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月下の徒花  作者: 摂氏
4/8

逢瀬

異常な暑さの中で書いておりますので、脳が沸騰して味噌汁になりました。

君はいた。今日も、そこにいた。

「おかえり」

「ただいま」

少し慣れたのかな。君の挨拶に対して、僕は詰まることもなく、言葉を返していた。

空は、雲ひとつない快晴。月の光は、満遍なく世界を照らす。

「月は綺麗?」

すっかり聞き慣れた問い掛けだった。

だから、僕は迷いなく答える。

「綺麗だよ。いつも通り」

その意味について、深く考える気はなかった。何が綺麗なのか。ただ月が綺麗なのだと思い込んで、僕は君に告げる。

怖かったんだ。別の意味を持つ表現と意識してしまうのが、ただ怖かったんだ。

「今日は、下弦の月だね」

だから僕は、別の話を持ち出した。

「上限の月?」

「うん。半月だよ」

半分が太陽に照らされて、もう半分は地球の影に隠れた月の不思議な形。半分に割れた星。一番、大きな星が欠けた世界で、僕は空を眺めていた。

「羨ましいな」

「え?」

「綺麗な月が見えるの」

僕には、眉尻を下げて笑う君が、いったい何を考えているのか分からなかった。

「ここにいると、綺麗な月が見えないから……」

表情では微笑んでいるのに、君は僕が羨ましいと言う。

「窓は、そこにしかないの?」

君は、首を縦に振った。

君のいる暗い部屋を見れば、察することはできたのかもしれない。でも、あまり喋らない君の考えていることなんて、僕には何も分からなかった。

それに、外に出れば、月なんていくらでも見れる。何ならば、僕の部屋に来れば、月なんて毎日のように眺められるのに……。

そう思った。そして、また僕の心臓は跳ねた。同時に、我ながら名案だと思った。

だから、僕は手に力を込めた。

「こっちにおいでよ」

「え?」

不思議そうに、君は首を傾げた。

「僕の家なら、綺麗な月が見れるよ」

手の届かない君との距離。ここに君が来れば、君も月が見られる。人と一緒に見る月は、きっと一人で見るより綺麗だ。

僕を見つめる君の言葉を待って、僕はベランダの手摺を強く掴んだ。

「ごめんね」

でも、君は首を横に振ったんだ。

「綺麗な月は、見たくないんだ」

さらに跳ねた心臓。引いた血の気。凍る背筋。でも、僕は君の言葉の意味が分からなかった。

だから、誘いを断られてしまったショックは、あまり感じなかった。

「そっか」

「また、いつか行くね」

「うん。いつでもいいよ」

微笑んで手を振った君は、音もなく暗闇に消えた。


ーまた行くね。


僕の家に来るのが嫌とは言ってなかった。君は、いつか僕の家に行きたいと言った。

そう思えば、僕の気分が沈む理由はなかった。

私の実家から綺麗な月が拝めます。田舎の澄んだ空に浮かぶ満月を眺めて、悠々と一服を楽しむ暇は、格別なものです。

ですが、都会の淀んだ空気の中、溢れる人工光を意に介する素振り無く輝く月を眺める時間も、また格別なもので……。

対比してしまうのです。穢れた都会に渦巻く社会の闇と、万物を隈なく平等に照らす月の美しさ。強い羨望、焦燥感、悲哀に類似した感情をタネに吸う煙草は、最高にオツなのです。


話が度々、逸れます。

本作、まだ続きます。もう少し続きます。

お付き合い下さい。

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