7月22日(金)〜23日(土) アコーダンス
ミス・プーケット・スリングの搭乗する予定だった飛行機が、不審な荷物のお陰で大幅に遅延している。帰宅は来週になるかも知れん。
この一日半近くで、エメの変化は確実に進んでいる。
26時間後には、人の肉を何の躊躇もなく食うようになった。しかも味付けすらしていない、ほぼ生の状態でだ。
32時間が経過した辺りになると、始終落ち着きなく部屋中をうろついている。俺が部屋の外に出ると不機嫌そうに唸るし、戻ってきたら飛びかかってじゃれつく。
37時間目、初めて脱走しようとする。風呂場の窓から外へ出て行こうと試みていたから、引きずり戻して首に鎖を取り付けた。しばらくは鎖にじゃれている。
40時間経った頃には知っている限りのCP、魔女、魔法使い、呪術師に連絡を取り終えていた。酒を調合した者がいない限り、様子を見るしかないとの意見が大半だった。ロベルタにも事情を伝え、ホテルからミス・プーケット・スリングを呼び出してもらっているが、連絡は取れない。もしかすると、まだあちらで乱交に耽っている可能性もある。エメは遊び疲れたのか眠っている。この3時間、俺もトランスして気晴らしに取っ組み合いをしていた。あいつめ、派手に引っ掻きやがって。悔しがる俺を見て、奴は金色の眼を三日月型に細め、勝ち誇ったように笑っていた。
46時間後、疲れ果てて2匹で寝ていたら、ミス・アンシャンテが家に来た。淫魔界で出回っている勃起抑制剤(これを飲ませた状態で相手を興奮させられたら超一流なのだと、そう言うゲームが界隈で流行っているらしい)を持ってきてくれた。
「効く保証はないし、心臓と肝臓にはあまり良くないけど、このままただケダモノに戻っていくのを見守っているよりはマシでしょう」とのことだ。エメは医者や薬が大嫌いな癖に、自分のためだと分かっているんだろう。シロップを大人しく飲んだ。変化はない。しばらく様子を見る。いたく同情したミス・アンシャンテが気晴らしにしゃぶってくれると言ったが(もちろん俺のモノをだ)丁寧に断った。
50時間が過ぎても、相変わらずエメは黒豹のまま、ニャーニャー鳴いているだけだ。今はもう、俺が人型の時、少し早足で動くと背中へ飛び乗ってくる。俺もトランスとデトランスを繰り返すのが面倒で、ほとんど狼のまま過ごしている。飯も作るのが億劫だ。冷凍食品を食い過ぎた。カロリーが恐ろしい。
次に時計を見たら57時間後、呼び鈴で目を覚ます。ロベルタとオーキッドが中休みに様子を見に来た。オーキッドの匂いに反応したのか、エメが立ちどころに落ち着きをなくす。やめとけと叱ったが、「だってだって」と、まるで駄々っ子だ。もういっそのこと、あいつらの喉笛を噛み裂かせれば頭も冷えてデトランスするかと、一瞬頭をよぎる。戻ることはなくても落ち着くかもしれん。もう10回近い脱走未遂で、鎖は今にもちぎれそうだ。結局馬鹿な考えを捨てて、差し入れだけ受け取る。頭の傷をそのままで応対したら、オーキッドが悲鳴を上げて腰を抜かした。アホめ。
気付けば日が沈んでいたとなると、その時点でもうゆうに65時間は経過したことになる。同僚が帰って以来、休む間もなく本気で戦っていた。持てる力を全て振り絞って挑む命のやり取り、今夜が満月だったら、そこまで辿り着けていただろう。正直、少し惜しいと思っている自分がいる。2匹とも満身創痍だ。俺はさっきやっと人間に戻れたが、あいつは今だにベッドで丸くなっている。お互い理性も野生も消耗し尽くしたら、あとは死んだように眠るしかない。何とかアラームだけは掛け、68時間後に目覚めるようにした。
あと1時間で70時間が経過する。こいつが元に戻らなかった場合に備え、サイゴン(今はホーチミンか)行きの航空チケットを予約した。何とかなる。今でもあのゲリラの地下トンネルは、観光客がひっきりなしに訪れてるそうじゃないか。食うには困らないだろう。




