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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
4.それぞれの三年間
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4-17.【ファムクリツ】

 前話あらすじ

 野盗が溜め込んだ物品の分配。それは一人を除いて皆が満足いく結果となる。

 そして、その夜。これまた一人を除いて昇格祝い&歓迎の宴となるのであった。

 ともかく、こうして彰弘は無事ランクE冒険者となったのである。




 最後の攻撃とばかりに上段から振り下ろした彰弘が右手に持つ長剣は、バラサの盾に受け止められた。

 それにより彰弘の動きが一瞬だけ止まり、ほんの僅かな隙が生まれる。するとバラサは即座に自身の右手に握る長剣を素早く突き出した。

 しかし、彰弘はバラサに対して身体を半身(はんみ)となるように動かしながら、未だ相手の盾に接している右手の長剣に力を入れる。そして、それだけでなく同時に左手に持つ長剣を振り下ろす動作も行った。

 相手の体勢を崩すための、彰弘のその動きは見事に効果を発揮する。

 盾に加えられた力で僅かに体勢を崩したバラサは、直後に右手を襲った衝撃で決定的な隙を彰弘に晒してしまったのである。

 結果、バラサは無防備となってしまった首へと、左手首を返し振るわれた彰弘の長剣を受けてしまうのであった。









 冒険者ギルドの訓練場で模擬戦を終えた彰弘とバラサは、シャワーで汗と汚れ洗い流した後、ギルド内にある喫茶室で冷たい飲み物を置いた丸テーブルを挟んで話をしていた。恒例となっている模擬戦後の反省会である。

「なかなか上手くいきませんね。あのとき、一度剣を手放して体勢を整えるべきでした」

「予備で小剣を持ってたんだから、それも一つの手かもしれないな。ただ、その前に剣を受け止めた盾で、俺を少しでも押し返しても良かったんじゃないか? まあ俺はそれで助かったようなもんだが」

「今の私では、あなたの体勢を崩せるほど押し返せるか疑問ですが……機会があれば試してみましょう。後は、定石ではありませんが、盾で受け流すとかも今度やってみましょうか」

