第七話「お花見の心得」
始業式に入学式と慌ただしかった一週間が終わり、やっとゆっくり休めると思っていた日曜日。私は若先生からの呼び出しを受け、桐ヶ谷公園へとお花見に来ていた。
ああ、良い天気だな。……確かに、こんな日に家にいるのは勿体無いかもね。
雲一つない澄んだ青空と暖かな春の日差しの下を歩いていると、自然とそんな風に思えてくるから不思議だ。渋々と言っても良いような気持ちで家を出て来たが、これは誘ってくれた若先生に感謝するべきかもしれない。
「おー、やっと来たか」
こっち、こっちと手招きする若先生の横には奥さんでさえき動物病院の動物衛生看護師でもある麻琴さんの姿もある。
基本的にさえき動物病院主催のこのお花見は、病院スタッフは全員参加だ。……いや、私はスタッフじゃないけど。
今年も何組もの患者とその家族が参加しているらしく、若先生達がいる辺りはちょっとした“ふれあいパーク”のようになっていた。
「十分の遅刻だぞ、りー」
「莉佳ちゃん、久しぶりね」
「お久しぶりです」
お花見当日の朝に“花見するから来い”なんていうメールを送ってきた若先生の文句は軽くスルーして、麻琴さんに挨拶を返す。
この間マサムネを連れて行ったときには会わなかったから、彼女とこうして顔を合わせるのは三か月ぶりくらいだ。
「あれ? 麻琴さん、今日は愛美ちゃんはどうしたんですか?」
「実はお祖父ちゃん達とUSJに行ってるのよ。どうしても予定がずらせなかったから、今回はあの子は不参加なの」
“わざわざ北海道から出て来た両親を追い返すのもねぇ”と呟く麻琴さんは、その自分の両親と一緒にいなくても良いのだろうか。孫だけじゃなく、娘にも会いたいと思ってたんじゃ……。
「よし、そろそろ良いか」
麻琴さんから育児の苦労話を聞いていると、一人細々と紙コップや取り皿を用意していた若先生が周りを見渡し立ち上がった。
「では、予定の時間となりましたので、今から毎年恒例の花見を始めたいと思います。皆さん、お手元のコップをお持ちください」
若先生の言葉に周りの人達が次々と紙コップを手に取り、乾杯の準備をする。
ふっと前に視線を向けると、頭に可愛い水玉リボンを付けたシー・ズーが瞳をキラキラと輝かせ、自分の食器をくわえているのが目に入った。
『ごっはっん! ごっはっん!』
「…………」
動物達の大半は花より団子である。
「それでは……乾杯!!」
その声と同時に、空腹に耐えきれなくなったシー・ズーが飼い主さんに突撃していくのが見えた。きっと、お出掛け用に綺麗に整えられていたであろう毛は無残なくらいグシャグシャになってしまうだろう。
「ちょ、何!?」
『ごっはっん! ごっはっん!』
「いきなりどうしたの、コテツ!?」
こうして、今年も動物達との少し騒がしいお花見が始まった。
◇◇◇
このお花見では、参加者は皆それぞれに飲み物やおつまみなどを持ち寄って来る決まりになっている。ほとんどの飼い主さんが自分のペットの好物を持って来るので、彼らのレジャーシートは動物達のおやつで溢れていた。
『あっ、莉佳、そこのササミ取って』
ほぼ毎年参加していると自然と顔見知りが増える。……人も動物も。
『僕は軟骨ジャーキー!』
『焼かつおが食べたいな~』
『人参スティックは私のだからね』
もう文句を言う気にもならない。言ったところで、盛大なブーイングしか返って来ないのはすでに学習している。
きっと、お皿の上にある好物を奪われたときのシュンとした顔に同情したのがいけなかったのだろう。チョロイ奴だと思われたに違いない。
……まあ、皆楽しそうだから良いけどね。
心の中でそんな言い訳をしていると、私の背中に何かが激突した。
「……痛っ!?」
『りかさん、りかさん、りかさーん!!!』
「…………はぁ」
溜め息を吐きながら振り返ると、ぶつかって痛かったらしい頭を擦っていたマサムネが私を見てにっぱっと笑う。……反省の色なしとか、怒る気も失せるわ。
「す、すみません! 何とか止めようとしたんですが……」
マサムネを追い掛けて来た芳野さんが申し訳無さそうな顔で必死に頭を下げた。そんな彼女の様子に、そこまで怖い顔をしていたのかと慌てて笑顔を作る。
「気にしないでください、芳野さん。むしろ、私の背中でマサムネが怪我しちゃったかも」
『りかさん、せなかかたいね』
……お前が言うなっ!
