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惑わせ狸  作者: 想 詩拓
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07『仕掛け講釈』

「事のきっかけは、みんなご存知の通り、そこにいる藤島真理江さんが『化け狸を見た』と言い出したことだった」


 壇上に立った千鶴は、教室内に視線を移動させながら切り出した。

 教室内では三人の人物が生徒役のように席についている。前から三列目の真正面に腕組をしてふんぞり返って座っている瀬名川浩介、一席空けて向かって左の席に縮こまっている山内紀子、そこから少し離れたところに座っているのは藤島真理江だ。

 雛子自身は最前列の右端に座って、その様子を傍観していた。


「藤島さんは、その狸を見たことを瀬名川君に相談した。瀬名川君は民俗学のゼミに入っているしね。全然おかしくない判断だと思うよ。……でも、それは全部瀬名川君の仕掛けだった」

「質問! “仕掛け”ってなんですか? 俺、化け物をいいように操る自信なんてないですよ?」


 丁寧な口調ながら、背をそらした横柄な態度で挙手、質問した瀬名川に、千鶴が動揺することはなかった。


「うん、それは今から説明するね」


 そう言って、千鶴は教壇についていたパネルを操作した。実際の授業でも使っている装置で、カーテンが閉まり、同時に上から黒板の上にスクリーンが降りてくる。PCの画面などを写して説明するときに使う装置だ。

 そして、千鶴自身は、一旦壇上を降りると、瀬名川の真後ろあたりに歩いて移動する。

 

「君はこれを使ったんだ」


 千鶴は手に持っていた“それ”をスクリーンに向けてスイッチを入れた。


「……ッ!!」


 瀬名川以外の女性陣がそろって息を飲んだ。そこには唐突に狸の姿が現れたのだから。

 だが、怖いと思うものなど誰もいない。たかが“スクリーンに映し出された狸の映像”など誰も怖いと思わないだろう。

 千鶴は、手に持った筒状のものを全員に示した。

 

「これは、レンズに狸の写真を現像したナイロンフィルムを張り付けた懐中電灯だよ。影絵とかスライドと同じ原理だね。瀬名川君はこれを使って、物陰から壁に映像を投影することで藤島さんに“追い掛け狸”を見せていたんだ」

「ちょっと待ってください。それなら俺には出来ない。藤島と一緒に歩いている時も狸は出てたんですし」


 にやりと口元に笑みを浮かべて反論を挟んできた瀬名川に、千鶴はあっさりと返した。


「そう? 例えば二日目に出てきた、『左の壁に現れた“追い掛け狸”』だったらできそうだよね。藤島さんから見えない位置で懐中電灯のスイッチを入れればいいんだから」

「……っ! でも真後ろとかは正面は無理ですよ。懐中電灯で映像を出すには距離が遠すぎる」


 懐中電灯の光は遠ければ遠いほど光が拡散する。“追い掛け狸”が懐中電灯の光で投影した映像であるならば、あまり光が拡散すると映像もぼやけてしまうのだ。


「ごもっとも。そこで山内さんが登場するんだ」


 山内紀子。この事件における三人目の登場人物である。自分の名前が出てきたからか、紀子の肩がピクリと反応した。


「瀬名川君、さっき君は山内さんと口論をしていた。たしか君は山内さんにこう問い詰めてたね? “何故、昨日は来なかったのか?”。この質問が謎を解くカギなんだ」


 千鶴は、再び教壇のパネルを操作し、カーテンを開け、スクリーンを上げる。そしてすらすらと説明を始めた。


「昨日と言えば何があったかというと、いつものように“追い掛け狸”が出現していたことが挙げられる。でも、いつもと違うこともあった。瀬名川君、君の行動だ」


 いつもは化け狸が現れ、それが消えるだけだった。しかし、昨日は違う。瀬名川は何故か路地の右側に“追い掛け狸”を見た瞬間、路地の左奥に向かって走り出した


「つまりこの時点で、君は知っていたんだ。“追い掛け狸”が懐中電灯をつかった仕掛けである、とね」


 右側に映像があるなら光源は左側になる。人が隠れられるのはT字路の奥しかないから、右側に“追い掛け狸”が現れれば左奥に犯人がいるということになる。だが、昨日はそこには誰もいなかった。

 “いるはずなのに、いなかった人物”。全員の脳裏に、さっきの瀬名川の紀子への問いかけが思い起こされた。

 そして、それの意味するところも漠然と浮かび上がる。千鶴は、その意味を具体化するようにハッキリと告げた。


「瀬名川君、これは君の計画だった。“追い掛け狸”の映像の光源には山内さんがいる予定だった。つまり、君は“山内さんを悪戯で驚かした犯人として挙げる予定だった”んだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ千鶴!? 話がよく分からないわ」


