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17 薬作成の準備

セリス視点です

 今日はどこかに出かけるらしいフィロメラさんに薬を作っておいてくれないかと頼まれてしまった。

 レヴァンは一人でできるような簡単な依頼を受けると言っていた。ちょっと心配だが、最近はだいぶ調子も戻ってきているみたいだし、レヴァンは一人だと慎重になるし機転も効く。問題はないだろう。

 僕は僕のできることをしなければ。


「……よしっ!」


 フィロメラさんのノートを開き、目的のページを探す。

 今回頼まれたのは簡単な解熱剤だ。まぁ簡単といっても、僕一人で作るのは初めてなんだけど……。


「えっと、リンゴ、小麦粉、生姜、葛、甘草……」


 普通の食材と、あとはこのあたりで採れる植物の名前が記されている。

 在庫を確認してみたが、植物の方は何とかなりそうだが、食材の方は足りないものもあるので買いに行かなければならないだろう。

 夕方に町の住民が薬を取りにやってくるらしいので、その前に完成させなければならない。

 僕は急いで足りない材料を買いに町へと繰り出した。



 ……やっぱり、見られてる。

 僕の自意識過剰かもしれないが、人とすれ違うたびに視線が突き刺さってくるようだった。

 見たところ、この町には僕以外にエルフのような亜人種は住んでいないようだった。

 だから、珍しいのだろう。


 前にいた迷宮都市は各地から人が集まるような大都市で、数は少ないものの亜人種だって目にすることがあったし、僕と同じようなエルフもいた。

 その環境に慣れてしまってあまり意識することはなかったが、やっぱり人の社会においてエルフは異分子なのかもしれない。

 でも、故郷の村のように石を投げられ追いかけられないだけマシか……。

 僕はできるだけ人目を避けて足早に通りを歩いた。


「いらっしゃーい、ってセリスじゃん!」


 食料品店にたどり着くと、前と同じようにクロエが出迎えてくれる。

 その歓迎するような笑顔にほっと安心した。


「姉さんに聞いたよ。変なモンスターに襲われて大変だったんだって?」

「っ……!」


 クロエの言葉に、つい先日の嫌な記憶が蘇る。

 おとなしい低級モンスターが襲い掛かってくることなんてないと思って、僕は油断していた。

 それで…………いいようにされてしまった。

 あの時のことを思い出すと、今でも屈辱と恥辱が蘇ってくる。

 僕がもっと警戒していれば、あんな無様な真似は避けられたはずだ。

 冒険者として情けない。次は……絶対にあんなことはさせない。


 僕の表情を見てクロエも何かを察したのだろう。すぐに話題を変えてくれた。


「そういえば今日レヴァンは? 一緒じゃないんだね」

「うん。レヴァンは一人で依頼を受けてるんだ」

「へぇ~、しっかり働く旦那でよかったねぇ」

「だ、旦那!? 違うよ!!」


 慌てて否定すると、クロエはおかしそうに笑った。

 その笑みを見て、やっとからかわれていたことに気づく。


「もう! だからそんなんじゃないって……」

「はいはい。そういうことにしといたげる。でもさ、パン屋の子がレヴァンのこと気にしてたよ。かっこいいって」

「っ……! かっこよくないよ! 普通普通!!」

「ムキになっちゃってかぁいーねぇ、セリスは」

「もう、クロエ!!」

「あはは、冗談だって!」


 ……駄目だ。ついクロエのペースに乗せられてしまう。

 まあ嫌じゃないんだけどね。

 目的の食料を買い込み、ついでにこの前のリンゴおいしかったと褒めると、クロエはまたリンゴを一つおまけしてくれた。


「ちなみに、リンゴには愛の象徴という異名があって……」

「もういいよ! ていうかみんな食べてるじゃん!!」


「また来てね~」というクロエののん気な声を背に店を出る。

 まったく、「旦那」だなんてなんてこというんだクロエは!