いや、“いわかとおもったよ”などと悪気なく言ってくれるマサムネに一々腹を立てていたらキリがない。冷静になるんだ、私。
「あの、本当にこの間はありがとうございました。あれからちゃんと首輪も付けるようしたんです!」
遠い目になっている私には気づかず、芳野さんはどこか誇らしげにマサムネの首輪を見せてくれる。“ほらっ!”と彼女が抱え上げるマサムネの首には、確かに可愛らしい水色の首輪が付いていた。
「男の子だから水色にしたんです」
『ぼく、ぴんくがいいっていったのに……』
「毛が白と黒だから、明るい色の方が似合うかなって」
『これ、ぼくににあってないよね?』
嬉しそうな芳野さんとションボリ顔のマサムネを見比べ、何と答えれば良いのか悩む。ここは“マサムネは可愛いからどんなものでも似合うね”とか言って誤魔化すべきなのか。
「……そ、そうだね。ピンクはどっちかって言うと女の子のイメージだし。マサムネにはその首輪、とっても似合ってると思うよ」
私が唐突にピンクを引き合いに出したことに一瞬首を傾げたが、芳野さんはすぐに“ですよね”っと何度も頷いている。
そして、“ピンクは女の子のイメージ”と言われたマサムネは……ショックで固まっていた。口をパカッと開け、放心したようなその顔に心の中で謝っておく。後で、おやつあげよう。
おやつをあげても機嫌が回復しなかったマサムネは芳野さんに任せて、私は別のレジャーシートで人間用のおつまみを食べていた。
ちゃっかり紛れ込んでいたらしいメジロ達が私の手からタマゴボーロを奪い取って行くのは、気にしないことにしている。下手に抵抗して、全員で襲いかかって来られたらさすがに怖いし。
それより、あっちの二人の方が気になるしね。
私の2mほど先の桜の木の下にいるのは、フクロモモンガとケヅメリクガメという少し変わった二人組だ。ここにいるということは、彼らも誰かのペットなのだろうが……一体、どういう交友関係なのか物凄く気になる。
『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』
『ふむ、在原業平ですな』
目を細め、古今和歌集の中でも有名な歌を詠ってみせるフクロモモンガに、訳知り顔で頷くケヅメリクガメ。
『千二百年近くも前の人間だというのに、なかなか良いことを言うと思いまして』
『なら、私も。……待てと言ふに散らでしとまるものならば 何を桜に思ひまさまし』
『桜とは、本当に美しい花ですね』
『全くです』
……な、なんかシブいな。あの一画。
どちらも桜を詠った有名な歌だが、なぜ彼らが知っているのかは謎だ。飼い主さんの趣味だろうか。動物に短歌を詠って聞かせるなんていう趣味があるのかは分からないけど。
まあ、お花見にも色んな楽しみ方があるよね。
桜を愛でながら千二百年前へと思いを馳せる二人を見つつ、後ろから聞こえる好物の争奪戦の喧騒をBGMに、私は私のお花見は楽しむことにした。
えー、一応説明しておくと。
シー・ズーっていうのは犬です。体毛が長い種類の小型犬で、頭の上辺りでちょんまげを作っているモップみたいな可愛い奴です。←注:作者の主観です!
ちなみに、シー・ズーは中国語でライオンという意味らしいですよ。見た目に似合わず勇ましい呼び名。
フクロモモンガは名前から分かる通り、モモンガです。モモンガの中では慣れやすいと言われていて今人気なんだとか。個人的にクリクリッとした目が可愛かったです。
ケヅメリクガメは名前から(ry
このリクガメは小さくて可愛らしい幼体で出回っているらしいんですが、本来は60~70㎝くらいに成長します。コイツを登場させた理由は『食事を与えてくれる人にはよく反応を示すようになり、手からエサを食べるようになる』という紹介文を読んだからです。爬虫類ラブ。




