戦記 二十五
土佐より二百人を連れてきたのだが、それらは風の前の塵のように蹴散らされてしまう有様であった。
この有様に義光は歯軋りしながら、迫りくる毛利武士を弾き返し己の身を守るのが精一杯であり。一騎打ちの邪魔をさせないどころではなかった。
「もはやこれまでか」
勇戦むなしく伊予の土となるか。と、観念した。一騎打ちも、隆景の家来たちがなだれ込んで主と元宅の間に入り込んで引き離す。
「邪魔立て無用」
と叫んでも、殿が討たれては一大事であると聞き入れられない。
ふっ、と元宅は笑った。
「もうよい、退け!」
と槍をかかげながらもと来た道をもどってゆく。
「もうよい、もうよいのだ!」
その叫び声を耳にして、領民らは一瞬ぽかんとしたが、元宅が引き上げてゆくのを見て。釣られるように引き上げてゆく。
「これは妖術なのか、夢なのか」
獣と化して襲いかかってきていた領民が引き波のように退いてゆくのを見て、毛利武士らは呆然と立ちすくんで。その背中を見送るのみ。
覚悟はしていたが、それでも、民を討つことに罪悪感を感じていた。が、そんなことを言っていられないほどの戦況であり。まさに悪夢の中に放り込まれたようだった。
だがこれは夢ではない。足元には無数の屍がころび、そのほとんどが領民であった。その死に顔は、猟師に狩られた狼のようであり、ひたすら必死に戦うあまり己が死んだことにすら気付いていないのではないかと思われた。
その様子を、家来に手綱を抑えられた隆景も、物言わずに静観していた。
「土佐に帰ろう」
弾かれるように我知らずにそう口ずさんで、義光は戦場を離脱し、高尾城ではなく伊予の山へと駆けていった。これもなにかが憑いたかのように、導かれるように土佐路を求めて駆けていた。
高尾城に帰り着いた元宅は鎧を脱ぎ捨て、広間の上座にどっかと座り。鞘から抜いた脇差を握りしめていた。
「地味な男であったが、有終の美が飾れた」
感慨深げにそうつぶやき。近くにいる数名の郎党らは、涙をのんだ。
高尾城には一千の兵力があったが、それらのほどんどは領民とともに討たれてしまい。城に戻れたのは、わずかばかりであった。
「何を泣く。この喜びを笑え」
言うや、脇差が腹を突いた。
「殿!」
「何を見ている。はよう介錯せい。血がぬるぬるして気持ちが悪いわい」
元宅の腹は真っ赤に染まり。そこから血がしたたり落ちる。
「……ごめん」
郎党のひとりが太刀を振って、介錯をし。その首を抱きしめて号泣する。
もう、泣く以外になにができるのであろう。
隆景は無理に攻めさせず、まず軍勢を落ち着かせた。
もう領民は襲ってこない。
元宅も、どうなったかは考えがつく。
「……」
無数にころがる屍と、遠くに見える高尾城を見つめる。
「金子元宅殿らのこと、忘れはせぬ」
隆景は下馬して、手を合わせ、黙祷し。家来たちも同じようにして、手を合わせて黙祷し。
高尾城下でも、同じように領民たちは城に向かって手を合わせて黙祷していた。
完




