フェル
火をつけて、鍋をかけ、冷たい穴にはめ込んだ甕から、練って丸めた麦を取り出して、まな板の上に置いて、平らに伸ばし、鍋に貼りつけて焼く。平らに焼き上がった麦に、塩をふった菜と水煮した鶏の細片を巻いた。
ぼくは母さんからそれを受け取る。青いお皿に供された焼き麦。
「お父さんに持って行ってあげて」
ぼくはうなずいて、調理場からとことこ歩く。
庭の梅の枝にムラサキエナガのつがいがツリリと鳴いている。
ぼくもツリリと鳴いたら、小鳥たちは首を傾げてから飛んでいってしまった。
書斎にはお父さんがいる。書卓について、硯に墨をすっていた。
「お父さん。お母さんがこれ、持って行ってあげなさいって!」
父さんがぼくを見て、ぼくをだっこした。
ぼくは料理を持ったまま、廊下にある、小さな卓まで運ばれた。
父さんは卓を分ける。物を書く卓で物を食べないし、物を食べる卓で物を書かない。
お皿を卓に置く。
父さんは巻き麦をひとつ手にした。
「おいしい?」
「おいしいよ。お前もひとつ食べなさい」
ぼくはそろそろと巻き麦に手を伸ばす。
父さんを見上げる。
父さんは優しくうなずく。
ぼくは巻き麦にかぶりつく。
おいしい。
「おいしい」
「母さんが作ったんだからな」
「お母さんはみんなおいしい! 玉子焼きも、お団子も、蜜ちまきも!」
父さんはぼくをなでる。
「母さんはな。フェルがおいしいと思うものをたくさん食べさせたいんだ。もっともっとたくさん。どうしてかわかるか?」
「どうして?」
「母さんにきいてみなさい」
父さんはそう言う。
でも、母さんにきくと、母さんは父さんにきいて、っていう。
そういうとき、父さんも母さんも笑うんだ。
どうしてなんだろう?
〈了〉




