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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
107/265

4-19.

 前話あらすじ

 第一学期の最終日。彰弘たちは六花たちを迎えにグラスウェル魔法学園へと向かう。

 数か月ぶりに会う少女たちであったが、その顔には入学前と同様かそれ以上に良い笑顔が浮かんでいるのであった。




 グラスウェル魔法学園へ通う六花たち四人と合流した彰弘たちは、少し早いが昼食を取るために深緑亭という食堂へ続く道を歩いていた。

 道中の話題は、六花たちが学園見学の前にミレイヌから受けた助言を理由はあれども結果的に無駄としてしまったことについての謝罪と、今日の迎えに瑞穂と香澄の家族が来なかったことについてだ。

 六花たちの謝罪についてミレイヌは、以前彰弘から伝えられたときと同様の言葉を微笑みとともに返していた。彼女は別に少女たちの行動を制限するために助言をしたわけではない。少女たちが納得してのことであるならば、ましてやそれが良い結果をもたらしているのならば、彼女としては問題なかったのである。

 一方、もう一つの話題である瑞穂と香澄の家族だが、彼女たちの弟の正志は友達と遊んでいた。もし仮に両親が娘たちを出迎えに行くならば付いていったであろうが、今回はそうではない。そのため、正志は友達と遊ぶ時間を優先していたのである。

 では、瑞穂と香澄の両親は今現在何をしているのかというと、世間一般は休日であるにも関わらず仕事をしていた。二人は別に休日仕事をし、平日休むといった職場に勤めているわけではない。普段であれば平日に働き休日に休んでいる。しかし、彰弘たちと一緒にファムクリツへ行くという娘たちに正志も連れて同行するため、ここ最近は勤め先から休暇の条件として出された、その期間分の仕事を事前に終わらせるようと休日である本日も仕事を行っているのである。

 もっとも、ここ数週間毎日仕事をしているといっても、朝から晩までというわけではない。朝は二人で息子である正志を学習所へ送っていき、そしてまだ日が高い内に迎えに行くことができていた。毎日仕事をしているからといって、家族のコミュニケーションができていないわけではないのである。

 なお、正二と瑞希、そして正志がファムクリツに行くことについて、彰弘たちは了承していた。街道を通ることもそうだが、ファムクリツへ行くときは数百人規模での移動となるし、帰りも百人程度の数での集団移動だ。余程のことがない限り危険はないと判断したのである。

 ちなみに、危険であると知りながらも正二と瑞希がファムクリツへ行くことを決めたのは、全寮制の学園に入った娘たちと会話する機会が少なく寂しい思いをしていたため、長期休みの間くらいはできる限り家族で一緒にいたいという想いであった。

 ともかく、このような話をしながら彰弘たちは深緑亭への道を歩いていたのである。









「相変わらず、混んでるねー」

 昼飯時には少しだけ早い時間であるが、深緑亭のテーブル席はほぼ埋まっていた。

 客層は様々だが冒険者ギルドと提携しているためか、幾分冒険者風の姿が目立つ。

「いらっしゃいませー。あら、今日は多いじゃない」

「うん。彰弘さんたちが迎えに来てくれたんだ。七人なんだけど、席ある?」

「あるよ。付いて来て」

 接客に出てきた女店員は愛想よく瑞穂と会話を交わすと、彰弘たちを店の奥にある大テーブルへと案内する。そして、「ちょっと待っててね」と言うと、一度その場を離れ、すぐに人数分の水が入ったコップを持ってきた。

