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6 せめて、お前だけは

 セリスの体を抱えたまま、ただひたすらに足を動かす。

 閃光弾の効果が効いていれば、しばらくの間あの狼どもはろくに視界がきかないだろう。

 なんとか逃げ切れる。俺はそう踏んでいたのだが……


「ちっ、もう追ってきやがったか……」


 背後から何匹もの狼のうなり声と足音が聞こえてくる。

 まだ距離はあるが……このままだといずれ追いつかれてしまうだろう。

 どうするかと頭を巡らせていると、俺に抱えられたままのセリスがぽつりと呟いた。


「……レヴァン。僕のこと、置いてって」

「おい、何言ってんだよ!」

「たぶんあいつら……僕の血の匂いを頼りに追ってきてるんだと思う」

「っ……!」


 それは、俺も考えなかったわけじゃない。

 応急処置は施したとはいえ、セリスの足は酷く出血していた。

 漏れ出る血の匂いまでは完璧に消せなかったようだ。


 でも、セリスをここに置いていくなんて選択肢ははなからあるわけがない。


「馬鹿なこと言ってんな。絶対に大丈夫だ」

「このままだと共倒れだよ……!」

「大丈夫だ、俺を信じろ」


 何か方法があるはずだ。何か……!


 だが、現実はそううまくはいかなかった。

 俺の進行方向にも、先回りしたのか狼が飛び出してくる。

 慌てて立ち止まると、背後からも迫りくるうなり声が聞こえてくる。

 ……挟み撃ちか。獣のくせによく頭がまわることだ。


「……僕が引きつける。レヴァンはその隙に――」

「次言ったら殴るぞ」


 セリスを囮に俺だけ逃げ出すなんて情けない真似ができるはずがない。

 だが、セリスの馬鹿は聞かなかった。


「だって、レヴァン一人なら逃げ切れるだろ!」

「おい馬鹿暴れんな!!」

「だってこんなの嫌だ!!」


 セリスは俺の腕から抜け出そうと無茶苦茶に暴れた。

 狼に気を取られていたせいで、うっかり腕の力が緩み、セリスを逃がしてしまう。

 セリスは二、三歩後ずさって俺から距離を取ろうとし……


「えっ」

「セリス!?」


 ずるり、とセリスの体が背後に倒れる。

 慌てて助け起こそうと手を伸ばして、俺は悟った。

 セリスの背後には、地面がなかった。ちょうど崖のようになっている箇所が、生い茂る草と暗闇に紛れて見えなくなっていたのだろう。

 そのまま手を離せば、俺は落下せずに済んだかもしれない。

 でも、そうする気にはなれなかった。


 落ちていくセリスに引かれるようにして、俺の体も真っ暗闇に落下していく。

 その中で、必死にセリスの体を引き寄せ守るように抱きしめた。

 ……せめて、こいつだけは助かってくれと願いながら。



 ◇◇◇



「うぅ、ふぇ……」


 目の前では、小さなエルフの子供が泣いていた。

 大きな翡翠の瞳は涙に濡れ、まるで宝石のように光っている。


 ……あぁ、こいつはセリスか。


「おい、また泣いてんのかよ」

「だってぇ……」

「今度は何言われたんだよ」

「ながい耳が、気持ち悪いって……」


 セリスはしゃくりあげながらたどたどしく言葉を発した。

 なるほど、また村の子供に悪口を言われたようだ。


 セリスの両親はエルフだった。この村では唯一の亜人種の家族だった。

 すぐ隣に住んでた俺たち家族には、彼らがとても親切で優しい、俺たちと変わらない存在だとわかっていた。特にセリスの母さんは滅茶苦茶美人だし、おっとりしてて優しいし、悪事なんて企むはずがないと俺は子供ながらに思っていた。

 でも……あまり関わり合いのない奴は、そうは思わないらしい。


 悪魔の使いだとか、化け物だとか、この村を滅ぼすつもりだとか口さがない噂をまき散らす連中はいる。

 ましてや、子供は正直だ。

 誰に聞いたのか、セリスを見るたびに追い立て、悪口を浴びせ、セリスの心を傷つけていた。

 その現場を見つけるたびにぶっとばしてやっているのだが、未だに俺のいない所でセリスに絡んでくる奴はいるようだ。


「ふーん、この耳がねぇ……」

「あ、ちょっ、くすぐった……あはは!!」


 長い耳をこしょこしょとくすぐると、セリスはくすぐったかったのか身をよじって笑い始める。

 しばらくこしょこしょと耳をくすぐり続けてると、さすがに笑いつかれたのかセリスはひぃひぃと腹を抑えていた。

 いつの間にか、セリスは泣き止んでいた。まぁ、笑いすぎてまだちょっと涙が出てるけど。


「別に、かっこいいじゃん。その耳」

「……そう?」

「そうそう。なんかシャキーンってしててさ」


 素直にそう言うと、セリスはちょっと照れたような顔をした。


「次そんなこと言われたら殴ってやれよ」

「……できないよ。僕、よわいもん」

「じゃあ俺に言え。俺が殴ってやるから」


 胸を張ってそう告げると、セリスはどこか嬉しそうに笑った。


「レヴァンはつよいんだね。うらやましいな」

「そりゃあ、俺はいつかSランク冒険者になるんだからな!」

「冒険者……? 冒険者ってなに?」

「それはな……」



 …………こんなことも、あったな。

 こんなに弱っちかったセリスも、今では俺と同じく立派な冒険者だ。

 俺は、セリスの成長を見るのが嬉しかった。

 だから、こんなところで死なせるわけにはいかない。


 セリス、せめてお前だけでも……




「…………ン、レヴァン……!」




 どこか懐かしい、声が聞こえた。

 死ぬほど体が重いが、それでもなんとか力を振り絞って目を開ける。


 真っ先に見えたのは、夢で見たのと同じ、涙にぬれて宝石のように光る翡翠色の瞳だ。


 あの頃よりもずっと大人びた顔。

 それでも、泣き虫なところは変わっていない。


「…………セ、リス?」

「うん、うん…………!」


 喉がカラカラでたった一言を発するのも大仕事だったが、しゃがれた声で呼びかける。

 その途端、セリスはぶわっと涙を溢れさせた。


 セリスは生きている。そして、たぶん俺も生きている。

 そのことに安堵した途端、セリスは俺の胸の上に突っ伏して号泣し始めた。


 おい、重いからどけよ……と言う気力もなく、俺は再び目を閉じた。


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