まずは"土台"から。いや言葉の意味そのまんまで
私が村に来てから数か月が経った。その数か月のうちにやったことは主に植物の生育と土地の改善である。
例えば農作物。生きる上で食料は必要不可欠な要素の1つ。これが尽きたら健康的に生きるなんて夢のまた夢。むしろおじいさんはどうやって生きていたんだろうかとも思ったけど、後々聞いたら遠くの町まで一人で買い出しに行っていたらしい。あと備蓄と少ない農作物。
そういえば、おじいさんの名前が判明した。おじいさんの名前は≪グエーガ・ニコライ≫。私よりも60年長く生きている。
話は戻って植物の生育の話。もちろん植物の生育という風に範囲を広げて言ったことには意味がある。簡単に言えば、私が育てたものは農作物だけではない。木や花なども含んでいる。この辺りには森がなく花も咲いていない。本当に植物を育てることにとことん向いていない土地なのだ。
植物の生育なんて言っているが、実際には事前に準備することがあった。それが先ほど言っていた土地の問題。このあたりは泥炭地で、種を撒いても土壌そのものに栄養分がない上に酸素がないから本当に植物が育たない。他の地域に比べて比較的寒いし泥炭なので水はけも悪い。雨が降るから大きな水たまりがよくできる。これでは植物たちは育ちたくても育たない。だから、土そのものを変えることにした。それが土地の改善。
土地の改善にはかなりの時間が掛かった。なぜなら良い土を用意しなければいけないからだ。近場の町にも栄養のある良い土は売っていたが、私はそれよりも畑の土に目を向けた。村の畑には全て魔力がこもっている。私はその畑の魔力を増強して良い土を確保した。
次に、"どこまでを村の領地とするか"を定義した。それによってどのあたりまで土地を改善すればいいかの判断ができる。村の領地は"村を囲む柵から半径5メートルの円形"とした。この村の柵は形的に正方形であるためそれがちょうどいい。円形にしたことにはもちろん理由がある。これはもっと後から絡んでくる話だけど、もしも魔物や盗賊などがやってきた時に"どこから攻められても不利にならないようにするため"。シヴァルツ王国は長方形だったからこそ、城に近い外壁から攻め込まれて一気に崩落したと考えている。ここの領地を円形にすることは、今後のことも考えての判断なのだ。
その定義に従い、村を囲む大きな円を地面に描いた。その円の内側がこれから土地を改善する場所なのだという意味を込めて。
それから、その円の北側から虱潰し的に畑の土を撒いていった。幸い、スコップの他に深底な四輪の台車があったのでかなり大変という訳ではなかった。けどそこそこ大変だった。その間、グエーガおじいさんは作業をする私を見ながらのんびりとしていた。いつもそんな感じで過ごしていたんだろうなと思った。
畑の土を領地全体に撒き終えたのは2か月後のことだった。途中、「これ何のためにやってるんだっけ」状態になったけど、1か月目くらいで北側の領地で雑草が生えていたのを発見して思わず嬉しくて燥いでしまった。ほんの少しではあるけれど、雑草が自然と生えるほど土壌が成長していた。
ただそこで1つだけ疑問が生まれた。
『何故土を撒いただけなのに雑草が?』
雑草を引っこ抜いたら、土を耕したわけでもないのに根までしっかり張っていた。撒いた土の下は泥炭であるはずなのに、泥炭まで根が張っていて雑草が育つのはどうして?
