4-20.
前話あらすじ
グラスウェル魔法学園へは元日本人では四人だけの入学であったために多少の不安をかかえていた彰弘だったが、少女たちの話を聞く内にそれが杞憂であると分かり、ほっと胸を撫で下ろすのであった。
八月の初日。今日は六花の親友である美弥を含むファムクリツ移住者がグラスウェルを旅立つ日である。彰弘たちは見送りを兼ねて、その移住者たち付いて行くためにグラスウェルの北西門前へと来ていた。
彰弘たち一行は全部で十一人。彰弘を囲うように談笑しているのが、グラスウェル魔法学園に通う六花、紫苑、瑞穂、香澄で、そんな五人の姿を微笑みを浮かべ見ているのが、今年の四月に彰弘のパーティーに加わったミレイヌとバラサである。当然、瑞穂と香澄の両親である正二と瑞希も、弟である正志もこの場所にいた。残る一人は獣車の御者を務めるラケシス商会所属のファルンである。
さて、ファルンと獣車について少し補足する。
ファルンは五十前後の小太り気味の体型をした男だ。温和そうな顔をした彼はこの道二十年という熟練の御者である。
獣車はバラサの紹介により彰弘がラケシス商会から十日で小金貨四枚という値段で借りているものだ。外装は古いのだが、その作り自体はしっかりとしており、人が乗る箱の足回りや、それを引く二頭のオルホース――元の地球で重種に分類されていた馬に似ている――も十分に高品質である。
なお、借りている期間のオルホースの餌代や獣車が故障した場合の修理費、そこに加えて期間中の御者の生活費は借主が負担する契約となっていた。
小金貨四枚というのは、あくまで獣車の借り賃と御者の雇い賃なのである。
ともかく、このような御者を雇い獣車を借りた彰弘たちは、ファムクリツへ向かうために、この場所へと来たのであった。
◇
グラスウェルの北西門で手続きを行う衛兵に、称号のことで驚かれつつ彰弘たち一行は街の外へ出る。
北門や北東門とは違い、この北西門は彰弘がランクE昇格試験のときに通っただけで、六花たち四人が使うのは今日が初めだ。驚きの対象となるくらいには少ない称号持ちが続けて五人、しかもその内の四人が少女だったことが、北西門の衛兵を余計に驚かせたのである。
ちなみに、彰弘のランクE昇格試験のときは、今日とは別の衛兵が手続きを行っていた。
さて、そんな感じで驚き顔の衛兵に送り出された彰弘たち一行は、北西門を出ると向かって左側へと進む。そこが今回グラスウェルからファムクリツへ移住する人たちと一緒に行く人たちに集まるようにと指示された場所であったからだ。
「結構、付いて行く人たちがいるのですね」
指定された場所へと進みながら、集合場所にある複数の獣車とその周りの人たちを見ていた紫苑が言葉を漏らした。
単独で街と街の間を行き来するよりは纏まった集団で移動する方が危険度が下がるために、急ぐ必要のない人たちや護衛費を浮かそうと考える人たちが、今回の移住に便乗したのである。
「魔物や野盗なんかも、数百人規模の集団はそうそう襲わないらしいからな。気持ちは分からないでもない」
「そうは言ってもあれはなくてよ? あそこ、獣車が三つあるのに護衛らしきは四人だけ。何を考えているのかしら」
「さあね。ただ、あの位置にいるってことは完全に自己責任だ。気にしても仕方ない」
「それってどういうことなの?」
「総管庁に話をしに行ったときに聞いたんだけどな。移住者に協力するか協力しないかを確認されたんだ。もっとも、はっきりと協力の有無を確認されたわけじゃないんだが」
「つまり、協力しないと言った……いえ、協力しないと受け取られた人たちがあそこで、そうじゃない人たちが今私たちが向かっている場所にいるってことかしら?」
「ま、そうなるな」
移住者以外の同行者は基本自己責任での移動となる。しかし、移住に協力する意思を見せた人たちは、移住者を守るためにそれを囲うようにして移動する兵士の近くを行くことを許されていた。
一方、協力の意思なしと判断された人たちは、それが許されていない。同行してもよいが、移住者の集団からは離れて移動しろというわけだ。
要するに移住者に協力する人たちは、魔物や野盗が襲ってきたときに移住者に害がない範囲で兵士の助力を受けれるが、そうでない人たちは全て自分たちで対処しなければならないということである。
「さてと、指定された場所にも着いたし行って来るか。ミレイヌとバラサは一緒に来てくれ。六花たちはここで待っててな。そう時間はかからないから」
「どこ行くの?」
こてんと小首を傾げる六花に彰弘は笑みを返して、兵士や冒険者が集まっている場所を指差す。
「協力者として最後の確認をしてくる。六花たちはまだランクがFだからな」
