何かがおかしい
お久しぶりです(小声)
今目の前には四つん這いになって叫ぶロンタール公爵令息、シュゼル様
「俺はっこんな外道に、負けた…っ!」
「げどう」
いつの間にか『破壊の騎士』からランクがいくらか落ちた名前に変わった
「というより情報が早いですね。私とその令嬢が接触したなんて」
あの突進劇からまだ半刻も経ってないのだ。それでいてもう他の者の耳に届いていたとなると直接見ていたとしたか……
「ロンタール様、まさかストー」
「そんなことするわけないだろう!!」
ですよね
「ラーナにもしものことがあっては困るから見守っていただけだ」
「アウトです」
何故だ!と喚くストーカーを優しく諭す
「もしもロンタール様に思いを寄せている令嬢が四六時中後をつけていたら気味悪くありませんか」
「何か隠し持っているかもしれないし、不快でしかないな」
「それと同じです」
「だが俺とラーナは想いあっている!」
「想いあっているのに彼女は王子に抱きつくんですか。ご覧になりましたよね」
「ゔっ、だっだが、ラーナは俺を好きだと」
「いつ言ったんです」
「夜会のときだ!!今でも覚えている、バルコニーでラーナは頬を赤らめて…赤らめて…」
そこから言葉が出ないロンタール様は信じられないと言っているような顔で呟いた
「バルコニー、行った記憶、が、ない、」
─────────
あれから何故かラーナ嬢は殿下にしつこく付きまとっている
「ね?イヴァン様あちらに綺麗な庭園があるんです、一緒に行きましょう」
「ははは」
言葉では笑っているのに、死んだ魚の目で腹話術師のようにピクリとも口元を動かさない顔は、もはやホラー
「ッッッいい加減になさい!貴女!子爵令嬢という自覚をお持ちですの!?オリフベルの皇太子であらせられるイヴァン様はそんなに軽々しく接していい御方ではありませんのよ!」
とうとうリディアお嬢様の堪忍袋の緒が切れたようで、ラーナ嬢に怒りながらキュッと殿下の袖口を掴んだ
それに気づいた殿下は蕩けるような眼差しでお嬢様を見る
反対側で引っ付いていたラーナ嬢にチラリともせずにスナップをきかせて接触を拒んだ
「俺にはリディだけだよ。そういえば昨日面白い書籍が図書室にあったんだ。この後一緒に行こう」
すぐに二人の世界に入って殿下のエスコートでその場を去る様子に半ば感心しながらもその後にグレイと共について行く
ふと、後ろを見ると1人ポツンと立っているラーナ嬢がこちらを殺さんばかりの視線で睨んでいた
────────
殿下の私室にて。
「連絡はあったか?」
私は懐から先日に養父から届いた書類を出した
「はい。とある貴族がオリフベルで問題を起こしていた商人を頻繁に呼んでいたことがわかりました」
「あの女のところか」
「詳しく言うと子爵家当主です。商人の方は薬草が中心の雑貨を扱っているようですが、その裏では合言葉で購入出来るを幻覚剤と媚薬剤が少量混ざった香水があります。巷では『恋が実る魔法の香水』と言われており、成分に気付かずに購入する子女もいるだとか」
「『恋が実る魔法の香水』…前後不覚で好意を示されたら確かにおかしくなるな。婚約者も納得している、というのも婚約者側の意識が怪しいな」
「現在婚約者様の侯爵令嬢は療養で休学しているため接触は出来ませんでしたが、4割はそうかと思われます」
「残りの6割は?」
「その香水を長期間吸い続けると、幻聴又は幻覚が発生致します。少量であれば多少の浮遊感で終わるかと思いますが、中毒を起こして人格が変わることがあるようです」
「割合がそちらの方が大きい根拠はあるか」
「ラーナ嬢と接触した初日に公爵令息シュゼル・ロンタールと接触致しましたが、言動に怪しい部分があります。先日行われた夜会でラーナ嬢にバルコニーで愛の告白をされたと発言しましたが、途中で自分がバルコニーへ行った記憶が無いとこぼしていました」
「思っていた以上に事態は深刻そうだ」
