34 謎の少年
いつものように簡単な依頼を終え、庵への帰路へ着く。
ちなみに、セリスは今日はクロエの店で店番のバイトだ。帰り際にちらりと覗くと、客が来ずに暇そうにしていた。
まぁ、変な奴に絡まれるよりかはいいか。
そして庵の前までたどり着いた時、見知らぬ小さな人影が見えたので俺は驚いた。
後姿しか見えないが、おそらくは10代前半くらいの子供だろう。
しかし、目を引くのは鮮やかな銀髪だ。
この町に来てからそんな髪の色を見た覚えがない。俺が知らない町の住人なのだろうか。
その子供は庵の少し前で立ち止まっている。
……フィロメラさんの客か?
「フィロメラさんなら出かけてるぞ」
そう声をかけると、その人影がゆっくりと振り返る。
ゆったりしたローブを身に纏った、13~4歳ほどの少年だった。
……やっぱり、見覚えがないな。こんな田舎町には似つかない、なんとなく不思議な雰囲気を纏う人物だ。
「そうなんだ。いつ頃帰ってくる?」
謎の少年はそう問いかけてきた。
やっぱりフィロメラさんの客なんだろう。
「だいたいいつも夕方には帰ってくるぞ」
「……いつも?」
少年が眉をしかめる。
……? そんなに変なことを言っただろうか。
彼は訝し気な顔を隠そうともせず、口を開く。
「……失礼だけど、君は?」
人に聞くならまずは自分から名乗れよ、という言葉をなんとか飲み込む。
こいつはたぶんフィロメラさんの客なんだろう。彼女に世話になってる立場の俺が、子供とはいえ客人に失礼なことはできないよな。
「俺はレヴァン。ここでフィロメラさんの世話になってる」
「……ここで?」
「そうだけど……」
さっきからなんなんだよ……。
何か言いたいことでも……と口を開く前に、一気に少年が距離を詰めてくる。
「君が! この家でフィロと一緒に住んでるって!!?」
「はあ? 一緒に住んでるというか……」
「このっ……泥棒猫!!」
……やばい、意味わかんねぇ。
ほんとになんなんだよこいつは!!
「こうなったら……決闘だ!」
「はあ?」
少年は涙目でびしっと俺を指差している。
……なんだよこれ。
この前の花束男といい、なんでこうおかしい奴ばっかり絡んでくるんだよ!!
「決闘って……」
「逃げるの? 逃げたら君の負けだよ」
少年は打って変わってにやにや笑いながら俺の方を見ている。
……なんかむかつくな。
見た限りこいつはひょろいし、この前の花束男よりも数段弱そうだ。
ちょっとボコッてやればすぐにぴーぴー泣きそうだしな……。
「いいぜ。時間と場所は……」
「今、ここで」
「えっ?」
「いいだろ? 今すぐ決着をつけたい」
そう言った少年の表情は真摯だった。
……よくわからないが、なんなら受けて立ってやるよ。
ちょうど依頼帰りだったので、威嚇の意味も込めて持っていた剣を抜く。
だが、少年は鼻で笑っただけだった。
「剣士か。あんまり得意じゃないんだよなぁ」
「お前は丸腰か」
「必要ないよ。だって……」
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
…………っ!!?
なんだこれ……何も、自分すら見えない……!
「ほら、どこからでもかかって来なよ」
挑発するような少年の声が、四方八方から響く。
くそっ、どこにいる……?
これも、あいつがやったのか……!?
「来ないならこっちから行くよ」
そう聞こえた途端、体全体に物凄い圧力を感じた。
まるで見えない何かが俺の体を締めつけるような、押しつぶそうとしているかのような、形容しがたい苦しさに襲われる。
あまりにいきなりのことで、思考がパニックに陥ってしまう。
「ほら、早く降参しなよ。じゃないと……」
次の言葉は、耳元で聞こえた。
「すぐ死んじゃうよ」
「っ……!」
やばい、これはマジでヤバイ。
あの花束男の比じゃない……!
俺が死ぬ? ここで?
セリスを残して……?
幼いセリスの泣き顔、今のセリスの笑顔。
小さい頃から一緒にいた、幼馴染の姿が脳裏をよぎる。
そんなの……!
降参、と口に出そうとした、その瞬間だった。
その場の空気を切り裂くような、ぱちんと指を鳴らす小気味よい音が響く。
その途端、圧迫感から解放され、視界を覆っていた暗闇が一瞬で晴れた。
「……まったく、何をやっておるのじゃお主は」
聞きなれた、呆れたようなその声は、フィロメラさんのものだった。
顔を上げれば、すぐ近くにフィロメラさんの姿が見える。
「こいつやばいんで早く逃げてください!」と告げる暇もなかった。
あの謎の少年がフィロメラさんめがけて突進していく。
そして……
「フィロ~、会いたかった~!!」
無邪気な子供のように、少年はフィロメラさんに抱き着いたのだ。
…………?
「来るなら来ると連絡せんか」
「えっ、フィロが呼んだんじゃん! なんか見て欲しい子がいるって!!」
「……そういえばそうじゃったな」
「もぅ、フィロのお茶目さん! そんなとこがかわいんだけど!!」
少年はフィロメラさんに抱き着いてデレデレとしまりのない笑みを浮かべている。
その姿は、まるでご主人様に甘える子犬のようだった。
ほんとに、なんなんだよ……!
「あのー」
控えめに声をかけると、二人は俺の方を振り返る。
なんで俺がこんな気まずい思いをしなきゃいけないんだよ……。
「そうだ! フィロ、ぼくがいない隙にまさか浮気なんて……!!」
「何が浮気じゃ。手紙に書いたであろう。今二人の若者を預かっていると」
「あー、そうだっけ。フィロが呼んでくれたことが嬉しくてよく読んでなかったよ! じゃあこの人は……」
「例の冒険者の片割れじゃ。お主の思うような者ではない」
フィロメラさんがため息をつきそう言うと、少年は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「そっか、浮気相手じゃなかったんだ……」
ぶつぶつと何事か呟いていた少年が俺の方にやってくる。
そして、憎たらしいほど満面の笑みを浮かべて手を差し出してきた。
「いやー、ごめんね! ぼくの早とちりだったみたい! ぼくはアリオン、フィロの彼氏だよ」
そう言って、少年はぱちんと片目を瞑ってみせた。
…………は?