そこから導かれる仮の答えは1つだった。
『土に込められた魔力は隣接する土へ広がっていくのでは?』
それが事実かを検証するために、私は泥炭と畑の土を4つの透明な瓶に詰めた。1つ目は泥炭のみ。2つ目は畑の土のみ。3つ目は上半分を泥炭、下半分を畑の土。4つ目は上半分を畑の土、下半分を泥炭にした。
その結果、1つ目の瓶では雑草は生えず、他の3つの土からは雑草が生えてきたのである。ただし、2つ目と4つ目に比べて3つ目の土は雑草が生えるのは少し遅かった。
この結果から導き出される答えは"土の魔力は隣接する土へ徐々に広がっていくこと"だった。私の予想通りではあったが、その結果が分かったことで私はとあることを思いついた。
"私の魔力増強で村全体に撒いた土の魔力を増やすことで、今以上にもっと使える領地を広げられるのでは?"と。
もちろん土の魔力は広がっていくとは言え日に日に消失していくので、私が定期的に魔力増強を行う必要がある。それでも、領地が増えることに悪い事はない。植物の育つ土地が増えれば増えるほどやれることは増える。それもあり、私は毎朝村の中心で魔力増強スキルを使った。その結果、村の中心付近は雑草が沢山生えた。しかし、もちろんそれは効果があったようで、当初予定していた領地以上の土地に雑草が生えるようになっていた。土の魔力が広がった証拠である。魔力で植物が育つのであれば土地なんて関係ない。魔力は正義。
私はその魔力のこもった土を魔力の土と呼ぶことにした。
土地の改善が順調に進んだところで、次は植物の生育に力を入れた。
メインは作物の生育である。それまではふかしイモがメインディッシュ……というよりこれしかなかったが、食材のバリエーションが増えれば増えるほど食生活が豊かになる。それまでは1日3イモみたいな生活だったから。
食生活の充実度は人生の幸福度と比例する。これは間違いない。
村の中を隅々まで探してみたところ、イモの種の他にニンジンの種とタマネギの種を見つけた。これとカレーのルーがあればカレーを作れそうだった。そんなことは置いといて、それ以外の作物の種を入手するために、私は近場の町≪アイルイゼン≫へ行った。近場と言ってもおおよそ50キロメートル離れている。だから町へ行く際は基本的に泊まることが前提となる。
さて、町で買ったものについて、基本的には作物の種を購入した。それに加えて村を華やかにするための花の種、そして今後木材が必要になると見込んで苗木をいくつか買った。育つまでに時間はかかるが今よりは外観がマシになるだろう。そもそも私のスキルを使えば植物の生育は何とかなる。
町で宿を取り一泊。次の日に町を出て村に戻った。村ではグエーガおじいさんが雑草を刈り取っていた。おそらく暇だったのだろう。けれど少し楽しそうだった。
村の周辺に苗木を植え柵の周りに花の種を植えた。帰ったその日は魔力の増強をしていなかったため夜に魔力増強を施した。次の日、植えた花の種を見に行くと花は芽吹いていた。苗木はほんの少し大きくなっていた。そのまま毎日魔力増強を行って、順調に花は咲き苗木もすくすく育っていった。
次は作物の生育に関して。畑の土は領地に撒いた分でかなり減ってしまい、まともに使えそうな畑は残り1つになっていた。それでも使えるには使えるのでそこに作物の種を撒いた。ちゃんと1列1作物というように区別をして分かりやすいようにした。
これも私が毎日魔力増強を行うことで成長していった。種類は問わず作物ができるまで3日から4日。正直相当早い。普通であれば1つ2つの季節を跨いで生育、収穫という形になるだろう。その縛りが魔力の土にはないのだ。やはり魔力は正義。
そうして毎日魔力増強を繰り返すことで作物は育ち、それを収穫して私たちの食生活は充実していった。何より一番幸いであったのが、グエーガおじいさんが火の魔法を使えたことだった。そのおかげで調理方法が限定されることはなかった。私も魔法が使えればそんなことはなかったのに。
これらをして私たちの数か月はあっという間に過ぎていったのだった。
土地の改善。食生活の充実。外観の改善と資源の確保。私たちの村に必要最低限な要素はある程度揃っていた。しかし、もちろんまだまだ足りないものもある。
例えば水。この村には井戸があるが、私が来てからそこの水はもう殆ど尽きてしまった。毎日お風呂に入りたかったから仕方なかった。……仕方なかった。
それ以外の水の供給手段はおじいさんの水魔法しかない。ちょっとそれはイヤ。だから、どこかから水を引く必要がある。
