアルケミースライムがせっせと食べている。
「今日のデザートはスイカのシャーベットです。では、氷姫こと香澄ちゃんお願いしまっ、うべっ」
「瑞穂ちゃん、恥ずかしいことしない言わない。後、氷姫とかも言わないこと。ね、言わないよね?」
頭を叩かれて涙目になりながら香澄を見る瑞穂だったが、目に映る顔が半眼笑顔だったために、何事もなかったように彰弘たちに向き直る。
「では、改めて。スイカのシャーベットを作ります。まず、この果肉を細かくします」
漫才のようなやり取りで彰弘たちを笑わせた後、瑞穂はスイカの果肉を風の刃で細かく切り刻む。
当然、器に傷を付けない程度の威力だ。
「続いて、瑞穂ちゃんが細かくしたスイカに砂糖を適量振りかけます」
果肉の量が多いので、砂糖の量もそこそこある。
「今度はスイカと砂糖を混ぜます。こんなもんかな?」
「うん。じゃあ、瑞穂ちゃん」
「オッケー。風よ、我が意を持って小さく渦を巻け『ぷちエアスパイラル』」
器の中で砂糖と混ぜ合わされたスイカの果肉が徐々に回転しながら浮き上がり、そして瑞穂の頭を超えた付近で止まる。勿論、魔法の効果は持続しているので回転はしたままだ。
続いて、今度は香澄が空中に浮いたスイカに向かって手の平を向けた。
「瑞穂ちゃん。一気にいくよ」
無言で頷く瑞穂を見てから、香澄は意識を魔法へと集中させる。
風の魔法で浮かんでいるスイカを凍らせるのだが、発動している魔法に別の魔法をぶつけるのではなく合わせなければならない。見た目からは、そう思えないくらいには高度な技術が必要だ。
「凍れよ凍れ。我が魔力は氷結の力。展開して『ぷちアイスフィールド』」
魔力が見えたなら香澄の手から伸びる魔力が、瑞穂が維持する魔力と反発せずに合わさる様子が見えただろう。仮に魔力が見えなくても感じられるなら、見事に双方の魔力が共存していることを理解できたはずだ。
その証拠に魔法使いであるミレイヌの顔には感心の表情が浮かんでいた。
もっとも、ミレイヌの顔に浮かんでいたのは感心ばかりではない。彼女の顔には、感心と同時に魔法の実力を上げるための決意も確かに存在してたのである。
ともかく、そんな決意を覗かせるミレイヌの前で、香澄がスイカの果肉を凍らせ、頃合いを見て瑞穂がそれをかき混ぜる。それを何度か繰り返し、途中で一旦器に戻したスイカの果肉に少量の塩を振りかけ、再度凍らせてからかき混ぜ、スイカのシャーベットを完成させた。
「はー、便利ね。シャーベットの屋台とかできるんじゃない?」
普通に作ったら数時間はかかるものを短時間で作り上げた瑞穂と香澄に、母親である瑞希は感心した様子で、そんな提案をする。
しかし、それに返って来たのは顔の前で手を振る仕草であった。
「あー、お母さん、それ無理。同じことあと何回かやったら魔力なくなっちゃう」
「周りに影響がでないように調節するのって大変なの。あと、魔力を合わせるのにも神経使うし」
「二人の言うことは事実でしてよ。消費された魔力が多いこともそうですが……それよりも違う属性の魔力をあれほど近くで共存させることは難易度が非常に高いわ」
娘二人の言葉に首を傾げた瑞希に、ミレイヌが補足を行う。
「私たちもまだできません」
「うんうん、今のところ瑞穂さんと香澄さんとだけできてる」
スイカの皮の漬物を作っていた六花たち三人が戻ってきた。
彰弘の部屋で見た伝説の戦士の決め技を再現するために、グラスウェル魔法学園に通うようになってからも魔法の修練をかかしていない六花たちであったが、未だに二つ以上の魔法を組み合わせることが上手くできないでいたのである。
そんな感じで、できたてのスイカのシャーベットをそのままにして魔法談義に華が咲きそうになったが、それは彰弘の言葉で中断した。
「とりあえず、魔法のことは後にして、作ってくれたシャーベットをいただこうか。折角のデザートが勿体無い」
季節が冬であるならば、簡単に溶けることはないのだが、今は夏である。熱帯夜というわけではないが、それほどの時間はかからずにシャーベットとなったスイカが溶けるだけの気温ではあった。
「そだね。あたしと香澄の愛情たっぷりシャーベットを召し上がれ」
なかなかに食べづらい言葉とともに、人数分の器にスイカのシャーベットをよそい皆の前に置いていく瑞穂。
そして、何故か彰弘の動向に注目して手を付けない彼以外の面々。
このままでは埒が明かないと、注目される中、彰弘は最初にスプーンでスイカのシャーベットをすくい口に入れた。
「いただきます。お、美味い」
その言葉で瑞穂と香澄はハイタッチを交わす。
それから、何事もなかったように彰弘以外も晩御飯後のデザートを食べ始めた。
瑞穂と香澄が作ったスイカのシャーベットは、愛情のためかどうかは知らないが、好評であったことには間違いはない。
ともあれ、このような感じでファムクリツへ移住する集団へ同行している彰弘たちの一日目は過ぎていくのであった。
翌朝、スイカの皮で作られた漬物の意外な美味しさに食が進んだ彰弘たちは十分に食事を取り、その後で出発の準備を進めていた。
ファムクリツへの移動二日目となる今日は、この道中で最も注意すべき森と森の間を抜ける。
街道から森までの距離が離れているとはいえ、昨日よりも見通しが悪いのは事実。彰弘は幾分気持ちを引き締めて、出発の合図が鳴るのを待つのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。