3月23日(水) エメラーダ
事情聴取を受けてきた。型通りの話をして、今後は怪しいと思ったらすぐに通報するようにと言われて終わり。
てっきり、あの夫婦は伝統的な取り換え子として子供を連れてきたのかと思ったけど、実は人間の赤ん坊の両親へ身代金を要求していたそうだ。警察が主導で捜査してた訳が理解できた。
人間のベビーベッドに置かれていた、あの妖精達の実の赤ん坊は、養護施設行きだって。確かに、あんないかにも貧乏で、自分を平気で捨てる、おまけに犯罪者の両親の元に戻されるよりはマシだろう。
勤務中、ホイストがぶっ倒れた。もういよいよ駄目じゃないか。取り敢えず仮眠室へ押し込んで(アルクディアは猛抗議してたけど、そんなの自業自得だ)シフト終わりまで休ませた後、結局クロックの命令でもう一度診察を受けることになった。これで安心だ。しばらく帰ってこないでほしい。夜歩く者たちなら皆気付いていたはずだ、ホイストの体臭が、腐敗の甘酸っぱさが微かに混ざった、間違いようのないウイルスの匂いへ変わっているって。
奴があまりに辛そうだったから、ドラッグ・ストアへ解熱剤を買いに行かされた。そこでチェリーに会った。頭痛が酷いらしい。カートにはタイレノールとタンパックスと避妊具と、ネオスポリンが入っていた。
病院に行った方がいいんじゃないか、って勧めたんだけど、ミスター・スプリッツァーが保険証を取り上げてるらしい。彼は、チェリーが彼の子供を妊娠した時、堕ろしてしまわないかというパラノイアに取り憑かれているとか。彼女はペッサリーを入れているから、そんな心配はあり得ないというのに(じゃあ何で避妊具なんか買うんだろう)
何にせよ、お前も彼女とする時は、気をつけた方がいい。
捜査の影響か、今日もルームサービスのオーダーが多い。昼過ぎにレッドスナッパーへハンバーグ・ステーキを取りに行ったら、ギブソンのオヤジがツナとハムチーズのサンドイッチをサービスしてくれた。ハムチーズの方は付箋をつけて事務所の冷蔵庫へ入れてあるから、また休憩時間にでも食ってくれ。
ブランケットが全部出ているから注意。ピクシー達に聞いたら、明日の朝までは厳しそうだって。
515号室の親子、人間の夫から逃げてる。母親は人魚だ。息子の方も混血だし、肉には長寿の効能が十分ある。どうやら父親が息子を売り飛ばした相手は、ブラック・パール・ファミリーの連中らしい。奴らの手下がホテルに来るかも……クロックに相談して詳細は詰めるけれど、とりあえずのところは母親のミセス・アマルフィの依頼通りノーステイ扱い、連絡は一切繋がないし、宿泊情報も教えない。
実際のところ、人魚の肉ってどうなんだろう。アルクディアの彼女さんはギルレス・マーメイドとして地上で暮らしているけど、話ではおしっこを飲むだけでも寿命が50年は伸びるらしい。だからファックの時は気をつけてるって。いやだな、おしっこなんて。
そもそも別に俺、特別長生きしたいとは考えてない。生命300年時代と世間では言うけれど、それだけの時間を楽しめるなら十分だ。吸血鬼を見ていたら、永遠の命なんて、俺は絶対持て余すと思う。孤独なら一層のこと悲惨だ。サイレント・サードの爺さんを見ていたら、特にそう感じる。
昨日、ミス・ウィング・ハートへ乱入されたショックが抜けきれてないのか、爺さんは一日中廊下を徘徊して、3回は部屋へ連れ戻さなくちゃならなかった。ずっと叫んでいた。「私の魂は踊った、踊った、古ぼけた艀となって、帆柱もなく、魔もののような涯しない海の上で!」
ボードレールなら踊っても許されたかも知れないけど、爺さんの喚き声に6階の宿泊客はさぞ迷惑したことだろう。「ベッドへ縛りつけておけば良かった」って3回目に対応したオーキッドはすっかり腹を立てていた。その通りだと思う。
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