4-16.
七月九日と言いながら更新が日を跨いでしまいました。すみません。
前話あらすじ
二名は条件付ではあるが、今回ランクE昇格試験の受験者は全員がランクEへとなることができた。
キリトが漢になるのは確定事項。
タリクに案内されて彰弘たちが入ったその部屋は、先ほど試験結果を告げられた会議室と雰囲気が似ていた。それもそのはず、先ほどまでの部屋は数人規模での会議に使われるもので、今いるこの部屋は数十人規模でそれを行う会議室であるからだ。
ともかく、そんな大会議室と呼ばれる部屋に案内された彰弘たちは、部屋の中ほどに配置された長机の上を見て目を見張る。そこには長剣や短剣、魔石に魔導具、そして各種硬貨といった様々な物品が並べられていたのであった。
ちなみに、野盗が使っていた二つの大型照明魔導具も大会議室の隅に置かれている。
彰弘たち全員を大会議室へと招き入れたタリクは、扉を閉めると長机の一つに近付く。そして、一同の顔を見回してから口を開いた。
「さて、ここに並んでいるのが今回野盗から手に入れた物品です。幸いにもどこぞの貴族家からの盗品などはありませんでした。また、取り立てて希少なものもありません。言わば金さえ出せば普通に手に入れることができるものばかりというわけです。それ故にランクがEであるあなた方が使っても、またこの後でこれらを売りにいったとしても問題とはならないでしょう」
自分が話している内にも、早速と品定めの目を長机へ向ける彰弘たちに軽い笑みを浮かべたタリクは言葉を続ける。
「分配方法はあなた方で決めてください。私はこれから魔獣の顎と清浄の風の二つのパーティーに話をつけてきます。指名の強制依頼とはいえ、事前に話を通しておくに越したことはありませんから。では、私は一旦ここで失礼します」
彰弘たちの視線の中、タリクは長机を離れ部屋の外へ出るために扉に向かう。そして、扉のノブに手をかけたところで、「言い忘れていました」と振り返った。
「もし早めに分配が終わったらそのまま帰ってくれて構いません。ただ、その際に一階で身分証を更新するのを忘れないようにしてください。ここで忘れると、もう一度ランクE昇格試験を受けてもらわなければならなくなりますからね。では」
タリクはそう告げてから、今度こそ本当に部屋を出て行った。
少しの間、閉められた扉を見ていた彰弘たちだったが、やがて長机へと視線を戻す。そして、暫くの品定めの後でウェスターが声を出した。
「さてと、ジャンケンでもして順に取っていきましょうか。物の数が人数に合っているか分かりませんから、硬貨は足りなかった人の保険にしましょう。余った硬貨は公平に分配ということで。ああ、でもその前に、とりあえずこれだけは欲しいという物がある人はいますか? あるならば、まずそれを誰が手に入れるかを決めてしまいましょう。二人以上が欲しがった場合は、それもジャンケンで」
今回の試験の間、リーダーを務めていた流れでウェスターが分配方法を示した。
その内容は別段不公平感があるものではない。誰からも反対意見はでなかった。
「あ、あの。できれば魔石が欲しいです。今回の依頼で使いきちゃったので」
控えめな態度と声でルナルが自分の要望を、ウェスターに伝える。
それを受けてウェスターが声を返そうとしたとき、いきなりルナルが先ほどとは打って変わった声を上げた。
「ああー! すみません、お借りしたままでした。って、ああ! 、魔力の補充できてないです。すみません!」
驚く一同を気にした様子もなく、ルナルは自分の腰に下げた皮袋から光沢のない銀色の石を取り出し彰弘に向き直る。
しかし、ルナルはそこで動きを止めた。自分が口に出したように、取り出した魔石には魔力の補充がされていない。そのため、そのままの状態で魔石を彰弘に返すのを躊躇ったのである。
そんなルナルの様子に彰弘は笑みを返す。
