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25 弟子ができました

「……フィロメラさん、煩悩を抑えるのってどうすればいいんですかね」


 唐突にそう問いかけた俺に、フィロメラさんは驚くことなく妖艶に笑った。


「若いのぉ、わらわが相手をしてやろうか?」

「え、まじっすか!?」

「冗談じゃ」

「ですよねー」


 フィロメラさんは愉快そうにくすくすと笑っている。

 畜生、やっぱり俺なんかじゃ相手にされないよな……。


 ……最近、どうにもおかしい気がする。

 セリスをセリスとして見れなくなってきたというか……たまにあいつに「女」を感じてしまうことがある。まあ女なんだから当たり前と言えばそうなのだが。

 あんまり、そういうのはよくないと思うんだよな。


「ふむ、そういうものに効く薬がないわけではないが……後遺症を考えるとあまりお勧めはできんな。それよりも、もっと良い方法がある」

「それは……?」


 ごくりと唾を飲み込んで問いかけると、彼女はにっこりと笑った。


「滝行じゃ」





「うおおぉぉぉぉ!!」


 そして今、俺は一心不乱に滝に打たれている……!

 フィロメラさんによるとこれは精神修行の一種で、こうすると煩悩が消えていくらしい。

 確かに、ここまで厳しい環境に置かれると余計なことを考える余裕もない。


 心頭滅却! 精神統一!


 ひたすら滝に打たれていると、だんだんと感覚がなくなっていくような気がした。

 あぁ、俺は今大自然と一つに……。


「レヴァン!」


 おぉ、俺を俗世に呼び戻そうとする声がする。

 止めてくれるなセリスよ。俺は大自然と一つに……


「何やってんだよ! 風邪ひくよ!!」


 セリスはじゃぶじゃぶと滝つぼの中にまで入ってくると、必死な顔で俺の体を引っ張った。

 滝に打たれすぎて感覚のなくなった体はあっさりとセリスの細腕に引かれてしまう。


「こんなに冷たくなって……馬鹿じゃないの……!?」

「セリス、これは修行なんだ」

「修行って……体壊したら意味ないじゃん!」


 セリスが冷え切った俺の体を温めようとするかのようにぎゅう、と抱きついてくる。

 その途端暖かな体温と、柔らかな感触を感じ取ってしまう。

 あぁ、俺はやっぱり俗世を捨てられない愚か者だ……。




「なんか悪化した気がするんですけど」

「じゃろうな」

「わかってたんですか!?」


 フィロメラさんは相変わらず優美な笑みを浮かべている。

 この人はどこまで予測してたんだ……。


「いっそ観念してみるのも手じゃぞ?」

「……セリスを、傷つけたくないんです」


 俺までセリスを女として扱う……ましてや不埒な欲望の対象として見るなんてことは、絶対にできない。

 あいつは十分に傷ついたんだ。その傷口を押し広げるような真似はできるはずがない。


「ふむ、思ったよりも複雑じゃな」


 どうやらこれは、賢女様にも中々解決できない事案のようだ。





 室内で悶々としてても答えは出ないので、とりあえず体を動かすことにした。

 愛用の剣を手に取り、敵の姿をイメージしながら剣を振るう。


 前のパーティーにいた時は、盾役、魔術師、僧侶など様々なポジションが揃っていた。

 だが、今はたったの三人。しかも俺とサフィラは戦い方が似通っている。言うなればポジション被りだ。

 迷宮には打撃系の攻撃に強く魔法を使わないとろくにダメージを与えられない敵も存在する。

 魔石を使った攻撃系のアイテムを持ち込めばなんとかならないこともないが、それだとやたらと金がかかる上に、この町にそんないくつも攻撃アイテムが入荷しているとも思えない。

 ……まぁ、いざとなったら逃げるか。


「あー、冒険者だ!」


 そんな風に考えながら剣を振るっていると、ふいに背後から声がした。

 振り返れば、遠くから見覚えのある少年が駆けてくるのが見える。

 あれは……雑貨屋の息子、バシルだったか。やたらと冒険者に興味を持っていた子だ。

 今日は妹は一緒ではなく、彼一人でここに来たらしい。


「なぁなぁ、なにやってんだ? なんかモンスターでも出たのか!?」

「残念ながらただのトレーニングだ。別におもしろいことなんてないぞ」

「その剣かっけー!! 見せてくれよ!!」


 こいつ、人の話を聞いてない……!