そして、今後大事になってくるのは生活の幸福度。
この村にはいくつか小屋がある。しかし、私が見た限りどれもボロボロだった。隙間風。雨が降ったら雨漏り。あとめっちゃ揺れる。今にも崩れそうな小屋はどうにかしなければいけない。
それから必ずしも必要ではないが家具や設備も例外ではない。タンスやクローゼット。テーブルにイス。ベッドのシーツや本体の改善も必要だろう。
もちろん娯楽品もあった方がいい。
これからはその生活の幸福度の充実を見据えて村の改善に取り組んでいく――。
と、これまでの事とこれからの事をグエーガおじいさんに話した。
「……おお、いいなそれ」
そのセリフ聞き覚えあるな。
「まさかここまで村が持ち直すとは思わんかった。お主は本当にすごいのう。ワシの見越した通りじゃ」
「嘘つき。それ後付けでしょ。……でも、村を立て直すのであれば土台は必要でしょう?」
「ほっほっほ、それもそうじゃな」
彼の座るイスがギシギシと音を立てる。
「ところで、その必要な水はどこから引くつもりなんじゃ?」
「それが問題なのよね。近くに山から流れる小川があるから、そこから引きたいと思ってるのだけど……」
「ん? 何か問題があるのか?」
ボロボロのテーブルに突っ伏して指で表面をなぞる。
「問題は大きく分けて2つ。まず1つ目は川が10キロ離れているということ。2つ目は水の処理方法の問題」
「1つ目はここまで引けるかどうかの問題ということじゃな? まあ気合でいけるじゃろ。お主はまだ若い」
「おい」
「して、2つ目はどういうことじゃ?」
「ん……。処理方法の問題っていうのは、まず川の水を"飲める水くらい綺麗にしなければいけない"ということと"使用後の水はどこにやればいいか"という2つの問題のこと」
「ほう」
グエーガおじいさんが目を細める。
「まず後者について。使用後の水が再利用できればいいのだけど、それは現時点でいらない。だから、基本的には海に流すつもり」
「それでは海が汚れてしまうではないか」
「そう。だから処理する必要がある。海の環境に影響を及ぼさない程度の綺麗な水にね」
「ふむ」
「そして前者の問題。川の水を人が飲めるくらいの水にする必要がある。山から流れてきた水なのだから黴菌が入っている可能性は否定しきれない。だから徹底的に人が飲んでも大丈夫な水に処理する必要がある」
長いひげを上から下へ引っ張るように触るグエーガおじいさん。
「結局、何にせよ"水を綺麗にする処理"が必要になるでしょう? それが水の処理方法の問題なの」
「ふむふむ。その通りじゃな」
「……おじいさん、浄水の魔法とか使えない?」
「無理じゃよ」
「……じゃあそれができる人を連れてこないと」
私が全く魔法を使えないことについて彼は既に知っている。私が伝えるまでもなく、「お主魔法使えんじゃろ」と言われた。理由は私の体から魔力が一切感じ取れなかったかららしい。
その過程で知ったこととして、彼は魔法使いであったことも明かした。畑の魔力が何十年間も枯渇しなかったのは、彼が魔力を注ぎ込んでいたおかげなのだと聞いてなるほどと思った。しかし、今は体が衰えてしまい、小さな魔法しか使えなくなってしまったらしい。魔力を注ぎ込むことすらままならなくなってしまったからこの村の後継者を探していたのだとか。だとしたら、魔力が一切感じ取れなかった私をどうして村に招いたのかが気になるところではあったが、その答えもしっかりあった。
『とりあえず誰でもいいから若い人を村に呼び、魔法使いは他所から連れてきてくれればそれでいい。あとあの崖で飛びおられるのは嫌』
こんな理由だった。
最初から期待されていないことは重々承知だったけど、これを聞いて益々「自分勝手だな」と思った。
ちなみにあの崖から飛び降りされるのが嫌な理由は、あの崖から見る水平線の景色が好きだからだとか。その好きな場所で悲しいことが起きてほしくなかったらしい。
「浄水の魔法となると、僧侶かの?」
「僧侶ね」
「ふむ。まあなんとかなるじゃろ」
「おい」
「して、僧侶は探しながらこの村へ川を引く作業をするんじゃな?」
「……そういうことになるわね」
「ワシも何か手伝ってやれればいいがの。歳なものでな」
「いいわよ。私1人でもできるから」
「ほっほっほ。お主は強いのう」
そんな話をしてその日は終えた。
私の作業は翌日から始まった。
まずはどこから水を引くかを決める。