「そういや貸してたな。魔力は別にいいさ。すぐ使うわけじゃないし、まだ魔石はある。何だったら、それは譲ろうか? いや、流石に譲るのはマズイか。そうだな、卸値で売ろうか?」
我谷市の市民ホールで、ルナルに魔力を補充してもらおうと彰弘が貸した魔石は、卸値であったとしても現在の相場でいったら金貨一枚弱ほどにもなるものだ。金貨一枚といえば、グラスウェルに住む普通の家族――両親と子供二人の四人家族で考える――が、三か月の期間を不自由なく暮らすことができるだけの金額である。それだけの価値があるものを譲るということは、一度一緒に依頼を受けただけの間柄で行うのは普通ではない。そのため、彰弘は売るという提案をしたのである。
「え? あ、ちょ、ちょっと待ってください」
手にした魔力を失っている魔石を見つめ、ルナルは思案を始めた。しかし、それほど時間をかけずに再び彰弘へと向き直る。
「正直、物凄く欲しいです。でも、お金もないし、それに今のわたしには分不相応です。これがあると無駄に魔力を使っちゃいそうで……、だからやっぱり、これはお返しします」
「そうか。分かった」
彰弘はそう返すと、それ以上は何も言わずにルナルが差し出してきた魔石を受け取りマジックバングルへと収納した。
ルナルの言うことには一理ある。金額の問題はともかくとして、地中産の魔石はランクEの冒険者が持つには過ぎた物であることは確かだ。経験の浅い魔法使いにとって、ランクEの段階というのは魔力の運用を身体で覚える期間でもある。この時期に繰り返し使える魔石を手に入れると、知らず知らずの内に自分の魔力だけでなく、魔石の魔力までも計算に入れて依頼に当たることになってしまう。それはつまり、本来はいざというときのための保険である魔石を普通に使うようになり、本当に魔石を使わなければならないときに、その魔石の魔力がないということになりかねないのだ。
勿論、そうならない可能性もある。しかし、ほとんどの魔法使いは繰り返し使える魔石を持つことにより、使うべき魔法の選別が甘くなってしまうのである。
なお、魔物産の魔石にも同じようなことが言えるが、こちらは使い切りであることもあり、できれば使わずに済ませたいという意識が働く。一般的に依頼のたびに魔石を購入するような魔法使いは初心者と見られている。大抵の人はいつまでも初心者と見られるのは嫌なものだあるからして、自然と魔力を効率的に使うことを覚えるのであった。
ちなみに、魔法使いが魔力の補充に使う魔石は最低でもオーククラスの魔石で、照明や着火の魔導具に使う魔石はゴブリンクラスのものである。
ともかく、ルナルが彰弘に魔石を返し一段落。
それを見て取ったウェスターが声を出した。
「ルナルは魔石を欲しいということですが、他にはありませんか?」
その場の面々を見回すウェスターに、今度は彰弘が口を開く。
「俺はあの照明を貰おうかな。今のところ使い道はないが、デザインが気に入った」
「デザインですか?」
「ああ。無骨な支えの上にあるぼんぼりが何とも言えないな」
「はあ、よく分かりませんが。他に何か欲しい物がある人はいますか?」
本当に分からないという表情がウェスターの顔に浮かぶ。
どうやらそれは、その場にいる彰弘を除く皆が思ったことのようであった。
なお、野盗が使っていた照明の魔導具は、元の日本でバルーン投光機と呼ばれていたものとよく似ている。違いがあるとすれば、脚が彰弘の言葉通り無骨であることと、光を放つ部分に魔物の素材が使われていて無駄に丈夫であることくらいである。
「まあ、ともかく、他にはいないようですから、ルナルとアキヒロはまずそれを取ってください」
その言葉に彰弘は部屋の隅に置かれた二つの大型照明魔導具をマジックバングルへと仕舞い、ルナルは長机の上から大きい順に二つの魔石を取ると腰に下げた皮袋へと入れた。