「いいな、それ。いろいろやってくれると、こっちも助かる。まあ、でも暫くは基本重視で願いたいな。俺は基礎中の基礎すらまだまだだからな」

「基礎を疎かにするつもりはありません。そこはご心配なく」

 会話は一区切り。

 二人はそれぞれ目の前に置いた、外側に水滴が付いたカップを手に取り口に運ぶ。

「それにしても、この動き終わった後のじんわりと出てくる汗は、どうも好きになれないな」

「同感です」

「それが好きな人なんていないんじゃない? それよりも、この快適な空間でその汗はないわ。せめて顔の汗くらいは拭きなさいよ」

 魔導具から流れる冷風で快適と言えるギルド内で、未だ引かない汗に愚痴る二人へと声がかけたのはミレイヌであった。

「お嬢様。もうよろしいのですか?」

「ええ、とても有意義だったわ。あの方たちはこの後用事があるらしいし、私も残りの魔力が少なくなったから、切りも良いので先に上がらせていただいたの」

 ミレイヌは彰弘とバラサの模擬戦には参加せず、偶然訓練場にいたランクD冒険者の魔法使いに魔法の教えを受けていたのである。

「桃をいただける? 氷はいらないわ」

 バラサの問いかけに答えたミレイヌは、喫茶室のカウンターで桃のジュースを注文する。

 なお、当然のことながらミレイヌが注文した桃のジュースは冷えていた。適度な冷たさのものが欲しかったので、彼女は氷なしを注文したのである。

 ちなみに、彰弘は梨のジュースで、バラサはメロンのジュースだ。

「お疲れ。タオルはだな、残念ながら現在洗浄中だ」

 注文の品を手に近付いてくるミレイヌに、彰弘は丸テーブルの上のタオルに目を向け状況を説明する。

「仕方ないわね。予備くらいは用意しておきなさい」

 アルケミースライムの動きに合わせてもぞもぞ動く二枚のタオル見ると、ミレイヌは呆れ顔をしながらも自分のバッグから二つのタオルを取り出し、彰弘とバラサに手渡した。

 普通に礼を言う彰弘と、恐縮しながら礼を言うバラサの二人が、自分から受け取ったタオルで汗を拭くのを見てミレイヌは柔らかい笑みを浮かべる。

「で、反省会は終わったのかしら?」

 彰弘とバラサが模擬戦をするようになってから、およそ三か月。恒例となっている反省会については、当然ミレイヌも知っている。

「ああ」

「そう。じゃあ、この夏の確認をしてもよろしくて?」

「そうだな。一応しておくか」

 冒険者であるならば普通は翌日以降の行動といっても、どのような依頼を受けるか、依頼と依頼の合間の休息期間をどのように過ごすかなどが主で、大抵が雑談の内に終わり、改めて確認するようなものではない。

 だが今回の彰弘たちは、それとは少々違っていた。

 一つにはグラスウェルに在る全ての学園や学習所が七月の二十日に第一学期の終業となり、八月四十日まで夏季休暇となることが挙げられる。勿論、彰弘たちに直接関係はないのだが、今現在はグラスウェル魔法学園に六花たち四人の少女が通っているのだ。少女たちと一緒に行動することになるであろう夏の間は、冒険者として依頼を行うにしろ何にしろ、これまでの数か月とは少々異なる生活を送ることになる。

 もう一つ重要なことがあった。それは六花の親友である美弥とその家族、それに誠司や康人といった、彰弘がこの世界融合の折に知り合いとなった人たちが、この夏にファムクリツへと移住することだ。

 このことは彰弘たち大人や六花以外の少女たちには、それほどの影響はない。だが六花にとって、世界融合前からの親友である美弥と、気軽に会えなくなるこのことは特に重要であった。

「やはり、八月の頭にファムクリツへ行くことが一番大きな予定よね?」

「ああ、それ以外は決まっていない。そこに同行することが一番だな。六花が美弥ちゃんと気軽に会えるのは、そのときまでだし、それを変える予定はないな。まあ、気軽に会うだけなら、俺らもファムクリツを拠点にして活動すれば済む話ではあるんだが……あの辺りはここに比べて魔物の種類も数も少ないって話だからな」

「確かにそうですね。もっとも、そうでなければ耕作などできません。耕作地の周りを全て防壁で囲むとなると、とんでもない費用がかかりますから」

 ファムクリツでは、自分たちが住む街の分だけでなく、グラスウェルなど周辺の街の分までも農作物を育てているので、その耕作地は広大だ。防壁は造れたとしても、その維持までできるものではなかった。

「まあ、あなたたちの目的のためには仕方ないんじゃないかしら。あの子たちも、それは分かってるんでしょ? なら移住云々は、その目的を達した後で、あの子たちと相談すればいいわ」

「そうだな」

 彰弘の頷きに、ミレイヌは桃のジュースを一口飲んでから話を続ける。

「ファムクリツへ行くことは決定として、同行の許可とかその辺は進んでいるのかしら?」

「今のところは問題ないな。領が主導する一般民の移動ってことで護衛も十分。だからか、自分たちの護衛費を浮かせられると考えた商人やら何やらが結構な数同行するらしい。俺らは、それに混ざる感じだ」

 八月最初の移住者の数はおよそ五百人。護衛の数も百人を超える。それだけの人数となれば、森の中を通るなどをしない限り魔物が襲い掛かってくることはほぼない。

 目標を見つけたら余程のことがない限り、引かないで襲い続けるゴブリンであっても、最初の人数差で襲うことを諦めるのである。

「獣車についても大丈夫だな。バラサに教えてもらったところで借りることにしたんだが、丁度いいのがあってな。まあ、十人が乗るってんで少々値は張ったが、乗り心地は悪くなかったし御者も普通だった」

