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刺客のこだわり  作者: 実茂 譲
ヒュンガの清趣
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16/51

帯留め 二

 おれは官職に疎い。玄柱吏長が何をする役職で、どのくらい偉いのかはわからない。だが、それなりの賄賂を引き寄せるくらいの権限はあったようだ。

 その玄柱吏長が季節外れの桃が咲く庭での宴会で額に矢を食らって死んだ。矢は矢軸の半ばまでが鋼で出来ていて、額は砕けていたという。

 外に出て、いくつかの屋台や酒店に寄って、市井の評判をきけば、死んだ役人は酷吏として悪名が高かった。惜しむ声は一度もきかなかった。

 おれは葱の羹を食べ、店を出た。

 正午を四半刻超えるくらいまで、町を歩いた。


 印亭大路を西へ歩いていたときだ。鹿皮の穿きものをした武人とすれ違った。黒い馬にまたがり、戦でさえ見かけないような大きな弓を家人に持たせていた。

 武人はおれをじろりと見下ろした。そこまで齢はいっていない、若い顔だ。目はおれを蔑んでいるようだ。そんな目で見られる覚えはなかったが、どこかで会ったかもしれなかった。おれは人の顔は忘れない。それでも、たまに覚えこぼすことはある。

 武人はおれの頭を狙って、鞭を振り下ろした。右に一歩踏み出して、それをかわすと、武人は体勢を崩して、そのまま馬から落ちた。

 おれは武人の家人たちを見た。三人いた。弓持ちと太刀持ち。三人目は大きな柄杓に似た荷箱を肩で負っていた。主人の面子のためにおれを叩こうとするものはいなかった。三人とも顔を蒼くしていた。

 このままここにいたら、絶対に厄介なことになる。おれは来た道を走って戻ることにした。

 大路から横道へ曲がるとき、おれはとっさに身を後ろにめぐらせた。矢がおれの右耳のそばを通り過ぎた。曲がり角に立った柳に刺さった。

 あの武人が馬にまたがって、大きな弓を手にしていた。相手はおれを殺すか、あるいは手足のどれかを打ち抜くつもりだ。

 真昼の往来で家来持ちの武人を殺せばただではすまない。正当な理由があってもだ。やるなら、ここはしのぎ、夜にひとりになったときを狙わないといけないが、そう簡単に逃がしてくれそうになかった。

 彼岸の距離は二十間。どんなに強い弓でも、この距離で飛んでくるならかわすのはそんなに苦労はしない。二の矢も少し左に身を寄せるだけで済んだ。

 野次馬が集まってきた。行商人や巡礼、使いに出されている召使。下級の武官らしい髭の顔も見えた。

 やつらは、おれが死ぬところを見たがっている。野次馬の何人かはおれが吊るしている剣へ、熱病でも見るような視線を寄せた。

 これであの武人はますますおれを殺さないわけにはいかなくなった。

 相手は昼間から家人を連れて、若駒にまたげるくらいの武人だ。おれを殺せば、罰を受けるだろうが、せいぜい二十日の謹慎くらいだろう。この国は武人に甘い。

 武人が馬の腹を蹴った。鞍上で上下しながら、弦を引き絞っていた。

 おれは剣の柄に手を寄せた。こっちの手はもう決まった。相手が弦を離す瞬間に飛び上がって、逆袈裟に切り上げてやる。全てを置き去りにして、しばらくは都を離れないといけない。おそらく家は追捕されて荒らされるだろうが、仕方がない。せめてクトの硯だけは持っていこう。

 身を少し沈めて、飛び上がる瞬間を待った。

 だが、おれは飛ばなかった。

 武人の矢が見当違いのほうへ飛んだ。

 それより先に低い唸りを上げて後ろから矢が飛んでいき、武人の顎の下へと吸い込まれていった。武人は頭から落馬した。


 おれは捕まった。

 警吏の詰め所でおれはいろいろきかれたが、おれは同じことを繰り返した。

 いきなり鞭を振り下ろされて、逃げた。十分遠くまで逃げたと思ったら、今度は矢が飛んできた。なぜ、そのあと、逃げなかったのかときかれ、おれは怖くて足がこっちの言うことをきかなかった、と言った。剣は飾りのつもりで吊るしているから使えない。後ろから飛んできた矢のことはしばらく気づかなかった。そんな恐ろしい矢が背中から飛んできていたなんて、まったく知らなかったし本当に恐ろしいことだ。

 これを何度も繰り返した。

 実際、武人がおれを面白半分に殺そうとしていたと証言する野次馬が大勢いた。それに武人には前科(まえ)があった。いつかの辻斬りと同じで、父親が有力な武官だった。

 何か武官同士の釣り合いのようなものがあり、父親が栄転という形で都を体よく追い出された。あの武人の無様な死は父親を追い落としたかった勢力に利用された。

 おれは二日後に解放された。


 解放されたおれは真っ先に服飾品を売る店に行った。

 紅い帯留めの玉を買った。玉とはつまり、玉石の輪だ。剣を吊るすのにいい形だ。

 いつもまとっている黒っぽい衣に一番合う色だと思った。

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