満足そうな顔をする彰弘とルナルを見て、ウェスターは残る四人に顔を向ける。
「では、こちらはジャンケンをして順番を決めましょう。ああ、ルナルとアキヒロは、こちらが二巡するまで待っていてください」
「了解。俺は最後でいい」
「分かりました。先に言われてしまったので、わたしは六番目ですね」
順番を決める前に、一応と告げたウェスターの言葉に彰弘とルナルはそれぞれ言葉を返す。
それから暫くして、野盗から回収した物品を選ぶ順番が決まった。
一番から、アカリ、オーリ、ウェスター、シズク、キリトの順だ。
キリトが最後であるのは日頃の行いのせいかもしれない。
ともかく、順番が決まった。
「では、アカリから取っていってください」
ウェスターの言葉に頷いたアカリは、迷うことなく魔導具の一つを手に取る。
冒険者ギルド側は親切なことに、見ただけでは効果が分かりにくい物には、一つずつ説明書きを付けてくれていた。そのため、アカリは迷わなかったのである。
なお、アカリが選んだのは着火の魔導具である。手の平サイズの本体から十センチメートルほどの柄が伸びていて、その先から火が出るようになっているものだ。彰弘が持っているオイルライター型のように小さくはないが、野営などで何かに火をつける際には便利な形状をしている。
二番目のオーリも迷うことなく魔導具へと手を伸ばした。彼が手に取ったのは携帯できる大きさの照明の魔導具だ。着火の魔導具は既に持っていたために、今この場にある物の中で次点で有用なそれを取ったのである。
続くウェスターも、オーリと同型の照明の魔導具を取る。
それからシズクが最後に残った魔導具である、着火の魔導具を手にした。
「ぐっ、何の仕打ちだこれは」
自分の順番になり、魔導具がなくなった長机を見てキリトが声を漏らす。
それに反応したのはアカリとシズクだ。
「日頃の行いって大事ね」
「人のこと言えないけど、そうね」
キリトに睨まれた二人は、それを受けてお互いの顔を見ると苦笑を向け合う。
その様子に、この場の進行役となっていたウェスターも苦笑を浮かべるとキリトを促した。
どうしようもない今の事実にキリトは不承不承といった顔で長机の上に視線を戻す。そして、暫く悩んだ末に彼は一本の短剣を手にした。
その行動に思わず声を出しそうになったウェスターだが、すんでのところで口を閉ざす。別にキリトが選んだ短剣は特別に良い物でも悪い物でもない。言ってみれば普通の短剣である。ただ単にキリトが普段使っている武器、またその価値から、野盗の頭領が使っていた長剣を取るものだとウェスターは考えていたのだ。
このウェスターの考えは彰弘とオーリも同じで、微かに驚いた表情を浮かべた。野盗の頭領が持っていた長剣を売れば、キリトが選んだ普通の短剣が数本買えるだろう金額になると見ていたからだ。
とは言え、三人はここでキリトにそのことを伝えようとはしなかった。これも今後に向けての勉強になるし、何より無駄に時間をかけたくなかったのである。
そんなことがあったが、その後は順調に分配は進む。
二巡目で魔導具に使える魔石を選んだアカリとシズクが早速最初に取った着火の魔導具を試してみたり、オーリが照明の魔導具の次にと狙っていた野盗の頭領が持っていた長剣を手に入れ満足そうにし、それを見たキリトが苦虫を噛み潰したような顔になったりしたが、ともかく分配は順調に進み、そして完了する。
そして、そのころになってシズクとキリトのことを話に行っていたタリクが戻ってきた。
「どうやら、終わったようですね。こちらも順調です。二つのパーティーは快く承諾してくれました。特にガイは凄く乗り気でしたね。こちらが引くほどに。」
部屋に入り扉を閉めると、自身が行った結果をタリクが報告する。彼が呆れ気味の笑みを浮かべていたのは、それだけガイの態度が予想以上だった証拠だ。
