4-14.
前話あらすじ
子供がいるためにリヤカーを使うことを提案する彰弘。幸いにも必要数以上のそれを発見する。
そのこともあり、彰弘たちは怪我もなく無事にグラスウェルへと帰還することができたのであった。
「こわいおじちゃーん、またねー!」
元日本人避難者のために建てられた仮設住宅へと向かうために用意された獣車に乗り込む直前に、飴玉の袋を片手に持つ笑顔を浮かべた五歳くらいの少女が、空いている方の手を大きくぶんぶんと振った。
その先にいるのは彰弘である。彼は自分にお礼を言いに来た少女の中で、『こわいおじちゃん』という言葉が定着していることに内心で苦笑するも、笑顔で手を振り返した。
その様子を見ていたオーリとルナルにアカリとシズク、その四人の顔に安堵の笑顔が浮かぶ。今回の野盗討伐で一番の功労者である彰弘が、今まで誰からもお礼を言われていなかったことで何となくすっきりとしない気分であったのが、先の少女の行動により解消されたのである。
なお、彰弘に初めてお礼をした少女の両親も、野盗を殺す彰弘の姿からの恐怖で話しかけることもできずにいたことを謝罪した後で、自分たちを助けてくれたことの感謝を彰弘に伝えていた。自分たちの娘がいつの間にか彰弘と話していたことに驚いた両親だったが、談笑する二人の姿を見て自分たちの誤りを悟ったのである。
また直接の言葉はなかったが、残る十五名の助け出された元日本人も笑顔で手を振る少女とその両親の様子を見て、他の冒険者たちへの再度のお礼と彰弘への感謝を込めて、獣車の前で頭を下げていた。
ちなみに少女が持っている飴玉の袋は、助けた元日本人の中で最初に感謝を示してくれたことにより、癒された彰弘の心の証である。
仮設住宅へと向かう獣車を見送る彰弘たちに声がかけられた。
声をかけたのはタリクだ。その横にはウェスターの姿もある。二人はそれぞれ、助け出した元日本人がグラスウェルで生活するための手続きと、捕らえた野盗――野盗に従っていた元日本人含む――を裁きにかけるために必要な手続きを今まで行っていたのだ。
なお、野盗に従っていた元日本人三人だが、彼らについては情状酌量の余地があるため、数か月程度の労働で放免される見込みであった。
「ようやく終わりました。これからギルドに向かい野盗討伐の依頼完了手続きをします。それから……と、ここで立ち話もなんですね。ギルドに着いてからにしましょう」
苦笑いで肩を竦めた後で、タリクは冒険者ギルド北西支部へと身体を向けた。
この場で話しても問題はない内容ではあるのだが、依頼の完了手続きはギルドでなければできないことだし、確かにわざわざ立ち話をする必要はないのだ。
ともかく、彰弘たちはこの後、冒険者ギルドで依頼完了手続きを行い野盗が溜め込んだ物品をギルドに預け、この日は解散となった。
ランクE昇格試験の結果については、明日の昼過ぎに伝えられることとなったのである。
ちなみに、彰弘のマジックバングルに入っている、市民ホールの椅子やら机やらの大量の物品は、後日専門の業者に買い取ってもらい、その収益を皆で分配することになっていた。
◇
夜の帳が降りてから少しして、タリクは冒険者ギルド北西支部の支部長室の扉を叩いた。
通常、この時間にギルドに残っているのは、有事に対応するための宿直職員と、特別用事がある職員だけだ。それは支部長も例外ではなく、いつもならばこの時間には帰宅をしている。しかし、今日に限ってはタリクの報告を受ける必要があるためにギルド内に残っていた。
「どうぞ。開いてますよ」
支部長室の中から返って来た声にタリクは扉を開けると、失礼しますと一礼してから室内に入る。そして、開けた扉を閉めると支部長へと向き直った。
冒険者ギルド北西支部の支部長はアミール・ミールという女で、年は五十。元ランクC冒険者で、昨年まで西支部の支部長補佐をしていた経歴を持つ。世界の融合に伴う支部新設により、この北西支部の支部長を務めるようになっていた。
