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38 ふたりぐらし

 セリスと二人で暮らし始めて一日目。

 幼馴染で親友という俺たちの関係があっけなく崩れる……ような出来事もなく、普通に一日を過ごして、普通に寝て、起きたら次の日だ。


「うーん、やっぱりフィロメラさんがいないと変な感じだなぁ」

「ここはあの人の家だからな」

「フィロメラさんが帰ってくるまでしっかりここを守らなきゃね!」


 セリスは薬づくりを任されたというのもあって、やる気はばっちりのようだ。

 ……そうだ。何もおかしなことはない。

 俺たちは幼馴染で親友で、別に二人で一緒に暮らしたところで何かが起こるわけがない。

 そう、起こるわけがないんだ……!


「今日はどうする?」

「なんかよさげな依頼がないかギルド見てくる」

「そっか。僕はちょっと薬作りに専念したいんだけどいいかな?」

「いいんじゃないか」


 冗談で「魔女の弟子」なんていってたのにこれじゃほんとに魔女だな。

 嬉しそうなセリスの顔を見て、俺は苦笑した。


「そういえば、アリオンが言ってたその……『魅了』の効果を押さえる魔道具ってどうなったんだ?」

「あ、うん……これ」


 セリスが手首を見せてくる。

 その細さに思わずドキッとしたが、セリスが見せたいのは手首そのものではなくそこに嵌まっているもののようだ。


「出発の直前にくれたんだ。あんな短時間で作ったのかな……」

「意外とすげぇな、あいつ」


 セリスの手首には、不思議な紋様が刻まれた腕輪が嵌まっていた。

 なるほど、これが『魅了』の効果を抑えるものになるのか。


「でも……あんなふうに言われると、ちょっと怖いんだ。人前に出るの」


 セリスが不安げに視線を伏せる。

 なんとか元気づけたくて、俺はその小さな頭をぐしゃぐしゃとわざと乱暴に撫でまわした。


「ちょっと! ぐしゃぐしゃになるじゃん!」

「……そんな気にすんなよ。なんか言ってくる奴がいたら俺に言え。ぶっとばしてやるから」


 セリスは驚いたように目を丸くした後……照れたように顔をそむけた。


「別に……レヴァンに頼らなくても僕一人でなんとかできるし……!」

「はは、頑張れよ!」


 ……セリスのためには、どうするのが一番いいんだろうな。

 少なくとも、セリスがやる気になってる今は、その邪魔はしたくない。

 俺は後ろでどっしり構えてる……のは難しいか。


「行ってくる。薬作り失敗すんなよ」

「しないよ、もう!」


 キャンキャン喚く声を聴く限り、セリスは少し元気が出たようだ。

 それならそれでいい。少し安心して、俺は庵を後にした。



 ◇◇◇



「へぇ~、フィロ様旅に出てんだ」

「急ですね……」

「未知のダンジョンに行くんでしょ!? いいなぁ~」


 ギルドに向かうと、珍しくサフィラ、クロエ、リアナの三姉妹が勢ぞろいしていた。

 フィロメラさんが旅に出たことを話すと、三人はよく似たリアクションで驚いていた。

 噂好きなクロエもいることだし、きっと明日にはフィロメラさんが旅に出た話が町中に広まっていることだろう。


「えっ、じゃあ今は……レヴァンとセリスの二人でフィロ様の家に住んでるってこと!?」

「まぁ……そうなるな」

「うわぁ……セリスのファンが聞いたらショック受けそー!!」


 クロエは何故か嬉しそうにキラキラした瞳でそんなことを言っている。

 しかしセリスのファンか……。この町にはそんな奴がいるのか。

 まぁ、いてもおかしくはないんだが……。


「じゃあ早くセリスのとこに帰るために簡単な依頼にしよっか」

「別にそんな気使わなくていいぞ」


 サフィラがしたり顔でそんなことを言う。

 セリスだって俺たちと同じ冒険者だ。例えセリスのファンとやらが襲撃してきたとしても、あいつならなんとかなるだろう。


「ダメダメ! 仕事にかまけてばっかりだと愛想尽かされるよ!」

「レヴァンさん! ちょうど日帰りで済みそうな依頼が……」


 駄目だ。クロエにリアナまで何を言っても無駄そうな雰囲気を醸し出している。

 俺は誤解を解くのを諦めて、小さくため息をついた。



 ◇◇◇



 フィロメラさんの残したノートの通りに、ちゃんと分量を量って、手順を守って、薬を作っていく。

 大丈夫。いつも通りにやれば問題ない。

 問題ないんだけど……意識すればするほど、手が震えてしまう。


「いや、落ち着け、落ち着け僕……!」


 大丈夫、気にすることはない。

 だって、レヴァンだって全然気にしてないじゃないか。

 それに、昨日の夜も何もなかったし。

 いや……何もなかったってなんだよ! それが当たり前なのに!!

 僕とレヴァンの間に何が起こるっていうんだ……!!


「はぁ……」


 薬作りの手を止めて、大きくため息をついてしまう。

 そっと触れた頬は、確かに熱くなっていた。


 フィロメラさんが旅に出て、今この家でレヴァンと……誰よりもよく知る親友とふたり暮らし。

 たったそれだけなのに……どうしても意識してしまう。


 今朝も頭を撫でてくれたこととか、僕のためにあの変な冒険者と戦ってくれたこととか、思わず抱き着いた時に優しく抱きしめ返してくれたあの感覚とか……


「うわあぁぁぁぁ……!」


 思い出したらますます恥ずかしくなってきた……!

 なんか、最近おかしい気がする。

 レヴァンとはそれこそ子供の時からずっと一緒にいた。

 それなのに、なんか急に頼りになるようになった気がするっていうか、かっこよくなったような気がするっていうか……。


「な、何考えてんだ僕は……!」


 別にかっこよくないよ! 全然普通だし!

 それでも、レヴァンの姿を思い出すだけで胸が熱くなる。

 これは……なんなんだろう。


「わかんないよ……」


 こんなの初めてで、どうしていいのかわからない。

 こんなんじゃレヴァンも不審に思うよね。

 平常心、平常心……。


「……ふぅ」


 なんとか気を取り直し、薬作りを再開する。

 せっかくフィロメラさんに任された仕事なんだし、しっかりこなさないとね!

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