 雛子ががたっ、と立ちあがる。


「つまり瀬名川先輩は、山内先輩と共謀で藤島先輩を悪戯で驚かした上、山内先輩だけを犯人として藤島先輩に差し出すつもりだったってこと?」


 千鶴はこくりと頷いて肯定した。


「そうだよ。つまりタチの悪い狂言だったんだ。この事件は」

「……言うに事欠いて狂言ですか。何でそんな面倒なことをしなきゃいけないんです?」


 千鶴の言葉を受けて瀬名川が抗弁してきた。つまり、動機を説明しろと言っているのである。


「こんな“手の込んだお芝居”をすることが俺に何の得があるんですか? 俺には青山先輩の論理は筋の通ったように聞こえる妄想にしか思えません」


 しかし千鶴が自分の言葉でそれに答えることはなかった。千鶴はポケットから携帯電話大の小さな機械を取り出すと、ボタンを一つ押した。


『全く昨日は台無しだよ。山内が悪戯をする。俺がそれを見つける。それで一件落着。事件を解決した頼もしい俺に、ガードの固い藤島も転ぶって寸法が台無しだ』

「なっ……ッ!」


 聞こえたのは他ならぬ瀬名川自身の声だった。先ほど紀子と二人きりの時に口論していた内容そのままである。


「さっきの会話、ICレコーダーで録音させてもらってたんだ」

「な、何でそんなことが……!」


 何故そんなことができるのかという、瀬名川の疑問はもっともなものだ。

 この教室に待ち構えていたかのように現れた事も含め、現在進行形の千鶴の行動は、まるで瀬名川と紀子がこの教室にやってきて昨日の話をすることが分かっていたかのようだ。


「実は昨日のお昼休みに僕が君に話しかけた時点で、というか、一昨日の夜に雛子ちゃんに相談を受けた時点で僕は“あること”で瀬名川君を疑ってたんだ」


 “追い掛け狸”の仕掛けについて確証はなかったが、“現れたり消えたりする狸”という時点で狸の映像を投影したのだろうとは考えていた。そして方法を考えると懐中電灯が最も適当だ。

 だが、その仕掛けは瀬名川単独ではできない。先ほど瀬名川自身も抗弁した通り、すぐ側の壁に狸の映像を投影するならともかく、正面や背後の壁に写すには距離が遠すぎるのだ。

 そのことから千鶴は共犯者の存在に考えが至った。

 

「共犯者が誰かについては全く見当もつかなかったけど、事件の起きる時間と場所は分かってた。だから僕はとりあえず昨日の夜に現場に行ったんだ」

「現場に……行った?」

「うん。あの“追い掛け狸”のトリックがしかけられる場所は限られてる。T字路の曲がった先か、背後のL字路しかない。案の定、そこに当事者の関係者で、そこにいるのは不自然な人、つまり山内さんが待機してたからね。半ば確信して言ったんだ」


 そこで、全員が山内紀子のある言葉に思いあたった。


『……私は、あなたの友達に言われたの。今夜は自分がやることになったから帰っていいって』

「思い当ったみたいだね。そう、僕は言ったんだ。僕がやることになったから山内さんは帰っていいよって」


 それを紀子が受け入れた時点で、瀬名川と紀子の共犯説は確定した。


「な、何でそんなこと言ったの?」


 質問したのは紀子だった。そのために瀬名川に責められる羽目になったせいか、若干恨めしげでもある。


「瀬名川君の計画を確認するカマかけが一番の理由かな。いるはずの君がいなかったらきっと、瀬名川君は山内さんに接触するはずだと思ったんだ」


 こんな風にね、と、若干自分の仕掛けがハマったためか、千鶴は少し得意げに両腕を広げて見せた・


「それにしてもおかしい気がします」


 今度の質問は真理江だった。


「昨日の夜まで、光源を確かめるなんてしたことなかったんです。青山先輩はなぜ、瀬名川君が昨日光源を確かめるって分かったんですか?」


 瀬名川が、“追い掛け狸”の仕掛けのことを初めから知っていたのは分かった。そして、自分に借りを作るために、その仕掛けを見破って事件を解決する振りをするつもりだったのも。

 だが、なぜ解決に動くのが昨夜だと分かっていたのだろうか。


「ああ、それは簡単。動く理由を作ったのが僕だから」


 その質問を予想していたのか、千鶴は即答する。


「昨日の昼にあったこと憶えてる?」

「ええと、たしか“追い掛け狸”の話をしてたら先輩が話に入ってきて……」


 あの時の千鶴は、“追い掛け狸”出現の情報にいたく興味を抱いたようだった。結局は予定があったためか取り下げたが、「ついていきたい」とまで言っていたほどだ。


「それで、『また、明日お願いしようかな』……って……」


 そこで、はたと気付いたかのように真理江は千鶴に視線を返した。我が意を得たりと千鶴はにっこり笑って頷く。


 仕掛け人としての瀬名川としては、千鶴が関わってくるのは嫌だったはずだ。

 千鶴が謎を解くとは限らないが、懐中電灯の仕掛けは『言われてみればそんなことか』という類の安いトリックである。真理江は怖がりだからあまりじっくり見ようとは思わなかったが、千鶴なら一目で見抜いてしまうことも十分考えられた(結果的には見るまでもなく千鶴は見破ってしまったが)ので、あまり目撃する人間は少ないに越したことはない。

 そのため、「行きたい」と千鶴が言い出した時、瀬名川はどうしようか、と思っただろう。だが、意外に千鶴の方から引きさがったためにその場は事なきを得た。

 だが、気になる言葉もあった。それが「また明日お願いする」という言葉である。今日は凌いでもまた明日同じことを言われたらまた困ってしまうだろう。


「さて、そこまで考えたら瀬名川君はどう決断するか?」


 決まっている。“今夜中に終わらせてしまおう”、だ。

 真理江が、雛子が、紀子がまるで大がかりな手品を成功させた奇術師を見るような目で千鶴を見ていた。ただ一人、瀬名川だけが苦虫をかみつぶしたように顔をしかめている。


 昨日の昼休みから今日にかけての事件の動きは全て千鶴の作った状況だったのだ。

 たった一言で瀬名川が昨日のうちに“追い掛け狸”の事件を解決することを決意させ、その目論見を失敗させた。そのことで、今日、瀬名川と共犯である紀子と接触させ、事件の内容を“自白”させてICレコーダーにそれを記録したのである。偶然ではなく、意図的に。

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