4-15.
前話あらすじ
実際は怖くないと思っている少女の中で、こわいおじちゃん呼びが定着したことに苦笑する彰弘。
流石にその程度では称号とはならないのである。
それはともかく、試験結果の通達を明日に控えたタリクは、その内容を冒険者ギルド北西支部支部長であるアミールへと報告するのであった。
ランクE昇格試験、その結果が伝えられる日。またしても、彰弘は一番最後に会議室へと足を踏み入れた。とは言っても、今回は前回のときのように直前に冒険者ギルドへ来たわけではない。ギルドに併設されている訓練場で模擬戦をしていたため、説明会のときと同じような展開となってしまったのである。
指定された一時間以上も前に冒険者ギルドの北西支部へと姿を現していた彰弘だが、この支部は普段拠点としている場所ではなく、昼時を少し過ぎた時間ということでギルド内にいる人も少ない。総合受付案内のカウンターには顔見知りであるイナンナがいたが、何やら書類仕事を行っている彼女に自分の暇潰し相手をしてもらうわけにはいかなかった。つまり、ギルド内に彰弘の話し相手になるような者はおらず、仕方なしにギルドの受付カウンターの対面に位置する喫茶室で暇を持て余していたのである。
しかし、そんなときに彰弘の前に姿を見せたのが、現在のパーティーメンバーであるミレイヌとバラサ、それから魔獣の顎パーティーと清浄の風パーティーだ。
ミレイヌとバラサは一昨日彰弘と別れた後、現在拠点としている北支部のある地区へ戻っていた。しかし、彰弘に救われたと思っており、試験に合格することを疑っていない二人は、いち早く彼へと祝いの言葉をかけたくなり、試験結果が通達されるであろう今日、北西支部へと足を運んだのである。
魔獣の顎と清浄の風は、ある意味で偶然だ。ほぼ同じタイミングで北東支部で受けていた依頼を完遂した二つのパーティーは、これまた同じタイミングで北東支部を出た。そして、そのまま会話しながら歩いているところでミレイヌとバラサを見かけ、彰弘のランクE昇格試験のことを聞き、一緒に祝おうかとの話になったのである。
なお、魔獣の顎と清浄の風それぞれのメンバーは、彰弘が試験に落ちるとは思っていない。位牌回収依頼の期間にあった出来事により、疑う余地は欠片もなかったのである。
ともかく、彰弘は知り合いが現れたことで暇を持て余すことはなくなった。なくなったが、会話をする内に何故か模擬戦をやることになり、結果として時間ギリギリに会議室へ入ることになったのである。
◇
彰弘が席に着いたところで、今回のランクE昇格試験の結果を受け取る人員が揃った。
「魔獣の顎のガイは、どうでしたか?」
そう笑みを浮かべた顔で声を出したのは、彰弘と対面した位置に座る、今回の試験官であるタリクだ。
「相変わらず手も足も出ないほどに差があるな。まあ、有意義ではあったが。それにしても、完全に予想外だ。何のために早く来たのかって感じだな」
自分が全力を出しても問題ない相手で、尚且つ様々な助言をも貰える。とりあえずは強くなるという目的がある彰弘にとって、ガイのように強い相手との模擬戦は全く以って有意義なものであった。
「羨ましいですね。ランクが高い人との模擬戦なんて、そうできるものではありませんから」
「なら、後で頼んでみたらどうだ? 魔獣の顎には大剣使いもいるし、槍使いもいる。弓や魔法なら清浄の風だな。まあ、彼女たちと手合わせしたことはないが、強さは疑うまでもない」
ぼそりと呟いたウェスターに、彰弘はそう返す。
それを受けて、ウェスターのみならず、その場にいたタリクを除く面々は真剣な顔で、彰弘の言葉を受け止めていた。
唯一、渋い表情をしていたキリトだが、彼も格上の相手との模擬戦は重要であることは認識している。その表情の下では、どのように話を持っていくべきかを考えていた。
そんな向上心を見せる今回試験を受けた冒険者にタリクは内心で声援を送ると、両手を打ち鳴らす。
その音に、自分たちがこの場にいる目的を思い出した彰弘たちは居住まいを正した。
「確かにランクCの教えを受けることは、先を見る上で良い糧となるでしょう。さて、それはともかくとして、そろそろ試験の結果を伝えましょうか」
一度言葉を区切ったタリクは、自分に注目する受験者たちの顔を順番に見回してから再度口を開く。
