第二十九章 静かな継続
三日後。
セラから連絡が来た。
「ヴァルクが、また声明を出した。治安端末の管理権に関する企業連合の計画を、全面的に見直す。技術的な課題が多く、現段階での実装は困難だ、という内容だ」
「撤退ではない」カイは返信に書いた。
「そうだ。次を探している」
「電波塔の接続遮断と、昨夜の封鎖について、ドレスへの報告は」
「した。ドレスは把握している。政府の記録には、技術的な安全措置として記録される」
「原振の檻の詳細は」
「記載しない。今はまだ、書かない方がいい」
「了解した」
カイは計算機を閉じた。
禁書庫は静かだった。
ミラは本棚の前にいた。三番目の棚。百十二頁。白い花。
今朝の確認回数、一回。
カイは記録書を開いた。
「昨日のことを読み上げる」
ミラが振り向いた。「うん、はじめまして」
「はじめましてではない」
「そうなの?」
「そうだ。毎朝同じことを言っている」
「ごめんね。でも、毎朝同じことを言ってくれるカイが、なんか好きだよ」
カイは記録書の頁を押さえた。
「……読み上げる」
ミラが頷いた。
昨日、電波塔で何が起きたか。接続が遮断されたこと。原振の檻が守られたこと。全員が戻ってきたこと。
読み上げながら、カイは気づいた。
今日の記録の文体が、また少し変わっている。
数値だけではない。現象だけでもない。
「レムが手帳を持ってきた。アイの記録がそこにあった。ゼンが右手の感覚が薄い中で、道を確認した。タウが届くと分かって歌った。ミラが金属片を持った。それぞれが、それぞれのやり方で動いた」
数値ではない。でも、記録だ。
「……以上だ」
「ありがとう、カイ」
「礼を言う場面ではない。情報の共有だ」
「でも、ありがとう」
ミラは本棚に向かった。百十二頁。
カイは計算機を開いた。
今日の作業がある。セラへの技術資料の準備。禁書の更新。ヴァルクの次の動きの分析。
全部、今日もやる。
「ねえ、カイ」
「何だ」
「昨日、ここにいた人たちって、また来る?」
「レムとゼンは定期的に来る。タウも用があれば来る」
「用がなくても、来てもいいのに」
「……そう伝えることができる」
「うん」ミラは図鑑を開いた。「カイが言えば、ちゃんと来てくれると思う」
根拠のない確信だった。
カイはそれを、今日は否定しなかった。
計算機を叩きながら、今日の記録の最初の行を書いた。
「帝都は今朝も騒がしい。光はバラバラだ。原振の檻は静かだ。治安端末の変動は止まった。ヴァルクは次を探している。こちらも次を備える。ミラは今日も、百十二頁を開いた。振動は消えない。形を変えるだけだ。今日も、やることがある。それだけで十分だ」
ペンを置いた。
窓の外で、帝都の光がバラバラに瞬いていた。
整然としていない。非効率だ。
でも。
「カイ」
「何だ」
「今日も、よろしくね」
カイは少し、手が止まった。
「……ああ」
それだけ言って、計算機に向き直った。
ミラが百十二頁をめくる音がした。
二つの腕輪の光が、並んで瞬いていた。
バラバラのテンポで。
それでいい。
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