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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
106/265

4-18.

 前話あらすじ

 彰弘はランクE昇格後もそれまでと変わらぬ生活をしていた。

 しかし七月二十一日からは、グラスウェルに在る全ての学園は夏季休暇に入る。

 つまり、六花たち四人と行動するようになるのは明らかだ。

 そのこともあり、彰弘、ミレイヌ、バラサの三人は、冒険者ギルドでこの夏の予定を確認し合うのであった。





 グラスウェル魔法学園の正門前は、たいへん混雑していた。

 七月二十日はグラスウェルに存在する全学園の第一学期終了日である。この日は終業式が行われ、夏休み中の諸注意がされるだけで授業と呼ばれるものはない。そのため学園に通っているほとんど生徒は、それらが終わると実家や長期休みの間を世話してくれる知り合いの家へ帰るために、即正門へと足を向ける。

 グラスウェル魔法学園の生徒数は約七百人。そのほとんどが日の高い内に帰りたいと、ほぼ同じ時間帯に正門から外へ出ようというのだから、混雑するのは当たり前であった。

 加えて、このような日のこの時間帯には生徒を出迎えるための人たちも正門近くに姿を見せる。一般の家庭ではほとんどないのだが、貴族家の場合は九割九分で使用人などが出迎えに来るのだ。このことも混雑に影響を与えていた。

 なお、全ての生徒が同じ行動を取るわけではない。単純に混雑を嫌って帰る時間帯を遅らせる生徒もいるし、実家がグラスウェルから遠く世話になることのできる知り合いも近くにいないために学園の寮に残る生徒もいた。

 とはいえ、そのような生徒は多くない。大抵の生徒は先にも述べたように、早い内に帰りたいのだ。

 学園の正門前が混むことは仕方ないことなのである。









 公園のベンチに座った彰弘は二本目の煙草へと火をつけた。彼の横には、一人分の間を空けミレイヌが座っており、バラサはその斜め後ろに立っている。

「なかなかの混みようだな」

「今日という日のこの時間はどこの学園でも同じようなものよ」

 煙草を吸う彰弘の目に映るのは正門から出てくる生徒たちと、それを出迎える人たちで混みあうグラスウェル魔法学園の正門前であった。

 最初は学園の正門近くで六花たち四人を待つ予定でいた彰弘たちだったが、彼らがその場所へ到着したときには既に出迎えの人たちが多数いた。そのため、正門の様子を辛うじて見ることができる公園で、暫く時間を潰すことにしたのである。

「ところで、まだここにいてもいいのですか? 徐々に生徒たちが出てきましたが」

「ああ。多分、あの混雑が終わった後に出てくると思うから、もう少しここで暇つぶしだな」

「そう思う根拠は何? 三か月と半月は短くなくてよ。他の三人はともかくとして、リッカって子は真っ先に飛び出してくるんではなくて?」

 彰弘は六花の行動を想像して思わず笑みを零す。

 なお、三か月と半月というのは、彰弘と六花たちが会っていない期間のことである。グラスウェル魔法学園に門限はあるが、放課後や週末などに学園外へ出ることは禁止されてはいない。それにも関わらず、両者は四月から顔を合わすことすらしていなかったのである。

 顔すら合わせなかった理由は、「自分たちは彰弘に依存し始めているから、少し距離を置く必要がある」という、少女たちからの要望によるものだ。

 多少の依存などは、状況が状況だったし仕方のないことだと彰弘は思っていた。しかし、要望を伝えてくる少女たちの顔は真剣そのもの。それに加えて、「致命的に間違えていないのであれば、少女たちのその意志を尊重する」という、自分が以前決めたこともある。そのため、彰弘は少女たちの要望を受け入れたのであった。

 ともかく、このような事情で彰弘と少女たちは三か月と半月の間、意図的に顔を合わさないようにしていたのである。

「そうはならないさ。六花は独りじゃない。紫苑がいるし、瑞穂と香澄もいる。それにクリスティーヌという新しい友達もできた。人ごみを掻き分けて飛び出すようなことはないさ」