「今回の試験の結果ですが、問題なく合格なのはアキヒロさん、ウェスターさん、オーリさん、ルナルさん、アカリさんの五名。キリトさんとシズクさんは条件付で合格とします」
その結果内容に声を出そうとするキリトを制するように、タリクは、「質問等は説明が全て終わった後にしてください」と付け加えた。
結果に不満を覚えたキリトであったが、至極真面目なタリクの顔に思わず浮かせかけた腰を元に戻す。
「では、それぞれの評価を順に伝えます。まず、オーリさんとルナルさん、そしてアカリさんですが、今回の依頼中の役割についてはですが、これといって指摘するようなものはありません。各自、反省すべきところはご自分で分かっているでしょうから、そのことをよく考えて今後に活かしてください」
オーリは野盗と元日本人が捕らわれていた大ホールへと、ウェスターたちの後を追って行こうとして、彰弘に止められたことを思い出した。
ルナルは咄嗟のときの判断が甘いと振り返る。
そしてアカリは、試験の最中にシズクへと必要以上に辛く当たった部分があったことと、同じく試験の最中にキリトへとパーティー解散を伝えたことを考えていた。
「次はウェスターさんですね。あなたには二つほどあります。まず、市民ホールへ突入する際に野盗の見張りを倒したときのことです。あの場面、あなたの一言目でキリトさんは動けなかったわけですが、あそこは二言目を発するのではなく、あなた自身が剣を振るうべきです。ほんの数秒ではありますが、事によったらその数秒が命取りになる可能性があります。幸いにも今回は大事に至りませんでしたが、今後はその場その場の状況をもっと把握して最適解を導くようにしてください」
ウェスターは短く「はい」と声を出す。
その声色と表情から十分に理解できていると判断したタリクは、二つ目の指摘事項を告げるために口を開いた。
「二つ目は野盗を討伐した後、アカリさんとシズクさんにパーティー解散の話をキリトさんにすることを許可したことです。無事、街に着いた後でしたら全く問題はありません。ですが依頼の最中にそれをすることは、当人たちだけでなくパーティー全体が崩壊する恐れがあります。そのことは分かっていましたか?」
「はい、依頼中のあの場面で行うべきでないことは重々承知しています。ですが、彼女たちにとっては、あのタイミングが最適だと私は考えました」
思わず顔を伏せるアカリとシズク、苦々しい表情を見せるキリト。
そんな三人を一瞥したタリクは、ウェスターに言葉を返す。
「あなたの考えも分からないではありません。ですが、今後は可能な限り避けてください。もし、どうしても避けられない状況となった場合は、必ず仲介者を入れるべきです。当事者たちだけのそれは危険すぎます。必要以上に話が拗れそうになる場合に、それを無理矢理にでも止める人が必要です」
「分かりました。以後、十分に注意します」
ウェスターも危険性は十分に理解していた。それでも今回の場合、どれだけ話が悪い方へ向かっても、キリトが使い物にならなくなる程度で依頼遂行自体には問題がないと彼は考えていたのである。
とはいえ、危険な行為だったことには変わりはない。そのため、ウェスターはタリクの指摘を反省とともに深く受け入れたのであった。
「私からウェスターさんへ伝える指摘事項は以上です。それ以外の反省点は分かっていると思いますから、今回の依頼をよく思い返して次に活かしてください。ともかく、ランクE昇格試験の基準だけで言えば、先の三人と同様、文句なく合格です」
その言葉を最後にウェスターから視線を外したタリクは、彰弘へと顔を向ける。
そして軽く深呼吸をして話し始めた。
「アキヒロさんへは指摘というか確認となるのですが……大ホールで最初の野盗を殺す前、あの光景を子供に見せないようにする配慮などは考えられませんでしたか?」
「言い訳になるが、少し前まで一緒にいた少女たちが基準になっていたからかもしれない。今ならその配慮が必要と思えるが、あのときはそれに気付かなかったんじゃないかと思う。以後、気を付ける」
彰弘の言う少女たちとは、六花、紫苑、瑞穂、香澄という四人のことだ。既に人を殺すことも、それを受け入れることもできている彼女たちと過ごした時間が濃かったために、彼の頭に一般的な子供というものがどのようなものなのか、あのときは浮かんでこなかったのである。
「ああ、なるほど」
