37 魔術訓練
「いやいやいや……それはないですって。俺冒険者になった時に魔法適正は絶望的って突っぱねられましたし」
「あれー? じゃあ体質が変わったのかな。びっくりするくらいの潜在魔力だよ」
俺をからかってるんだろうと思っていたが、アリオンは不思議そうに首をかしげている。
……どういうことなんだ?
「これくらいになると……無意識に魔法が発動したりしちゃったりすることってない?」
「そんなの……」
あるわけない、と答えようとして、とある出来事が脳裏をよぎる。
先日の、あの花束男との決闘でのことだ。
俺は……不覚にもあいつに負けそうになって、とにかく勝たなきゃいけないと思ってあいつに斬りかかり……気がついたら剣先が爆発しあの花束男は吹っ飛んでいった。
今思い出しても不可解な出来事だが、もしかしてあれが無意識に魔法が発動した結果だったのか?
俺に思い当たるふしがあったのはアリオンにもわかったんだろう。
奴は幼さの残る顔でにやりと笑った。
「よかったじゃん、おめでとう。これで戦術の幅が広がるんじゃない?」
「そんなこと言われても……俺魔法なんて使ったことないですし」
「レヴァン、大事なのはチャレンジ精神だ」
アリオンはよくわからないことを言いながら俺の肩を叩くと、笑いながら立ち上がった。
「そんなに時間はないけど……ちょっとなら僕が鍛えてあげるよ」
「えっ?」
「いいじゃないか。フィロはセリスを弟子に取ったみたいだし、僕も弟子取ってみたくなったんだよね。ついでに僕とフィロの仲も取りなしてもらえると嬉しい」
たぶん、そっちが目的なんだろうな……。
しかし、こいつが俺の師匠になるのか。
アリオンは見た目だけならまだ子供の域だが、その実力は俺も思い知っている。
少しでも、魔術について教わるのは有益なのかもしれない。
「はい、お願いします」
「あはは、素直だね! 最初に突っかかってきた時とは大違いだ」
「いや突っかかってきたのはあんたの方だろ!!」
「そうだったっけ?」
こいつが俺の師匠になるのか……。
なんていうか、微妙な感じだな……。
◇◇◇
そして、その日から俺の魔術修業は始まった。
「魔法って言うのは、だいたいがイメージなんだよ。例えば君がセリスのスカートをめくろうと思うじゃん」
「そんなこと思いませんよ! ていうかあいつスカートなんか履かないし」
「物の例えだよ。セリスのスカートを自然にめくるにはどうすればいいのか考える。そこで、風を起こすんだ」
やばい、こいつに師事したのは完全に失敗だった。
開始1分で、俺はそう悟ってしまった。
「あっ、あそこにちょうどよくフィロがいる! 見てなよ! “ワールウィンド!”」
アリオンがフィロメラさんの足元に向かって風の魔法を放つ。
放たれた風魔法はふわりとフィロメラさんの長いスカートをめくりあげ……
「甘いな、アリオン。わらわが気づかぬとでも思ったか」
「あぁ~! その鉄壁こそが僕のフィロだ!!」
フィロメラさんのスカートがめくれあがる寸前、まるでスカートが鉄でできたかのようにぴたりと勢いよく元の形状に戻ったのだ。
すごい、すごいけどくだらなさすぎる……!
「……とまあこんな感じだね」
「すみません、全然わかりません」
フィロメラさんに頭をぐりぐりされたアリオンが、それでも嬉しそうな様子で帰ってきた。
こいつ、教えるの下手だな……。
「要は、強い思いが大事なんだよ。君が無意識に魔法を発動させたとき、何を考えてた?」
あの時、俺は……とにかく、あの花束男に勝ちたいと思っていた。
俺があいつに負ければ、あいつはますます調子に乗ってセリスを追い回していただろう。
そんなの、許すわけにはいかなかったんだ。
俺は……セリスのためにあいつに勝ちたいと強く願った。
その結果、あの爆発を引き起こしたんだろうか。
「……その感覚を、忘れないようにね」
……なるほど、少しわかってきた気がする。
◇◇◇
魔術の訓練を初めて数日、簡単な魔法なら扱えるようになってきた。
軽く魔法で火を起こしてやったら、セリスが悔しそうな顔してたっけな。
ふふん、ちょっといい気分かもしれない。
「君は元々剣士だったんだっけ。魔法剣とかやってみたら?」
「あー、そういうのできたらかっこよさそうですよねー」
世の中には魔法剣士なんて人もいるらしい。
どうせなら俺も目指してみるか!
「二人ともー、ごはんできたよー!!」
庵の入り口でセリスが呼んでいる。
修行は一時中断で、俺たちは夕食の席へと向かった。
「……で、フィロ。出発はいつにする?」
「なんの話じゃ」
「あれ、言ってなかったっけ。リーダーが新しいダンジョン見つけたから、行こうって召集かけてるんだ」
夕食の席で、アリオンは唐突にそんなことを言い出した。
え、新しいダンジョン? 出発?
まさか、フィロメラさんも行くのか!?
「初耳じゃ」
「あはは。ごめんごめん、言ったつもりになってたみたいだよ! で、どうする?」
「どうすると言ってもな。わらわには……」
困ったように眉をひそめたフィロメラさんが、順番に俺とセリスの顔を眺めた。
……なんか嫌な予感がするんだが。
「ふむ、行ってもよいかもしれんのぉ。ちょうどここを任せられる相手も見つかったしの」
ち、ちょっと待て……
「そのここを任せられる相手って……」
「お主ら二人に決まっておろう」
「ま、待ってくださいよ!!」
慌てたように立ち上がったのはセリスだった。
そうだそうだ! もっと言ってやれ!!
「フィロメラさんがいなくなったら、この町であなたの薬を必要としてる人たちは……」
「セリス、お主が作ればよかろう」
「えっ?」
「安心せい。お主は今処方している薬なら問題なく作れる腕にはなっておる」
……おいセリス。なにちょっと嬉しそうにしてるんだよ!
気持ちはわかるがよく考えろ。
フィロメラさんがいなくなったら……あれ、意外となんとかなるかもしれない。
「と言う訳で、留守を頼むぞい」
「え、ほんとに行くんですか?」
「まぁまぁ、君たちも冒険者なら気持ちはわかるだろ? 未知のダンジョンが僕たちを待っているんだ!」
わかる、わかるけど……なんかいきなりすぎて頭の整理が追いつかない。
でも、フィロメラさんが行くつもりなら引き留めるわけにはいかないよな。
そして翌朝、あっけなくフィロメラさんとフィリオンはこの町を旅立っていった。
落ち着いたらすぐに帰ってくるって言ってたけど、落ち着いたらってどのくらいなんだ……!
「うーん、やっぱりフィロメラさんがいないと心配だなぁ」
セリスが不安そうにそう呟く。
そうだな、と同意して、その時点で俺は初めて大変な事実に気がついてしまった。
「レヴァン? どしたの?」
「い、いやなんでもない……」
フィロメラさんがいなくなって、俺たちは二人で留守番だ。
つまり、しばらくの間はセリスと二人で暮らすことになるというわけだ……!
「大丈夫!? 顔色悪いけど!!」
「平気だって!!」
セリスが慌てたように俺の額に手を当てた。
その柔らかな感触と温度を感じた途端、また体温が少し上がった気がする。
これが『魅了』の効果なのか……!?
「ちょっと素振りしてくる!」
「あっ、レヴァン!!」
やばい、俺の理性は持つのか……!?
ひたすらに剣を振り、俺は邪念を追い払おうと必死になった。