「むー」
「そう、むくれるな。Fだからこそ六花は美弥ちゃんとファムクリツまで一緒に行動できるんだ」
「むー、なやましい」
「はは。いざ戦いとなったら助けてもらうかもしれないけど、それまではな」
六花の頭を撫でた彰弘は、彼女以外の九人へと順に視線を送る。
そして、それぞれが頷くのを確認してから、ミレイヌとバラサを連れて一時その場所を離れた。
集合場所として指定されたところから少し離れた場所で何やら話をしている兵士や冒険者たちの集団へと近付いた彰弘は、受付をしているらしき兵士を見つけ彼へと声をかける。
「すみません。今回同行する者ですが、移動に関しての最終確認にきました。どうしたらよいですか?」
「はい。では身分証の提示をお願いします。あ、登録した代表の方だけで結構です」
ここでいう代表とは、冒険者パーティーのリーダーという意味ではなく、今回同行するに際して事前登録した集団の代表という意味である。
「断罪の黒き刃。アキヒロ・サカキ……はい、確認しました。あなた方は今あそこで六人の女性と話をしている兵士のところへ行ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
彰弘は頭を下げると、ミレイヌとバラサに視線で合図を送り歩き出した。
そんな彰弘に合図を送られた二人は、微妙な表情で彼の後に付いて行く。
「何で、そんな顔をしている」
「気味が悪いものと見たと思って」
「同感です。何ですかあれは?」
「心外だな。初対面相手に普段のように接するわけがないだろ」
正論である。
元日本で二十年近く会社員をやっていた彰弘だから、いやそうでなくとも当たり前といえば当たり前の行動だ。
「言われてみればおかしなことではないですね」
「それでも、違和感が半端なくてよ」
顔を見合わせ、そんな言葉を交わすミレイヌとバラサ。
そんな二人に彰弘はため息をつきつつ、「ほら、行くぞ」と先を促した。
受付の兵士が指した場所まで来た彰弘たちは、少し離れたところで足を止め両者の話が終わるのを待っていた。緊急というわけではないので、話の途中で割り込む必要はない。
「アキラ隊長と清浄の風だな」
「清浄の風は私も知っているけど、あの兵士は知り合い?」
「ああ。世界融合の折に俺が避難していた避難所に来てくれた救出部隊の隊長だった人だな」
「そう。良かったわ」
「何がだ?」
「あなたの違和感ある喋りを聞かなくていいもの」
笑みを浮かべるミレイヌに、そこまでのものかよと彰弘は肩を落とす。
そうこうしている内に、アキラと清浄の風の話は終わったようで七人の視線が彰弘たちに向けられていた。
「アキヒロじゃないか。事前説明のときにはいなかったはずだけど?」
そう最初に声をかけてきたのは、清浄の風のリーダーであるフウカだ。
彰弘は笑みを浮かべて挨拶代わりに片手を軽く上げ七人に歩み寄る。
「俺らは同行者枠だからな。今回の移住者の中に六花の友達がいるんだ。見送りがてらファムクリツ見学でもしようかってね」
「ランクEとは思えない余裕っぷりだな」
「余裕があるのは悪いことじゃないだろ?」
「まあ、そうだな」
顔の笑みを崩さず答える彰弘に肩を軽く竦めて見せたフウカだったが、次の瞬間には自分の顔にも笑みを浮かべた。
実際のところ、彰弘にはある程度の余裕がある。彼は魔石の情報を提供したことによる総合管理庁から報酬を得たことや、未だ仮設住宅で生活していることなどもあり、金銭に困ってはいなかった。また家族を探すために強くなる必要があるといっても一朝一夕で強くなれるわけではないし、家族を探しに出るのは早くて三年後である。焦ったところで仕方ないという状況も、彼に余裕がある理由であった。
「さてと、挨拶はこのぐらいにして確認をさせてもらおうか。アキラ隊長、ひさしぶりだな」
「ええ、おひさしぶりです。いろいろと噂は聞いていますよ」
フウカが空けた位置へとアキラは進み、彰弘へと挨拶を返す。
「何の噂なんだが。まあ、それはいいとして。俺らはどうしたらいい? 総管庁で聞いたとおりでいいのか?」
「そうです。あなた方は四つ目の集団の左後方の位置を進んでください。その中に誠司さんたちもいます」
彰弘は同行の手続きを行う際に一つの要望を出していた。それは、六花が美弥と一緒に行動することの許可である。移住者ではない六花が移住者の中に入ることで難色を示されると彰弘は考えていたのだが、六花が守られるだけの存在ではないことが総合管理庁に知られていたために、驚くほどあっさりとその許可が下りたのである。
「魔物や野盗が襲ってきた場合はどうする?」
