EP 11
「……ふふっ。笑いが止まりませんね、リアンさん」
村長宅のリビングのテーブルに、じゃらじゃらと黄金の山が築き上げられていた。
ルナミス帝国の金貨、ざっと五百枚。庶民の年収を遥かに超える莫大な富だ。
元エリート商社マンの力武義正が、口元のコーヒーキャンディを転がしながら、極悪人のような笑みを浮かべている。
「昨夜、鮫島さんたちが鉄屑にした『死蟲機』の残骸。あれを帝国の裏ルートで『新種のゴーレムの希少素材』として売り捌きました。加えて、リアンさんがネット通販で仕入れた『マヨネーズ』とポポロ村の『マヨ・ハーブ』をブレンドした特製調味料を、ゴルド商会の幹部に少しだけ舐めさせたんです」
「……で、どうなった?」
「幹部のオッサン、美味さのあまり白目を剥いて気絶しましたよ。独占契約の対価として、この金貨を置いていきました」
力武の算盤の冷酷さと有能さに、俺は苦笑する。
武力による防衛だけでなく、経済的な優位性も確保する。これが現代の商社マンの戦い方だ。
「上出来だ。これだけあれば、村の防衛魔導シールドの出力も上げられるし、俺のネット通販の魔石チャージにも余裕ができる」
俺は金貨の山を魔法ポーチに滑り込ませた。
「よし。危険な夜間作業と、力武の営業トップ成績を祝って……今日は昼から、村の広場で盛大なバーベキュー(BBQ)パーティーだ!」
* * *
(ジュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!)
青空の下、広場に設置された特大のグリルから、暴力的なまでの肉の焼ける匂いが立ち昇った。
「はわわわわっ! リアンさん、このお肉、霜降りが芸術品みたいですぅ!」
ウサギ耳をぴょこぴょこさせながら、キャルルが興奮のあまりトングを握りしめている。
グリルの上で踊っているのは、ネット通販で取り寄せた地球の最高級『A5ランク黒毛和牛』と、ポポロ村特産の『肉椎茸』だ。
そこに、俺が調合した特製のニンニク醤油ダレを刷毛でたっぷりと塗る。
「うっひょぉぉぉ!! 肉! お肉ですぅぅ!!」
リーザが、自分の顔より大きい肉椎茸のステーキに齧り付いた。
「パンの耳じゃないお肉……! 噛むと、中からキノコの旨味と和牛の脂がジュワァァァって! 私、もう一生ポポロ村から出ません!!」
「こら、リーザちゃん! それ私の分のお肉ーっ!」
ルナが慌てて魔法のツルを伸ばして肉を奪い合っている。
平和だ。
横では、優太と鮫島たちが、太陽芋から作られた『芋酒』を地球のジンジャーエールで割った特製カクテルで乾杯している。
「美味い飯と、美味い酒。……最高のスローライフだろ?」
俺は最高級の和牛を串に刺しながら、力武に笑いかけた。
力武も赤マル(タバコ)を咥えながら、満足そうに頷く。
「ええ。この利益(笑顔)を守るためなら、どんなブラックな仕事でもこなせますよ」
村人たちも集まり、広場はかつてないほどの熱気と笑顔に包まれていた。
……だが、光が強ければ、当然『影』も濃くなる。
俺の足元の影が、微かに揺れた。
『影丸』からの、無言の警告。
(……この美味すぎる匂いに釣られたか。それとも、あの『特製マヨネーズ』の利権を嗅ぎつけたネズミか)
広場を囲む森の木々の中に、闘気を極限まで抑え込んだ『複数の視線』を感じる。
ルナミス帝国の裏の暗部か、あるいは他国の間諜か。
俺は肉を裏返しながら、誰にも気づかれないように薄く冷たい笑みを浮かべた。
夜のデザート(仕事)には、ちょうどいい。