「注文をどうぞ。もし決まってないなら、呼んでくれればまた来るけど」

「あたしはオークロースの香草焼きな気分!」

「フォレストボアの炭火焼!」

「私は赤魚の香草蒸しにしましょうか」

「わたしは紫苑ちゃんと一緒で、赤魚の香草蒸し」

 グラスウェル魔法学園に通うようになって、週末の昼は毎回のようにこの深緑亭を利用する六花たちは、迷うことなく自分の食べたいものを挙げる。

 それに対して普段はここを使わない彰弘たち三人は、六花たちが注文を女店員に伝えている間もメニューに目を落としていた。

 少しして、顔を上げた彰弘が注文を口にする。

「俺はモーギュルのサーロインステーキ。後、食後に全員分のお茶を」

「私は赤魚の香草焼きをいただくわ」

「私はアキヒロさんと同じで、モーギュルのサーロインを」

 全員の注文を聞き終わり復唱した女店員は、「量はどうします? 全員冒険者仕様でいい?」と最後に量の確認を行う。

 既に馴染みとなっている六花たちだけなら、量の確認は省いてしまう女店員だったが、今日は始めて見る顔が三つ。念のための確認を入れたのである。

 そして、それは正しかったようだ。現在彰弘は冒険者仕様に加えて大盛り、ミレイヌとバラサはただの大盛りが適量だったのである。

 なお、大盛りの二人が少食というわけではない。ランクに対して彰弘たちの食べる量が多いのである。

 女店員がテーブルから離れた後、ミレイヌが軽くため息をつく。

「まあ、あんなことができるくらいだから驚きはしないのだけれど……見た目とのギャップが凄いわね」

 あんなこととは、以前訓練場でミレイヌが六花たちと対峙したときに香澄が見せた、一言だけで発動させた風の魔法のことだ。

 ギャップとは六花たちの体格と冒険者仕様の料理を想像してのことである。

「お嬢様も日々成長していると思います」

「ありがとうバラサ。でも、あのレベルには遠いわ。まだまだ努力が必要よ」

 バラサの言葉に答えるミレイヌの顔に負の感情は見えない。彰弘たちが最初に会ったときの彼女とは、その心の持ちようが全く違うものになっていた。

「焦る必要はないさ。魔力の扱いは格段に上手くなってきてるんだ。グレイスだって驚いていただろ?」

「ええ。あなたには感謝してるわ。この短い期間で、ここまでになれたのは、あなたがいつも訓練に付き合ってくれているお蔭だもの」

 ミレイヌの顔には微笑みが浮かんでいた。言葉だけでなく、本当に感謝をしているからこその表情である。

 ランクE冒険者のミレイヌにとって、現在の訓練状況は破格であった。通常、冒険者として活動する魔法使いは自分で黙々と修練するか、同程度の魔法使いと意見を交換しながら修練を行う。これは魔力を視ることができる段階に達している魔法使いの数が少ないため、指導してもらえる機会が少ないからだ。

 しかし、ミレイヌには魔法使いとしての実力はともかくとして、魔力の扱いは熟練の魔法使い以上の彰弘の存在があった。彼女はほぼ毎日行っている魔力操作の訓練で、彼から魔力が乱れるたびに指摘をしてもらえたことにより、短期間で他人が驚くほどに実力を上げることができたのである。

「気にするな。魔力を視たり動かすことは俺にも益がある。それに、バラサには剣技を教えてもらっているからな。お互い様というやつだ」

「私もアキヒロさんには感謝しています。実力が上のあなたとの模擬戦はとても有意義です。剣や盾に魔力を通すことも、まだ拙いですができるようになってきました。でも、何よりもお嬢様と私をパーティーに加えていただけたことは感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」

「それこそ、お互い様なんだけどな」

 笑みを浮かべた彰弘は、頭を下げるバラサへとそんな言葉をかけた。

 そんな三人の様子に六花たちは複雑な表情を浮かべる。

 ミレイヌとバラサが自分たちのパーティーに加入していたことは知っていたし、そのこともあり二人が悪質な噂から徐々に解放されていったことも冒険者ギルド北東支部のエリーから話を聞き知っていた。だがしかし、何となく自分たちが知らない内に彰弘が、よく知らない人たちと仲良くなっているのがモヤモヤして嫌だ。そんな心情が、複雑な表情となって少女たちの顔に出ていたのである。

 ともかく、そんな感じで待つこと十数分。人数分の料理が運ばれてきた。

 彰弘たちが座っているのは八人がけの大テーブルであったが、冒険者仕様の料理が五つ――一つはさらに大盛り――と大盛り料理が二つ並ぶと流石に狭く見える。

「ではでは、いただきます!」

 何となくモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすように、手を合わせて音頭を取る瑞穂。それに続いて、各々が「いただきます」と声を出してから目の前の料理を食べ始めた。