川は北東の山から西の海へと流れている。その川の大体中間くらいからそのまま南に10キロメートルのところに私たちの村がある。それならその中間の地点から水を引くというのが一番良い。
と言いたがったが、その中間地点は川が枝分かれした後の小川なのである。つまり水の量が少ない。だから私は、その枝分かれする前の川から水を引くことにした。それで大体村と川の距離は15キロメートル。これを地道に広げて私たちの村に繋げなければいけない。重労働だ。
スコップは1つと呼びに2つ持ってきた。これくらいあれば、もし1つ壊れても作業が止まることはない。
これどのくらい掛かるかな。もし魔物が出てきたら倒すつもりだけど、それを踏まえても軽く数年掛かるんじゃないかと思っている。これと並行して僧侶を探すつもりだけど、水が引ける前に僧侶が見つかりそう。
まあそれはそれでいいか。
こうして私の水引き作業が始まった。
朝起きて村で魔力増強を行いグエーガおじいさんに1日分の食料を届けて出発。
現場に着くのが大体昼前くらい。それから夕方にかけて少し大きめの水路を掘る。お弁当はふかしイモ。これが一番コスパ良い。
その作業を毎日繰り返しているうちに、やっと5キロの地点まできた。雨や雪が降る日もあれば少し暑い日もあったけれど、めげずに毎日繰り返した。
ここまでおおよそ2年間と少しかかった。
その間、グエーガじいはますます老いていった。今ではもう碌に外へは歩きに行けない。殆ど寝たきり状態になってしまった。
顔はやつれ体全体がやせ細っていった。私が届けていた食料も全て食べなくなってしまった。少し前まではすべて平らげていたのに。
どうしても心配になって1日付きっきりでいようと思った日もあったが、グエーガじいは「そんなことせんでいいから、村の復興を進めとくれ」と言って聞く耳を持たずに私を水引作業へと行かせていた。
途中、「僧侶探しはどうなっている?」とも聞かれた。
たまに、調味料や道具を買いに町へ行くことがある。その時に毎度酒場で僧侶を探しているがまったく成果が得られなかった。大抵いるのは『冒険者としての僧侶』であり、『町や村に定着してくれる僧侶』はいなかった。何よりも僧侶は引く手数多で数自体が少ない。最近は毒を使う魔物が増えているとのことで、やはり冒険者として毒を治癒できる僧侶が求められているのだ。
それを伝えると、彼は「孫が僧侶をしているらしいから、その子が来ればの。まあ昔少し遊んだだけだが。ほっほっほ」と笑っていた。どうしてそんな夢物語みたいなことを言えるのかと軽く文句を言った。
それから数か月経った今日。
いつも通り起きて魔力増強を施し、グエーガじいの家に食料を届ける。
「じい、入るよ」
いつも通りドアをノックした。
しかし、今日に限って彼からの返事はなかった。
寝ているのかと思って小屋に入ると、彼は床でうつ伏せになって倒れていた。
「グエーガじい……?」
私はすぐに駆け寄って彼の肩を揺さぶった。
少し苦しそうにしていたがまだ呼吸はある。
私は彼をベッドに運び寝かせた。
「おお、ありがとう……」
彼は掠れた声でそう言っていた。
水が必要だと思い、井戸から水を汲んで水を持って行った。彼はひどく喜んだ。
「お主は本当に変わらんの。お主を見ていると娘や孫を思い出すよ」
「走馬灯を見たみたいなこと言わないでよ。今日は何があろうと一緒にいるからね」
「……こんな老いぼれの事はいい。ワシは1日でも早く、この村の活気ある姿を見たいんじゃ。だから今日も行っといで」
「やだ」
私は下唇を噛みながら首を横に振った。
「頑固じゃの。ほっほっほ」
そうして、今日は彼の小屋で過ごした。
次の日、目が覚めると机に突っ伏して寝ていた。
「あ……そうか。ここグエーガじいの小屋か……」
昨日は彼のことが気になりすぎて寝るのが遅くなってしまった。
今の時間は大体昼くらいだろう。
「じい、おはよう」
彼に朝の挨拶をした。しかし、返答はなかった。まだ寝ているらしい。起こすのも悪いので顔だけでも拝んでおこうと思った。
イスから立ち上がり彼のベッドに近づく。
「まったく、気持ちよさそうに寝て……こっちの気も知らないで…………――」
その時、変な予感がした。
じいが呼吸をしていない。
「グエーガ……?」
体を摩っても彼が起きる気配はない。それどころか体は指まで完全に固まっていた。
死後硬直。
硬直のピークは10時間から12時間。
私が寝たのは大体10時間前くらいだから、私が寝たのを見て……?
