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アネモネが華やかに舞いましょう  作者: komado(六種銘菓BOOKS)
アネモネが軽やかに舞いましょう
50/60

◯知りたいけれど……

「海は広い。広すぎるから、どこを足がかりに調べて回れば良いのか見当がつかない」

 それが最近のロアの悩みでした。海を冒険しようにも、自分の船を持っていないロアにとって船旅は貴重なもの。彼女は簡単に空間移動ができる不思議な力を持っていましたが、着地する場所が海の上ではすぐに溺れてしまいます。簡単にでかけていって、知りたいことをサクサクと知れるというわけではないのでした。

 なので、今日も白い世界にぽつんと建つ喫茶店の中で、コックの真似事をしながら時間を潰していました。ため息をついています。そんなロアを見かねて、ウェイトレスのアネモネはロアの近くまでやってきて、声をかけます。

「ロア、べつに海にこだわらなくてもいいってマスターも言ってたじゃない。私も、大地にこだわっているわけじゃないもの。やりたいことがあるだけよ。まだまだ途中だけど、いっぱい勉強してるわ。世界の色んな場所を、ヤドリギの森みたいに案内できるようになりたいの。ロアは商人さんになりたいんでしょう? 海のお勉強もいいけど、そっちのお勉強のほうがきっと楽しいわ!」

 微笑むアネモネの様子を受けて、ロアは深刻そうにしていた表情を朗らかに緩めました。

「アネモネ。君は日常を楽しむ天才だ。だからそのような言葉が自然と出てくる。良いこと」

「あら。天才だなんて初めて言われたわ! 嬉しい!」


 そんな話をしていると、マスターが階段から降りてくる姿が見えました。上機嫌なアネモネはマスターにも声をかけます。

「あっ、マスター。ねえねえ、私、日常を楽しむ天才ですって。ロアに褒められちゃった」

 マスターの方はアネモネと違い、機嫌が悪いのか、寝起きなのか、眉間にシワを寄せて目を細めつつ、アネモネの明るさを若干鬱陶しそうにしていました。

「ロア、あまり彼女が鼻を高くするような話をするものじゃないですよ」

「マスターひどい。褒め言葉って大事なのよ?」

「同感」

 憤慨しているアネモネに倣って、ロアも無表情ながら頷いていました。ですがマスターは無言のまま。そのまま出かけるらしく、二人はいつもどおりの留守番を頼まれました。でかけていく様子を見送ります。手を振ったはいいものの、なんだか空気が落ち込んでいました。それを一掃するように、アネモネは唇を結んで口角を指できゅっとあげてからロアに声をかけました。

「そうだ、ロア。マスターがいないうちに少しだけお願い事があるの」


 お願いごとのために、二人は店内にある本棚の前まで移動します。

 アネモネの嫌いなものの一つが、背の高い本棚です。お店の中に一つだけある本棚は、天井ギリギリまで背丈があるので一番上の段には踏み台を使って背伸びをしてもアネモネの身長では届かないのです。それどころか、比較的背の高いロアでも届かないかもしれない高さなのです。そんな手の届かない段に、背幅の薄いノートのようなものがしまわれていることにアネモネが気づいたのはつい最近のこと。その手が届かないノートが気になるアネモネは、ロアに頼むことにしたのでした。

「ねっ、ロアが踏み台使えば、届くかもしれないわ!」

「どうだろう。やってみればできるかもしれないのだが……」

 じっとアネモネが説明した箇所を見つめたロアは、ふと思いついたかのように、腰につけているコンパスを取り出し、手のひらの上で蓋を開けました。くるくると、針が忙しない動きをします。アネモネが不思議そうに尋ねます。

「なあに?」

 ですが、ロアは首を横に振りました。あのノートは取ってはいけないというのです。

「どうして?」

「この羅針盤を使えば、読まずとも書かれている内容はわかるはず。だけどそれがわからない。ノートそのものが、知られることを拒否している。このコンパス然り、私達はマスターの、シテンの力を借りているに過ぎない。それが使えないというのは、やはりマスターの意思。あれはマスターにとっての、いや、シテンにとっての大切なものなのだろう。触ってはならない」

「大切なもの……」

 大切なものと言われれば、アネモネにも大切なものは沢山ありますから、覗き見されるとはどういう意味なのかもよくわかります。見られたくないものがアネモネにもわかるように置いてあるのは、彼女としてはマスターの詰めの甘さが気になってしまうのですが、そこを突いてしまう方が自分の苦手な自分になってしまいそうで、アネモネからしてみれば嫌なことなのでした。

「そうなのね。ここでマスターに中身を聞こうものなら、色んな人から無粋だって思われるのはわかるわ。悔しい。私がそういうの嫌いなの知っててやってるんだわ。マスターのこと好きになれないのはそういうとこよ」

「無粋だとやはり遂行したくないものか」

「そりゃあそうよ。そういうの嫌いだもの」

 アネモネは腕を組みます。ロアも同じように腕を組んでみました。うーん、と二人はうなりながら考えます。

「では、あのノートは見なかったことにすると」

「ええ。ロア、私からのお話は聞かなかったことにして頂戴ね」

「承知した。このやり取りがマスターに気づかれなければ良いのだけどね。知りたいことは簡単に知れるものではないのだよ。何かしらの足がかりがあって初めて成立するというもの」

 ロアはまた深いため息をついてしまいました。海が広いことをまた思い出してしまったのです。ですがそれは、アネモネが心配する素となります。彼女の方を見て「いいや」と否定してから、彼女はキッチンカウンターに戻っていきます。

 マーメイドとしてのロアではなく、この店のコックとしてのロアが、アネモネに問いかけます。

「今日の昼ご飯のメニューがまだ決まっていない。何かよい案はないものか」

「リクエスト、聞いてくれるのね! ありがとう! 食べたいものなら色々あるわよ、一緒に考えましょう!」

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