実生活までは調査されていないが、それでも試験を受けさせるにあたり、彰弘に関する報告書をタリクは読んでいる。そして、その中には四人の少女のことも記載されていた。そのため、彰弘の普通なら信じられないような言葉も、微妙な表情で納得してしまうしかない彼であった。
「そうですね。あんな場面は普通は子供に見せない方がいいですから。えーと、次ですが、あなたの知り合いだというスドウさんという方。あの方を無力化するとき他の方法はありませんでしたか?」
須藤は相当な力で殴られ飛ばされたために、数箇所の骨折という大怪我を負っていた。
タリクが確認したいのは、怪我をさせなくても無力化できたのではないかということである。
「どうかな? 須藤さんを攻撃するときは、『血喰い』に魔力を流さないように注意してた関係で力の加減を誤ったことは事実だ。だが、あれがあったから野盗を簡単に排除できたことも事実だと思う。もし、須藤さんが持っていた剣を叩き落しただけだったならば、野盗があそこまで動けなくなることはなかったんじゃないか?」
「……その可能性はありますね。分かりました。結果として捕らわれていた元日本人の方々、そして野盗に従っていた三人、誰一人として死ななかったので良いでしょう。ともかく、今回の試験は合格です」
彰弘の返答を受けて、少し考え言葉を出したタリクは口を閉じてシズクとキリトへ顔を向けようとしたが、彰弘へと一つ伝えることを思い出し彼へと向き直った。
「忘れていました。一応、伝えておきます。野盗に従っていた元日本人の三人ですが、大体一か月程度の農作業で得られる金銭で奴隷からの解放となるそうです。野盗に何人か殺されるのを見て屈服したとのことで、実際に罪を犯したわけではありませんでしたので。ただ、スドウさんに関しては怪我がありますから、少々期間が長くなりますね」
「そうか。うまく更生してくれるといいがな」
タリクの追加の言葉に、ほとんど感情のない声で彰弘は返す。
須藤に対する彰弘の反応は、傍から見ると酷く冷淡に思える。
彰弘自身に自覚はないが、単なる同僚でそれほど親しくもない須藤は言ってみれば全く知らない人とほぼ同じだ。街中で会えば挨拶程度はするが、それだけの存在でしかないのであった。
そんな彰弘を見て、タリクは世界が融合する前の彼と須藤の関係を推測するも、すぐに意味がないことだと考え、残る二人へと顔を向けた。
「さて、最後はキリトさんとシズクさんですが、まず条件付が何なのかを説明します。あなた方二人も一応はランクEとなります。ですが、今回の依頼での行動に鑑みて無条件でランクEとするのは、まだ早いという結論に達しました。そのため、二人には暫くの間、ギルドが指定したランクD以上のパーティーに加入してもらいます。そこで活動をしてもらい、ギルドが問題ないと判断したら条件付を外すことになります。ここまではいいですね?」
タリクの確認に、不満顔のキリトと全てを承知した顔のシズクは頷く。
「そこで……おや? アキヒロさん、どうかしましたか?」
「いや。おあつらえ向きのパーティーが、今一階の喫茶室にいると思ってな」
「ふむ。魔獣の顎と清浄の風、ですか」
彰弘とガイの模擬戦を見ていたタリクは、その二人を見学していた清浄の風のメンバーのことも知っていた。
「ちなみに、一応聞きますが、どちらをどっちにですか?」
「聞くまでもないと思うが。男臭い魔獣の顎にキリトを、清浄の風にシズクだな」
ふむふむと頷きながらタリクは顎に手を当て考えを巡らせる。
ランクDではなくランクCというところに多少の躊躇を感じるが、タリク自身が前日に考えた候補の中にも、彰弘の言う二つのパーティー名はあった。
「いいですね。そうしましょうか。では、後でその二つのパーティーに依頼を出しましょう」
「いや、ちょっと待て」
タリクの決定に制止かけたのはキリト……ではなく彰弘だ。
流れから、自分の言葉がそのまま採用されてしまったような感じになったため、思わず声を出したのである。
「なんですか?」
「いや、そんな簡単に決めていいのか?」