「お金足りたんでしょうね? こっそりあなたが出してたりはしてなくて?」

「してないさ。外装が古いからって十日で小金貨四枚だったよ。まあ、十日を超えたら一日ごとに追加で銀貨五枚ずつ払わなきゃならないが」

「お嬢様。私が紹介したのはラケシス商会です。古さの度合いは分かりませんが、価格は適正値だと思いますし、アキヒロさんがこっそりはないかと」

「そう、それならいいわ」

 バラサの言葉で、丸テーブルの上に乗り出していた身体を元に戻したミレイヌは、一息つく。

 そして次の話題に移る。

「となると、後はギルドの手続きと街と街の移動に必要な物の買出し、それと私たちが街を少し離れることをお父様に伝えるのこと……くらいかしら」

「そうなりますね。とりあえずは旦那様へのご報告が最初でしょうか。残りの二つは学園に通っている四人と合流してからで問題ないかと思います」

 街間の移動に使う買出しについては、言葉そのままだ。食料や野営道具で足りないものがあったら買う程度である。

 もっとも、食料は最初から多量に彰弘のマジックバングルに入っていたし、野営に使える道具も以前総合管理庁から出された依頼の際に住人がいなくなった街で手に入れていた。

 彰弘がマジックバングルに必要以上に頼らないでいようとしていることを知っていたから、ミレイヌは買出しを口に出したのである。

 残る二つの内の一つであるギルドでの手続きは、冒険者ギルドに自身の居場所を明らかにしておくためだ。街の出入りで記録は取られているものの、それはあくまでその街にいるかどうかしか分からない。魔物の大発生や緊急で連絡を取らなければならない事態に備えて、別の街へ行くときや、拠点としていた支部を離れるときなどは、その行き先を報告する手続きを冒険者ギルドは冒険者に義務付けていた。

 最後の一つについては家族としての、ある意味当たり前の行動である。ミレイヌは貴族であるので一般民より重要性は増しているが、別段珍しいものではない。

「さてと、こういうのは早い方がいいわね」

 ミレイヌは立ち上がると、彰弘の首にかかっていたタオルを右手で掴み取り、左手をバラサに差し出す。

「ほら、バラサ寄越しなさい。そして、立ちなさい。お父様に報告に行くわよ」

「分かりました。ですが、タオルは洗濯後にお返しします」

 立ち上がりながらそう返すバラサだったが、ミレイヌの左手はそのままである。

「私が洗うから返しなさい。タオルくらい私でも洗えるわよ」

「いえ、そういうことではなくて……」

「い・い・か・ら、返しなさい」

 そんな言い合いをするミレイヌとバラサの二人を、彰弘は首元からひょっこり現れたアルケミースライムをともに見ていた。

 アルケミースライムは彰弘たちが会話をしている内に丸テーブルの上の二枚のタオルを綺麗にし、彰弘の服の汚れを食べていたのである。そして、このとき丁度それが終わったので服の中から出てきたのであった。

 彰弘の命令を受けていないのに自発的に服の汚れを除去するという行動を起こした彼のアルケミースライムは、少々他の個体とは違うようである。

 ともかく、彰弘はそんなアルケミースライムとともに目の前のやり取りを見ていた。

 それから暫し、ミレイヌとバラサの言い合いは続いたが、案の定軍配はミレイヌに上がる。

「では、私たちはこれで失礼するわ。明後日くらいには戻る予定だから」

「分かった。まあ、まだ日はあるし、のんびりしてきても構わないぞ」

「のんびりとしていたら、お父様たちからの引き止めが強くなりそうだから、言葉だけありがたく受け取っておくわ」

 その言葉を最後にミレイヌは踵を返してギルドの出入り口へ向かう。

 その後には、若干疲れた様子のバラサが続く。

 末の娘という話だから手元に置いておきたいのかもしれないなと、そんなことを考えつつ、彰弘はアルケミースライムとともにミレイヌとバラサの背中を見送るのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



補足:

融合した後の地球は一年が四百八十日、一か月が四十日となっています。

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