「遅くなり申し訳ありません。後日、正式な報告書を提出いたしますが、とりあえずこちらをご確認願います」
「まだそれほど遅い時間じゃないわ」
アミールはそう返しつつ、タリクが差し出してきた簡易的な報告書を受け取り、それに目を通す。
暫くの沈黙の後、アミールが顔を上げた。
「試験については、大体予想通りといったところかしらね?」
「はい。元サガの騎士であったウェスターさんと、冒険者の経験が四年あるオーリさんに二年のルナルさん、そして総管庁が要観察対象者としたアキヒロさん。この四人はランクEで問題ないかと。キリトさんとシズクさんも条件付で可、結果としては予想の範疇ではあります。予想外だったのは、アカリさんのランクを特に問題なく上げられることくらいです」
タリクはアミールに手渡した報告書の内容を要約して口にする。
なお、タリクの言葉にあった『サガ』は、元サンク王国の王都で現ライズサンク皇国の皇都の名である。ウェスターはサガの騎士であったが、世界融合の少し前にとある事情から騎士を辞めざるを得なくなり、グラスウェルに場所を移し冒険者となったのであった。
「何かあったのかしら?」
タリクの声に微妙な違和感を感じたアミールは疑問を口にする。
それに対してタリクは再度話し出す。
「元々お伝えするつもりでしたし、正式な報告書には記載もしますが、キリトさんが条件なしのランクEになるのは随分と先になるかもしれません。彼は何故かアキヒロさんを敵視しているようです。恐らく、それが要因の一つで今回無謀な独断行動をした可能性があります」
キリトの独断行動とは、元日本人が捕らわれていた大ホールの中にウェスターの承諾なしに無策で突入したことだ。
時と場合にもよるが、パーティーリーダーの指示なしに動くことは、そのパーティーを危険に晒すことに繋がる。そのため、余程の緊急事態でない限りは、リーダーに確認し了承を受けてから動くのが普通だ。
「その敵視の理由は分かる?」
「これも恐らくですが、今回の試験出発直前に彼が言っていたことがそれでしょう。彼は融合当初の避難所でそこに逃げて来た普通の人たちを戦わせたこと、総管庁からの依頼の最中に依頼外の物も持ち帰りそれを自分のものとしたことが我慢できないと言っていました。ついでに、あのときは偶然手に入れた強さは仕方ないと言ってましたが、それについても彼の表情を見る限りだと本当は我慢できないのかもしれません」
アミールはタリクの伝えてきた内容を少し考えてから口を開く。
「キリトという彼は、自分の発言したことの本当のところを知っているのかしら?」
「少なくとも話には聞いているはずです。シズクさんはこの試験の最中にですが、アカリさんは試験前から理解していたようですから」
「そう。理解できていない? ……いえ、理解したくない?」
独り言のように呟くアミールに、タリクが何かを思い出したように声をかけた。
「そういえば、今日グラスウェルに戻る途中の休憩でシズクさんと会話していたときに聞いたことなのですが、彼は自分が思い考えた正義についてを最も重要としているとか」
「それって人の話を聞かないということ?」
「いえ、あくまで正義については、らしいです」
「……駄目じゃない。本当に条件付とはいえランクEにしても大丈夫なの?」
人の話を聞かないわけではないが、特定の物事に対して融通が全く利かない人物というのは、冒険者としてだけでなく普通に生活していくだけでも厄介だ。
アミールの心配はもっともであった。
「私は大丈夫かと。まあ、一応彼もランクEとなる最低条件の一定の強さと野盗などを攻撃することはギリギリですができていますので、現状で問題が起こってない以上、今回の試験で落とすことはできません」
「そうよね、そうなのよね」
「それに、ここで仮に試験を不合格とした場合、彼がどう行動するかが分かりません。悪い方向へ進んでアキヒロさんを狙うかもしれないですし。まあ、そうなっても返り討ちで奴隷行きになるのは目に見えてますが。とはいえ、そんなことになったらギルドとしては良くありません。それならば条件付のランクEにして、その性根を叩き直せるパーティーに預けた方がいいでしょう。恐らくそれで問題は解決です」
