EP 4
チュン、チュン……。
ポポロ村の朝は、小鳥のさえずりと共に穏やかに明けた。
ポポロ亭の厨房の窓から、広場にある『あのベンチ』が見える。
そこには昨日の行商人の男が、信じられないものを見るような目で、一枚の羊皮紙を握りしめていた。
「(……ああ、神様! ベンチの神様、本当にありがとう……っ!)」
イヤホン越しに、男のむせび泣く声が聞こえてくる。
彼が握りしめているのは、昨夜ザッパから回収し、俺がこっそりベンチに置いておいた『借金証書』だ。
黒蛇商会は、力武とリベラの裏工作によって今朝方、正式に『経営破綻および代表者の夜逃げ』として帝国法務省に処理された。
マリアという娘がアバロン皇国に売られることも、この男が借金に首を括ることも、もうない。
俺はイヤホンを外し、エプロンのポケットに突っ込んだ。
「さて。一件落着の朝は、最高に美味い飯と決まっている」
俺は空間に『ネット通販』を展開し、昨夜巻き上げた資金(魔石)を惜しげもなくスロットへ投入した。
出てきたのは、地球の自然豊かな農場で育った『高級有精卵』、北海道産の『特級バター』、そして、酸味と甘味が極限まで濃縮された『特製完熟ケチャップ』だ。
(ジャッ、ジャッ、ジュワァァァァァッ!)
まずはフライパンで、細かく刻んだ鶏肉とタマネギをバターで炒め、米麦草を投入。そこに特製ケチャップを絡め、水分を飛ばしながらパラパラのチキンライスを仕上げる。
ケチャップが焦げる香ばしい匂いが、厨房に爆発的に広がった。
「くぅ〜っ! この匂い! 朝から胃袋が暴動を起こしそうですぅ!」
厨房の入り口から、よだれを拭きながらリーザが顔を出した。
パンの耳生活が長かったせいで、匂いだけでご飯が食べられる体質になっているらしい。
「ちょうどいいところに来た。皿を並べてくれ。メインはこれからだ」
俺は別のフライパンを熱し、たっぷりのバターを溶かす。
そこに、溶き卵を一気に流し込んだ。
(ジューゥゥゥゥッ!)
菜箸で素早くかき混ぜ、空気を孕ませながら半熟状態を保つ。
絶妙なタイミングでチキンライスの上にスライドさせ、紡錘形に整えた。
仕上げに、鮮やかな赤色の特製ケチャップをタラリとかける。
「完成だ。ポポロ亭特製、『黄金のふわとろオムライス』だ」
「「「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
いつの間にか起きてきていたキャルルとルナも合流し、カウンターに並んだ三つのオムライスを見て歓声を上げた。
「卵が……卵が黄金色に輝いていますぅ! それに、この赤いソースの甘酸っぱい香り……っ!」
キャルルのウサギ耳が、千切れるほどの勢いでピョコピョコと跳ねている。
「リアンさん、私、食べていいですか!? この黄色い宝石みたいなやつ、食べていいですか!?」
「ああ。だが、食べる前にナイフで卵の真ん中を縦に切ってみろ」
俺が言うと、リーザはごくりと喉を鳴らし、震える手でナイフを入れた。
(スゥッ……、トパァァァァァァッ……)
「っ!?」
表面はピンと張っていたオムレツが、ナイフの切れ目から重力に従い、内側に秘めていた『とろとろの半熟卵』をチキンライスの上へ花開くように広げた。
湯気と共に、強烈なバターの香りが三人の鼻腔を直撃する。
「な、なんですかこの演出ぅぅぅ!! 反則です! 視覚から美味しさが暴力的に攻めてきますぅぅ!」
リーザがスプーンを握りしめ、オムライスを大きく掬って口に運んだ。
「はむっ……!」
その瞬間。
リーザの青い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おいひぃ……! 卵が、口に入れた瞬間に溶けました……! そのあとに、チキンライスの旨味と、この赤いソース(ケチャップ)の甘みが追いかけてきて……っ! 私、パンの耳とかもうどうでもいいですぅぅ!!」
「んん〜っ! ほっぺたが落ちちゃうわぁ! この赤いソース、世界樹の果実より濃厚かもぉ!」
ルナが満面の笑みで頬を抑えながら、オムライスを堪能している。
「リアンさん、これ、美味しすぎますぅ! 昨日の疲れが一瞬で吹き飛びましたよぉ!」
キャルルも、口の周りにケチャップをつけながら、幸せそうに微笑んだ。
(……ああ。やっぱり、これだよな)
三人が無心でオムライスを掻き込む姿を見ながら、俺は自分用のモーニングコーヒーを啜った。
昨夜、暗い金庫室で冷酷に命を絶った記憶など、この輝くような笑顔と「美味しい」という言葉の前に完全に上書きされていく。
悪党の命を金に換え、その金で地球の極上食材を買い、大切な奴らを笑顔にする。
この最高に美味しくて、最高にイカれたエコサイクル。
「(……これだから、ポポロ村のスローライフは辞められない)」
俺は小さく笑い、空になったリーザの皿に、もう一つオムライスを作ってやるためにフライパンを手に取った。
ポポロ亭の朝は、今日も圧倒的な平和とカロリーに満ちていた。