 暫しの間、黙々と料理を食べ続ける七人。

 もきゅもきゅと、パクパクと、豪快に、楚々として、やがて彰弘が食べ終わり、最後に六花が料理を平らげる。

「ごちそうさまでした」

 誰からともなく手を合わせ、食後の感謝を口にする。

 そして、計ったように女店員が人数分の緑茶を運んできた。

「どう? 満足した?」

「ばっちり。いつも通り、満足満腹!」

 先ほどのモヤモヤは空腹のせいだったのか。

 声を出した瑞穂も残る三人も、先ほどの表情はきれいさっぱり消えていた。

「あっははは。よかったよかった。はい、お茶。今日は回転が早いから、ゆっくりしていっていいよ」

「ありがとー」

 女店員は持ってきた緑茶をテーブルに置き、空いた食器を回収するとその場から立ち去る。

 それぞれが緑茶を一口飲み、一息ついたところで紫苑が彰弘へと顔を向けた。

「再会の喜びで、すっかり忘れていました。ランクE昇格おめでとうございます」

「おおぅ。おめでとう彰弘さん」

「彰弘さん、おめでとう!」

「おめでとうございます」

 紫苑を皮切りに、ぽむと手を叩いた六花が、続いて瑞穂と香澄が祝いの言葉を彰弘にかける。

 そんな少女たちに、彰弘は苦笑気味に「ありがとう」と返した。

 ランクE昇格試験を受けることが遅くなった理由を思い出し、それが思わず顔に出た彰弘である。

「彰弘さん、試験のことを聞いてもいいですか? なにやら大変だったとのことですが」

 六花たち四人は、試験結果のことは知っていたが詳しいことは聞いていない。学園を卒業後に自分たちも昇格試験を受ける予定であるため、折角だからこの流れで、どのようなことに備えるべきかを少しでも知っておきたいと考えたのである。

「最初は野盗の討伐だけだったはずなんだがな。その野盗に元日本人が捕らえられてたり、その捕らえられていた中に国へ悪意を持って残っていた討伐対象がいたりで……大変だったな」

 食後すぐに血生臭い詳細を話す必要はないだろう。また、四人の少女に余計な心配をかけるような内容――彰弘の知り合いがいたこと――を伝える必要もない。そんなことを彰弘は考えていたのだが……。

「なんか隠してる?」

 と、あっさりと六花に見破られる。

 当然、紫苑、瑞穂、香澄の三人も、六花同様気付いていた。

 そんな少女たちに彰弘は、「これは全部話すしかなさそうだ」と内心で苦笑を浮かべる。

「まあ、あれだ。この場で話すのはちょっと躊躇われる内容になるから、詳しい話は帰ってからしようか」

 深緑亭のテーブルでは、まだ食事を取っている人たちが多数いた。これが冒険者や戦いを生業とする人たちばかりならまだいいが、そうでない人たちにとって彰弘のランクE昇格試験の詳細は否応なしの食欲を減退させるだろう。流石にそれは申し訳ない。

「あっ、確かにその方がいいかも」

 察するのは同時であったが、声を出したのは香澄であった。

「じゃあ、後で彰弘さんにはじっくりねっぷりと聞かせてもらおう」

「じっくりはともかく、ねっぷりってなによ瑞穂ちゃん。あまり変なこと言ってると、アイスコフィンだよ?」

「あはははは。香澄ちゃん目がマジなんだけど」

 冷や汗を流す瑞穂に表情を緩めた香澄はため息をつく。この二人の関係は、いつもこんな感じであった。

 数か月ぶりに会う少女たちの変わらぬ様子に、彰弘は安堵のようなものを感じで笑みを浮かべる。

 そんなこんなで腹が落ち着くまでを深緑亭で過ごしてから、彰弘たちはその場を後にしたのであった。









 昼食を終えた彰弘たちは、六花の親友である美弥やその恋人である誠司たちへの餞別の品を武器屋のイングベルト、防具屋のステーク、そして道具屋のおばちゃんから受け取った後で央常神社へと向かっていた。六花などは美弥へと挨拶しに行きたかったのだが、今日の日中はファムクリツへの移住のあれこれで忙しいと聞いて我慢したのである。まずは挨拶できるところへ挨拶に行くことにしたのだ。

「相変わらず、ここは過ごしやすいですね」

「神様の力は凄いねー」

 紫苑が微笑みを浮かべ、瑞穂が額に滲んだ汗を拭う。

 適度な気温と湿度、そして風。央常神社の境内は国之穏姫命くにのおだひめのみことの影響で非常に過ごしやすい場であった。

 しかし、そんなこの央常神社に長時間留まる人は少ない。何故かと言うと、この場所が真の神域であるからだ。資格を持たない者にとって神の力が作用している真の神域に留まることは、不敬だという無意識の強い感情が働く。そのため、普通の人たちは参拝し一休みすると境内を後にするのである。

