19 討伐依頼の準備
明日は俺とセリスとサフィラの三人でワイルドベアの討伐だ。
セリスはやたらと張り切ってあれこれと準備をしていた。
「回復薬、保存食、警笛、松明、ロープ……」
「おいおい、ちょっと近くの山行くだけだろ? そんなのおおげさじゃ――」
「油断大敵! 何があるかわからないだろ!!」
セリスはいつになく真剣だ。前の採取依頼でクライミング・プラントに不覚を取ったことがよっぽど悔しかったんだろうか。
「あんまりいろいろ持ちすぎると逆に動きがとり辛くなるぞ」
「このくらい平気だって!」
セリスは細い腕に力を込めてぱんぱんに詰まったバックパックを持ち上げようとしている。
……こいつ、意地張ってやがる。
「ほら、ちょっとわけろよ」
「大丈夫だし……」
「俺も心配になってきた。ちょっとわけてくれ」
セリスの荷物袋を開き、その中から重そうなものを選んで俺の荷物袋に移していく。
セリスはどこか不満そうに、だが何も言わずにじっとその様子を見ていた。
前のパーティーにいた時は、仲間は全員男だった。多少の荒事もなんとかなったが、今回はセリスとサフィラの女二人を連れての討伐依頼だ。
サフィラはとにかく突っ込んでいく猪突猛進タイプで、セリスは逆に自分から前に出る方ではないが、ムキになって無茶をする傾向がある。
俺がうまく二人を守り、導いてやらなければ。
「……エリックも、結構苦労してたのかもな」
パーティーのリーダーというのは中々気苦労が多いものだ。前のパーティーのリーダーであるエリックも、人知れず苦労を抱えていたのかもしれない。
なんとなくそう口にすると、途端にセリスの顔が引きつった。
「……知らない」
「セリス?」
「知らないよ、あんな奴なんか……!」
セリスが苦しそうに顔を歪めたのを見て、俺は自身の失言を悟った。
迷宮都市を出てからセリスは気丈に振舞っているが、その実弱さを見せないように無理をしているのを俺は思い知ったばかりじゃないか……!
マノスに襲われかけたことは、セリスにとっては消し去りたい忌まわしい記憶のはずだ。
エリックは、リーダーでありながらマノスの蛮行を防げなかった。それは事実だ。
セリスから見れば、そんなエリックも嫌悪の対象になっているのかもしれない。
俺は不用意に、セリスにそんな嫌なことを思い出させてしまったんだ……。
「……悪い、嫌なこと思い出させたな」
「ううん、大丈夫。気にしてないし……」
それが嘘なのは明白だったが、セリスがそう言うのなら何も言わないでおくべきだろう。
「油が切れかけてるな、まだ時間あるし買いに行くか」
「うん……」
話を変えようとそう切り出すと、セリスは力なく頷き立ち上がった。
俺も町に出る支度をしながら、ちらりとセリスの背中に目をやる。
この傷つきやすい幼馴染を守ることが、今の俺の一番の使命だ。
◇◇◇
セリスと二人町を歩くと、やはり通りすがりの人々に見られているような気がした。
俺一人で歩くときは別にそうでもないので、やはりセリスがエルフなのが珍しいのか……それとも、セリスの端正な容姿が人目を惹くんだろうか。
ただ視線を向けるだけならばいいのだが、中にはマノスのようによからぬことを企む輩も混じっているかもしれない。
俺はできるだけセリスの姿を人目から隠すようにしながら、雑貨店へと急いだ。
「おぅ、あんたたちか!」
雑貨屋へ足を踏み入れると、店主の親父――ドリンが出迎えてくれる。
そして、彼と一緒にいたのは……
「あっ、冒険者だ!」
先日フィロメラさんの庵へ薬を受け取りに来た、あの生意気な少年だったのだ。
「なあなあ、何買いに来たんだ? もしかして冒険の準備とかしに来たのか!?……いてっ!」
「この馬鹿息子が! 商売の邪魔すんじゃねぇ!!」
どうやらこの少年は雑貨屋の息子らしい。父親である店主にげんこつを喰らって、涙目で頭を押さえていた。
「いってーな! 馬鹿になるだろ!!」
「元から馬鹿だから心配すんな!!」
そう言うと、父子はがははとよく似た笑い声をあげた。
すると騒ぎを聞きつけたのか、店の奥からあの薬を渡した小さな少女が現れる。
「あっ、冒険者さんだ!」
やはり、この兄妹は雑貨屋の子供なのだろう。
油の他にもいくつか必要になりそうなものを注文する傍ら、小さな少年少女は俺たちの足元に纏わりついてきた。
兄の方がバシル、妹の方はエリアというらしい。
「なあなあ、俺も連れてってくれよ!」
「駄目に決まってんだろ。遊びじゃないんだぞ」
「えぇー!? いいじゃんちょっとくらい!」
「もうちょっと大きくなったらね」
兄のバシルの方は冒険者に憧れているようで、しつこく俺たちに「一緒に連れて行ってくれ」と騒いでは親父にげんこつを喰らっていた。
セリスはこいつが昔の俺に似てるなんて言ってたが、俺はもうちょっと聞き分けがいい子供だった……と思いたい。
「おねえちゃんは魔女様のでしなの?」
「うーん、どうなんだろう……」
セリスの方はきらきらした瞳のエリアにそんなことを問いかけられて、答えに窮しているようだった。
純粋な子供の期待を裏切りたくはないんだろう。わかるぞ、その気持ち。
「この前エリアが貰った薬、あんたが作ってくれたんだってな。ありがとな!」
店主のドリンは、またしてもおまけなのかセリスに小さな小瓶を渡していた。
「何貰ったんだ?」
店を出てから問いかけると、セリスは小瓶を取り出して困ったように笑う。
「たぶん香水かな? 僕、使ったことないけど……」
「香水ねぇ……」
一歩セリスに近づき、首元のあたりに鼻を近づけ息を吸い込む。
そして感じる、爽やかな香り。
昔からセリスからは、森の中にひっそりと咲く花のような……爽やかでいてどこか甘い不思議な香りが漂ってきていた。
エルフという種族の特性なのか、それともセリスだけがそうなのかはわからないが、香水でその匂いが薄れるのは少し勿体ない気がする。
「お前、今のままでもいい匂いするし別につけなくてもいいかもな」
思ったままそう告げると、セリスは何も言わずに俯いた。
「ん? どうした?」
下に何かあったのだろうか、と視線を向けて、俺は気がついた。
セリスの特徴的な長い耳が、はっきりと赤く染まっている。
「おい、セリ――」
「……レヴァンのばかあああぁぁぁぁ!!!」
そして、俺は往来の真ん中でまたしてもエルフパンチを喰らう羽目になったのだ……。