「おやすみしか言ってないじゃん。……ずるいよ」
私はグエーガに何もしてあげられなかった。ただご飯を持って行ったり普通に過ごしたりするだけで、ここに来てから何もしてあげられなかった。助けてあげられなかった。夢も叶えてあげられなかった。私に能力がないばかりに……。
何かが頬を伝った。涙だ。
十数年くらい泣いていないのに、こういうときは涙が出るんだ。
人間の体って都合悪いな。
ほんと、都合悪いな。
ほんと。
自分勝手だよ。
――彼の墓は海が見える崖のそばに作った。
彼が好きだと言っていた場所。水平線が見えて、とてもきれいな海が見える場所。
最初は崖の下ばかりを見ていた。希望が持てなくて私はいらないんじゃないかと思って下を見ていた。けれど、今日は前を見ることができた。
夕陽が水平線と重なり、オレンジ色の空に少しだけ群青色の空が混じる。空という名のパレットの中で色が混じり合う。
雲1つない空はとても綺麗だった。夜になると月が出て、まばらに散る星が夜の空で輝いていた。私が1番だとでも言うように皆自分を主張しあっている。
ただただ綺麗だった。
グエーガがこの景色を好きになる理由もよくわかった。
その日は彼の墓に育てた花を添えて、自分の小屋に帰った。
翌日。
起きてすぐ、体に力が入らなかった。
風邪を引いている訳じゃない。どこか体調が悪いわけではない。
ベッドから起き上がるのが嫌だった。
このまま起きて魔力を増強して、それで……?
そこから何をしていいかが思い浮かばなかった。
いつも通り水路を掘りに行く。いつも通り……ってなんだろう。
それが分からなくて、1日中ずっと考えていたら夜になっていた。
それが1週間くらい続いた。
さすがにお腹が空いたし喉も乾いたので、イモを洗い皮をむき、生で食べて井戸の水を飲んだ。
彼がいないだけで何でこんなに寂しいんだろう。関わっていた時間はそこまでなかったはずなのに。
……なんで私ばっかり生きてるんだろう。部屋の中でずっとそんなことを考えていた。
次の日。
陽の光を浴びようと思い外に出た。
この約1週間、魔力増強をしていなかったからか作物や花に少し元気がなかった。さすがにいけないと思い私は魔力増強を2回行った。すると、花や作物はみるみるうちに元気になっていった。
そして、いつも通り食料を持ってグエーガじいの小屋に行った。中には誰にもいなかった。
テーブルに食料を置いて、ぐちゃぐちゃになったベッドのシーツを綺麗に整えた。そうしたら、壁とベッドの隙間に何かが挟まっているのを見つけた。綺麗に折られた紙。何か字が書いてある。
私はそれを手に取って紙を開いた。
*
――クリアへ。
いつも構ってくれてありがとう。
お前をあの崖で見つけた時、どうしてか死んだ娘の後ろ姿がお前に重なった。ここで引き止めないと後悔する。そう思って、柄にもないことをしてしまった。
お前がこの村に来てからずっと、ひた向きに頑張る姿をずっと見守っていた。村の北側に雑草が生えてお前が喜んでいた時もあったな。私も自分のことのように嬉しかったよ。
この村に来てお前が私に希望をくれた。作物だけではない。花や木もそうだ。命が枯れた土地に命を芽吹かせていたお前を心から慕っていた。
体の自由が利かなくなってからもお前は私をずっと気にかけてくれたな。本当はお前の意思に甘えてしまおうとも考えていた。ずっと見守っていてほしい。そうも思った。
だが、それはお前を邪魔してしまうことになる。それではいけないと思って我慢したよ。大変だった。
お前は強い。自信をもって生きてほしい。努力家で希望を捨てずにこの村のことを考えてくれた。
ずっと1人だった私に希望を芽生えさせた、それはお前にしかできなかった。今ではそう思う。