 ちなみに、真の神域にも段階というものがあり、より強く神の力が作用している神域は普通の人では立ち入るどころか近寄ることもできない。

 ともかく、このような理由があり央常神社は、そこそこ参拝しに来る人がいるにも関わらず、普段の日は混雑するようなことがないのである。

 さて、そんな央常神社で彰弘たちがお参りをしていると、落ち着いた感じの声がかけられた。それは神主となった影虎の妻である瑠璃だ。

「いらっしゃい。今日から夏休みなのよね。穏姫はまだ学習所なのよ」

 袴姿というわけではなく、普通のズボンに普通のシャツを身に着けた瑠璃は穏やかな笑みを浮かべていた。

「うむむ。どうしよ?」

「一度別のとこ行って、戻ってくるのはめんどうだし」

「かといって、ここで彰弘さんに試験の話を聞くのは相応しくない気がしますね」

「そうだよね」

「緊急時ならまだしも、そうじゃないからな」

 国之穏姫命が戻るまでの時間の潰し方を悩む彰弘と四人の少女。

「悩む必要はないんじゃなくて? あなたたちの学園生活についてとか、アキヒロの昇格試験以外のことを話せばいいと思うのは私だけかしら」

 彰弘中心になっているあたりに呆れつつ、口を挟んだのはミレイヌだ。

 確かに彼女の言うとおりである。何も話題となるのは彰弘の昇格試験内容だけではない。

「それもそうだな」

 彰弘は頭を掻きつつ同意を示す。

 それについては、六花たちも異論はないようだ。

「お話は纏まったようね。いつもの場所で待ってて。お茶とお菓子を用意するわ」

「わーい。ばっちし、香澄の武勇伝を話しちゃうよ!」

「ちょっと、なんでわたしなのよ。普通そこは自分の話をするでしょ!?」

「ご心配なく。瑞穂さんのことは私がお話しましょう」

「わたしは自分とみんなのことを公平に彰弘さんにお話しようと思います。うん」

 微笑ましさを浮かべた彰弘の手を握り、六花が神社の裏手へと歩き出した。

「六花ちゃんが裏切った!?」

 瑞穂が慌てて二人の後を追う。

 紫苑と香澄はお互い苦笑を向け合い、更にその後に続いた。

「私たちとパーティー組むまでは、いつもあんなだったのかしら?」

「アキヒロさんに驚いた様子はありませんでしたから、そうだったのではないですか?」

「あの人疲れないのかしら。年の功かしらね?」

「かもしれませんね」

 彰弘たち五人の背中を見ながら、半ば呆れ半ば感心したような雰囲気のミレイヌとバラサ。

 そんな二人に瑠璃は、「あなたたちも」と声をかけると、自分は社務所兼自宅のプレハブハウスへと向かった。

 暫く瑠璃の背中を見送っていたミレイヌとバラサであったが、やがて二人揃って神社の裏手にある空き地へと歩みを進める。

 なお、完全に余談だが、瑠璃が向かったプレハブハウスの隣では新しい社務所と影虎夫妻、そして国之穏姫命が暮らすための家の建築が始まっていた。国之穏姫命の力もあり、上水も下水関係も不自由はなかったのだが、神域にある建物としてある程度の見栄えは必要だという彰弘と総合管理庁のレンにより、半ば強引に始められたのである。

 ちなみに、かかる費用は全て彰弘からの寄付で賄われる手筈だ。

 それはさておき、彰弘への六花たちのお話は、暫くして帰ってきた影虎と国之穏姫命も交えて日が暮れるまで続いた。友達のことや、一部で噂され始められた呼び名のこと、それに伴う香澄のライバルのこと。内容は様々、ところどころで愚痴のようなものが入ることはあったが、六花たち四人の顔は終始笑顔であった。

 今年度、グラスウェル魔法学園に入学した元日本人は彼女たちだけ。そのため、彰弘は多少の不安をかかえていたのだが、四人が良い学園生活を送れていることが分かり、またこれからも大丈夫そうだと確信できたことに、安堵で胸を撫で下ろすのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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