「基本的には私ども兵士や移住者の護衛として依頼を受けた冒険者が対応します。もし、あなた方の近くを歩く移住者たちが襲われそうな場合は助けていただけたらと思います」
「分かった。一つ確認なんだが、襲ってくる奴らを見つけた場合で、離れている内に殲滅できるなら、やっちまってもいいんだよな?」
「勿論です。ただ、一応何かをやる場合には近くの兵へと一言声をかけておいてください。四つ目の集団を護衛する兵や冒険者には私から、その可能性があることを伝えておきますが、余計な混乱を防ぐためです。お願いします」
「ああ、そうする」
アキラのお願いに了承した彰弘は、他に確認することはないかと考えを巡らす。そして、そんな彼の耳に今まではなかった足音やら声やらが聞こえてくる。
「どうやら移住者が出てきたみたいですね」
「そのようだ。後幾つか確認したいことがあるんだが」
「構いませんよ。移住者たちのことは部下に指示してありますし、同行協力者はあなた方で最後ですから、それくらいの時間はあります」
「なら……」
グラスウェルの北西門方向を一瞥した彰弘は、この後数点の確認を行う。そして、その全てにアキラからの回答を得て、獣車を置いた指定の集合場所に戻るのであった。
六花たちに挨拶したいという清浄の風とともに、指定されていた集合場所に戻った彰弘は、紫苑を除く少女たちの姿が見えないことに首を傾げた。
集合場所に残っていたのは紫苑、正二と瑞希に正志、それと御者として雇ったファルンだけだ。
紫苑、それと正二と瑞希は移住者の集団に目を向けており、ファルンはオルホースの世話をしている。正志はオルホースが気になるのかファルンが行う世話の様子を興味深げに見ていた。
「紫苑。六花たちは?」
「あ、おかえりなさい。六花さんは美弥さんのところです。瑞穂さんと香澄さんは……」
「うちの娘たちなら、融合前のクラスメイトのところに行ってます」
紫苑の返答に継いだ正二の顔と、その隣にいる瑞希の顔が幾分心配そうなのを見て取った彰弘は、そのことを口に出す。
「ああ、顔に出てましたか。……知っていると思いますが、避難拠点に来てすぐくらいに、娘たちはあのクラスメイトたちと喧嘩別れのような感じになってたんです。それで、まあ、今日まで会うこともなかったんですが、先ほど偶然娘たちが彼女らを見つけまして『挨拶してくる』って行ってしまったんですよ」
「なるほど、それでその顔なわけだ」
「はい」
肉親を亡くしたにも関わらず、避難拠点に着いた直後から只管魔法の訓練を行い、悲しむ様子を見せない瑞穂と香澄の姿は、クラスメイトたちにとって理解できないものであった。そのことが原因で言い争い別れ、それっきり今日まで来ていたのである。
なお、この場に残っている紫苑、そして今楽しそうに会話をしている六花と美弥も、前述の二人と同様の行動をしていたわけだが、この三人の場合はクラスメイトなどの知り合いが最初に避難した小学校にいた子供たちと同じであった。そのため、正確には分からなくても、何故そのように行動するのかを三人のクラスメイトたちは理解していたのである。
「まあ、でも心配はなさそうじゃないか」
「はは。確かにそのようです」
大げさに見える瑞穂の手振り身振りの前で、瑞穂と香澄の元クラスメイトたちは頭を下げていた。完全に和解したかまでは分からないが、少なくとも喧嘩別れで終わるという事態は避けられたようである。
「さて、同じ北東支部で活動してるってのに、めぐり合わせが悪くて会えなかったから、お嬢ちゃんたちに挨拶をと思ったんだけど、あれは長引きそうだね。とりあえず、この場はシオンに会えただけで良しとするか」
彰弘たちの会話が一段落したところでフウカが歩み出た。
それを見て慌てたように紫苑が頭を下げる。
「すみません。ご挨拶もしませんで」
「いいって、いいって。今の流れじゃ挨拶の間はなかったしね。それよりも元気そうじゃないか。学園は楽しいかい?」
「はい。お友達もできましたし、魔法の基礎的なところを詳しく学べるので、とても有意義です」
「ふむ。こんなこと言ってるけど?」
フウカは後ろを振り向き、自分のパーティーメンバーのグレイスを見た。
それに対してグレイスは、「いきなり話を振られても」と、呟きつつ少し思考してから紫苑に顔を向ける。
「いいんじゃないかしら。この子たちは基礎的なところもしっかりできているけど感覚でだったみたいだし。頭で理解できたら、もっと実力は上がると思うわ」
「だそうだ。頑張な」
紫苑に向き直り、ニッと笑うフウカ。
そんな男前な笑顔へと紫苑は微笑んで頷いた。
「魔法のことはいいとして、どんな友達なのかが、あたしは聞きたい」