お前と過ごした日々は私の中でとても大切な思い出になった。
本当にありがとう。ずっと楽しかった。
これからは少し遠くで見守ることにするよ。ありがとう。
――グエーガ・ニコライ――
*
「ずるいな、ほんと……。自分の口で言いなさいよ……こんなことくらい……」
手紙を丁寧に折ってポケットに入れる。
そうだ。私はこんなところで立ち止まっちゃいけない。
必ずこの村を復興させてやる。町を作り上げてやる。
何があろうと絶対に。
◇
「今日も行ってくるよ。グエーガじい」
墓に手を合わせて、その場を立ち去る。
あれから4年の月日が流れた。
いつの間にか土の魔力は川の近くまで広がっていた。どうしてそれが分かったのか。それは物凄く単純で、川の近くまで雑草が生えてきていたからである。
川の水路は漸く村まで繋がった。川の水が井戸の中に流れるように細工をして、水路は海へ繋いだ。これで水がどこかから溢れることはないだろう。
最後は川と水路を繋げる作業だけ。これをすればきっと村へ水が流れる。
私は川と水路の間の土を掘った。
この6年間ただひたすらに繋げてきたのだ。孤独で寂しくてくじけそうになってしまったこともあるけれど、それを乗り越えてきた。
スコップを力強く土にさすと、土の間から水がしみ出してきた。それは徐々に広がっていき、ついに水が土の壁を崩した。
川の水は水路へ流れ、私の作った道を勢いよく下っていった。
それまでの疲れが全て吹き飛んだような感覚。私は走って水を追いかけた。
ずっと走り続けて村までたどり着いた。村へ水が流れている。それだけで嬉しくて柄にもなく大喜びしてしまった。
もちろん井戸の中にも水が流れていた。
水路の水は最後に海へ流れ、6年かけた水引作業に幕を閉じたのだ。
あとはこの水を浄水できる僧侶を探さなければいけない。
今日はもう遅いから、明日から本格的にその作業に乗りだろう。
絶対に僧侶を見つけてみせる。
翌日。
今回は多めに魔力増強を行ってから町に行った。
1週間ほど集中して僧侶を探すためである。生憎冒険者時代に稼いだ貯金はたんまりある。これが続く限りは僧侶探しを続けられるだろう。
町に行き、酒場や路上で僧侶を探し声をかける。
それを毎日行う。少し変人と思われることもあったり、「ちょっとアレなことしてくれたら付いて行っても良いよ」とかいう連中がいたり、嫌なことは多かったけど、一切めげずに続けた。
1週間かけて町で僧侶を探して村に戻り、また1週間かけて町で僧侶を探して村に戻りを繰り返す。それを何年も諦めずに続けた。
――そして、100年もの時が流れた。
この100年間、村に来てくれる僧侶は見つからなかった。
数十年経ったところで村の小屋が崩れ始めたのでさすがに建て直した。水路も少し外見を整えたりもう少し枝分かれさせたりした。
村の柵も新しく作り直した。100年前と比べると村の外見はかなり良くなった。より村らしくなった。
それに、町は以前とは比べ物にならないくらい大きくなっていた。
なのに僧侶は見つからなかった。
次第に町の老人から私への目線が少し気になるようになった。
それもそのはず。この私。100年通して見た目が一切変わっていないのである。
体調も100年前から変わっていない。
町では私のことが少し噂されるようになっていた。
――僧侶を探す魔女。
そう囁かれるようになったのは20年前くらいから。
子どもたちが私を指さして「あ、魔女の姉ちゃんだ!」と言ったところから。私は今でもあの言葉を覚えている。なんで魔法使えないのに魔女なのよって思ったから。
誰が最初に言い始めたかは知らない。けれど、そういわれ続けても私は僧侶を探し続けた。
もちろんお金は底をついたので、町人の依頼をこなしつつお金を稼ぎながら毎日頑張っている。