* * *
深夜。
BBQパーティーの熱気も冷め、ポポロ村は静かな寝息に包まれていた。
スッ……。
音もなく、村の柵を飛び越える黒装束の影が三つ。
ルナミス帝国・暗部ギルドに所属する超一流の暗殺者たちだった。
「(標的は、あの料理人の男だ。村の女どもは薬で眠らせろ。マヨネーズの製法と、あの異常な武力の出処を吐かせる)」
リーダーの男がハンドサインを出し、村長宅へと忍び寄る。
彼らは闘気と隠密魔法を組み合わせたプロフェッショナルだ。いかに警戒の厳しい村であろうと、赤子の手をひねるように——。
「(……ん?)」
先頭の暗殺者が、足元に違和感を覚えた。
靴底が、何かに『沈み込んだ』のだ。
「(なっ……影が、沼のように……!?)」
気づいた時には遅かった。
彼らの足元の『影』が真っ黒な泥のように変質し、足首から膝、そして腰へと急速に這い上がってきたのだ。
「(チィッ! 罠か!)」
リーダーが闘気を爆発させ、力任せに影を引きちぎろうとする。
だが、その瞬間。
「——シーッ。静かにしろ。明日の朝食の仕込み中なんだ」
暗闇から、冷酷な声が落ちてきた。
三人の暗殺者が顔を上げると、そこには漆黒の『銃口剣』を肩に担いだリアンが立っていた。
その瞳は、昼間の優しいシェフのものとは完全に異なる、絶対零度の殺意を宿している。
「(貴様……っ! ただの料理人ではないな!)」
「(……殺せ!)」
影に捕らわれていない残りの二人が、音もなく跳躍し、猛毒の塗られた短刀をリアンの急所へと突き出した。
常人なら反応すらできない速度。
だが、リアンは一歩も動かない。
「喰丸」
(ゴパァァァァァッ!!)
虚空が割れ、巨大なワーム——『喰丸』が文字通り空間から顎を開いて飛び出した。
「(なっ——!?)」
空中にいた二人の暗殺者は、悲鳴を上げる間もなく、その異次元の胃袋へと頭から丸呑みにされた。
(ゴキュッ。)
咀嚼音すらない。完全なる捕食と隠蔽。
「あ、あ……っ……!」
残されたリーダーの男は、目の前で起きた悪夢のような光景に、ガチガチと歯の根を鳴らした。
一流の暗殺者としてのプライドなど、一瞬で粉砕された。
「お前ら、ゴルド商会の競合ギルドの差し金か? それとも帝国の軍部か?」
「ひっ……!」
リアンがゆっくりと近づき、銃口剣の冷たい銃口を、影に拘束された男の額に押し当てた。
「ま、待て! 私はルナミス帝国情報部の——」
「どこの所属でもいい。俺の村の食卓(平和)を脅かす奴は、ここで消えるルールだ」
カチリ、と。
無慈悲な撃鉄の音が鳴る。
「せめてもの情けだ。音も痛みもなく、内側から壊してやる」
——『ゼロ・インパクト』。
(ボシュッ!)
鈍い衝撃音と共に、男の瞳から急速に生命の光が消え失せた。
外傷は一切ない。脳だけが完璧に破壊されたのだ。
「喰丸、こいつも残さず食べろ。……影丸、周囲の血の匂いと魔力の痕跡を完全に消散させろ」
召喚獣たちが主人の命令に忠実に従い、数分後には、暗殺者たちが存在した痕跡は世界から完全に消滅した。
「……ふぅ。これでゆっくり、パン生地を寝かせられるな」
リアンは銃口剣を魔法ポーチに仕舞い、何事もなかったかのようにエプロンを締め直す。
夜の冷たい空気を大きく吸い込み、村長宅のキッチンへと戻っていった。
数時間後、ポポロ村の朝は、焼きたてのクロワッサンと挽きたてのコーヒーの極上の香りで幕を開ける。
暗黒の死闘は、今日もまた、ヒロインたちの幸せな笑顔と「美味しい!」という歓声にかき消されていくのだった。