清浄の風のメンバーの一人であるシーリスが何故か目を輝かせる。彼女は年齢からしたら規格外の実力を持つ紫苑たちの友達というのが、どのようなものかに興味をそそられたのであった。
「皆、いい人たちですよ」
「ルクレーシャ様も?」
「ミレイヌさん。あの人は今のところ知り合いであっても友達ではありません。勝手にライバル扱いしている香澄さんとの模擬戦で多少落ち着きましたから良いですが、そうでなかったら敵扱いしてるところです」
「遠目だったからよく分からなかったのよ。ごめんなさい」
紫苑をミレイヌのやり取りを見て、シーリスの目の輝きが増す。
「ねねね。ミレイヌって貴族家の御息女様だよね? そんな君が様付け? どこの誰なの?」
「ルクレーシャ・ルート様。ルート侯爵の御息女ですわ」
「お、おう。大物だ……ね」
予想以上の人物の名が出たことでシーリスは目を丸くした。そして、そんな彼女にミレイヌが更なる燃料を投下する。
「大物というのなら、クリスティーヌ・ガイエル様も、そうですわね。確か別れ際に、八月三十五日に行くと言ってたから、誕生会に行くのではなくて?」
「ええ。招待されたのですから、勿論行きます。友達なのですから当然です」
ミレイヌの言葉に即答する紫苑に、丸くなったシーリスの目はそのまま大きくなった。
「ちなみに、他の人たちは一般の人たちですよ。知り合いという意味でしたらルクレーシャさんと一緒にいる三人が貴族です。あ、男子は知りません、興味ありませんから」
微笑んで彰弘を見る紫苑。
その視線を幾分困ったような笑みで彰弘は受け止める。
そんな二人のやり取りに気付かず、シーリスは自分たちの後ろに隠れるようにしていた少女を見た。そして、心底からの声を出す。
「良かったねー、シズク。あんた前のままだったら、大変なことになってたかもしれないよ?」
意味が分からず、シズクは思わず首を傾げた。
貴族が一般的ではない社会で育ったのだからシズクの反応は、ある意味で当然のものである。
そんなシズクにシーリスは説明を開始した。
「いい? シズクがアキヒロさんを毛嫌いする。すると当然、アキヒロさんに近いシオンたちはシズクを敵視する。そしてそれはシオンの友達であるクリスティーヌ様や、もしかしたらカスミをライバル視してるっていうルクレーシャ様にも伝わる。そうなると、舞踏会やらなんやらで、あっという間に話が広まり……あでっ」
「バカなことを言って無駄に不安を煽るな。もし仮に前のままだったとしても、シオンたちの交友関係から嫌われるくらいだ。後は上流階級からの依頼が全くこなくなるくらい……って、冒険者としては結構キツイな」
シーリスを注意したつもりのフウカだったが、結局頭を叩いて止めた言葉の先を自分の口から話してしまう。
実際は仮にフウカの言うとおりになったとしても、冒険者としてやっていけないことはない。貴族からの依頼がなくても生活する分を稼ぎ出すことは可能であるし、紫苑の交友関係から嫌われたとしても別の街なりに拠点を移せばいいだけだ。
もっとも、噂というものは拡散する。どこの街へ行っても居心地が悪いという状況に陥る可能性はあるわけで、シズクが改心したのは彼女にとって正解だったのである。
「心配しないでください。今のシズクさんのことは彰弘さんから聞いています。もし仮に前のままだったとしても、クリスさんたちに伝えるようなことはしません。こちらに害がなければ何かすることもありません。ですが……いえ、なんでもありません。ともかく、今のあなたであれば心配は無用です」
一瞬だけ鋭くなった紫苑の目に、シズクは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
紫苑の「ですが」の後に続く言葉はなんだったのだろうか。その内容を聞きたいような聞きたくないような、そんな怖いもの見たさの思考がシズクの脳裏をよぎる。
しかし、そんなシズクの思考は、移住者が全員グラスウェルの外へ出たことを知らせるラッパの音で中断された。
「おっと、時間だな。じゃあ、私たちは戻る。ここにいない三人には、よろしく言っといてくれ。道中、余暇があったら、改めて挨拶に来るよ」
「分かった、伝えておく。じゃあ、またな」
清浄の風パーティーと、その彼女たちに条件付ランクEに伴う強制依頼で行動をともにするシズクはその場から歩み去る。
清浄の風とシズクの後ろ姿を見送っていた彰弘は、暫くして紫苑に顔を向け、「気持ちは嬉しいけど、ほどほどにな」と頭を撫でたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。