 そっと頬に触れると、はっきりと熱を感じ取ってしまう。

 いやいや、何を照れてるんだ僕は……。


「親友なのに、そんなこと言われて恥ずかしいだけだよ……」


 小さな声で自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 そうだ。そうに決まってる。僕が過剰に反応するからクロエもからかってくるんだろう。

 よし、平常心平常心……。

 そう心がけて、僕は何事もなかったように歩き出した。


 通りを少し歩くと、パン屋の看板が見えてきた。

 それを見た瞬間、クロエの言葉が蘇る。


『パン屋の子がレヴァンのこと気にしてたよ。かっこいいって』


 それがなんだ。パン屋の子が何を言おうと僕には関係ない。

 だから……今こうやってパン屋に向かってるのは単に明日の朝食にしようと思ってるだけで、別に偵察とかそういう意味じゃない!!


 店に近づくと、ガラス越しに様々なパンが並んでいるのが見える。

 美味しそうな匂いも漂ってきて、食欲が刺激される。

 そのままパン屋の扉に手を掛けると、急に反対側から扉が開き僕は思わず持っていた袋を落としてしまった。


「あぁっ!」

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」


 慌てたようにパン屋から出てきた若い男性が、僕の様子を見て袋の中身を拾い集めてくれる。

 僕も慌てて飛び散った中身を集め始めた。


「申し訳ありません、つい急いでいたもの――」


 困ったような笑顔で袋を手渡してくれた男性の言葉が、僕と視線があった瞬間に途切れる。

 そのままじっと驚いたように凝視されて、居心地の悪さに首をすくめる。


「あの、ありがとうございました……」

「あっはい! こちらこそすみませんでした!!」


 若い男性はしゅばっと立ち上がると、やたら深々と僕に向かって頭を下げてきた。

 そこまで謝られるとこちらとしてもちょっと気まずい。僕はあいまいに頷くと逃げ込むようにパン屋の中へと滑り込んだ。


「いらっしゃい。あら……」


 カウンターにいたのは、優し気な笑みをたたえた女性だった。

 彼女は僕を見てにっこりとほほ笑むと、カウンターを出てこちらへと近づいてくる。


「あなたは……魔女様のところにいる冒険者さんかしら?」

「はい、そうです」

「やっぱり! うちの娘が騒いでたのよ。騎士様みたいにかっこいい男の人と、お姫様みたいにかわいい女の人が魔女様の所にいるんだって」

「えっ!?」


 騎士様!? お姫様!!?

 いやいや僕たちは田舎出身のしがない冒険者です!!

 ……というより、今「娘」って言ったよね。

 それってクロエが言ってた人じゃ……。


「アレシア、いらっしゃーい」


 パン屋の女性が店の奥に向かって声をかける。

 すぐにぱたぱたと足音が聞こえてくる。

 そして、ごくりとつばを飲み込んだ僕の前に現れたのは……


「あー! ようせいのお姫さまだ!」


 5、6才くらいの、かわいらしい女の子だった。

 まさか娘って……この子のことか!?


「すごい! お姫さまがうちのパン買いに来てる!!」

「ごめんなさいね。この子、おとぎ話の絵本が大好きであなたたちがその登場人物にぴったりだと思ったみたいで」

「ねぇねぇ、今日は騎士さまはいっしょじゃないの?」


 少女はとてとてと僕の方へ近づいてくると、キラキラした瞳でそう問いかけてきた。

 ……クロエの奴め、わざと黙ってたな!


「……今日はね、騎士様は悪い魔物の退治に行ってるんだよ」

「わぁ、すごい!!」


 何とか期待を裏切らないようにそう説明すると、少女は頬を紅潮させ喜んでいた。



 少女に色々と話をせがまれながらいくつかパンを選び、「今度は騎士さまもいっしょにきてね!」というかわいらしい声に見送られて店を出る。

 レヴァンに話したらなんて言うかな。

 小さな少女とはいえ女の子にかっこいいと言われたことに喜ぶのか、それとも騎士なんて柄じゃないと困るか……その時の反応を想像しつつ、僕はどこか愉快な気分で庵への帰路に着いた。


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