 まぁでも、そんなキラキラしたいかにも「憧れてます!」みたいな瞳で見られるのもなかなか悪くない。


「ほら、本物だから怪我しないように気をつけろよ」

「すっげええぇぇ! うぉっ!!」


 剣を手にした瞬間、バシルは大きくよろめいた。


「はは、子供には重すぎたか」

「くっ、こんなん振り回して戦ってんのかよ!?」


 バシルはぜーはーと息を荒げている。

 やっぱり子供に本物の剣は重すぎたな。


「なぁ、この剣……どこで手に入れたんだ?」

「中央の迷宮都市だ。知ってるか?」

「し、知ってる!」


 俺が以前迷宮都市の冒険者で、その剣も迷宮で手に入る素材を集めて鍛冶屋にオーダーメイドしたものだと伝えると、バシルは顔を赤くして興奮していた。


「すっげえぇぇぇ!! じゃああんた専用の世界に一本しかない剣ってことだろ!?」

「そんな大げさなものじゃないんだが……まぁ、そうとも言えるな」


 専用ってわけじゃなく誰でも使えるし、素材もそこまで貴重なものは使っていないけど、俺に合うようにカスタマイズしてもらったのは確かだ。


「あんた、思ったよりすごい冒険者なんだな……!」

「いやぁ、それほどでも……」

「頼む、俺に稽古をつけてくれ!!」


 突然バシルがそんなことを言い出して、俺は慌てた。


「は? 稽古?」

「いいだろ? 俺も冒険者になりたいんだよ! 町の飲んだくれのおっさんはやる気ねーし、サフィ姉は教えるの下手くそだし!!」

「そうはいってもなぁ……」


 俺だって誰かに稽古をつけられるような偉い人間じゃない。

 どう断ろうか思案していると、庵からフィロメラさんが出てきたのが見えた。


「あ、魔女様だ。……そうだ! 薬のお金!!」


 バシルは慌てたように懐から小さな袋を取り出すと、フィロメラさんに手渡している。

 どうやら今日は薬代を払いにやってきたようだ。


「して、エリアの具合はどうじゃ?」

「やっぱりよく熱出すけど……魔女様の薬のおかげですぐ元気になってます!」


 フィロメラさんは嬉しそうに頷くと、受け取った袋の中から硬貨をいくつか取り出し、バシルの手に握らせていた。


「え、これ……」

「エリアの好物を買っていってやれ。それが何よりの薬じゃ」

「はいっ!」


 ……なるほど、フィロメラさんが町の人たちに慕われているわけだ。


「バシル、おぬしレヴァンの弟子になるようじゃな」

「おう! すぐに一人前の冒険者になってやるぜ!!」

「はあ!? 誰もそんなこと言ってませんけど!」


 何故か俺がバシルに稽古をつけるのが規定事項になっていて焦る。

 誰もそんな約束はしてないだろ。


「なんじゃ、みみっちいのぉ。童一人の頼みくらい聞いてやらんか」

「でも、俺って人に教えられるほど優れた技術とか持ってるわけじゃないですし……」

「人に教えることで、また新たな側面を発揮できるものじゃ。それに、集中できるものが多い方が気がまぎれるかもしれんぞ?」


 フィロメラさんがにやりと笑う。

 ……彼女に世話になっている以上、頑なに彼女に反対意見を述べ続けるわけにもいかない。

 大きくため息をついて、バシルの肩を叩く。


「……俺が暇なときなら、相手してやってもいいぞ」

「よっしゃああぁぁ!! 頼んだぜ、レヴァン!」


 くそっ、生意気なガキめ……。

 それでも心底嫌なわけじゃないのは、セリスのいう通りどこか昔の自分を思い出すからなのかもしれない。


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