プロローグ
※これは元々別のサイトで書いている作品です。なお、R指定はないですが、時折流血表現があります。殺される人も多数出てくるのでそういうのが見がてな場合はご注意ください。
能力、それはこの世界では、当然のようにそこに存在しているもの。
だが、所持者が居ればそうでない者も勿論存在する訳で、この世には俺のように持たざる者もいる。
持たざる者が蔑まれているか。その答えは『否』だ。別に、無い方が人として在るべき姿なのだから。
逆に能力者はどう見られているか、それこそ彼らが蔑まれているのだ。強大な力と引き換えに、人の道を外れた者は。
武器なんて生易しいものではないんだ、この世にある能力っていうのは。意志一つで何だってできるし、咎めも無い。
顔も合わせずに人を殺せるし、触れても無いのに全てを理解できる、そんな超が付くほどのチートだって、居る。
能力っていうのは、不可能を可能に変える……理想を現実に転換する摩訶不思議な力、一種の才能。
この世は、非能力者のために出来ている。持っている者は、持ってない者から人外の外道扱いされる。
いくら能力を無効化する装置が出来ても、彼らが強大であることに変わりは無い。恐れた普通の大富豪は、動きだす。
ありとあらゆる手を尽くして能力者を滅ぼそうとする彼の一番の妙案は、彼ら同士で殺し合わせること。毒を持って毒を制す。
能力者を完璧に殺せるのは能力者だけという訳だ。
そんな狂った考えを持った富豪が本当に現れるだなんて、これっぽっちも思いはしなかった。
俺は俺の、能力の不所持を呪った覚えが無く、その金持ちの気分なんて全然、理解できないから。
それでも友達の過半数が、能力者なんだ。中には弱々しいテレパシーなんて者もいるが、もっと殺戮兵器と成り得る能力を持った者の方が圧倒的に多い。
近年は特に凶悪な能力保持者が多く、それこそ本当に、今の能力者に対する不遇な処理に対して、革命が起きそうだった。
俺は、五歳までの自分自身について覚えていない。自分の六歳の誕生日に俺という意識は誕生した。
それまでの五、六年間を培ってきた自我はなぜか自分の中に残っていない。
だけど、その空白の時間に何が起こったか、悪夢のような戦争が教えてくれるだなんて思ってもいなかった。
友人も、兄弟も、好きな人も、皆殺されてしまう、競技会<コンテスト>が、死んだはずの僕のことを、俺に教えてくれた。
能力に最強なんてない、比べる必要は無い。それが俺の持論だったんだ、悪夢を見始めた日、その日までは。
でもそんな理屈は持ってる人達にとってはどうでもよかったらしい。
事実甘い蜜を啜りたがる連中は、こぞって自らの力こそが最強だと信じ始めた。
能力者嫌いの、富裕層が目の前に垂らした黄金の蜂蜜にむらがるその姿が、獣にしか見えなかった。
能力の生まれた平成よりも七つも後の元号、人為。
人のためと謳うその年号は、本当に人のためにしかならない世の中を表わしていた。
能力者は、奇妙な力の持つ、人ならざる者、迫害の対象。
人為十二年四月八日、悪夢の始まったあの日。高校二年生、男子、桐谷 爽、能力は持ってない。
それが俺だった。