「まあ、それはいいとしまして。シズクさんとキリトさんは今日から四日目以降の早い内に必ず北支部のギルドに顔を出してください。それまでには、条件付の指名依頼を出しておきますので。では、皆さんお疲れ様でした。帰りに身分証の更新を忘れないでください」
その言葉を最後に、タリクは先ほど閉めたばかりの扉を開けた。
別段、今確認することを思いつかない彰弘たちは、それを見て部屋を出るために動き出す。しかし、ふとタリクが何かを言おうとしているのに全員が気が付き足を止める。
「何かあるのか?」
最後尾にいた彰弘がタリクに声をかけた。
「いえ、下に行けば分かることなので言わなくてもいいかと思ったんですが、折角だから伝えておきます。元々今日の夜にアキヒロさんの昇格祝いを行うんでしたよね?」
「ああ。合格するかも分からないのにな」
困ったような顔の彰弘に、タリクは笑顔で返す。
「あなたの場合は去年の内に今回の試験内容はクリアしてると言っても過言ではないのですが……と、それはともかく、先ほどシズクさんとキリトさんの話をしたときに、どうせだから今回のメンバー全員を祝おうと。そこに追加でパーティー加入歓迎会もやろうとなったようです。良かったですねシズクさんにキリトさん。十分にコミュニケーションを取ってください。もっとも、キリトさんは恐らく……いえ何でもありません」
「何でそこで言葉を濁す!?」
タリクが言おうとして言わなかった言葉。それは「異性と話す機会はないでしょう」であった。
世界の融合からの暫くを現在の北支部中心で活動していた魔獣の顎であるから、そこそこ目立っていたキリトのことを当然知っていた。そのため、機会があれば存分に対話し更生させるべきではないかと考えていたのだ。そこに今日タリクから話を持ちかけられた。彼らにとっては、ある意味で願ったり叶ったりの展開となったのである。
つまり、今日の夜は祝いと歓迎はそこそこに、大説教会になるであろうとタリクは読んだのである。
もっとも、それはキリトに対してだけであろうとタリクは思っていた。事によったら彰弘が、多少はキリトの説教に巻き込まれるかもしれないが、言葉通り多少であるはずだ。キリトの性格形成に彰弘は関係ないのだから。
なお、他のメンバーについては、極普通の祝いと歓迎になるとタリクは考えている。シズクについては清浄の風が相手をするだろうし、残りのメンバーは彰弘を除いて二つのパーティーとは初対面のはずで、特に問題はないからだ。
「まあ、下に行けば、そして夜になれば分かりますよ。では、お疲れ様です。頑張ってください」
良い笑顔でタリクは、全員を部屋の外へと促す。
そして、最後に自分も部屋を出ると扉を閉めたのである。
その夜。彰弘が泊まっていた宿屋の酒場部分で祝いと歓迎の宴が催される。
初めの内は全員で和気藹々としていたのだが、酒が入ったガイがキリトへの説教を始めたことにより、次第にタリクの想像通りの展開になっていった。
それでも場の雰囲気がおかしくならなかったのは、魔獣の顎のガイ以外のメンバーがキリトの周りを囲むように座り、時にはガイの言葉に補足を入れ、時には彰弘たちとの会話をしていたからだろう。ガイの性格を知っていた彼らは、バランスを取るために今日のところはそのように動いていたのである。
ともかく、極一部は祝いと歓迎とは程遠い状態になりつつも、全体としては和気藹々とした時間が流れていった。
やがて、夜も更け一日が終わる。
彰弘たちのランクE昇格試験は、そんなこんながありつつも無事に完了するのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
いったい何があったのでしょうか。
思わず自分の作品かどうかを確認してしまいました。
次回はグラスウェル魔法学園へ通う少女たちのお話です。
(二〇一六年 七月十日 十一時三十七分 上記を追記)