「ああ、それはご心配なく。元々私の考えてた中にもあったパーティーですから。シズクさんはともかくとして、キリトさんはどうしようかと思っていたのですが、確かに魔獣の顎は最適と言えるでしょう。リーダーのガイ以外はふざけているように見えますが、ガイ同様に冒険者というものに対しては非常に真面目です。キリトさんもあのむさい中に……と、失礼。あのパーティーに暫くいれば、しっかりと冒険者としての漢となるでしょう。報告書から察するに、今のキリトさんの近くにフリーの女性はいない方が良い。うん、決定です」
自分の決定に一人頷くタリクに、彰弘含め残る面々はぽかんとした顔を晒す。
やがて、自分のことだからか、いち早く立ち上がったキリトが声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。もう少し考えてもいいと思う。大体むさいとか……耐えられるわけがないだろ!」
「何を言っているんです? これはもう決定したことですから。もし、断るならギルドの規約違反で罰金ですよ? そもそもあなたが、今回の試験で問題なければ、こうはならなかったのです。いいじゃないですか。男友達のいないあなたに男性の知り合いができるのですから」
「うぐっ」
「でまかせでしたが、本当だったんですね」
キリトの言葉は、タリクの真面目と冗談の前に撃沈する。
そして、それを見ていたアカリとシズクはお互いに顔を見合わせ噴出した。
「ぷくく。そっか、キリトってそうだったんだ。確かにシズクと一緒にいるところは前からよく見てたけど、男子といるところ見たことなかったね」
「なんか責任感じる」
笑いながらのアカリと、神妙そうな声を出すシズク。
しかし、よく見るとシズクの肩はかすかに震えていた。彼女は噴出した後、笑いを堪えていたのである。
もっとも、幼いころにキリトと出会い、それから今までずっと彼の近くに自分がいたことが、今のキリトの精神を作ったことに関係しているのではとシズクは考えていた。
笑いながらも神妙そうな声を出すという、珍しいことをシズクがやってのけたのには、そんな理由があったのである。
なお、この一連の流れはキリトにとって想定外であった。そのため、碌に言葉を出すこともできず、流れに飲まれ、結局タリクの思うままにされてしまったのである。
ともかく、半ば冗談に思える流れでキリトとシズクの加入先は決められた。
「さて、冗談はここまでにして、ともかく魔獣の顎と清浄の風へは、この後すぐに依頼を出します。当然、キリトさんとシズクさんにも、その二つのパーティーに加入させるための依頼を出します。なお、この依頼は強制依頼です。もし途中で放棄した場合は罰金となり、その罰金を期限までに払えないと借金奴隷へと落ちることになりますので注意してください」
至極真面目な表情のタリクに、先ほどまで笑っていたアカリとシズクも、撃沈され項垂れていたキリトも、そして残る彰弘たち四人も真面目な顔を返す。
「今後のみなさんのご活躍に期待します。冒険者として恥ずかしくない行動を心がけてください」
タリクはそう言うと、彰弘たちひとり一人の顔を順に見る。
そこには先ほどまでの緩んだ空気はない。
唯一キリトだけは真面目な表情の中で戸惑いやら何やらが動いていたが、それは仕方ないと言えよう。彼にとっての今日の流れは、繰り返しになるが、全くの想定外だったのだから。
ともかく、自分に視線を向けてくる七名の冒険者の様子を確認したタリクは、次の行動のために動き出す。
「それでは、別室に移動しましょう。野盗が持っていた物を分けなければなりません。ちなみに、貴族が持っていた品とかはありませんでしたが、そこそこ良い物があったようです。期待してください。ああ、ちなみに市民ホールの机とかは二日後に場所を用意しましたから、その日に朝一でギルドまで来てください。アキヒロさん以外は、もしこれなくても売却した金額を等分して後日お渡ししますので心配しないでください。では、移動しましょうか」
率先して立ち上がり部屋を出て行くタリクの後を残りの面々は付いていく。
この後は、ある意味では試験結果より大事なものだ。それが故に、誰一人として無駄口を叩かずに、試験結果を聞いた会議室を出て行くのであった。
ちなみに、二日後にアキヒロが必須なのは、彼のマジックバングルに市民ホールで手に入れた机やら椅子やらが全て入っているからである。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回のお話の流れはダイスの神様の御指示の賜物です。