けれど僧侶は見つからない。むしろ僧侶が私を避けるようになった。
どうやら私に連れ去られた僧侶が帰ってきてないとか消された、食べられたとか噂されているらしく、おそらくその影響。
僧侶はもちろん捕まえたら村から逃す気はないけれど消した覚えはない。そもそも僧侶を捕まえたことがない。
それ相応の活動をしていると、根も葉もない噂が経ち始める。めんどくさい。
……何故私がこうなってしまったのか。はっきりと原因はわかっていない。心当たりがあるとすれば107年前に遺跡で飲んだあの水だ。あの水が不老不死の薬だったとかそういう話。
試しに死んでやろうかとも思ったけど、怖くてできなかった。
さて、今週も僧侶は見つからなかった。
帰り道に私はため息をついた。一体これをいつまで続ければいいのかと。
けれど諦めるわけにはいかない。グエーガじいの夢なんだ。私が完成させないで誰がやるというのか。
そんなことを考えながら平原を歩いていたら、誰かが倒れているのを発見した。その周りにはスライムとゴブリンがいた。
ゴブリンはその人からきらきら光る物を取り、スライムはただひたすらその人を押しつぶしていた。
「…………」
私は静かに近づき草陰から様子を見た。
生憎武器は持ち合わせていない。戦うにしても数で押し切られて負けてしまうかもしれない。
魔物が去るまで待とう。
それから数分して魔物はその人から離れていった。私はその人に近づき、一先ず生きているかを確認した。
息はある。傷もあるがこれくらいならどうにかなりそう。
倒れているのは人間の青年だった。青い髪で少し背の高い青年。白いローブの上に黒い上着を着ている。魔法使いだろうか?
青年の荷物はあまりとられていないようだった。おそらく金目のものしか盗られていないのだろう。
町からは遠いし村の方が近い。そう思って、私はその青年を村まで担いで持って行った。
◇
その日の夜。
私は椅子に座り眼鏡をかけ、最近買った魔法書を読んでいた。
魔法は使えないけれど、もしこんな魔法が使えたらこんなことするなーと考えるのは楽しい。それはさながらウィンドウショッピング。「これ買ったら絶対生活充実するんじゃない? アレに使えるんじゃない? コレに使えるんじゃない?」的な感じ。すごく楽しい。
最近は魔法の種類も増えていて、くだらない魔法もタメになる魔法もある。数十年前から始めた趣味で、かれこれ数百冊は読んだと思う。
「うーん……」
ベッドの方から唸り声がした。ベッドに寝かしている青年の声だ。
やっと起きたのだろうか。
「あれ……ここは……?」
青年が目覚めて体を起こす。
「あいたっ、いたたた……」
痛そうに肩を押さえる青年。
傷の手当はしてあるが、私は生憎治癒魔法が使えないので全て包帯。人が寝ている間に服を脱がせるのには少し抵抗があったが、まあ仕方なかった。
「無理しちゃだめよ」
魔法書を片手に青年の方に目を向ける。
「き、君は?」
「私はクリア。道中、貴方が倒れてたからこの村に連れてきたのよ」
「そうか、確かあの時魔物に……。そうですか……ありがとうございます……」
青年は安心したように一息つく。
「僕はカムイです。それであの、ここはどこなんですか?」
「ああ。ここは"ノメル村"。私しか住んでいない村よ」
「へえ……え? 君が1人で?」
「ええ。そうだけど」
「…………もしかして、魔女……?」
「えっ」
カムイは私のことを知っているらしい。でも魔女と言われていい気分はしない。
「うん。まあ貴方の言う通りの人だと思うけど」
「……!」
目を見開くカムイ。
「な、なに?」
彼は息をのんで、こういった。
「やっと会えた――」
「……え?」
「僕はずっと、貴方を探していたんです!」
「…………は?」