「親御様にも認められているというのは、嬉しいものですね。お嬢様に代わりお礼を申し上げたいと思います」

 ミレイヌの疑問に答えた彰弘の言葉に、そう声を出したのはミレイヌでもバラサでもなく、別の人物であった。

「保護者ではあるが、親じゃないぞ。確かエレオノールさんだったか?」

 煙草を魔導具で消却してから笑みを浮かべ声を出した彰弘に、エレオノールも微笑みを返す。

「名を覚えてていただき光栄です、アキヒロ様。お久しぶりで御座います。後、私のことは呼び捨てで構いません」

「俺も『様』はいらないんだが。まあ、分かった。それはそうと元気そうで何より」

「アキヒロ様もお元気そうで、何よりで御座います」

 突然、現れたかのようなエレオノールとにこやかに会話をする彰弘に、目を丸くしていたミレイヌとバラサだったが、やがてその驚きから立ち直る。

 そして、どういうことなのかと詰め寄った。

「失礼いたしました。私はクリスティーヌ・ガイエル様の侍女をさせていただいております、エレオノールと申します」

「ミレイヌ・ホーンよ。こっちはバラサ・ソル」

「ミレイヌ様とバラサさんですね。以後、よろしくお願いいたします」

 家名で相手の素性を理解したエレオノールが静かにお辞儀をすると、ミレイヌは「よろしく」と言葉を返し、バラサは無言で頭を下げた。

「アキヒロの口から名前を聞いたときにはまさかとは思ったけど、あの子たちガイエル伯爵のご息女と友人になってたのね」

「ああ。それもあって、過剰に目立たなくなる努力をやめたらしい。おっと、クリスティーヌに責任はないし、六花たちもそれを後悔はしていないだろうから、余計な心配は無用だし、余計なことは言うなよ」

