8 深くおちていく
セリス視点です
レヴァンと一緒に、のんびり辺境のグランウッド地方を目指す旅。
僕は久々にのびのびとした時間を満喫していた。
思えばあの変なトラップに引っかかって以来、常にどこか気を張っていた気がする。
同じパーティーの仲間すら信頼できない。そんな自分が嫌になる。……なんて葛藤からも解放されて、僕は自由を謳歌していた。
レヴァンと一緒だから、何も心配することはない。
……と、思ってたんだけど。
「……やばい、迷ったっぽい」
現在地は深い森の中。どうやら僕たちは道を外れて迷ってしまったらしい。
でも、僕はそんなに心配はしていなかった。なんたって僕たちは冒険者だ。
こんな山道くらい、慣れたものだ。
……ただ一つ気がかりなのは、少し痛む足だ。どうやら前の町で新調したブーツが足に合わなかったらしい。レヴァンのペースについていこうと、ちょっと無理をしてるからかもしれない。
この体になってから、体力が落ちた。
体が小さくなった分、歩く速さも遅くなった。
ここ数日の山歩きで疲れがたまっているのかもしれない。前は、こんなのなんともなかったのに……。
レヴァンに頼めばもう少しゆっくり歩いてくれるかもしれない。でも、そうしたくはなかった。
一人で出て行こうとしたレヴァンについてきたのは僕のわがままだ。
だから、彼の足は引っ張りたくないし……失望されたくない。
レヴァンはいつも僕の先を走っていくけど、少し先で僕が来るのを待っててくれていた。
……でも、いつまでもそうしてくれるという保証はない。
僕に見切りをつけて、いつか僕の前から去ってしまうんじゃないか。
……そんなわけない。僕の親友はそんな奴じゃない、と自分に言い聞かせても、心の奥底では拭い去れない恐怖に怯えている。
……大丈夫。こんな痛みくらい我慢できる。
先を歩くレヴァンに置いていかれないように、僕は小走りで彼の背を追った。
「……いつからだ」
「だから大丈夫だって言ってんじゃん……」
「馬鹿! なんで言わないんだよ!!」
……結局、僕の失敗で不調はばれてしまった。
レヴァンがブーツを脱がせて現れた足は、思ったよりもひどい状態になっていた。
でも、そんな傷ついた足なんかよりもずっと、心が痛い。
「だって、みっともないじゃん……」
情けなくて涙が出てくる。
レヴァンに追いつこうとして、追いつけなくて、こうして足を引っ張ってしまった。
僕は、レヴァンに迷惑をかけてばかりだ。
「…………今まで、こんなことなかったのに」
男だったときは、ちゃんとできていた。
パーティーの中のシーフとして、罠を解除したり鍵を開けたりちゃんと役割は果たせていたはずだ。
それなのに、あの宝箱を開けた時からおかしくなってしまった。
なんでこうなるんだろう。
僕があんな変なトラップに引っかからなければ、レヴァンがパーティーを追放されることはなかった。
今も将来有望なパーティーのメンバーとして、あの街で冒険者を続けられていたはずなのに。
……何もかも、僕のせいだ。
「……悪い、気づかなくて」
「ううん、レヴァンは悪くない」
レヴァンは悪くない。一番悪いのは……どう考えても僕だ。
みっともなくすすりなく僕を慰めながら、レヴァンが足の手当てをしてくれる。その手つきは丁寧で正確だった。
レヴァンはいつも、仲間の安全を最優先に考えていた。傷薬や解毒剤の準備を怠ったことはないし、傷ついた仲間がいれば真っ先に助けに入り、果敢に戦っていた。
僕たちのパーティーにも癒し手はいたけれど、それとは別にこうして応急手当のスキルも身に着けている。
そんなレヴァンの隠れた努力はあまり気づかれていないようだったけど、僕はいつもそんな彼に感謝していた。
手当が終わると、何故かレヴァンは屈みこんで僕に背中を向けた。
「ほら、乗れよ」
「えっ?」
乗るって……何に?
