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惑わせ狸  作者: 想 詩拓
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02『真理江と瀬名川』

「どうした、藤島? 目のクマ凄いよ」


 剣道着に着替えて道場に出てきた真理江に話しかけてきたのは男子剣道部の瀬名川浩介せながわ・こうすけだった。主将ではないが、その実力は折り紙つきであり、加えてさわやかな物腰と見た目で女子部での人気は高い。

 真理江も同学年ながら、瀬名川が気になる女子の一人だった。そんな相手に話しかけられて、少し心が浮ついたのかもしれない。話したところで「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と笑われるのがオチだと思って、話さずにいようと思っていた昨夜の出来事を、少しでも話のタネになればと全部話してしまった。


「……というわけなの」

「へぇ、藤島は怖いものが苦手なんだなぁ」

「笑っていいのよ、タヌキで怖がるなんて自分でも情けないったら」


 自嘲する真理江に、瀬名川は苦笑して言った。


「いやいや女のコは多少そういう弱いものがあった方が可愛いと思うけどなぁ。男としても頼られ甲斐がある」


 可愛いという言葉に、真理江は顔が紅潮するのを隠せた自信がない。それを知ってか知らずか涼しげな笑みを浮かべている瀬名川は真理江が予想しなかった言葉を重ねてきた。


「藤島が見たのがタヌキって言うのは多分偶然じゃないと思うよ」

「え?」心当たりのあるような物言いに真理江は目を丸くした。「知ってるの?」

「多分これかな、ていうのはあるよ。ほら、俺って民俗学のゼミ入ってるから、多少そういうのには詳しいんだ。何なら詳しく教えてあげるからさ、部活終わったらお茶でも付き合わない?」

「あ、いや、でも……」


 確かに瀬名川は気になる男子であるが、真理江は男子と二人で出掛けたことがなかった。高校も女子高であったし、男慣れしていなかったので、興味はあるが、不安が先にきてしまうのである。

 だが、せっかく相談に乗ってくれるというのである。ここで断るのも失礼だと思い、真理江はゆっくり頷いて同意を示すのだった。



 * * *



「アンタ瀬名川君とお茶行くんだって?」


 丸顔の同級生・山内紀子やまうち・のりこからそう尋ねられて、真理江は面の下に被っていた面手拭めんてぬぐいを外す手をぴたりと止めた。

 これほど女子のネットワークを恐ろしいと思ったことはない。瀬名川に誘われてから部活が終わって更衣室にいる今現在まで、誘われたことは誰にも話さなかったというのに。


「な、何で知ってるの?」

「そりゃ、道場で話してれば聞き耳立てる人もいるわよ。アタシは男子が話してるのを聞いたけど」


 紀子曰く、女学生から見る瀬名川のように、男子からも藤島真理江は人気がある存在らしい。その真理江を茶に誘ったということで話題になっていたらしいのだ。


「アンタ、自覚しなさいよね。でないと簡単に食われちゃうわよ、と言っても、まあアンタは男慣れしてないからホイホイついていく事はないだろうけど」


 男子からの人気に気づいていない真理江に、紀子は呆れ気味にため息をついて行った。そしてニカッと笑いながら付け加える。


「まあ、アタシは寄ってきた男は遠慮なく頂いちゃうけど」


 紀子のこういうさばさばとした明るさが真理江は好きだ。若干太めの体型であるが、それを自覚しつつ自分を卑下するような心の屈折もない。

 部内で唯一の同級であるということもあるが、女性として見習いたい部分もたくさんある彼女を真理江は親友だと思っている。


「三沢ー。アンタも新入生の中では人気あるんだから気を付けなさいよー」と、紀子はブラウスのボタンを留めながら、その背後、向かい側のロッカーで着替えていた後輩、三沢雛子みさわ・ひなこに話を振った。

 女子としては背が高く、すらりとした体型と活動的なポニーテールをなびかせた姿のりりしさは、どちらかというと同年代以下の同性に憧れられそうなタイプである。

 雛子はスポーツブラの上からTシャツを着て答えた。


「私は大丈夫ですよ。言い寄られてもあんまり嬉しくないし、体力だってそこらの男子に負けません」 



「で、結局何の話で瀬名川君に相談するの?」

「うん、実はね」


 少し迷った末に、瀬名川にしたのと同じ話を紀子と後輩に聞かせてやり、そして後悔した。

 狸の話をしたあたりから、紀子は部室にあるテーブルに突っ伏したまま笑いをこらえて肩を震わせっぱなしだったのである。


「くっくっく、アンタの怖がりエピソードはいっぱいあるけど、……くくく……また新たに伝説に一ページが加えられたわけね」


 大笑いしないところが友情なのかもしれないが、どうせなら思い切り笑い飛ばして欲しかった。


「怖かったんだから仕方ないじゃない。それに実際不気味だったし、紀子だって絶対怖がってたわよ」


 瀬名川が真面目に聞いてくれたのに気を良くして口を軽くした反省で、顔を若干赤くしながら真理江は口をとがらせた。

 しかし、後輩はどちらかというと瀬名川の反応に近かった


「タヌキ……、なんかそういう怖い話には珍しいですよね。藤島先輩、私の知り合いでそういうのに詳しい人がいるんですけど、良かったらご紹介しましょうか?」

「ありがと。でも、それには及ばないわ。民俗学ゼミの瀬名川君も同じことを言ってたから、多分、同じ方面の話になるとおもうから」


 それに、せっかくの瀬名川の好意なので、セカンドオピニオンを立てて疑うような行動をしたくなかった。


「まあ、何にしろ、あったことは全部報告しなさいよ?」


 やっと笑いから回復した紀子がらんらんと目を輝かせて念を押す。他人の恋バナは蜜の味、なのだ。

この話は全9話です。ですから毎週土・日・月の午前0時過ぎに投下する予定です。

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