「お心遣い感謝いたします」

「言わないわよ。貴族の家に生まれた者にとっては得難い存在になるかもしれないもの。それを壊すようなことはしないわ」

 自身が子爵とはいえ貴族家の娘であるからこそ、その貴重さに理解を示しミレイヌはそう返した。

 そんな感じで挨拶終えた四人は、暫く談笑をして時を過ごす。

 やがて、グラスウェル魔法学園の正門前の混雑が解消された。

「そういえば、エレオノールはクリスティーヌを迎えにきたんだろ? 俺たちと喋っていてよかったのか?」

「お嬢様の性格でしたら間違いなく、人が少なくなってから出てまいります。ですから、私はこうしてアキヒロ様たちへとお声かけをさせていただいた次第です」

「それもそうか」

 エレオノールはクリスティーヌ専属の侍女である。そのような人物が知り合いを見つけたからといって、自分の主より優先して声をかけにくるわけがないのだ。

「二人とも。どうやら出てきたみたいよ?」

「四、五……十二。随分と多いですね」

 彰弘とエレオノールの会話を聞きつつも、視線を正門へと向けていたミレイヌがそこに現れた集団を見て口を開く。

 それに続いたのは、正門に姿を現した生徒の数を数えたバラサである。

「六花と紫苑、瑞穂に香澄、そしてクリスティーヌ。それ以外は知らない顔だな」

「一人は昔王都で見たことがありますわ。確かルート侯爵のご息女のはず。こちらに入学していたのね」

「はい。ルクレーシャ様ですね。彼女の近くにいるのは、ルート侯爵家に近い貴族のご息女様たちです」

「ふーん。何となく、そのルクレーシャ様とやらは香澄に突っかかっているように見えるが……険悪な感じはしないし、まあいいか」

 実際、ルクレーシャの相手は同じ貴族であるクリスティーヌではなく香澄である。

 氷魔法を得意としていたルクレーシャであるが、自分以上の実力を持つ香澄を一方的に好敵手(ライバル)扱いしていた。

 険悪に見えないのは、香澄が上手く相手をしていることもあるが、ルクレーシャ自身の性格が真っ直ぐなため、その言動に嫌味がないからだろう。

 思わず足を止めて正門前のやり取りを見ていた彰弘たちだったが、ルクレーシャとその仲間が迎えに来ていた人とともに獣車に乗り、その場を後にするのを見て再び歩き出した。

「なに変な笑いしてるのよ?」

「いや、いろいろと面白い話が聞けそうだと思わないか?」

「アキヒロ様に同意します。私もお嬢様からお話を伺うことを、とても楽しみにしておりますので」

「分からないでもないのだけど。まあ、いいわ。行きましょう。あの子たち、こっちに気付いたわよ」

 思わずため息を吐くミレイヌ。

 そう、分からなくはないのだが相手は侯爵家の令嬢であるルクレーシャだ。何がなくとも、それだけで厄介事に巻き込まれる。そんな感覚をミレイヌは覚えたのである。

 ともかく、そうこうする内に彰弘たち四人はグラスウェル魔法学園の正門前へと辿り着いた。

「元気そうで何よりだ」

 彰弘が見る限り目の前にいる少女たちは怪我をしていたり、体調を崩しているようには見えない。誰の顔にも無理のない笑顔が浮かんでいる。

 そのことを見て取り、彰弘は続きの言葉を出そうとして、咄嗟に身構えた。

「あきひろさ〜ん!」

 そんな声とともに、六花が彰弘目掛けて飛び込んできたからだ。

 その小さな身体から生み出されたとは思えない力強い突進を優しく受け止めた彰弘は、「元気一杯だな」と呟きつつ、自分の身体に抱きつく六花の頭を優しく撫でる。

「さすが六花ちゃん。いい動きしてる」

「流石彰弘さん。いい受け止め方です」

 瑞穂と香澄は、六花の行動を予想していたのか、行動そのものではなく、それを行った際の動きについて、それぞれの感想を口にした。

 そんな二人に、ややあってから突っ込みを入れたのは、寮で瑞穂と同室のセーラである。

「いやいや、確かに凄いかもしれないけど。何であんたら普通に受け止めてんの!?」

「え? だって六花ちゃんと彰弘さんだもん」

 真顔で返す瑞穂にセーラはがっくりと肩を落とす。

 彰弘と六花のことがまだよく分かっていないセーラにとって、瑞穂の言葉は何の答えにもなっていなかったのである。

 そんな二人の横では、こちらもまた驚きから復帰したクリスティーヌが隣にいるはずの紫苑へ向けて声を出す。

「驚いてしましました。学園では全くそんな素振りを見せなかったの……で? あれ? シオンさん?」

 隣にいるとばかり思って口を開いたがいいが、その隣から何の反応がないことに気付き、クリスティーヌは横を向く。すると、そこにいるはずの紫苑の姿がいつの間にか見えなくなっていたのである。

「どうしたのクリスちゃん」

「あ、えっと、シオンさんが……」

「ん? 紫苑ちゃんならあそこだよ。ほら、手が見えるでしょ?」

 小首を傾げるクリスティーヌに、香澄はある場所を指差した。

 そこには、未だに彰弘に抱きついたまま頭を撫でられる六花の姿が見える。

 だがしかし、よく見ると彰弘の左右の二の腕あたりに色白の手の甲が見えていた。

 なお、紫苑が背中に張り付いているのを彰弘は分かっていたが、それを外させるようなことはしていない。大人びて見える紫苑ではあるが、その内面には六花よりも幼い部分があることを知っているからだ。

「紫苑ちゃんは今彰弘さんの背中に抱きついているところだね」

「だから、何でそんなに普通なのさ!?」

「え? だって紫苑ちゃんと彰弘さんだよ?」

 再びの驚きで声を出せないクリスティーヌに代わって、再度セーラが突っ込みを入れるも、先ほどの瑞穂と同じような返しを受けて、またセーラは肩を落とす。

 そうこうしている内に満足したのか六花と紫苑が、彰弘の身体から離れる。

「人ごみを突破しなかったけど、抱きついてきたわね」

「誰の迷惑になるでもなし、このくらいはいいだろ?」

 呆れた雰囲気のミレイヌに彰弘はそう返して笑みを浮かべた。

 若干一名、非常に疲れた様子で肩を落としていたが、周りにはほとんど人はいない。学園の警備を担当する職員は一部始終を見ていたようだが、その目には微笑ましさが浮かんでいた。彼らには六花と同じくらいの年齢の娘がいて、彰弘たちのやり取りを自分たちに投影していたのである。

 ちなみに、六花と同室であるパールと香澄と同室であるセリーナは、どう反応すべきか分からずに事態の成り行きを見守っていたため、無言であった。









 六花と紫苑の抱きつき事件から暫くして、ようやく場も落ち着いた。しかし、時は既に昼直前。家族で食事を取るというクリスティーヌを始め、セーラとパール、それにセリーナも定期獣車の時刻が迫っていた。

「では、皆さん。ごきげんよう」

 ガイエル伯爵家の紋章が入った獣車の窓から顔を出したクリスティーヌが笑顔で手を振り、見送る形の少女たちも手を振り返す。

 そんな中で紫苑が声を出した。

「八月三十五日、必ず行きます」

「はい!」

 紫苑の言葉に満面の笑みを返して、クリスティーヌはその場を後にする。

「パール、セリーナ、あたしたちも行こう。昼の獣車に乗れないと寮に戻ってこなくちゃならない」

「うん」

「はい」

 クリスティーヌに続いて動き出したのは、実家に帰るために獣車に乗る必要があるセーラとパールにセリーヌだ。

「セーラ、病気とかしないようにね」

「ミズホこそ、怪我とかすんなよ」

「パールちゃんまたね」

「うん。また」

「お互い元気に過ごしましょう」

「はい。では、また八月の終わりに」

 クリスティーヌがその場を去った後、残った少女たちはお互いに声をかけ合う。

 そして、獣車に乗る三人が手を振りながら徒歩でその場を去り、彰弘たちだけが残る。

「いい子たちのようだな」

「ようだ、じゃなくて、いい子たち、だよ」

 瑞穂の返しに、残る三人の少女も頷く。

 それを見た彰弘は、「そうだな」と笑みを浮かべたのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



二〇一六年 七月三十一日 十一時三十三分 はじめの方の表現修正

修正前)そのような生徒は極一部

修正後)そのような生徒は多くない


上記同日 十三時十七分 誤字脱字修正


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