馬か何かを用意したわけでもないのに、いったい何を……と考えを巡らせ、僕はやっと気が付いた。
まさかレヴァンは、僕をおんぶしようとしているのか!!?
「い、いいよそんなの!」
だって……そんなの恥ずかしすぎる!
僕だってもういい年なのに、たかが靴擦れでおんぶしてもらうとかさすがにない。
だが、レヴァンも譲らなかった。しまいには僕が子供のころの恥ずかしい話なんて持ち出してきて、退路を塞いでしまう。
仕方なくほとんど諦めかけて、差し出された彼の背中を眺める。
あれ、レヴァンの背中って、こんなに大きかったっけ……。
そう思った途端なんだか無性に恥ずかしくなってきて、照れ隠しについ悪態をついてしまう。
レヴァンはそんな僕の態度に苦笑していたが、すぐに何かに気づいたかのように剣を抜いて立ち上がった。
「……レヴァン?」
すぐに、彼のそんな行動の理由はわかった。
現れた一匹の狼。レヴァンは難なく襲い掛かってきた狼を撃退したけど、すぐに狼の群れに囲まれてしまう。
……数が多い。
僕だって怪我をしているとはいえ冒険者だ。ある程度は戦えるけど、さすがにこの数は……。
嫌な予感がよぎり、心がくじけそうになってしまう。
その瞬間、声を掛けられた。
「……セリス、目ぇ閉じろ」
「え?」
反射的に、言われたとおりに目を閉じる。
次の瞬間、爆発音が聞こえたかと思うと僕の体は宙に浮いていた。
「ええぇぇぇ!!?」
「しゃべんな! 舌噛むぞ!!」
レヴァンは僕を抱き上げたまま走り出した。
降りようと思ったけど、そうすると逆に時間を食うだろう。
僕は言われたとおりに大人しくレヴァンに抱えられていた。
だが……背後からは狼の群れの迫ってくる気配がする。
おそらく先ほどレヴァンが使ったのは閃光弾だろう。
だったら何故……と考えてすぐに思い当たる。
獣の嗅覚は敏感だ。あの狼たちはきっと、僕の血の匂いを頼りに追ってきている。
だったら、取るべき道は一つだけだ。
「……レヴァン。僕のこと、置いてって」
「おい、何言ってんだよ!」
「たぶんあいつら……僕の血の匂いを頼りに追ってきてるんだと思う」
僕とレヴァンが離れれば、きっと奴らの狙いは僕に集中するはず。
「馬鹿なこと言ってんな。絶対に大丈夫だ」
「このままだと共倒れだよ……!」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
その言葉に、胸がつきんと痛む。
僕のせいで、レヴァンに無理をさせてしまっている。
やがてレヴァンが慌てたように足を止める。
進行方向には、行く手を塞ぐように狼が立ちふさがっていた。
……もう、猶予はない。
力いっぱい暴れて、僕はレヴァンの腕の中から逃げ出した。
ここで僕が別方向に逃げれば、きっと狼たちの何匹かは僕の方を追ってくるはずだ。
レヴァンは強いから、群れを分断できれば対処はできるだろう。
その時自分がどうなっているのかはできるだけ考えないようにしつつ、僕は懐のダガーを引き抜きレヴァンから距離を取ろうと後ずさった。
次の瞬間、ずるりと足が滑る。
「えっ」
バランスを立て直そうとしても、踏みしめるべき地面がない。
落ちる――と思った瞬間無意識に伸ばした手を、強い力で捕まえられる。
そのまま……深く、深く、二人で落ちていく。
その中で強く抱きしめられて、不覚にも安心した。
レヴァンが傍にいるから、不思議と怖くはない。
このまま二人で死ぬなら悪くないかな……なんて思いもよぎったけど、すぐに思い直す。
……レヴァンは、何も悪くない。
こうなったのは全部僕のせいだ。
――だから神様、せめて彼だけは助けてください
やがて強い衝撃と共に、僕の意識は闇の飲まれた。




