1話(プロローグ)
李牧、理不尽な死。王命による不当な処刑。
彼は敵国、秦の大将軍王翦の策略により讒言(他人を陥れるための嘘)を信じた幽繆王により、拷問の末処刑された。
彼にとっての不幸は、仕えるべき主君に恵まれなかったことだった。
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「ああ、またか」
自分の首が刎ねられる瞬間、李牧は妙に冷静だった。
どれだけ国に尽くし、優れた策を講じても、最後は権力争いの渦に巻き込まれてしまう。自分の力や信念だけでは、国の腐敗や運命は変えられない。
(結局、私は国を救うことはできなかったのだな)
李牧は決して自らが王になりたいわけではなかった。ただ、趙国の存続のみを願い、自身の才能を趙のためだけに使い、国の存亡を守ることを第一として考えていただけだった。
(もしも天国というものが存在するなら、自分にはそこへ行く資格はあるのだろうか……だんだんと意識が遠のいていく……)
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暗闇に包まれ、身体がどこかに落ちて行く。次の瞬間、急に光が差し込み、身体が浮いた。
ぼんやりと顔を上げるとそこには、老人と呼ぶにはまだ早い、しかし人とは思えぬほど神々しい光に包まれた存在があった。
纏っている衣は白く、足元はまるで雲に覆われているようだった。
「お疲れでしたね、李牧殿」
「ここは……どこですか? 貴方は?」
「名乗りは不要。私はただの神です。そしてここは天界と人間界の狭間です」
神は静かに笑い、李牧の前に腰を下ろした。
「貴方は、あまりにも理不尽な最期を迎えた。忠義を尽くした者が、報われぬなど、本来あってはならない。だからこそ、これ以上貴方の魂をここに彷徨わせてはおけません」
「やはり、私の魂は天国へは行けなかったのですね。ですがそれもまた自身の宿命。恨み言を申すつもりはありません」
「ええ、そんな貴方だからこそ、もう一度生きる機会を差し上げたいのです。そしてそこで魂を浄化させるために私からの使命を果たしてください。貴方のような方がいつまでも、『未練』のせいで成仏できず、このような狭間の世界に居てはなりませぬ」
「『未練』ですか……私のあの思いは『未練』だったのですね」
李牧のひとりごとが光の渦に飲み込まれていく。すると白い光が、李牧の足元から立ちのぼる。
「次の世では、貴方が思うように生きられるよう、いくつかの加護を与えましょう。誰にも邪魔されず、己の才を思う存分に使えるように」
「何故私に、そのような慈悲を?」
「貴方ほど報われるべき者を、私は他に知りません。だからぜひ、与えられた世界の中で成し遂げていただきたいことがあるのです」
「成し遂げる……のですか」
「どうかその世界で、自分自身のために生きながら、私が託す使命を全うして欲しい。その使命を終えた先に何があるのか。それを見極めた時こそ、貴方の魂は成仏でき、天へと導かれるのです。」
「使命……ですか」
「ええ。貴方の知恵と心で、多くの命、すなわち魂を救い上げていただきたいのです」
光が一段と強くなる。そしてまばゆい光が降り注ぐ。
「戦とは時に避けられぬもの。だからこそ、その中で戦わずに済む道を探し、もし、それが叶わぬなら、戦を一刻も早く終わらせ、余計な血を流さぬようにする。それもまた、魂の救済なのです」
そして神は言う。
「過去の貴方は、勝つために戦ったのではない。国を生かすために、戦を終わらせようとした。それこそが、私が望む貴方への使命です」
神が託すように言う。
「貴方に、新たな身分、そして新たな国を。貴方が思うままに生きられるよう、そのすべてを授けましょう。さらに私からの加護として、貴方が誰からも『受け入れられる』よう、理を敷いておきました。そして最後にもう一つ。もし貴方が、志を果たす前にこちらへ戻りたいと願うなら、ただ心に念じてください。その時は、私が貴方をこちら側へ引き戻しましょう」
「ならば私は今度こそ、己の力で救える命を救い、新たな世を築いてみたい」
「そのための世界です。お願いしましたぞ。李牧殿。行ってらっしゃい、異世界へ」
まばゆい光が弾け、李牧の姿は異世界へと消えていった。
そして神により、成仏したにもかかわらず、一つの魂が天よりここに呼び出された。
彼女の名は楊端和。
かつて秦国の将軍として、西の境界線である河西を守り抜いた『水軍の女王』である。
荒れ狂う黄河すらも自在に手懐ける彼女の姿を、人々は敬意を込めて《黄河の女王》と呼び、その名を恐れた。
彼女はその当時、李牧とは敵対していた。
「何故あたしがここにいるのさ。あんたは誰だい?」
「私はただの神です。貴女に一つ、お願いがあり天界よりこちらに来てもらいました」
神は彼女に事情を打ち明け、力を貸して欲しいと頼んだ。
それを聞いた楊端和は笑みを浮かべながら言い放った。
「敵対してた奴の手助けか。まぁでも面白そうじゃないか。いいよ、引き受けた。こんなことで神に貸しが出来るならお安いご用さ」
そして尚も不敵な笑みを浮かべる。
「李牧か、奴にはだいぶ手こずらされたからな。だけど、あいつと戦うのは嫌いじゃなかった」
それを聞いた神は、ただ苦笑していた。
「では頼みましたぞ楊端和殿、いってらっしゃい異世界へ」
またひとつまばゆい光が弾けた。




