10 天狗と見合い写真と①
「御用だ!!」
服を来たカラスに槍を向けられて、董子はAKASIYA写真館から一歩、二歩と遠ざかった。
救いなのは、このカラスたちがまるでどこぞのキャラクターのように目つきがわるいだけで、かわいらしい姿をしていることだ。
「えっと……。何か撮影……とか?」
玉藻も雲外もあやかしだというのに、人の姿をしていたせいか、そこまで人と違うという気がしなかった。けれど、このカラスはまったくの異形である。思わず口について出てしまった。
「何を言っておる!? この人間め!! 断りなく勝手に幽世へ入り込みおって!! 申し開きあれば、沙汰を受けるがよい!!」
ふと、董子の耳に聞いたことがある言葉が飛び込んできた。
「幽世……?」
「そうじゃ!! ここは幽世。人ならざる者の世界じゃ!!」
「え?」
董子が急いで周りを見渡せば、そこは勝手知ったる小町通りではない全体が靄で霞んではいるが街は赤と黒を基調にし、門前町の古民家のような家々が立ち並ぶ、古いのに活気がある街並み。三味線の音や、車輪の音、何かを売り込む商売人の声が聞こえてくる。
まだ昼だというのに薄暗い街を照らすのは、ガス灯のようだ。それに電球が半分切れてチカチカするたネオンだ。
どこか懐かしい……。けれど、見たことがない世界。幽世? 幽世とは、どこなのだろう?
(ちょ、玉藻さん、雲外さん!!)
思わず振り返れば、一、二歩離れただけなのに、写真館がずいぶんと遠くに霞んで見える。
「行くぞ!! 人の娘よ!!」
槍の先で、つんとつつかれた。夢ではないようだ。血が出るほどではないが、確かに痛い。
「ちょっと待って! あの中に、あっと……AKASIYA写真館で話を聞いて!!」
「写真館? 雲外のことか? 雲外は、店の外には出れん!!」
「……あ」
(そういえばさっきの話で、本体を割られた雲外さんはお店でしか存在できないって言っていた)
そうこうしている間にも、写真館が動いているかのようにの距離がまた広がる。
「じゃ、玉藻さんに!! ここに連れてきたのは玉藻さんだから!!」
「……玉藻?」
カラス天狗の声が一段低くなった。そして、まるでキャラクターのようにかわいらしい外見にも関わらず、恐ろしいまでの殺気を董子は感じる。どうやら、不味いことを言ったらしいと気がついた時にはもう遅かった。ペタリと、額にお札のようなものを貼られた……そう董子が思った時には、気を失っていたのだから。
◇◇◇◇◇
「目を冷ましなさい」
董子にとっては、まるで時間と空間を切り取ったかのような感覚だった。ついさっき、カラス天狗にお札を額に貼られたかと思ったら、次の瞬間には、まったく違う場所にいて、まったく知らない女性が董子をじっと見ているのだから。
教会のステンドガラスのような縦長の窓を背にした、有能そうな黒い地味なスーツ姿の女性。きちっと髪を結い、教育ママ的な三角眼鏡をかけている。まるで有能そうな役人の雰囲気だ。しかし、そうではないのは背中から、ゆうに体を覆えるほど大きく艶やかな羽が生えていることだ。まず、人間ではない。
「私は、天狗の牡丹よ」
「天狗?」
天狗というには、残念ながらというかなんというか、牡丹は羽以外に天狗であることを示すような証しはない。赤い皮膚も、高い鼻も、楓の葉の団扇も持っていなかった。むしろ、
「ええ、そう。鎌倉の天狗は、鎌倉を天空から見守る半僧坊の弟子。だから鎌倉界隈の幽世では、人間でいうところの警察のようなことをしているの」
「へ、へえ……」
半僧坊とは、建長寺の最奥に続く石段を登ったところにいる、天狗の石像ことだ。そこから鎌倉アルプスへと向かい、天園ハイキングコースへと続く道の起点でもあるため、多くの人が目にする。董子ももちろん、子供の頃から遠足だ、写生会だとハイキングコースに行きがてら、よく見たものだ。
ちなみに建長寺というのは、北鎌倉にある大きな寺の事だ。ちなみにけんちん汁発祥の地とも言われている。豆腐を崩して入れるのは、寺の住職が謝って落として崩れてしまった豆腐を、そのまま入れたのがっきっかけなんだとか。
牡丹が役人のようだと感じた董子の直感は間違ってはいなかったということだ。
それにしてもあやかしなのに、警察や役所なんて……あやかしの世界は、どうやら奥が深そうだ。
「だから、あなたみたいな存在はとっても困るの」
「へ?」
「私たち天狗はね、現世と幽世の間に余計な者たちが行き来しないように、見張っているの。特に幽世には、あやかしだけじゃなくて、八百万の神々もおわしている世界だから、入ってくる人間には特に注意を払っているわ。普通、人間が幽世に来るときには、審査をして通行手形を渡しているの。ええっと……確か現世でいうところの……ぱ、ぱ、ぱす……」
「パスポート?」
「ええ! そんなものよ!」
牡丹は、教育ママメガネをくいっと持ち上げた。
「それなのに、あなたは勝手にやってきた! どうやって、やってきたの? ただの人間には幽世に入る術はないはずよ!! あなたは、陰陽師!? 幽世のあやかし達を虐殺に来たの!?
」
「い、いいえ!! とんでもない!!」
「あなたの狙い次第では、神々でさえ閉じ込める無限牢獄にぶち込んでやってもいいのよ!!」
なに、その無限牢獄。怖すぎ!! そう思いながら、董子は叫んだ。
「ち、違います!! 狙いなんてありません!!」
「でも、あなた、玉藻の連れなんでしょ!?」
「た、玉藻さん……?」
そういえば、あのカラスたちも玉藻の名前を出した途端に、殺気立っていた。どうやら、玉藻自体が要警戒人物のようだ。玉藻の正体が九尾の狐なのだから、それは仕方がないのかもしれない。
「えっと……玉藻さんとは、今日……ううん、数時間前に出会ったばかりです」
「……数時間前に? いったいなんで?」
何が「なんで?」なんだろうと思いながら、董子は玉藻と出会った経緯を説明した。そして、小町通りからAKASIYA写真館に入って、出たかと思ったらそこが自分がいた世界じゃないということも。あとは、きっと牡丹の方がよく知っているだろう。
牡丹は、腕を組んだ。その腕に、たる~んと大きな双丘が乗り上げるのに、こんな場合だというのに董子は目を奪われる。
「ふ~ん。そう……。じゃあ、あなたは玉藻とは、直接関係がないというわけね」
「あ……はい……」