「被害は学園内で収まっていますがいつ広がってもおかしくありません」
「中和剤はあるか」
「いえ、新種の類のようで分析と開発に急いでいます。最短で2ヶ月程かと」
「そうか、…それにしては俺には効いていないみたいだな」
「失礼ながら申し上げますが、しっかり効いています。」
「は」
「常日頃から傍にお嬢様が居ますので、その作用の矛先がお嬢様に向いているだけです。恐らくですがエバンス王子方はラーナ嬢と2人になった時に起こってしまったのかと」
あれほどまでわかりやすい視線の蕩け具合は明らかに香水の影響だろう。こうなるからラーナ嬢は頻繁に殿下と2人きりになりたかったと思われる
「警戒を強めて、リディを守るように」
「かしこまりました」
騎士の最敬礼をして退室する
今後の護衛強化と対策を考えて長い廊下を歩いているとグレイに後ろから声をかけられた
「アルカディさん、何かある時は俺も手伝えます。だから」
「大丈夫です。己の役割に集中しなさい」
即答した私にグレイの表情が曇る
「……どうして頼ってくれないのですか、そんなに俺は頼りないですか?」
「グレイ?」
唐突に言われた言葉の意図がわからない
「俺は、貴女と並ぶために、一緒にいるために貴女に剣の教えを乞い、頑張ってきましたがこのザマです。好いた女性にすら頼られない情けない男だなんて…」
悔しそうに悲しそうに私を見るグレイは、ハッと何かから覚めたような顔をして申し訳なさそうに早口に言葉を続けた
「すみません、おかしなことを言ってしまいました。今の言葉は忘れて下さい」
スっと私に迫っていた身体を後退し、私に背中を向けて歩き始め、私はそれをただ見ていることしかできなかった
数日後のこと
「信じられないわっイヴァン様の腕にむ、む、胸を当てるだなんて」
自室で顔を真っ赤にしながら憤慨しているお嬢様
なんとラーナ嬢は殿下の腕にしがみついてまぁまぁある胸部の脂肪を押し当てていたのだった。それに対して無反応だった殿下だが、お嬢さまの方がジェラシーを感じたようで
愚痴を話し始めてからかなり時間が経っている
いつもなら苦言を申し立てるところだが、今はそんな気になれない
「アディ?」
お嬢様に呼ばれるまで私はどのくらい物耽っていたのだろう、お嬢様は呆れたように私に問うてきた
「アディ、ルドウィン卿と何かあったでしょう」
ぎくり
「何も」
「何も無いとは言わせないわよ。貴女はともかく、あんなに熱心に視線を送っていたルドウィン卿が今じゃ悲しそうにしながら視界に入れようとしないなんて、何かあったとしか思えないわ」
社交界という荒波に揉まれているお嬢様はなんでもお見通しのようだった
観念してその出来事を話してしまった
「貴女が悪いわアディ」
真剣に聞いていたお嬢様は私を咎めるように言う
「例え本当に助けが必要ではなくても、そんなことを言うのは『あなたを信用していません』と言っているようなものよ。好意を向けている相手に対して失礼な態度だとは思わない?」
「私は彼のことはおろか恋愛というものをしたことがないので、」
「それは言い訳よ。わたくしだって婚姻が義務だと思っていたわたくしにイヴァン様は好意を示してくれて初めて恋愛というものを知ったわ。初心者は初心者なりに相手の好意に真剣に歩み寄るものよ」
なんということだろうか、お嬢様に説かれる日が来るとは思ってもみなかった。少し前まではご自分の感情に常に天邪鬼だったお嬢様はこんなにも成長なさった。それに比べて私はどうだろうか
差し伸べられた手をあろうことか振り払い、全て自分で何とかしようと思っていた
私もまだ未熟なものだ
「ありがとうございますお嬢様、時間ができたら彼と話をしてみようかと思います」
「それがいいわ」
ふふっと笑う様子はまるで大輪の花が咲いたように美しく、私はこの笑顔を守っていきたいと思った
そんな思いが砕け散るとはその時は思ってもみなかった




