100メガショック! えっ嘘やろ、俺は死んじまっただ!?(9)
「そんなに嫌な次の仕事って、なんや?」
「……えっと、」
「まーええやん? どーせ俺は死ぬ身や、喋ってもうても守秘義務が漏れることもないんちゃう? 話してみいひんか?」
「…………」
「誰かに話したら、気が楽になるかもしれへんよ?」
最後の一口を飲みきった。
俺の人生の最期の酒が尽きた。
「人生の最期に、自分の役にたたたせてくれや。 お礼がしたいねん」
ちゃぶ台から立ち上がったローゼは、窓際に立ち、すっかり日の暮れた夜空を見ながらつぶやいた。
「いいのかしら、誰がどのように亡くなるのかを教えてしまって」
「ええんちゃう?」
俺は即答した。
酔っていても答えられるほど簡単な話だ。
「グリム童話に『死神の名付け親』っちゅう、他人の生き死にを死神に教えてもらう男の話があるやん」
「えっ?!」
「むちゃくちゃ有名な童話やけど、知らんの?」
「ええと、どんなお話ですか?」
「主人公はタイトルのまんま、死神に名付け親になってもろうて、死神と仲良くなった男の話や。 男は死神が見える特技を活かして医者になる。 助かる患者は死神が患者の枕元におる、助からん患者は死神が足元におるっちゅう話なんやけど」
「聞いたことのないお話ですわ」
「そうなん?」
「死神の童話を、死神のわたしが知らないというのはおかしな話ですわね ……その、『助かる患者』はどうやって助かるのかしら?」
「死神にもらった薬を飲ませると、病気が治んねん」
「死神の薬のことまで示唆していますか……」
ローゼは少し考えてから、真剣な表情で続けた。
「その童話、かなり正確に死神を捉えています、死神が病気の患者のどこに立つかという点は童話のオリジナルだと思いますが」
「ほな言い換えたら、名付け親になってもらえるくらい死神とねんごろになったヤツは、死神に依怙贔屓され、他人の生き死にを教えてもらったり、薬も分けてもらったりすることができるって所は正しいんやろ? やったらローゼが俺に、次に誰の魂を迎えに行くかしゃべってもええんちゃう?」
「ええとですね…… 昔はよかったかもしれないんですけど、最近は死者の個人情報保護とかも配慮が必要でして」
「マジで? 死神にもコンプライアンスが求められてるん?!」
「それはそうでしょう? ご自分の生き死にを他人に知られたら、いやな気分になりません?」
これからローゼが魂を迎えに行く、何処に住んでいる何々さんが、これから死ぬのだということは極めて重要な個人情報である
俺はローゼの気晴らしになればと思ったが、知られる側からしたら興味本位に自分の生き死にを知られてしまうという見方もできないわけではない。
「なるほど確かにそうやな。 ほな、個人が特定できひんレベルでならどうや?」
「それなら、言っても大丈夫な範囲でなら。 ……ちょっと長くなりますけどいいです?」
「俺はええよ、付き合うって。 もう一杯なんか飲もか?」
「あの、お酒はもう」
ティーバッグの緑茶か、ティーバッグの紅茶か、手で淹れるコーヒーかの三択を提案したら、意外にもコーヒーを所望された。
コーヒーはとにかく鮮度が命、一ヶ月経った高級豆より、昨日焙煎した店の看板メニューの方がずっと美味い。
日本橋のすぐ近く、黒門市場に焙煎したての豆を挽いてくれる店がある。
誕生日会に行く前にアニメ雑誌を買うついでに立ち寄り、店の名前を冠したオススメブレンドを購入していた。
円錐状のコーヒードリッパーはHARIOのV60。
ペーパーも専用のものしか使えない。
沸騰したてのお湯を一旦ケトルに移し替え、豆の上に少し落として蒸らす。
焙煎したての豆ほど威勢良く膨らむ。
その様子を俺の隣でじっとみながら、ローゼは語り出した。
「今とは違う時代の、ここではない国なんですが、」
「ああ、」
「無実の罪を着せられて、処刑されてしまうんです」
豆を蒸らす時間は二十秒くらいがいい。
湯を細口のケトルから少しずつ少しずつ、優しく落とし始める。
「『魔女だ』という濡れ衣を着せられて」
「魔女裁判かよ……」
なんの罪もない人間に魔女の嫌疑をかけ、魔女だと自白するまで拷問する。
どこにもいない魔女を作り出し、殺し続ける悪夢の連鎖。
中世のヨーロッパに荒れ狂った狂気の祭典。
面白おかしな言葉は選べない。
「一番ひどかったんはドイツやってな。 やっぱりそのあたりなん?」
「いえ、過去の歴史的な事実ということではなく、全然違う世界の、今の話だと考えてください」
「…………異世界?」
ローゼは首肯する。
ふんわりした髪の毛が上下し、コーヒーの香りにローゼの甘い匂いが混じる。
だがここから先は、砂糖もミルクも入っていないコーヒーよりも苦い、鉄の血の味を味わうような話になるだろう。
そんな予感がしてならなかった。
1月15日に次話を公開予定です。




