死者を呼び出せ! 明かされる真実と、引き裂かれた夫婦愛(4)
クリスマスイブです。
サンタクロースならぬ私ですが、読者さんにはささやかなプレゼントを贈らなければならないと思っていました。
ブランデーを口に含む。
思ったよりまろやかで、優しい。
ローゼが目を丸くしたのは、アルコールの度数に驚いたのではなく口当たりの良さが気に入ったからではなかろうか。
まろやかで優しい酒が、喉の奥を焼く。
口当たりはよくとも、度数は高い。
ブランデーらしくない飲み方で、喉が焼ける熱を感じることで、俺はまだ生きているんだと確信できる。
「アメリーは、ダニエルをあの世の道連れにするとは言わんよ、絶対に」
「絶対に?」
「ああ」
「人間のやることに『絶対』なんてありません」
「む……」
一口あおる。
再考する。
人間のやることに絶対はない、死神のやることにだって絶対はなさそうなのだから、なおさらそうであろう。
ローゼのいうことにも一理ある、いや、一理どころか全面的に正しい。
「まあ、そうかもしれへんけども。 俺はアメリーを信じたわけや。 まあ、まず言わん、自分が命を懸けて守ったダニエルをあの世に連れていきたいなんて」
「でも、」
「結果的には正しかったやろ?」
「だから、って、わざわざ言わなくていいことですよね?」
「まあ、そう……かな? うーむ……」
少考する。
「俺はダニエルに教えたかったんや、アメリーがダニエルに何を望んでおるんか。 アメリーはダニエルに生きてて欲しいんやってアメリーから言わせたかった。 それができるのは死人を呼び出せる俺たちだけやからな?」
俺は一気にしゃべった。
ローゼのグラスに雫が落ちブランデーの波紋が広がった。
「ヴォルフさんは、わかってないです」
「えぇ?」
「そうじゃなくて。 アメリーさんがダニエルさんに『生きていてほしい』と願ったのは、『生きていた時のこと』で……、」
「なんじゃそりゃ? 生きていた時にそう思ってたんなら、死んでもおなじこと思うやろ?」
「…………おなじじゃありません」
「そうなん?」
「ヴォルフさんはわかってないです、死んでしまった人間が冷たく暗い土の中でどれだけ暖かい人のぬくもりをほしいと感じるか。 生きていた時どう思っていても、ずっと墓場の下で埋もれていれば、アメリーさんがダニエルさんと一緒にいたいと願っても、なにもおかしくはないんですっ!」
……あんなに疲れていたのに、眠れない。
ローゼは一方的に俺に文句を言いまくって、泣き疲れて寝てしまった。
ものの言い方は理不尽でありながら、とてつもない説得力だった。
幼い見た目だが、何年も死神としての仕事を務め、数えきれないほどの死者をあの世へ送ってきたのだそうだった。
死んだ人間が、生きていた時と全く違うことを望むことも数えきれないほど見守ってきたのだろう。
生きていた時は生き残った家族や恋人の願ってやまない小市民が、死者となった後、残してきた親しい人をあの世への道連れにしたいと願うようになる。
……それは悪夢だ、善人が醜い悪霊になり果てる場面に繰り返し立ち会うなど。
アメリーの件は、たまたまうまくいっただけなのかもしれない。
ローゼの非難は妥当で、俺は浅はかだった。
何しろ俺自身が一度死んだ身だ。
死人のことなら誰よりもわかっている、と思っていた。
だが違うのだろう。
俺は死んだ自覚もないまま、運よくローゼに拾ってもらった。
この世に愛しい人を残したまま、ずっと暗い墓場の下で眠っていたわけではない。
確かに、そんな死人の気持ちは俺にはわからない、わかるわけがない。
俺は驕っていた。
死人の気持ちがわかったつもりになっていた。
アメリーはたまたま生きていた時の気持ちを失っていなかっただけ、今回は運が良かっただけで、取り返しのつかない失敗をしていた可能性もあったのだ。
「くそっ、ブランデーの瓶、空やんか」
明らかに飲みすぎだが、明らかに飲み足りない。
だがもう酒はない。
いや、あった。
ローゼが飲み残したミルクピッチャーのお化けを手元に寄せる。
「これ、アレやな、口紅とかついてて、ドキドキするやつやな……」
化粧気のないローゼの飲みかけに、そんなものがあるわけがない。
思ってもいないくだらないことを言って、口をつける。
窓の向こう側が、うっすらと明るくなってきた。
膝もとで丸くなって眠るローゼ。
頬に手を当てると、温かい。
あたりまえだが生きているんだと実感する。
俺も、死神のローゼも、生きているのだ。
ふと気になって髪をほどいてやる。
変な癖がつくとかわいそうだ。
手遅れかもしれないが、やらないよりはましだろう。
長かった夜がやっと明ける。
俺は器を空ける。
ローゼが目を覚ましたら、なんといって謝ればいいかを延々と考えながら。




