4月22日(金) アコーダンス
お前は二度とあの酒場の扉を潜ることはできない。
というか、普通は行きたいと思わないもんだ。飲んでる最中に絡んで来た馬鹿を9人床へ沈めてから、食い逃げ同然で飛び出してきた店になんて。
金は俺がカウンターへ置いてきた。飲み代くらいにはなるだろう。その分をさっきピサンから抜いた、ってのはいちいち言わなくてもいいな。
あのイカれた袖なし革ジャン男が、お前のローリング・ソバットで首の骨をどうしたかは、別に構いやしない。俺が気にしてるのは、お前の腕の怪我だ。コックの小さい奴ほどデカいナイフを持ち歩いてるものだ(かと言って、幾らモノが大きくても、テクニックがなけりゃあな)
擦り傷だろうとは思うが……お前のことを心配してる訳じゃない。さっきも言ったが、包帯を巻くなり自分で縫うなり、治療は好きにすればいいが、ワイシャツに血が滲むのはよくない。周りが心配するし、不衛生だ。自分でどうにか出来ないならちゃんと病院に行け。
あと俺の目の痣は気にしなくていい。お前が「こいつは顔がいいのを鼻にかけてるから、怪我させたら取り返しがつかないことになるぞ」っていうたびに、死ぬほどムカついてお前の鼻を折ってやりたくなる。お前、もしかして俺の長所は容姿だけだと思ってるのか?
まあいい。過去へ拘るよりも、目の前の仕事に専念すべきだ。
マルキはハーフ・ドワーフだと聞いたが、実際のところもっとドワーフの血は薄いんじゃないか。背丈も人間と変わらない。だからサイレント・サードの爺さんに舐められたんだろう。
お前の言う通り、爺さんはこのホテルにおけるトラブルの中じゃ、決して難易度の高い存在じゃない。あれくらい往なせいないようなら、これから先が思いやられる。
まあ、あまり爺さんが付け上がってしつこくするようなら、周囲への牽制という意味でも、物申しておく必要があるだろうが、しばらく様子見だな。
307号室の不倫カップル、雑種吸血鬼の方は以前から何度かこのホテルを利用してる。毎回違う相手、よくて数度の関係、そういうことだ。みじめなおっさんさ。
チェリーはカラス避けのネットをプランターに掛けているから、再びの襲撃は免れているらしい。それでも、クソ鳥は執念深くフンを落としていくことがあるようだ。お前、いい加減始末しろよ。時折、中庭であの忌々しい鳥を見かけるが、俺はお前と違って木登りが得意じゃない。
彼女はミスター・スプリッツァーに傷つけられた直後にやると(これは身体と精神、両方の意味でだ)恐ろしく燃え上がる。最初の頃、体を許すまで散々渋っていたのが嘘みたいに。さすが魔女の子孫だ。ある意味、ミスター・スプリッツァーも厄介な女を引き当てたと言えるかもしれない。
リネン室で季節遅れのインフルエンザが流行って、ピクシー達の出勤率が酷いことになっている。おかげで812号室のミスター・パルファムのスーツが時間通りに上がらなかった。今日は人間との間に出来た娘との、3ヶ月に一度の面会日だったらしい。苦情を言う元気もないほど頭を抱えていたが、自業自得だな。そもそも淫魔が人間と所帯を持とうとしたこと自体が間違ってる。
くじ札を調べてみたが、偽物には見えない。だがアルクディアのことだから、信用はできん。一応保存しておこう。
二人で山分けしたとして2億500万ドルか。まさしく一生遊んで暮らせるって奴だ。
それだけあるなら、お袋にも幾らか金を渡すか。家と車くらいは買ってやれるだろう。彼女は苦労した。アルファの夫が死んだ後、故郷を離れた新天地で一からやり直して、まあ完璧な方法ではなかったと言え、子供達を誰も死なせず育てたんだ。それに、まともさと言えば、俺だって決して優等生じゃなかったからな。
彼女も歳だから、そろそろ苦労をねぎらってもバチは当たらんだろう。
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