ランクE昇格のときだけの制度である条件付は、冒険者ギルドが最適と考えたランクD以上のパーティーへと一時的に、その条件付の冒険者を加入させて経験を積ませるものだ。
この世界には魔物がいる。魔物の脅威から人の生活圏を守るためには兵士だけでは数が足りない。また今の生活を人が送るためには魔物の素材が不可欠だ。魔物と戦うことができる人物を、そう簡単に切り捨てられない事情があった。
もっとも、罪を犯すような者や明らかに向いていない者はその限りではないが、キリト程度の者であれば、まだ許容の範囲内なのである。
なお、この制度で発せられる依頼は最長一年間の指名強制依頼だ。実力の劣る者を自分たちのパーティーに入れることになるため、指名を受けたパーティーが難色を示しそうなものだが、実は意外と好評である。何故ならば月々の報酬が良いことに加えて見事条件付を外させることができた場合は追加の報酬も出るためだ。そもそもの話、ランクFの段階でどうしようもない人物であったならば、冒険者ギルドがランクEの昇格試験を受けさせることはない。そのこともあり、大抵のパーティーはこの指名強制依頼を快く引き受けるのである。
ちなみに、対象者の条件付を長期間外せない場合、パーティーの評判に関わってくるため、普段は必要最低限の依頼しか受けない不真面目に見えるパーティーも、この依頼の最中ばかりは真面目に見えるという。
「はぁー。仕方ないわね。試験結果の通達は明日の昼過ぎよね? それまでには承認しておくわ。ところで、条件付にする二人を預けるパーティーの目星は付いてるの?」
「はい。いくつか候補は考えてあります。最終的には明日の反応を見て決めるつもりです」
「分かったわ。決まったら報告を」
話が一段落ついたところでアミールは冷めた紅茶を一口飲む。それから、「後、何かある?」と、タリクに尋ねた。
「はい。一点あります」
その返しにアミールは姿勢を正す。
それを待ってからタリクは口を開いた。
「これは我々が主導することではありませんが、街道から外れた場所に融合した元日本の土地を、もっと探索するべきかと考えます。既に聞き及んでいると思いますが、今回の野盗討伐の際に、我々はその野盗に捕らわれていた元日本人の人たちを救出しました。世界の融合から半年以上が経った今、魔物などとの戦闘経験が皆無な人たちが多く生存しているとは思えません。ですが、生存の可能性がゼロではないことは今回のことが証拠となるはずです」
「確かにあなたの言うとおりね。とりあえず、それに関しては私の方から総管庁とギルド本部に報告しておくわ。その後の対応は……恐らく現在の常時依頼の報酬上乗せと再度の喚起かしらね。ともかく、それについては私が対応する。他は?」
「いえ。ありません。生存者に探索については、お願いします。では、私はこれで失礼します。明日の夜、改めて今回の試験の正式な報告書をお持ちします」
「ええ。ご苦労様」
アミールに一礼をしてからタリクは支部長室を出た。
執務室の自分の席に向かいながら、タリクは明日のことを考える。
問題となりそうなのは試験結果のキリトへの説明と、その後で行う野盗が溜め込んだ物品の分配だ。
ある意味で試験中よりも神経を使うだろうことに、タリクは思わず苦笑を浮かべた。試験官としての仕事は初めてではないが、毎回同じように感じている自分が少々可笑しかったのである。
「まあ、何とかなるでしょう」
既に人の気配のない執務室でタリクはそう独りごちると、自分の部屋へ帰る準備を始めたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
初めて百話超えで気が緩んだか、セーブし忘れによる書いたものの消失を始めてやらかしました。
そのせいで、いつもに輪をかけて投降が遅くなり更に短くなっていますが、ご容赦を。